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正武家本殿の離れは巫女の住まいである。と同時に、竹婆お手製のお役目グッズが試作品も含めて保管されている。
本殿の離れから庭を通り抜け走ってやって来た香本さんの手には雪囲いに使用するような藁で編まれた細い縄があり、手渡された私が御倉神の腰に巻き付けると姿が実体化した。
視えている私や竜輝くんは御倉神に変化はないけれど、縄を巻き付けたことにより視えない香本さんの目に御倉神の姿が映し出された。
「これって何なの?」
「お婆ちゃん特製簡易注連縄改十二」
改造に改造を重ねてとうとう神様まで拝めるようにしてしまったのか……。
注連縄とは本来神域を示すものなので、縄の内側にいる御倉神は神域に囲まれている原理だ。
こういうものを全国各地の神社に配れば信仰も篤くなり消えてしまう神様も少なくなるんじゃないの、と香本さんに言えば首を横に振る。
本殿の巫女の技術は門外不出だそうで、特にこの注連縄を世に出してしまうと混乱を招く恐れがあるそうだ。
確かに大混乱するだろう。
視えないものが視えてしまったら悪用する人間も絶対に出てくる。
そうなると正武家のお役目も増加してしまう。
御倉神は腰の縄を不思議そうに眺めて、でも解こうとはしなかった。
傍目には腰に縄が巻かれ、私が端を握っているので捕獲された罪人の様に視えているけれど気にしていないようだ。
竜輝くんから連絡を受けた稀人たちは二人一組で捜索を開始していたけれどまだ近くに居たようで、みんな裏門から戻り庭から姿を現す。
普段は神様の姿が視られない須藤くんは残り少ない揚げをちびちび抓む御倉神を前にして感嘆の声を小さく上げていた。
「澄彦様と玉彦様もすぐに戻られるそうです。今、父が迎えに出ています」
と、南天さんの報告を受けて私たちはぞろぞろと当主の間へと移動する。
まずは澄彦さんから御倉神に事情を説明し、協力を取り付けるのだ。
揚げの百枚も献上すれば協力してくれるだろうと澄彦さんが言っていた通り、当主の間で澄彦さんに協力要請された御倉神は百枚で手を打った。
単純な御倉神って可愛いと思う。
しかし協力はすると言ってくれた御倉神だったけれど、神大市比売を説得するのは難しいことと眉根を寄せていた。
やはり一筋縄ではいかない神様のようだ。
出来るだけの事はやってみる、と言った御倉神は南天さんを見て頷く。
いつも揚げを用意してくれている南天さんに御倉神は少なからず愛着がある様である。
「あとは隠れ社の行方だが、これはわからないものなのか?」
近隣の山々を朝から巡り、無駄足に終わってしまった玉彦が御倉神に尋ねる。
神様だから隠れ社の位置を把握しているかもしれないと期待したけれど、早々話は上手く運ぶはずもなく御倉神は首を横に振った。
「わたしはここの産土神ではないのでの。明かされておらんのー。神大市比売ならば知っておるやも知れぬが」
「ではやはり神大市比売に会うのが先か。隠れ社から東を解放する赦しさえあればあとはどうとでもなる」
玉彦の言葉に一同頷いて、場は一旦解散となり、御倉神を巻き付けている縄は南天さんの手に預けられる。
御倉神を確保したのだからさっさと鈴白神社に行って神大市比売と会えばいいのに、と私は思っていたけれど、玉彦によれば神様はお祭りでにぎわう人々の雰囲気に誘われて姿を現すそうなので、宵の宮すら始まっていない鈴白神社へ行っても会えないそうだ。
ここまでとんとん拍子に話が進んでいたので、足止めをされたように感じてしまう。
それにしても、である。
「まだお祭りが始まっていないのにどうして御倉神はここに来たのよ。揚げの日は明日でしょう?」
南天さんにお散歩をさせてもらっているような姿の御倉神は疑問を口にした私ににっこりと笑う。
「言祝ぎに来た。ややこが宿ったのだろう?」
笑顔のまま私の顔からお腹の方へと視線を移した御倉神はハッとして目を見開く。
そして段々と目を細めて前屈みになったので、私は不安を覚える。
凝視するほどお腹の子に何かあるのだろうかと。
けれど直ぐに御倉神は笑顔に戻り、喜ばしいことと言って私のお腹を一撫でしたのだった。
それから、である。
お祭りの宵の宮までお屋敷に待機していた一同は、夕方になると車に乗り込み鈴白神社へと向かった。
賑わい始めた神社の前に滑り込むようにして停まった車から、正武家の当主、次代、稀人が続々と姿を見せ、集まっていた村民は何事かと緊張感が走った。
正武家の面々は挨拶する村民に軽く手を上げて応え、すぐに出迎えに来た神主さんの案内で本殿へと移動する。
今回の夏祭りは何か特別なものがあると徐々に噂が広まり始め、近隣の村からも人が押し寄せる事態になっていたことをこの時の私たちは知らなかった。
結果、それが良い方向に転がることになる。