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そんなこんなで三人で家でおしゃべりして、小学校時代の卒業アルバムを見て比和子ちゃんが御門森くんがタイプだと言った時には頭を抱えたくなったけど、すぐにスマホを見せてくれて好きな人がいると教えてくれたので一安心だ。
比和子ちゃんはずっと幼馴染の男の子が好きで、なんかちょっとうちと似てるなと思った。
でも、比和子ちゃんがアルバムの玉さまが写っていたところで優しそうに目を細めたのをうちは見逃してない。
もしやこれは揺れる乙女心かとドキドキしていたら、比和子ちゃんと那奈ちんが帰る時にまさかの事件が起こってしまった。
正武家様の立派な黒い車がうちの家の前にスーッと止まって、車の窓もスーッと開いて、顔を出したのは玉さまだったんよー!
惣領息子の玉さまがうちの家に用事なんかある訳がないから、思い当たる理由は一つしかない。
那奈ちんは玉さまの事が好きだったからものすんごく瞳を輝かせたけど、玉さまの瞳には比和子ちゃんしか映ってなかった。
端っこに映り込んでしまってたうちに声を掛けた玉さまは、比和子ちゃんと遊ぶ時間を勝手に指定してきて逆らえるはずもないうちは何度も頷くしかなかった。
比和子ちゃんはあの玉さまを呼び捨てにして、しかも普通に文句を言い出したからうちはもう倒れそうになった。
正武家様は鈴白村を始めとする五村を取り仕切る大地主様であると同時に、五村の守り神様として畏れられている。
頻繁に五村外から助けを求める人が来て、お忙しい当主の澄彦様のお姿を見ることは年に一度あるかないかだ。
正武家様の一族は昔この地にやって来て、悪いモノから救ってくれたと言い伝えられていた。
正武家様には不思議なお力があって、村の全員が信じていたし、お世話になっている。
うちは詳しく知らんけど、友達の友達が怖いことに巻き込まれて正武家様のお世話になったって話も聞いたことがあった。
だから村の皆は正武家様や稀人様にタメ口なんて聞くのは絶対に駄目だと教え込まれて敬うように躾けられていたので、比和子ちゃんの玉さまに対する態度はもう、もう、いつ玉さまの逆鱗に触れて雷が落ちてきてもおかしくはなかったんだけど、当の玉さまは全然気にしていないようだった。
これが、惚稀人様の威力なん? とうちは思わずにいられなかった。
そしてこの一件を境に比和子ちゃんと那奈ちんの間には深い溝が出来てしまったんよー。
玉さまとのことを隠していた比和子ちゃんにも実は大人たちから玉さまのことは話しちゃいかんって言われてたのかもしれんのに、那奈ちんは比和子ちゃんを嘘吐き呼ばわりして肩を怒らせて帰って行った。
「大丈夫?」
比和子ちゃんにそう声を掛けてみたら、ちょっと涙ぐんでいてうちもなぜかもらい泣きしそうになってしまった。
それから比和子ちゃんとうちは二人で遊ぶことが増えて、行っちゃいけないスズカケノ池にスズ石を探しに出掛けたりした。
そのあと比和子ちゃんは風邪を引いてしまって何日か会えなくて、お見舞いに行くと机の上に置かれていたスズ石がパッカリと見事に真っ二つになっていたんよ。
すごくご利益のある石がそんなことになるなんて変な感じだなって思ったんけど、光次朗さんのお嫁さんの夏子さんは気にもしてなかったから、別に良いのかなって。
比和子ちゃんのお見舞いの帰り道、早くまた遊べるようになれば良いなーと考えて歩いてたら、後ろから弓場ーって誰かに呼ばれて振り返ったら御門森くんが黒い自転車で追い駆けて来ていてうちはまさかこれはもしかすると期待したけど、全然違ってた。
「上守のとこの帰りか?」
呼ばれて立ち止まっていたうちに追い付いた御門森くんは、ペダルに足を駆けたままもう片方の足で立ってちょっと息を切らしていた。
「うん。比和子ちゃん、熱があるみたいなん」
「夏風邪か? 夏風邪って馬鹿が引くって……」
「比和子ちゃんは馬鹿じゃないよ! 何を言ってるん! 御門森くんでも言って良いことと悪いことがあるんよ!」
「……すみません」
「病気の人をそんな風に言ってたら罰が当たるんよ!」
御門森くんは苦笑いをして気まずそうに頭をポリポリとかいた。
今でこそこうして普通に話が出来てるけど、こうなるまでには結構長い道のりがあったんよねぇ……。
しみじみ思っていて、ハッとした。
御門森くんはわざわざ比和子ちゃんに会いに来たんかな……。
恐る恐る御門森くんを見れば、彼は通り過ぎてきた三郎爺の家を振り返って眺めていた。
「夏風邪だったら……すぐに治って屋敷に来られるようになるよな」
「お屋敷? 玉さまの?」
うちがそう聞くと御門森くんはこっちを見て眼鏡の奥の目を半目にした。
この目つきは「またお前か」と言われた時と同じ感じでうちは身体が竦んだ。