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6


 とは思ったものの、己の実力というのは一朝一夕で向上するものではなく。

 手にした九本の竹筒の蓋が開くことはなかった。


 ただ一本だけ。

 茶色の筒ではなく黒い竹炭たけすみのように煤けている端の筒だけは既に開いていた。蓋はどこへ行ったのか無い。


「信久……?」


「駄目だ。やはり開かない」


「そうでしょうともよ。角如様ですら開けられなかったんだから」


 手にしていた二束の竹筒を優心は呆れたように俺から取り上げ、蘇芳様が置いていた文机に置き直す。


「僕たちが簡単に開けられるような品物ならここにはありませんよ」


「お前も試してみたのか?」


「試しませんよ。僕の力はそういうたぐいのものじゃないのは知っているでしょ」


 視える俺とは違い、優心は視えないという。

 身体を依代とすることで成仏できない者を降ろし、その身を他の僧に拘束させて除霊、もしくは浄霊してもらうことに特化している。

 だからいつも優心は誰かのサポートとして相談者宅へ出向く。


 優心は今さら知らない訳でもないでしょう、と置き直した竹筒を一束手に取り、無理だと証明するために竹筒の蓋に華奢な指先を添えた。


 するとどうしたことか添えた指先の下から黒とも灰とも言える煙が滲み出す。

 俺が開けようと試みた時には視られなかった変異にあっと思い、しかし視えない優心は絶対に無理無理と言いながら爪を立ててしまった。


「やめっ……!」


 言葉で止めるよりも早く手を伸ばしたが、遅かった。

 一つの蓋がポンッと音を鳴らし、続けざまに数珠繋ぎで他の蓋も触れていないのに次々とポンポン良い音を鳴らす。

 文机に置いていた残りの一束の竹筒も同様だった。


「え、え、え、ええええっ!?」


 驚きのあまり優心の手から投げ出された竹筒は宙を舞いながら小さな四つの黄色い光を放ち、四方に飛び散ってしまった。

 文机の竹筒の中身も。


 これは不味いと瞬時に考えた俺は直ぐ様、竹筒の中身を捕まえて戻そうとしたがどうしたことか小さな黄色の光は部屋を隅々捜しても既に気配は無くなっていた。

 中に何が居たのか確認することすら出来ず、気配を追うことも出来ず。

 俺と優心が呆けていると、忘れ物をしたと足早に戻って来た蘇芳様が部屋の惨状を見て唖然としたのだった。


 俺たちの様子と竹筒の状態を見て全てを悟った蘇芳様は、俺たちを責めることなく、袂からスマホを取り出すと赤いピアスがされた耳にそっと当てた。


「おはよう。いや、すまん。朝早くから。貴様のところに鼻の利くヤツが居ただろう? ほれ、あの。嫁御殿と前に来た狗を従えた。……あぁ、そうそう、そいつ。そいつを少し貸してくれ。いやなに、ちょっとした失せ物があってな。捜して捕まえて欲しいのだ。……あぁ? 貴様だと消してしまうだろうに。兎も角、早くこちらへ寄越してくれ。早急にだ」


 溜息とともに話を終えた蘇芳様はスマホを袂に戻して、俺たちの前にしゃがみ込んだ。


「身体に不調はないか。……そうか。それは良かった。お前たち二人が無事で何より」


 蘇芳様の言葉に頷き、土下座をして下げた頭にそっと優しく手が乗せられた。









「あるあるだよね。ダメだって言われてんのにやっちまうあるある。しかも自分じゃなく他の奴が無理だと思ってやったら出来ちゃうパターン。ここまでお約束通りって感じ」


 俺の話を聞いた多門は目を細めて、小馬鹿にするように、いや、小馬鹿にして笑った。


「んで、その問題の竹筒がコレなわけね」


 多門は人差し指と親指で摘み上げた竹筒を鼻に持って行き顔を顰め、続いて嗅がされた黒駒も主と同じように鼻の上に皺を作り、顔を背けた。


「腐った臭いがする。獣の腐った臭い。竹って消臭効果もあるのになー」


 無造作に放られた竹筒の束を受け取った蘇芳様は鼻を寄せたが首を傾げただけだった。

 多門は続いてもう一つの竹筒の束を手に取る。

 それは既に蓋が開いていた竹炭色の筒を含む束だった。


「問題はこっち。四本はまぁアレだけど、コレね。コレだけ違う」


「違う?」


 蘇芳様が膝を進めて、指し示された竹炭色の筒をまじまじと見た。


「これだけ臭いが血生臭い。てゆうか、お前も何で血生臭いの?」


 多門は顰めていた顔を増々顰めて、蘇芳様を通り過ぎた視線は真っ直ぐに優心を睨んだ。

 振り返った蘇芳様は肩を震わせた優心を見て、深く息をく。


「朝から貴様が肉を食いたいと言ったからだろうに。優心が貴様の食事だけ別に用意したのだ」


「まぁ確かに肉って言ったけど、肉って鈴白じゃあるまいし山で捕って来た肉じゃないだろ……」


「鼻が良過ぎるというのも考えものだな」


 些細なことに拘る多門に蘇芳様はしっしっと面倒臭そうに手を払う。

 多門は優心をもう一度見てから視線を逸らして、手元の竹筒に興味を戻した。




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