第三章『オレと小町ちゃんと玉様の三枚の御札』
この鈴木和夫には夢があるッ!
可愛い彼女を作って色気の無い生活を脱出することだ。
去年友人の田舎に遊びに行って、美人と知り合いになったは良いが何も恩恵を受けられなかったオレ、鈴木和夫二十一歳。
オレの中の定説である『美女には美女の友達の輪がある』が間違っていないことが証明されたけど、友達の輪には入れなかった。
だってオレ、男だもん。と言い訳してみる定期。
大学三年目になり迎えた七月。
近年稀に見る猛暑日が早くも襲来し、エアコンなしのワンルームに住んでいるオレは日に日に体力が奪われ弱っていた。
ついでに部屋の掃除もサボっていたもんだから、異臭が半端ない。
普段から弁当を買って食って、自炊なんかしていないから腐りそうな物はないはずなのに、蒸し暑さと相まって強烈な臭いだ。
弁当の隅にある残した漬物が原因なのか、かけ過ぎた醤油やソース、マヨネーズが原因なのか分らないが、とにかく何がそんなに異臭を放っているのか分らない。
だったら片付ければいいんだが、何分暑さで身体がとろけて動けない。
それに原因を突き止めて衝撃映像になっていたらと考えると怖くて出来ない。
もしかしたら大家族のGの一族も繁栄しているかもしれない。
想像すればするほど寒気がするほどの恐怖がオレを襲う。
でも一向に身体は暑くてたまらない。
しかたねぇ……。
ここは一つ、やるしかねぇ……。
一時我慢すればオレの快適ライフは保証される。
何を言われようとも、罵られようとも、冷たい視線を浴びようとも!
そうだ! 玉様の家に行こう!
あそこにはエアコンがある。
リビングと隣の客間、そして二階の各自の部屋にもエアコンがあるのは去年の夏にリサーチ済みだ。
あわよくば客間にひと夏居候させてもらおう。
思い立ったが吉日だ。
オレは湿った布団から意を決して起き上がり、滴り落ちる額の汗を拭いながら荷物をまとめて、異臭部屋から飛び出した。
「……それで逃げ出してきた、と? ここで涼みたいというのか?」
「はいっ! 掃除洗濯何でもするから居候させてください。ご飯も食べさせてください!」
「いやいやいやいや、鈴木。お前、掃除洗濯するならまず自分の部屋をして来いよ」
「無理ですっ!」
「そう言い切られても困るよねぇ……。僕も掃除手伝うから帰りなよ」
「嫌ですっ!」
「嫌ってお前に拒否権あると思ってんのか、この馬鹿」
「馬鹿ですっ!」
リビングの真ん中に正座するオレを見下ろす三人の男は、顔を見合わせて同時に溜息を吐いた。
この家の主である正武家玉彦こと通称玉様は、鈴白村という田舎の村のお金持ちだ。
代々何かの仕事をしているらしいけど詳しくは知らん。
オレと同じ大学に通っていて、とにかく文武両道眉目秀麗を絵に描いたような男で、数ある女の子の誘惑に一切惑わされずストイックなまでに比和子ちゃんという既に実家に住まわせている婚約者だけを愛でている不健全な男だ。
遠く離れているんだから一回くらい浮気したってバレないのに絶対に君子危うきに近寄らずで合コンにも参加しない。
一時期男にしか興味がないんじゃないかと噂が流れたくらいだ。
そしてオレに冷たい視線を向けるインテリ眼鏡は御門森豹馬だ。
すげぇカッコいい名前だ。
コイツはどっちかっていうと三人の中では非情に(非常ではないところがポイントだ)斜に構えていて、基本的にみんなに冷たい。
冷たいというか、自分の利益にならないような人間は必要ないと考えている節がある。
それと、ちょっとだけ……たまにデレる時がある。
最後に須藤涼。
この中では一番普通の人間だ。
人あたりが良く、いつも誰かが近くに居る。だいたい女だけど。うらやま。
オレに一番優しいのも須藤だし、一番遊んでくれるのも須藤だ。
結構遊びまくっているくせして成績がオレと雲泥の差なのはなぜなんだぜ。
「まぁ鈴木がこう言い出したら帰らないから、しばらくの間は置いてあげようか」
「須藤大好き!」
「……それは構わぬが、明日は守が来る予定ではなかったか?」
「あ、そっか。じゃあ鈴木、帰ってよ」
「なんだよ、オレよりも須田を優先すんのかよー!」
「当たり前だろ。須田は真っ当な理由があって来るお客様なんだからな。お前と違って」
「オレだって生死が関わる事態なんだよー!」
「自業自得だろ。掃除しろ」
「掃除したって暑いもんは暑いんだよー、どうにかしてくれよ御門森ぃ」
「掃除して一時期しのいで、夏休みに鈴白村に疎開しろ。あっちは涼しいぞ」
「それは、全力で、断るッ!!」
御門森のススメを全力でオレはお断るッ!
なぜなら去年、毎週末村へと帰る玉様と御門森にくっついて一度オレは鈴白村へと赴いた。
連休で特に予定も無かったオレは、田舎の名士の玉様の実家でお坊ちゃまのご友人という待遇で色々と優遇されて過ごせると思っていたが、蓋を開けてみれば、鬼の形相の双子の婆さんに見張られる、お屋敷で迷子になる、野菜の選別作業の手伝いをさせられて(でも日当は貰ったけど)、挙句の果てに訳のわかんないセーラー服の半魚人に襲われて散々な目に遭ったのだ。
絶対にあの半魚人は夢じゃなかったのに、帰りに玉様と御門森に夢だと言い包められたがオレは納得なんかしちゃいなかった。
でも玉様が「そう言うものだと思え」と言ったから、そう思っておくしかない。
だってあの場でもっと言い張れば、オレはたぶん山奥に捨てられて、今この世には居なかったはずだからだ。
そんな経緯もあって、たとえ村が涼しかろうがオレは行くつもりはない。
玉様たちの故郷には危険が一杯なのだ。