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第十章『清藤の残滓 後編 狗神』


━━━━━━━━━━━━…………








「お願いがあるのよ、角如」


 その人は黒い狗を優しく撫でつつ、柔らかな赤革のソファーにゆったりと腰かけ、艶めかしく語りかけた。


「さて。わたくしめに出来ることならば、何なりと伺いましょう?」


 温い紅茶に口を付け、角如様は上目遣いに笑う。

 洋室にそぐわない袈裟の僧侶と、狗を従えた黒髪が美しい洋装の女性。

 互いに見つめ合い、それから微笑み合う。

 ちぐはぐだが見惚れるほどの美男美女に目を奪われる。


「清藤の主家である正武家をね、潰そうと思っているの。だから、力を貸してちょうだい」


「どの様な?」


「そうね。貴方には当主が外部の人間を頼られぬようにしてもらいたいわ。いるでしょう? 蘇芳という名の封印師。その寺に入り込んで時期が来たら助勢出来ない様に足止めをしてほしいのよ」


「あぁ例の寺の者ですね。しかしあそこに入り込むのには骨が折れますよ?」


「普通の人間ならそうでしょうけれど、僧の貴方なら出来るでしょう? 誘いは来ているのよね?」


「来てはおりますが……。そこに勤めると中々娑婆に降りられなくなりますね」


 苦笑された角如様の隣に女性は狗を連れて羽のように座る。

 そして肩にしな垂れかかった。


「正武家を潰したあと、清藤が力を貸すわ。蘇芳諸共消しましょう。それまで我慢してちょうだい。そうだわ。この子を貸してあげる。きっと役に立つわ。名前はね、駒っていうの。優秀な狗を産んだ子なのよ」


「狗、ですか」


「そう。今の清藤の狗は大体この子の血筋。弟の腕も良くってね、優秀な子が多いのよ」


「しかし如何に優秀とはいえ僧が狗を従えるのは……」


「大丈夫。本来の主従の主は私だもの。一時いっとき貴方に貸すだけ。簡単よ? 貴方の血を少しだけ口に垂らして飲ませれば、貴方を主と認めるわ」


 女性はおもむろに角如様の唇に自身の唇を重ねる。

 すると一瞬角如様は顔を顰めた。

 口元から一筋、赤い血が流れる。

 女性は赤く染まった唇を今度は駒と呼ばれた狗に触れさせ、しっとりと笑う。

 それから、わたしを見た。


「この子は?」


 唇に残されていた余韻を舌なめずりして拭い去った角如様がわたしに色めいた視線を流す。


「とある寺から任された小僧でしてね。依代として優秀なのですよ。見習いとして時折面倒をみております」


「そうなの。貴方も狗が欲しい?」


 片頬に優しく手を添えられ見上げれば、わたしの唇に触れようとした彼女は深呼吸をしてから目を細めて離れた。


「私、そういう趣味はないのよ。ごめんなさいね」


「どうかされましたか」


「……いいえ。人それぞれ事情があるものね」


「都貴様?」


「角如。まだ帰らないでしょう? あちらで呑み直しましょ。最近弟たちが大学で地方に行ってるから暇なのよ」


 女性に手を引かれ、角如様は部屋の奥へと行ってしまわれた。




━━━━━━━━━━━━…………








 無言、である。


 蘇芳様の部屋にて。

 平に平に下げた頭は上げられない。


 駆け付けた蘇芳様が荒ぶる多門を何とか宥め、足蹴にされていた俺は他の僧侶に助け出された。

 蹴られ続けていた身体もさることながら、自分が仕出かしてしまったことに頭が痛くなった。

 優心がなぜ竹筒を盗んだのか理由は判らない。

 けれどもその所業は間違っていることだけは確かだ。

 一介の僧侶である優心が竹筒に用などある訳がない。

 しんば俺と同じように興味を引かれたのだとしても、中に何が居たのか知ったのだから盗む必要も無かったはずだった。

 優心に何があったのか。

 問い質すにも俺に逃がされた優心は行方をくらまし、遅れて後を追った黒駒は数本の空になった竹筒を咥えて先ほど戻って来た。


「役目は続行する。責務は果たす。このままおめおめと引き下がるわけにはいかない。この件は既に昨日さくじつ寺の手を離れた。これからは正武家の稀人であるオレが主導を握る。異論はないだろう?」


「仕方あるまい。否とは言えん。必要な人員はこちらで用意しよう」


「人員はいらない。足手纏いはもうこりごりだ。思い込みで邪魔をされたら堪ったもんじゃない。優心が逃げ込んだのは即身窟だ。オレはすぐにそちらへ向かう。正武家への連絡は入れなくていい。あちらは別件で次代と稀人が五村を出る。当主は出張れない。連絡を入れても助力は望めない」


「わかった。次第を伝えたところでここまで来るのに時間が掛かるだろう」


「……こう云うのはオレの仕事だ。他の稀人には出来ない後始末。人の目を忍ばなくてはならない役目。血の臭いが漂う役目は」


「因果なものよ」


「誰かがやらなきゃいけないなら、オレがやる。少しでも次代を危険から遠ざけなきゃいけないから」


「如いては神守のため、か」


「それもあるけど……。狗が絡んでる事案は全部任されてるからな、当主に」


 頭上で繰り広げられる会話に耳を欹てていると、とんと肩が叩かれた。

 恐る恐る頭を上げると、肩に置かれた手は蘇芳様のもので、柳眉を下げていた。



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