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 宵の宮と呼ばれる夜から始まるお祭りは、今年は比和子ちゃんも加わってすごく楽しいものだった。

 しかもいつもは女子ばっかりで一緒に回っていたのに、今年は御門森くんや玉さまたちと一緒。


 もうね、あれなんよ。

 男子のグループと一緒っていうだけでも皆に羨ましがられるんけど、そこに玉さまが居るっていうのが特別で羨望の眼差しが背中に突き刺さっていたんよ。


 うちは玉さまよりも御門森くんが居てくれることの方がテンションが上がる。

 比和子ちゃんは男子とか女子とか全然意識してなくて、普段から男子と遊ぶのが普通なんだなって思った。

 比和子ちゃんが玉さまのことを呼び捨てにするのを初めて聞いた他の子たちは、すごく驚いてたけど誰も比和子ちゃんにツッコまなかった。

 もしかしたらみんな、今日比和子ちゃんとお祭りって親に言った時に、裏事情を聞いていたのかもしれん。そうに違いない。


 最後の方には女子と男子で分かれたけど、それでもみんな同じようなところに居て、うちの視界には常に御門森くんを入れていた。

 貴重な浴衣姿を遠慮なく見てられるのは今日、この時しかないと思っていたうちは目に焼き付けるべく頑張っていた。

 本当はどさくさに紛れてスマホで一枚撮りたかったけど、なんでか玉さまが居るとスマホが動かなくなることをみんな知ってたから、記念撮影しようよっていう流れにはならなくて残念だ。


 学校の行事の時の写真館のおじさんは、そうならないのが不思議だ。

 噂によると静電気防止シートというのを身体に巻き付けてるって話だけど本当かどうかはわからんのよね。

 本当だったとしても浴衣の下にシートを巻きつけておくことも出来んから知っても意味ないけど。


 夜も十時近くになって、お祭りを巡回していた先生たちにそろそろ子供は帰れよーと言われて、うちらは名残惜しいけど明日の約束をして鳥居に向かう。

 楽しい時間はあっという間に終わってしまう。

 でも明日もみんなで一緒に遊べるから、大人しく帰ろう。

 先生たちは生徒が帰ったのを確認してから、神社近くで酒盛りしてる大人たちの輪に加わる。

 だから先生たちが酔っぱらった隙を突いてお祭りに戻る子供もいるけど、うちはお母さんに親戚の家に行くように言われてたからそんなこと出来んかった。

 今夜一緒に居るみんなは大人しく帰る感じだったし、うちもそれでいい。


「あれ? あそこ、なにしてるんだろ?」


 りんご飴にかじりついていた比和子ちゃんが足を止めて、人だかりが出来ている鳥居に目を向ける。

 わいわい騒いでいるけど、楽しそうじゃなくてどっちかっていうとお祭り恒例の喧嘩が始まってるっぽい。

 だいだいどこの村のお祭りも一回は喧嘩が起こるんよね。

 ほとんどは他所の村の子たちが遊びに来てて、地元の村の子たちと小競り合いが始まって、というパターンがお決まり。

 んでもって、高校生は学校で五村の村の子がごちゃ混ぜになるからそういうことにはならなくて、中学生か小学生が喧嘩し始めるんよ。

 こういう喧嘩を繰り返して、高校生になったら五村の子供たちの勢力図が学年に影響されて、三年間どう過ごせるのか決まるんよ。


 うちの学年は問答無用で玉さまの存在が影響大なので、安泰。

 玉さまが居る鈴白に喧嘩を仕掛けてくる同い年の他の村の子はいない。はずなんだけどな。

 比和子ちゃんが走り出したので、うちと香本さんは慌てて後を追った。


 パチパチと松明に照らされた赤い鳥居の下にいたのは、那奈ちんのお兄ちゃんのグループで、またかといった感じでうんざり気な須藤くんが一人で向かい合っていた。

 きっと友達と遊びに来てたけど、先に友達が帰って一人になっちゃったところをお兄ちゃんたちに狙われたんだと思う。


 須藤くん自体はすごく良い男子で、優しいし格好も良いし頭も良いんけど、なにせ川下かわしもさんの長男。

 川下さんは昔からなんでか村で嫌われていて、うちもお父さんやお母さんから関わっちゃいけんって言われてた。

 だからうちは出来るだけ関わらない様にしてたけど、小さな学校で小中と一緒だからまるっきり関わらないわけにはいかない。


 挨拶くらいはする。実は毎朝、してる。

 早めに登校してるから須藤くんとは毎朝学校の玄関で鉢合わせる。

 うちはさっさと学校に行って朝のお手伝いから脱出するためなんけど、須藤くんはみんなが登校する時間はトラブルに巻き込まれやすいから早めに登校してきていた。


 おはよう、とか、今日も雨だね、とか。

 そんな会話しかしたことない。

 本当は新興住宅地の生徒みたく須藤くんともっと話してみたかったけど、周りの視線が気になってうちは話し掛けられんかった。

 新興住宅地の生徒は親から何も言われてないんかな。

 昔から住んでる鈴白の家の子は須藤くんには話し掛けんけど、新興住宅地の生徒はあまり頓着してなくて少し、羨ましい。


「なにあれ、誰も止めないの!?」


 憤慨した比和子ちゃんが須藤くんを取り囲むお兄ちゃんたちを指差す。


「あー、うん……。だって須藤くんだし」


 関わっちゃいけんって親に言われてるし。

 ここで須藤くんに加勢しちゃうと、あとですんごく面倒なことになっちゃうし。

 ごにょごにょと比和子ちゃんの質問に答えられずにいると、彼女は巾着袋をぐるんぐるんと振り回し始めた。

 中の小銭がチャラチャラ鳴って、凶器になる。


「あぁいうの、最高にダサいわ。お祭りだからって浮かれすぎ。一人に寄ってたかって!」


 言うが早いか比和子ちゃんは走り出す。

 香本さんとうちは反射的に比和子ちゃんの袖を掴んだけど、するりと嘘みたいに手から抜けて呆然と見送った。


 誰か、あの暴走しちゃった比和子ちゃんを止めてぇ。


 うちの平穏な生活が須藤くんに加担したと言われて崩れ去る音を聞きながら辺りを見れば、学校の友達も近所の大人もみんな見ていて、もう、もう、うちの人生は終わった。



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