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物置部屋から廊下に出された荷物は問題解決までそのままで、と言った玉彦はそのまま小難しく眉間に皺を刻んで、離れの書庫へと行ってしまった。
私と竜輝くんは二人へっぴり腰で地の底へと続きそうな階段を見てから部屋を出る。
「せめて階段を掃いておきましょうか?」
「そのままで良いと思う。だって下手に階段降りて、振り返ったら出口が無くなってたとかしたら大変だもん」
「そんなこと、あります?」
「有り得るのがここのお屋敷でしょうよ」
私は竜輝くんと会話しながら、自分が落ちた井戸の事を思い出していた。
神守の眼を持つ者じゃないと反応しない逃げ道があるくらいだから、正武家の人間じゃないと反応しない部屋があってもおかしくはない。
現にお正月を過ごす家中の間に入るためには宣呪言が必要で、稀人ですら部屋の存在は知らない。
狭い家なら外から見ておかしな空間があることに気が付くかもしれないけれど、なにせ無駄に広いお屋敷である。
しかも周囲は塀で囲まれていて、関係者以外の目に触れることは滅多にないし、あえてお屋敷の間取りを知ろうとする人間もいない。
ずっと住んでいる澄彦さんや玉彦でさえ今回の部屋の事は知らなかったくらいなのだ。
と、そこまで考えてから、もしかすると竹婆は知っているかもしれないと思い付く。
早速本殿の離れへと足を向けようとしたら、竜輝くんが私を止める。
「比和子様。しばらくは母屋から出来るだけでないように、と玉彦様から言われております」
「でも竹婆のところよ?」
「現在本殿の離れでは僧侶の方が休まれています。比和子様がいらっしゃると気を遣わせてしまいます」
「言われてみればそうだけど……。でも寝てるんだったら大丈夫じゃないの?」
「寝ていても、比和子様に万が一があるといけないので行ってはいけないと竜輝は思います」
確かに彼らの帰りを出迎えようとした私を澄彦さんが止めたくらいだし、お屋敷の敷地内で悪いモノが影響しづらいとはいえ、何が起こるかは分からない。
何度かそういうこともあったから。
「わかったわ。じゃあ、多門のお見舞いに」
「多門さんは本殿でお休みになられています。母屋ではありません」
「本殿なら行っても大丈夫じゃないの」
「本殿は澄彦様の許可がないと出入りは許されません」
「……そう。そうよね。わかった。じゃあ台所に行きましょ」
どうしても私を母屋から出歩かせたくない竜輝くんはあからさまにホッとした表情を見せた。
何となく、気付いてはいたのよ。
澄彦さんも南天さんも、竜輝くんも。
私と多門、僧侶の人を接触させない様にしたいってこと。
悪いモノに影響されるかもしれないからってことだろうとは思うけど、それ以外にも何か理由があるのではないかと竜輝くんの態度を見て尚更思ったのだった。
澄彦さんの午後のお役目が終了し、私たちは彼の母屋の四畳半に集合していた。
離れの書庫で顛末記を漁っていた玉彦は、やはり隠し部屋についての記述は無かったと言う。
数百冊もある顛末記を全て確認した訳ではなく、確実ではないが、と付け加えた。
基本的に顛末記はお役目に関してだけだから、余程の理由がない限りお屋敷の母屋の事は書かれていないのだろう。
お役目に参じていた神守の事ですら記述は曖昧だ。
と、ここまで考えて、やはり竹婆に聞いておけば良かったと思う。
井戸の件も知っていたし、本殿の巫女ならば知っていても不思議ではない。
隣で小難しい顔をしていた玉彦にそう言ってみれば、既に竹婆には確認済みだと言われてしまった。
「さてさて。奇妙な部屋もあったものだ。長年知らずに頭の上に部屋があったとは」
澄彦さんは埃が積もる階段を懐中電灯で照らす。
階段は人一人が通れるくらいの幅で天井は低く、少し腰を屈めて上らなくてはならない。
ますます隠し部屋っぽい。
「じゃあちょっと見てくる」
そう言ってワクワクした様子の澄彦さんが踏み出すと、南天さんが右手で制止する。
「何があるのか分からないので、私が行きます」
「屋敷で当主に害のあるものがあると思うか?」
「井戸の件があります。たとえ屋敷であっても万全を期すべきです」
渋る澄彦さんから半ば奪い取る様に懐中電灯を手にした南天さんが周囲を確かめながら一歩ずつ進む。
きっちり十五段上ったところで、南天さんの身体は左を向き、ガタゴトと戸らしきものを揺らしてから戻って来た。
「古い戸板がありますが、中で物がつっかえているようで開きませんね。外せるような造りではないので蹴り破るしかなさそうです」
頭に蜘蛛の巣と埃を盛大に乗せた南天さんは数回くしゃみをして、玉彦が私を背に庇った。
いやいや、埃でくしゃみが出ただけで風邪の引き初めのくしゃみじゃないんだから。
「不穏な気配はしたか?」
「特には」
「じゃあ僕が行ってみよう。神守の眼みたく、正武家の人間にしか開けられない戸なのかもしれない」
「そうそうその様なことがあるとは思いませんが……」
南天さんから懐中電灯を渡された澄彦さんは軽快に階段を上り、問題の戸に手を掛けると、動きを止めて階下の私たちを見た。
「開いた」