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5


 午前中は竜輝くんが澄彦さんの母屋、私は玉彦の母屋と役割分担をして雑事に当たる。


 と言っても、使用頻度が高い場所の掃除と洗濯は自分の物だけだったし、外で庭の掃き掃除でもと思ったけれど今日はあいにく小雨が降っていたので出来なかった。

 これはもしや五村の意志が私に無理をさせないために降らせたんじゃないかと思ってしまう。

 だって今日の天気予報は晴天で、傘を差して表門に立った私の眼下に広がる石段の途中から雨が降っていなかったのだ。

 遠目に見えるお祖父ちゃんの家の前の道路は乾いていたし、あぜ道に軽トラを停めてぽつぽつと畑仕事をしている人たちがいる。


「一体なんなのよ、もう」


 一人で文句を言って、そのまま金魚池で金魚たちに餌を撒き、部屋へと戻れば玉彦が寝ていた。

 私が部屋に入っても起きる気配はまるでなく、深い眠りに落ちているようだ。

 お布団の横に座り込んで寝顔を見れば傷一つなく、いつもの玉彦で安堵したけれど、枕に流れる髪が短い。

 毛先は乱雑、まだ長いものもあって自分で切り落としたのだろうと思う。

 どうして切る必要があったのかと考えてみても、私の記憶の中では、清藤の粛清時に西の地へと赴いた玉彦が狗の供養の為に供物が無くて髪を供えたことと、高校の時に須藤くんが身代わりとして切り落としたことくらいしか思いつかなかった。

 どちらにせよお役目関係で切り落とさなければならない状況だったのだろう。

 そうじゃなければ私のお願いで面倒でも伸ばしていた髪を切ることなんてないはずだ。


「お疲れ様。玉彦」


 頬を撫でても身じろぎしない玉彦を部屋に残し、私は静かに部屋を出た。


 玉彦の深い眠りはお力を消費してしまったから。

 ある程度回復するまで無理に起こしてはいけない。


 そろそろ昼餉の準備に取り掛からなくてはと台所へ行くと、既に下ごしらえを終えていた竜輝くんが難しい顔をしてダイニングテーブルの椅子に座っていた。


「竜輝くん?」


 声を掛けられて竜輝くんはハッとして私を見る。

 よほど何か考え事をしていたようだ。


「どうしたの?」


 隣に座れば竜輝くんは私の方に身体を向けて、声を潜める。


「澄彦様の母屋に、知らない部屋があったのです」


 玉彦の母屋でも数十の部屋があり、大昔に使用人を大勢抱えていたことが窺えるから、澄彦さんの母屋も同じくらい部屋はある。

 当主と次代の母屋は左右対称の対になっているので、部屋数は同じはずだ。


「それは入ったことのない部屋? もしかして奥の間じゃないの?」


 澄彦さんが月子さんの為に改築までした無駄にファンシーな部屋である。


「違います。『二階』があったんです」


「はっ?」


「ですから『二階』です。竜輝は玉彦様の母屋は目を閉じて歩けるほど知っています。なので鏡写しの澄彦様の母屋もそうなのだろうと思っていたのです。でも、二階へと通じる部屋があったのです」


「通じる部屋?」


「澄彦様の母屋に窓もない四畳半があるのはご存知ですか?」


 ご存知も何も私が澄彦さんの母屋へ家出した時に使用させてもらった部屋である。

 三方を囲まれ押し入れもなく、お世辞に言っても使い勝手が良い部屋ではない。

 こちら側にも同じ部屋があるけれど、そこは物置になっているから開けるなと玉彦から言われている。

 開けるなと言われても気になった私が前にこっそり覗いたら、確かに戸棚などがあり、畳には積み上げられた段ボール箱があったので物置として使用されていた。とんだ肩透かしである。

 知っている、と頷いた私に竜輝くんも神妙に頷く。


「部屋の正面に床の間があるのですが、なぜあのような部屋に床の間があるのか不思議に思いまして」


「あったらおかしいの?」


 床の間とは、和室で掛け軸を掛けていたり生け花が飾られている一段高い空間だ。


「本来床の間とは、お客様を迎えるお部屋にあるのです。なので障子を開ければ見晴らしが良く、陽の当たる部屋なのですが」


「見晴らしも何もあの部屋からは絶対に外は見られないわ。窓もないから陽も当たらない……」


「そうなのです。ですからお客様を迎えるには適した部屋ではないのです。なのに床の間がある」


「え、やだ。ちょっと面白いことになってきたわね」


「一先ず掃除をと思いまして、床の間を拭いていると掛け軸が掛けられた壁がですね、こう、くるりと」


「忍者屋敷!」


 思わず竜輝くんを指差して大きな声になってしまい、竜輝くんはシーッと唇に人差し指を当てた。





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