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貫主である蘇芳様の下には三人の大僧都がいる。
彼らは蘇芳様に何かあった場合、この寺を継ぐ為に据えられていた。
特異な存在のこの寺は代々受け継がれるものではなく、貫主が亡くなった際に寺に居る一番優秀な僧侶が貫主となる。
僧階が如何に低くとも能力さえあれば選ばれるというなんとも下剋上なシステムだ。
通常僧階とは僧侶になった年月と様々な実績が考慮され決まるが、ここでは年月はともあれ実績だけは普通の寺勤めの僧侶よりも積める。
だからここでは僧階の高い年下の僧侶が年上の僧侶の上に立つことが儘にあった。
そのせいで軋轢がうまれることもあるが、悔しかったら実績を上げろ、というだけの話である。
貫主が亡くなる時に僧階が低くとも選ばれる理由は、能力が優れていてこの先誰よりも実績を積み僧階が高くなることが予想されるからだった。
現に蘇芳様は二十歳の時点で貫主となった。
これは異例中の異例で、寺内外から様々な意見が噴出し混乱を極めたと伝え聞いている。
そうしてここで一枚噛んできたのが例の正武家澄彦なる人物だった。
それまで寺とは一切関わりの無かった正武家が一つ、依頼を持ち込んだのだ。
多大な謝礼金を伴って。
持ち込まれた依頼には寺が総出で取り掛かったが解決出来ない。
これでは寺の沽券に係わるとなったとき、貫主保留となっていた蘇芳様が乗り出して無事解決の運びとなり、以降蘇芳様が貫主となることに異議を唱える者はいなくなったのだという。
正武家とはこの一件で縁が出来、ずっと蜜月な関係が続いている。
蘇芳様と正武家澄彦は大学の学友であったことから二人が謀ったのではないか、と憶測も飛んだようだが実際寺の僧侶は依頼を解決出来なかったのだから真実がどこにあるかはもう問題ではなかった。
三人の大僧都の一人に角如という人物がいる。
娑婆での依頼が大好物で呑む打つ買うの三拍子を兼ね備えてしまっている僧侶だ。
世間ではこういう僧侶を生臭坊主と呼ぶ。
見目は無駄によく、俺が寺へ来る前に在籍していた瀬人という僧侶と寺中では二大人気があったそうだ。
寺中での人気とは口にしたくもないが、はっきり言ってしまえば男色だ。
男盛りの僧侶たちが暮らす寺に女はいない。
自然と身近にいる男に目が行ってしまうことと、昔からの慣習で男色はごく当たり前のこととされていたために女犯よりはマシといった感じのノリである。
男同士で本当にそんなことを寺でしているのかと俺は疑問に思うが、外への依頼に出たがる僧侶が多いことから人気は憧憬に近いものだと認識している。
ともかくこの角如という人物は、寺よりも外に滞在している時間が長く、時折帰って来ては騒動を起こしてどこかへふらりと出て行く。
蘇芳様はやることさえしていれば良いと黙認していた。
そして今回、この角如様が持ち込んだ一つの遺品から騒動は始まった。
七月。
角如様と優心は蘇芳様から正武家とは別件で持ち込まれた依頼を解決するために、東北地方へと出向いた。
とある寺の檀家が亡くなり、独り身であった故人の遺言で寺に遺産が全額寄付されたのだが、処分する遺品の中にそれはあった。
直径一センチ、長さ十センチほどの茶色の竹筒が十本。
五本で一組にされ横並びになっていた竹筒は、細縄で雁字搦めにされていた。
其々の竹筒の口には蓋がされており、ぴったりと筒の口にハマった蓋は爪で引っかいても開けられなかった。
振ってみても中に何かが入っている音はしない。
しかし異質なものを感じ取った角如様は寺へと持ち帰り、依頼を了とした。
竹筒は視えない何かで封印されていると踏んだ角如様は蘇芳様にそれを預け、ふらりと寺から出て行った。
中に何が封印されていたのか見届けることも無く。
生臭坊主の角如様だが、務めに関しては真摯な姿勢であったはずなのに、である。
封印されているものは大したものではない、と思ったか、将又封印を解いた際に何事か起きて蘇芳様が不測の事態に陥り、後釜の自分が巻き込まれては堪らない、と身を隠したのかは定かではない。
角如様から竹筒を受け取った蘇芳様は、それを部屋に置いていた。
時間が出来た時にでも開封作業をしようとされていた。のだが。
東北から戻った同室の優心から話を聞いた俺は、どうしても竹筒を見たかった。
いつも俺が任される依頼は些細なものばかりで、念仏を唱えて成仏させてしまえば終わってしまう。
他の人間には視えない者たちが視える俺に出来ることはそれだけじゃないはずだ、と日頃から思っていた。
俺よりも経験を積んだ僧侶の中には怪我をして戻ってくる者もあり、それはつまり実体化している何かを相手にしたことを示していた。
俺だったら絶対に引けを取らずに相手できると自負がある。
武道を嗜んでいたことはないが、喧嘩と運動神経には自信がある。
力でねじ伏せ足元に這い蹲った者に経を唱えて成仏させる。
想像しただけでも胸がすく思いだ。
俺は実際にその感情を味わえることが出来るかもしれない竹筒の中身に酷く興味を持った。
そして蘇芳様が来客の為に部屋を留守にし、掃除と称して中へと入った俺は止める優心の腕を振り払い、竹筒を手にした。
角如様が開けられなかった筒を俺が開けることが出来れば、蘇芳様の後継候補に一躍名が挙がるかもしれない。
そして中にいる何かを退治することができたなら……!