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「でも現実は甘くない。これまで管狐に甘えてきた商才の無い一族は財産を食い潰して、家も途絶えた。まぁ閉じ込められていた管狐の叫びがずっと聞こえて気が狂ったんだろうけど。自業自得とはいえ最後の生き残りには同情するね。恩恵もなく、ただ恐怖だけ残されてたんだから」
「ならばいっそのこと寺に持ち込んで供養なりすればよかったのでは」
俺が口を挿むと多門はうーんと唸る。
「死んでもいないのに供養って出来ないんじゃねーの?」
「それは、そうだが……」
「ま、確かに持ち込んでしまって手放せば良かったけど、出来なかったんだろうなぁ。崇りも怖いけど、周りに管持ちの家ってバレて悪行が明らかになるのも怖かったんだろ。でも周りには既にバレてたにオレは三百円賭けても良い」
「え?」
優心は突然の賭けに言葉を詰まらせた。
「管持ちの家系って増えるんだよ、結婚で。そうしないと使役する管狐を減らせないだろ。結婚して所帯を持ったら生活するために管狐を数匹親から貰うんだ。そうするとだな、ご近所さんは増々管狐による盗難被害が増えるわけだ。バレるって。大した仕事もしてない家が富豪なんだぞ。警察という組織が現代に機能し始めてようやく管狐に頼らない様にしたんだろ。でも最後の子孫はご近所から疎まれて配偶者になってくれる人もいない。ついでに先祖が残した変なモノからは夜ごと何かの叫び声が聞こえる。で、死んで終わり。憑き物の家系には良くある話だよ」
大人しく侍る黒駒の頭にポンと手を乗せて愛おしそうに撫でた多門は小さく溜息を吐いた。
管狐とは狐が憑いた家。
では元狗神を従えていた多門の家はどうなのだろうか。
狐憑きと同じく、俺は狗神憑きという言葉も聞いたことがある。
彼の家も憑き物の家系なのか、それとも正武家という一族が憑き物の家系なのか。
聞いて良いものかとあぐねていれば、多門はそんな俺を見遣り、自分が最後の生き残りだと自虐的に笑う。
優心は俺の膝を一度だけ非難めいて叩き、多門に同情の目を向けた。
あれだけ貶められる発言をされておきながら憂慮する心を持ち合わせている優心には頭が下がる思いだ。
「では僕たちはこれから管狐を捕まえるわけですね」
話の先を直面する問題に戻した優心は、ふんふんと意気込み空元気を見せた。
気弱な優心。
本当は恐ろしくて仕方がないはずである。
優心に気遣われた多門は気恥ずかしそうに顔を背けて黒駒を縦横無尽に撫でまわし、それから竹炭色の竹筒を手に取った。
そして何事も無かったかのように話しだす。
段々とこいつの本性が解り始めてきたような気がする。
「管狐は長いこと閉じ込められて餌も貰えず餓えた。んで、常態を保てなくなり腐った。だからあんな臭い。お前さ、優心だっけ? 管狐ってどんなだと思う?」
「狐じゃないんですか?」
「稲荷狐が小さくなった感じじゃなくて、カワウソっつーかフェレットっつーか、あーオコジョ? みたいな外見なんだ。でも腐っちまってるから、でろーんって長い感じになってるとオレは思う。元の飼い主が死んじまってるから戻るところも無くて住処の竹筒があるこの寺の範囲に居ることは間違いない。でー、ここからが面倒なんだけど。てゆうか一番大事なとこなんだけどな」
竹炭色の竹筒を宙に投げては受けるを繰り返した多門は最後に力強く掴むと、そのまま腕をこちらに突き出した。
「この中に居たのは管狐じゃない」
「な、何が居たんですか?」
「七十五匹まで狐を増やさない様に宿主はとんでもねぇ仕掛けをした。増えた管狐は子孫に分けるのが普通だが、分けられない、でも家は潰したくない宿主は管狐を多分この中にいる奴に喰わせてた」
「く、喰わせた、ですか……」
「どんな奴が中に居たのかはオレにも解からない。でも血生臭いことからヤバい奴ってことは解る。だからお前たちは管狐以外の何か細長いヤバそうな奴がいたら逃げろ。オレが対処する」
人に従うもの、それを喰らうもの。
危険なのは後者。
躊躇することなく自分が対処すると言ってのけた多門に頼もしさを感じるが、本当に任せて大丈夫なのだろうか。
年齢は俺とさほど変わらず、けれど能力は明らかに高い。
しかし危険なものと解かっているのに一人で対処させて良いものなのか。
ここは蘇芳様にご助力を願うのが正解なのではないか。
せめてもう一人。外へ出ていない寺の手練れの僧侶に声を掛ける選択肢もあるのではないか。
「足手纏いのお前たちが居なきゃ、オレだけで全然終わらせることが出来たんだけどなー」
前言撤回する。
こいつは驕り高ぶった態度を改める為に、一度痛い目に遭った方が良い。