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2


 五村に産婦人科は村の数だけある。というか、一つの病院に全ての科がある総合病院の村バージョンの規模だ。

 病院の待合に玉彦と一緒に登場すればただでさえ具合が悪くて病院へ来ている人たちが緊張して体調を崩しかねないので、押し問答した末に玉彦は車で待つことになった。

 玉彦的には一緒に診察結果を聞きたかったようだけど、私はあえて外で待つように説き伏せた。

 なぜなら産婦人科の先生は、男性なのである。

 夏子さんの話によればおじいちゃん先生だそうで、年配だから心配はないと私は思ったけれどなにせ玉彦である。

 他の男に内診してもらうなど! と言い出しかねない。

 そんな騒動を病院で起こしたくなかった私は、何としても玉彦を車でお留守番させなくてはならなかったのだ。


 受付を済ませて、産婦人科前で待つこと十数分。

 その間にも青紐の鈴が鳴って、玉彦が車内で暇をしていることが解る。

 スマホでもぽちぽち弄っていれば良いのに、暇つぶしが出来ない男である。


「しょ……正武家比和子さーん」


 私のカルテを見て噛んだ年配の看護師さんの笑顔は心なしか固かった。

 そして待合室にいた数人の妊婦さんらしき人たちが一斉に私を見る。

 まぁ、予想はしてた! 正武家って五村で一軒しかないもん。


 視線を集めて診察室に入り、夏子さんが教えてくれていた通りの年配の先生に問診とエコー、そして内診をしてもらう。

 下着を履いて再び診察用の椅子に座れば、先生は私を見てニコリと微笑んだ。


「おめでとうございます。妊娠されています」


「あ、ありがとうございます!」


 六月のあの日に玉彦のお力が流れ込んで懐妊したことは自覚していたけれど、こうして病院で言われると増々実感が沸く。

 このあと、玉彦と村役場へ行って母子手帳を貰うのだ。

 そうしたらもっともっと実感が沸くはずだ。

 無意識にお腹を撫でて涙が落ちそうになる。


 家族が増える。

 私に、また家族が出来るのだ。


「これね、エコー写真になります。性別は」


「あっ! 性別は秘密でお願いします!」


 私が慌てて言えば、先生は苦笑いをしてまだ解りません、と教えてくれた。

 先走っちゃって私ってばもう。

 でも男系の正武家だから、きっとお腹の中の子供は男の子のような気がする。

 玉彦そっくりな男の子だと良いな。

 玉彦は私そっくりな子供だったら性別は何でも良いって言ってたけど。


「特に体調も問題ないようですし、大丈夫かな? あとは……」


 そう言った先生は看護師さんを目で促して診察室の外へと出す。


「……なんですか?」


 ちょっとだけ嫌な予感が胸を過る。

 口籠る先生に、握った自分の手に汗が滲んだ。










 トイレに閉じこもっていても仕方ない。


 玉彦から何度も鈴が鳴る。


 これは、私だけの問題じゃない。

 玉彦と私、二人の問題だ。

 お屋敷に帰る前に話合わなくてはならない。


 覚悟を決めて私は立ち上がり、お会計を済ませて病院を出た。

 八月最終日の日差しはまだ暑く、駐車場は照り返しで歪んで見えた。

 不安で涙が込み上げているせいもある。


 玉彦は、どう思うのか。

 それが怖い。


 運転席から私が歩いて来るのが見えていた玉彦が降りて来て、駆け寄る。

 私は立ち止まって、近付いてきた玉彦に抱き付いた。


「比和子?」


「妊娠してた」


「そうか。そうであろう」


「妊娠してた」


「……そうであろうな」


「二回言いました」


「うん?」


「大事なことだから、じゃなくて。二回言ったの。妊娠。妊娠」


「なんだ? なぞかけか?」


「……玉彦」


「どうした」


「お父さんになるよ」


「ならば比和子は母になるのだぞ?」


「……うん。お母さんに、なる」


「比和子?」


 私を抱きしめる玉彦の腕が揺らされる。

 言うしかないよ、もう。

 正武家の長い歴史の中で、『凶兆』とされているとしても。


「双子なの……」


「……なっ、ふっ!?」


「ごめん。双子、なの……」


 私と同じくらい動揺している様子の玉彦はただただ抱きしめる腕に力を籠めて、私の肩に顔を埋めた。



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