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ちょっと離れたお隣の、上守の三郎爺のところに夏休みの間だけ孫の女の子がやって来たのだ。
その子は、とても可愛くて、明るくて、田舎の村には到底居なさそうなお洒落な都会のキラキラした女の子で、顔とか全然日焼けしていなくて、畑仕事もしていないからすべすべの綺麗な手をしていて、なんていうか一目見ただけでうちら田舎の中学生とは全く違う生き物に見えた。
那奈ちんのお兄ちゃんたちも正武家様の石段からスゴイ可愛い子が降りてきたって噂していたし、この子がそうなんだと思った。
正武家様のお屋敷に出入りしてるってことは、御門森くんにも会っているはずで、こんな規格外の都会の子が身近にいれば恋愛に興味ないって言ってた彼も心が動かされたに違いないって、思った。
夏休みの少し前、村の大人たちが村長さんに呼ばれて集まっていたことがあった。
お父さんは帰ってくるとすぐに庭先にある産土神さまの社に手を合わせて、それからお母さんとうちにこう言った。
「惚稀人様が御来村された」って。
惚稀人様っていうのはもう伝説的な存在で、正武家様の運命の相手だって教えられていた。
同級生の玉さまのお相手はてっきり今年のお祭りのひな壇に玉さまと並ぶ予定の那奈ちんだと思っていたから、みんな陰では那奈ちんが惚稀人様なのかもしれんと噂してたのに。
満更でもなさそうに振舞っていた那奈ちんは日に日に増長していってたけど、伝説の人なら仕方ないとみんな大人しく持てはやしてた。
お父さんの話では惚稀人様であることは確かなんだけど本人はまだそのことを知らんくて、変に意識してしまうと纏まるものも纏まらなくなるかもしれないから村民一同『知らんぷり』を決め込むと村長さんからお達しがあったそうだ。
大人たちはみんな知ってるけど、子供には教えないとも決められたそうで、でもうちは三郎爺と隣に住んでいてその子と遊ぶこともあるだろうからこっそりお父さんは教えてくれたのだ。
「失礼があったら後々疎まれてしまうことがあるといけんから」って。
うちはとんでもない秘密を知ってしまったと慄いた。
そして、思ったんよ。
もしも玉さまとあの子が結ばれなかったら、どうしようって。
惚稀人様は貴重だから玉さまのお相手としてじゃなくても御門森でお迎えするとかになったらどうしようって。
「亜由美ー。三郎さんのところのお孫さんと遊ぶんでしょう?」
「うん。ちょっと出かけてくる」
「これね、二人で何かお菓子でも買って食べなさいね」
お母さんから五百円玉を受け取って、うちは玄関のサンダルを引っかけた。
大きな姿見を見れば、くせ毛を押さえつけるための三つ編みをした、そばかすを鼻の頭の上に乗っけているイケてない女の子が映ってた。
全然可愛くない。
またお前かと溜息を吐きたいのはうちも同じだった。
三郎爺のお孫さんの名は上守比和子ちゃんという。
比和子ちゃんは三郎爺の跡取りの光次朗さんのお兄さんの光一朗さんの娘さんで、お母さんが入院しちゃったから夏休みの間だけ鈴白村に来た。
弟が生まれるんだと比和子ちゃんは嬉しそうだったけど、田舎で友達も居なくて過ごす夏休みに希望が持てなかったとちょっと寂しそうに笑った。
でもうちと友達になれて嬉しいって言ってくれて、うちも嬉しかった。
近所に同い年の子も居なかったからなおさら。
比和子ちゃんは気さくで人懐っこくて、明るかった。
商店街の駄菓子屋に感動してたけど、うちは比和子ちゃんがお菓子を半分こにすることをシェアしようと言ったのに感動した。
そんな言葉テレビでしか聞いたことない。
うちが使っても背伸びして聞こえるけど、比和子ちゃんは自然に使っていてなんていうかもう、感動した!
二人で駄菓子屋の外でパピコを食べていると、タイミング悪く那奈ちんが通りかかった。
那奈ちんはうちらの学年では可愛いって人気があって、お洒落でいつもみんなの流行の最先端にいる。
でもお洒落していた那奈ちんが比和子ちゃんと並ぶと、普段着の比和子ちゃんの方が何故かお洒落に見えた。
那奈ちんも夏休みは暇していたらしく、三人でうちの家で遊ぶことになって、うちはちょっとだけ嫌な予感がした。
那奈ちんは自分が一番じゃないとすぐに不機嫌になるから。
でも比和子ちゃんは空気を読んでくれてあまり刺激をしない様にしてくれていた。
やっぱり都会の子は人付き合いが多いから慣れてるんだろう。