12
「精一杯お供させていただきます」
ニッコリと笑った竜輝くんは大事そうに作務衣の胸元に手をぎゅっと握り締めた。
彼にとって東さんは祖母にあたる。
突然祖母が帰ってくるかもしれないと聞かされてどう思ったのか尋ねてみると、返事は案外あっけらかんとしたものだった。
「毎朝、写真に手を合わせていたので馴染があります。生きて会えるのは嬉しいです」
「写真!」
そうか、その手があった!
「写真ってお屋敷から持ち出せる? 私が見に行ける?」
「今朝父から二枚頂いて来ました。祖母が隠れ社に居るのならもしかしたら僕も何らかの原因で入られるかもしれないので、身分証明用に」
「身分証明?」
私が首を傾げると竜輝くんは眉をハの字にして困った顔をする。
「祖母は僕が産まれたことを知らないので、もし隠れ社に入って会ってしまうと誰だか解らないだろうと言われました」
竜輝くんが産まれるずっと前に神隠しに遭ってしまった東さんの時間は若かりし姿のまま隠れ社で緩やかに過ぎている。
彼女の中では南天さんはまだ大学生で、豹馬くんは幼子のままだろう。
それが孫ですと竜輝くんが現れたら、混乱もするし騙されていると思ってしまっても無理はない。
竜輝くんが胸元から取り出した二枚の写真は、一枚は東さん一人で写っているものと、もう一枚は宗祐さん、南天さん、紗恵さん、豹馬くん、そして竜輝くんの五人で撮られた家族写真だった。
亜由美ちゃんが居ないことを察するに二年程前のものと思われる。
二枚とも裏を見れば南天さんの綺麗な文字で、各々の名前が書かれていた。
そしてやはり私が隠れ社で視た女性は東さんだったのだと安堵する。
窶れていたように見えたのは勘違いではなく、写真の東さんは細身だったけれど窶れている様子はない。
「早く、会えるといいわね」
「はい!」
頬を少しだけ紅潮させて返事をした竜輝くんは写真を懐に仕舞い込み、両手で押さえる。
可愛らしい仕草にずきゅんとなっていた目の端に、物憂げに縁側に座り庭を眺める豹馬くんが入った。
お誕生日会は終わりに近付いていたので、食事を終えた人たちは思い思いに隣の席の人たちと話をしていたけれど、豹馬くんはぽつんと座っていた。
亜由美ちゃんは紗恵さんや夏子さんの輪に加わっていて楽し気である。
「豹馬くん?」
私が豹馬くんの隣に座ったことを見ていた竜輝くんは片付けの為に立ち上がる。本当によく働く子である。
「なに。あ、誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。どうしたの?何かあった?」
私がそう言ってズズッと膝を詰めれば、豹馬くんは溜息を零した。
「亜由美ちゃんと喧嘩でもしちゃった?」
「してねーよ。お前と玉様と一緒にすんな。うちは家庭円満だ」
「お祭りで遊べないから拗ねてる?」
「ガキじゃねーんだからそんなわけあるかっ」
「じゃあ何なのよ」
問い詰める私に豹馬くんはいつもの半目になり、再び溜息。
これは余程深刻なことに違いない。
「死んだ、居なくなったって聞かされてた母親が帰ってくるかもしれない。小さすぎて母親の記憶がほぼ残っていないオレは親父や兄貴ほど感動して再会できる気がしない。どう接して良いのか分からない。あっちは息子扱いしてくるだろうが、正直オレは受け入れられないと思う」
予想以上に深刻な悩みに私は周囲をきょろきょろ見渡して、声を小さくした。
お誕生日会の話題はずっと東さんのことだった。
私の懐妊については正武家の関係者以外にはまだ伏せられていたので、招待されているお祖父ちゃんたちは知らない。
東さんの話で盛り上がる場の雰囲気に豹馬くんは乗れなかったようだ。
「嬉しくないの?」
「そんなことはない。親父とか兄貴は喜んでるからそれはオレも良いと思う。でも……」
言葉を詰まらせた豹馬くんが両手で顔を覆い、俯いてしまった。
いつも斜に構えている豹馬くんが喜びという感情を素直に表さないことは良く知っている。と、同時に弱みもそう簡単には素直に吐露しない。
彼にとって余程深刻な問題なのだと私も沈む。
ほとんど記憶に無いお母さんが家族に戻る。
宗祐さんや南天さんは彼女との思い出があるから多少年を取ってしまっていても、受け入れられるだろう。
逆に全く思い出の無い竜輝くんも全く知らないからこそ、受け入れられている節があった。
でも豹馬くんは……きっと戸惑いもあるけれど彼女を悲しませてしまうかもしれないと思っている。
上手く受け入れられない自分をお母さんは悲しく思うんじゃないかって。
表面上は喜んでいても、親子だもん。お母さんだもん。息子の本心はきっとお見通しだ。
無言のまま二人で沈んでいると、空気を読まない玉彦がジュースが入ったグラスを二つ持って来て私たちを見下ろす。
今日はこのあとからお祭りが始まり、それぞれ御倉神を捜すことと隠れ社を見つけるミッションがあるので飲酒は厳禁だった。
「二人で、何をしている。二人で」
二人で、と強調した玉彦は私の隣に腰を下ろしてグラスを二つ差し出す。
ぶどうとオレンジのジュースを選べと言われ、私はぶどうを手に取る。
そして自分は飲むつもりが無かったのかオレンジを豹馬くんに押し付けた。
「どうかしたのか」
「あー……」
尋ねられて私は何とも言えず口籠る。
だって玉彦に相談しても心の機微に疎い彼が気の利いたことを言えると思わなかったからだ。
でも豹馬くんは玉彦に向き直り、一瞬口を尖らせてから話しだした。
すると玉彦はそんなことかとにべもなく言い放った。




