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7


「こちらへ帰って来てから、すぐ、です。角如様は二度も約束をお破りになられたので。罰を与えました」


「こ、殺したのか!?」


 腰を浮かせた俺に優心は微笑む。

 どうして、なぜ微笑むのだ。


「罰を与えたら、死んでしまった。それだけです」


「坊主って殺生は禁止だろう?」


 多門の言葉に頷けば、優心はふるふると首を横に振る。


「私は罰を与えただけです。死んでしまうとは『思わなかった』」


 五戒には不殺生戒というものがある。

 無益な殺生を禁ずるものとして世に広まっているが、解釈によっては抜け道があるのだ。

 それは『故意』に殺してはいけない、というものだ。

 死んでしまうと思わなかった、と言ってしまえば故意ではないということになる。

 五戒には背いていないと。


「二回も角如は覗いたのか?」


「いいえ。いいえ。一度目は私との約束をお破りになり、二度目は不邪婬戒を犯されましたので」


「おい、ふじゃいんかいってなんだよ?」


「不道徳な、性行為」


「いや、つーか、それは、一回目でもしてただろ!?」


 身も蓋も、デリカシーも無く、悪びれもせずに少しだけ声を大きくした多門は俺に突っ込む。

 すると優心は俯き、肩を震わせて両手を握り締めた。


「角如様は、最初は私を求めました。けれど……二度目は……。私に依代として他の女性を、清藤都貴と云う方を降ろして身体を差し出せと、申されました……」


「はぁっ!?」


 傍目にも判るくらい動揺を見せた多門は思わず立ち上がり、瞬きを何度も繰り返した。


 清藤、都貴?

 清藤の狗である駒は多門が作って、姉に渡した……。

 清藤、多門……? 蘇芳様は正武家の稀人である多門とだけ俺たちに紹介したが、名字は、清藤……?


 複数の事柄が一つに繋がり、俺は身の毛がよだつ。


「亡くなられた方を降ろすには生前身近にあったものが必要で。駒を呼び出してもらいました……。私は一度だけ清藤都貴と云う方にお会いしたことがありましたので、出来ればその時と同じような状態でと角如様に願いました……」


 ぽつぽつと語る優心は先程までゆったりと構え、余裕さえ見えていたが段々と感情を露わにして声を荒げた。


「角如様は唇を噛まれ血を流しても笑って、おられました。これからのことに想いを馳せておられたのでしょう。私は思いました。角如様は不邪婬戒を既に心で犯していると。ですので、罰を。石で頭をっ」


 ぐふっと胃液が込み上げ、口を手で覆う。

 角如様の頭を石で、ひ弱な優心がかち割ったというのか。


「駒は角如を助けに入らなかったのか?」


 冷静を装う多門が錫杖を軽く振って駒を指す。


「角如様との口づけの際に、私の血を混ぜました。その血を駒に口づけることを怖がった私に代わり、角如様は知らずに駒へと触れさせましたので……」


「譲渡の方法は知ってたのか……。角如はまさか嵌められたと思わなかっただろうな。そんな状態なら」


「えぇ。左様です」


 申し訳なさそうに肩を竦めた優心に冷めた視線を送った多門は、俺の二の腕を掴み立ち上がらせた。

 よたつきながらも立った俺は無意識に腰に手を回し、札の存在を確かめる。


「お前は最初から角如を殺す気だったんじゃないのか?」


「そのようなことは! 絶対にありません……」


「だったらなぜ駒を譲渡させた」


「それは、それは……。角如様が『私』を求めてくださらなかったからです」


「ごめん。意味が解んねぇ」


「角如様が私を求めてくれたなら、それは不邪婬ではないでしょう!? いたずらに私を通して他の女性を抱きたいというのは不道徳ではありませんか!? 角如様は駒がいる限り、決してあの方を忘れない。ならばいっそのこと離してしまおうと」


「そういう理屈かよ。はっきり言うけど。角如からすれば優心が相手でも他の女が相手でもそこに愛ってヤツはなかったと思うぜ?」


「それでも良かったのです。私を求めてくだされば、女であるということを他の僧たちに口外しなければ『不道徳』や『覗いた』という罪はないものなのですから」


「いや、不道徳には抵触するだろ」


「いたしません。なぜなら私は……角如様を慕っておりました」


 優心の吐き出した言葉に多門はケッと不遜に答えた。


「そしてお前はあれだろう? 実は蘇芳様もお慕いしています、って言うんだろう? 自分を見てくれるヤツは全部好き。そういうやつ、よく知ってる。お前の生い立ちには充分同情するけど、人を殺して良いことにはなんねぇんだよ。自分以外の人間に目を向けたヤツを片っ端から殺せる力を持ったヤツを見逃すことは出来ない。大人しく駒をオレに寄越して自首しろ。一人くらいなら事情も事情だし、何年かで出てこられるだろ」


 多門はそう言って黒駒と睨み合っていた駒との距離を詰めたが、優心が指先を振るい、小さな狗神が牙を剥く。


「二人です。いえ、三人か四人になるかもしれません。どちらにせよ私はもう、ここから立ち去らねばならないようです。ここにはもう私の居場所はありません」





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