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第十三章『二人の子どもは悪しき前例を覆せるか』



 私は、鈴白村の病院の個室のトイレで、便座の蓋に座っていた。

 手にしていたのはお腹のエコー写真。


 六月に玉彦からお力を受け継いだ子供をお腹に宿し、七月八月と生理が予定通り来なかったことから対外的にも妊娠が確定となり、五月の最終月経から数えて現在妊娠十五週くらいとの診断を受けた。


 出産予定日は二月の末か三月初め。

 予定通りに産まれてくれれば、の話だけれど……。


 私はトイレで本当に頭を抱えた。


 色々な考えが頭を駆け巡り、駐車場の車の中で待たせている玉彦を思うと泣きたくなる。

 本当に私ってば、いつも何か問題を起こす。

 玉彦はこのエコー写真を見せられて、喜ぶのだろうか。

 孫が出来ると微笑む澄彦さんの顔は凍り付くんじゃないだろうか。

 私は、先生に見せられて、固まった。母親なのに。母親のくせに。


 あぁもう、逃げ出したい。

 人知れず産んで、一人で育てたい。

 大変だって解かっているけど、祝福されないかもしれない出産に絶望しかない。


「どうしよ……」


 独り言ちてみても答えなんてあるはずもなく、私はただただトイレで項垂れた。











 正武家一族は五村の大地主である。

 世間的には不動産収入で生計を立てていることになっているけれど、実際は家業のお役目で稼ぐ収入の方が遥かに多い。

 ちなみに国に収める税金は不動産収入のみで、お役目料に関しては非課税である。

 なぜならば存在しないはずの仕事だから。

 そんなことが罷り通るのかと声を大にして言いたいけれど、これは昔からそういうことでオッケーとなっているのでそういうことらしい。


 八月最終日。


 前日に竹婆から産婦人科へ行って診察してもらい、村役場で母子手帳を貰ってくるように、と言われた私は朝から玉彦と出掛ける準備をしていた。


「お金は持ったし、基礎体温表も持った。あとは……」


 バッグの中身を確かめて、私は大事なものが無いことに気が付く。

 鈴白村へ来てから一度も使うことがなかったから、すっかり忘れていた。


「ねぇ、玉彦?」


「うん?」


 病院へ行くのに着物も変だからと着替えた玉彦はスーツを着たけれど、それもおかしいと私に言われた彼はTシャツにジーンズで、あまり見慣れない格好にやっぱりしっくりこないと自分の格好を鏡に映していた。


「あのさ……。保険証って、あるの?」


「保険証?」


「健康保険証。国民保険とか、社会保険とか」


 私は結婚するまで会社勤めしていたお父さんの社会保険証だった。

 それから玉彦と結婚して彼の扶養家族になっているので、玉彦が所有しているはずの何かの健康保険証があるはずだけれども。

 正武家は一体、どういう保険証なのか今さら疑問に思った。

 私の質問にしばらく固まっていた玉彦だったけど、離れの事務所に保管してあると言ったので二人で取りに行って、その足で裏門から出掛けることにした。

 そうして松さんから手渡された保険証は、普通のカードの国民健康保険証だった。


「玉彦って国保なの!?」


 驚きを隠せない私は手元のカードを凝視する。


「会社勤めもしておらぬし、そういうものなのだろう」


「っていうことは、玉彦は不動産収入で生計を立てている地主様なのね」


「そうだな。父上は社会保険証である」


「そうなの!?」


「父上は会社経営をしている。あぁ見えて社長だ。ただし万年赤字の会社だが」


 衝撃的な事実に私は開いた口が塞がらなかった。

 そう言えば高校生の時、小町にどうやって私を養うの? って質問されていた玉彦が言ってたっけ。

 澄彦さんは投資を兼ねて会社を持ってるって。


「万年赤字の会社って、何してるの?」


「ピエロを育て、派遣している」


「……はっ?」


「道化を育成し、派遣している」


「いやいや、言い直しても理解不能だから」


 ピエロを育てるってなんなの。しかも派遣するってどこによ。遊園地?

 そんなことしてたら赤字になっても仕方ない。

 玉彦は私を見ながら眉間に皺を寄せて言葉を探す。そして一つ頷く。


「クリニクラウンを育て、病院に派遣している」


「クリニクラウン?」


「入院している子供たちの元へピエロが訪問し、遊ぶ」


「あぁ! テレビで観たことある!」


 そう言ってくれれば私でも理解できる。

 でもなんだって澄彦さんはそんな慈善事業をしているんだろう。

 どう考えても澄彦さんとの接点が見つからない。


「母上が五村を出て、その会社で働いている」


「あっ……そういうことね。じゃあ月子さんがやりたかったことなのね。納得」


 だから万年赤字の会社でも、松梅コンビが止めることなく澄彦さんの私財を使って補てんしても赤字の会社を経営出来ているのか。

 五村を出て行った月子さんが路頭に迷わず生活できるように、澄彦さんは支援し続けているのだ。

 会社が利益を追求しないことに松梅コンビのお小言がありそうだったけれど、内容を知れば言う気にはならないだろう。

 松梅コンビの基準で、人様のお役に立つことは道楽ではない。澄彦さんの我儘ついでの会社ではない。


「澄彦さんは社長さんなのねー」


 感心しながらお財布に保険証をしまえば、玉彦は私の顔を覗き込む。


「比和子は社長が好きなのか?」


「え?」


「ならば俺も会社を作り、社長になる」


「なんの会社を作るのよ」


「……みなが幸せになる会社?」


「そのような曖昧なもの! 松は許しませんぞ、玉彦殿!」


 自信無さげな玉彦の返答に被せて松さんのツッコミが背後から入り、玉彦はびくりと身体を揺すらせた。

 まぁ、怒られて当たり前よね……。



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