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6


 玉彦に手を引かれて出た先は、私のお祖父ちゃんの家の裏山で、名もなき神社へと続く山道だった。

 午前中に歪みの中へと入ったはずの時間は既に夕方になっており、山中は薄暗い。

 神様と対峙する時や普通ではない空間に入ると時間経過がおかしくなることは良くあったことで、今回もさっきの神社がそういう空間だったのだろうと思う。

 私と同様、玉彦は周囲の時間経過を気にすることなく私の手を引き山道を無言で歩く。

 機嫌が悪くて会話をしないのではなくて、私が神社に居た意味を考えているのだろう。


 そうして私も考える。


 正武家の人間しか入られない領域にあった神社。

 入れてしまった私。

 いくら嫁いで名字が変わったと言っても、直系ではない。血の繋がりも無い。

 神様が正武家の一員と認めてくれたから、入れた?

 いやいやそんな簡単な話ではないだろう。

 そんな簡単な話なら長い歴史の正武家の中で一人くらい入ったことのある人間がいるはずで、そういうこともあると顛末記に記されているはずだ。


 散々考えて、私は足を止めた。

 そして下腹部に手を当てる。


 確かに私には正武家の血は流れていない。

 でも、お腹の中の子供は?

 小さくても、まだ人間の形になっていなくても、家族だと澄彦さんは言っていた。

 だから私が他の子供を抱くと子供が嫉妬してしまうって。

 澄彦さんや玉彦、そして松梅コンビの反応を見れば過去に何かあったことは明らかだ。


「比和子? もしや腹が痛むのか!?」


 お腹に手を当て立ち竦んでいた私に慌てた様子の玉彦は、帯を弛めろ着物を脱げと山中なのに迫る。


「大丈夫。痛くなんてない。ねぇ、玉彦。さっき正武家の人間以外は入られないって言ってたでしょ? 確かに私は正武家の血が流れてないけど、お腹の子供は玉彦との子供だから正武家の血、よね?」


 手を当てたお腹にしゃがみ込んで耳を当てていた玉彦はきょとんと私を見上げてから、くしゃりと顔を歪ませて泣き笑いのような表情になる。


「そうか……。そういうことであったか。そうかぁ……。ここには確かに子が居るのだな」


 揺らぎが収まり、自身の身体からお力が受け継がれたことを実感していたはずの玉彦は、そうかそうかと何度も呟き私のお腹に頬を寄せる。


 確実に懐妊したと二人で解っていたはずなのに、どうしてこんなに今さら感動しているんだろう。


 一頻り一人で感動して頬擦りしていた玉彦は満足したのかすっくと立って、私を抱きかかえた。

 突然のお姫様抱っこに驚いたけど、私は楽が出来るとそのまま玉彦の首に手を回す。

 ここまで上機嫌の玉彦は珍しい。

 足取り軽く山道を下り、しまいには鼻歌まで歌い出す。

 そんなに子供がお腹にいると実感できて嬉しかったんだろうか。

 感動の琴線は人それぞれだろうけれど、玉彦の琴線はどこかずれているのかもしれないと私は思った。



 山道が終わる頃。

 ちょうどお祖父ちゃん家の屋根が見えてくると、私たちを見つけた須藤くんがスマホを片手に全速力で駆けてきた。

 玉彦と共に鈴白行脚へと出向いていた須藤くんがどうして一人でいて、玉彦がなぜ一人だったのかと思い返し、そこでようやく私はさっき見た七つ目の神社は行脚で訪れる『産土神の隠れ社』だったのだと解った。

 行脚では色々な曰く付きの場所を稀人と廻るけれど、隠れ社だけは玉彦一人だけで廻る。

 隠れ社は正武家の直系にしか場所は明かされておらず、立ち入りも禁忌とされており、山の中で移動している……。

 立ち入りは禁忌と言っても、玉彦の口ぶりだと正武家の人間以外は入られない様子だった。

 でもきっとたまに間違えて誰かが迷い込んでしまうこともあったのかもしれない。

 偶々偶然が折り重なり、足を踏み入れてしまうことが。

 そして今朝、歪みを視た玉彦は行脚へと出向くことを決めたのだろう。

 山の中を移動しているはずの隠れ社が民家の近くに現れたのだ。

 隠れ社に何事かあったのかと確認しなければならないと。


「玉彦様! 上守さん!」


 須藤くんは切羽詰まった様子で私たちを見てから、すぐにスマホを耳に当てた。


「須藤です。見付かりました。玉彦様とご一緒です」


 ああぁぁ……そっか。

 私は裏門前の駐車場で歪みに飲み込まれ、姿を消した。

 近くに居た那奈と緋郎くんは腰を抜かしたかもしれない。

 そして今は夕方。

 あれから最低でも六時間以上、私は行方不明になっていたのだろう。

 実際は隠れ社で十数分の出来事だったのに。

 お祖父ちゃんの家の前まで車で迎えに来てくれていた豹馬くんは私を見てから、いつもの半目になり得意技は行方不明だと認定していた。



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