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 ぽつんと縁側に座り込んで、視界の大半を占める黒塀をぼんやりと眺める。


 塀の前には年に二回訪れる庭師が剪定する草木が植えられており、つい先日も庭師が来てくれたお陰で生き生きと枝を伸ばす緑が鮮やかだ。

 盛夏と呼ばれる七月だけど近年は夏が長く、そして暑くなっている気がするのは私だけではないはず。

 八月は晩夏だけれど、九月になっても全然暑さはそのままだし下手をすれば十月の真夏日だって在り得る。

 季節がはっきりとしていて美しい日本の四季は徐々に失われつつあっても、私の目の前で育つ草木には関係の無いことなんだろうな。


 などと仕方の無いことを考えていると、鈴木くんの禊を終えた様子の玉彦が戻って来て、無言で私の膝に頭を預けて寝転ぶ。

 仰向けのまま腕組みをし、小難しい顔で天井を睨み付けている。

 私は彼の眉間の皺を人差し指で解しつつ、再び庭へと目を向ける。


しばらくの間、鈴木の面倒を見てやろうと思っている」


「そんなに調子が悪いの?」


「いや……。仕事に支障をきたしてしまい、職場から一か月ほど休職せよと言われたようだ」


「……そっか」


 職場の市役所で調子の悪い鈴木くんは病院を勧められて、きっとうつ病か何かの診断が下されたのだろう。

 不可思議なものが視えると言ってしまえば精神的な何かを疑われてしまうことは良くあることだった。


「鈴木は実家住まいだったのだが、両親がな、大人になっても虚言癖が治らなかったのかと鈴木を酷く責めたようなのだ」


「それは、ちょっと辛いわね……」


 小さな子供は六歳位まで視えていることがある。

 親に言っても子供の言うことだからと信じてもらえず、鈴木くんの親御さんの様に子供には虚言癖があると勘違いしてしまうこともある。

 自分たちに視えないからといって子供が視えているものを頭ごなしに否定してしまうのは悲しいことだ。

 しかし視えなくて当たり前な世の中だから否定してしまうのも無理はなかった。


「両親は鈴木を入院させようとし、アイツは逃げてきた。転がり込めるところはここしかなかったようでな。比和子を第一に考えねばならぬ時期だが……鈴木を放っておくことも出来ぬ」


「私は大丈夫だよ。みんながいるから」


「そう言ってもらえると有り難い。頼ってきた者を追い返すことは出来ぬゆえ」


 反対されると思っていたのか、玉彦は私の返事に安心したように眉間の皺を消していく。


「数少ない玉彦のお友達だもの。大事にしないと罰が当たるわよ」


 私がそう言うと、玉彦は片眉を上げて心外だと口にする。

 心外も何も本当の事でしょうよ。


「数少なくない」


「少ないでしょ」


「離れので会う以外はみな友人である」


 と玉彦は思っているけど、実際のところそんなに甘くないことを私は知っている。

 でもそう思っている玉彦をわざわざ否定する必要もないので、それは失礼いたしましたっと額にデコピンをした。




 それから、である。


 鈴木くんは余程憑かれて疲れていたらしく、禊を終えて母屋の一室に案内されると倒れ込んで泥の様に翌日の朝まで眠っていた。

 朝ご飯は台所で稀人と一緒に食べたようで、午前中も部屋で休んでいた。

 澄彦さん曰く英気を養うためには食事と睡眠が一番だそうで、澄彦さんも玉彦もお役目でお力を消費し過ぎてしまうと長い睡眠を必要とする。

 鈴木くんは玉彦の客人なので澄彦さんはあれこれと言わなかったけれど、早めに解決しなければ身体の負担も大きく、社会復帰するために短期間の休養で済ませるのが良いだろうと玉彦にアドバイスをしていた。


 二人とも午後はお役目があり、私は縁側でお目付け役の黒駒に凭れ掛かって寝そべり、だらしない格好で玉彦の顛末記を読んでいた。


 玉彦の顛末記は小学一年生から始まっていて、六歳からお役目に出ていたことに驚く。

 六歳の私は重たいランドセルを背負って、お隣の幼馴染の守くんと手を繋いで登校していた頃だ。

 正直記憶も曖昧だ。

 担任の先生が誰だったとかは覚えているけど初めての遠足で何があったのかとか全然覚えていない。

 記憶が鮮明に残っているのは小学高学年くらいから。

 玉彦は自分のお役目は全部覚えているって言っていたので、私の記憶能力は劣っているのかもしれない。


 幼少期の玉彦は先代当主の道彦と一緒にお役目に出ることがほとんどで、不測の事態が起こると道彦がサポートしてくれていた。

 ということは、私たちの子供は澄彦さんがサポートしてくれるのか。

 ちょっと、いやかなり心配だ。


 歴代の顛末記を読んでいると、偶数代と奇数代の当主には明らかに特徴があった。

 偶数代の道彦や玉彦は所謂いわゆる慎重派で、手堅くお役目を熟すタイプ。

 対して奇数代の水彦や澄彦さんは行き当たりばったり出たとこ勝負の、何とかなるさタイプ。


 子供は奇数代になるから、何とかなるさタイプに当てはまることになるのか。

 私の暴走癖と相まってとんでもないことをやらかすことになるんじゃないかと今から増々心配だ。


 下腹部を撫でてもまだここに命がある実感がない。

 もう少し大きくなってくると実感が沸いてくるのかな。

 なでなでしていると、微睡んでいた黒駒が弾かれた様に頭を上げて耳を前後に欹てる。


「どうしたの?」


 ふさふさの背中を撫でればむくりと起き上がり、襖を警戒し始める。



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