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作麼生そもさん?」


 怪訝に蘇芳様を見た青年は疑問形で言いつつ、蘇芳様を覗き込む。


「説破」


「獣が寺に入れない理由とは」


「獣だからである」


「へっ?」


「獣だからである」


「うーん。だから獣だから入れない理由を……」


「獣だから、である。それ以上も以下の理由もない。そも黒駒は獣ではないだろう。澄彦の式であろうが。何を拘る。さっさと部屋で荷を解け。面倒臭いヤツだな」


「え、マジでそれが答えなの? 意味が全然わかんねぇ……」


「修行もしておらぬ僧でもないヤツが簡単に解って堪るか。ほれ、行くぞ」


 身を翻してさっさと先を歩く蘇芳様を追い掛け、青年は姿を消した。

 残された俺たちは先ほどの蘇芳様の答えに悶々とする。


 獣が入れない理由は、獣だから。

 青年はどういう理由だから獣が入れないのか、と聞いた。

 それこそ神社の様に穢れがあるから、そこらで小便をするから、などの具体的な理由が聞きたかったのだと思う。

 俺も、そう思った。

 しかし出された答えは獣だから、という身も蓋も無いものだった。


 何となくだが、こう、何となく。

 解るような気もする。


 獣は獣でしかありえない。

 寺に入りたいからと言って人間に変われる訳ではない。

 獣はどこまでいっても獣で死ぬまで獣なのだ。


 このスッキリしないが何となく理由は解かるものを明確に理解できれば、所謂いわゆる『悟った』といえる。

 僧侶である以上は悟ってみたいものではあるが、早々簡単に悟れるものではない。

 悟ることが出来たなら自身が開祖となるほど凄いことである。


「お前、意味わかった?」


「全然」


 寺へと戻る僧侶の間で交わされた会話はどれもこれも理解不能だった、という言葉ばかりだった。



 不甲斐ないと蘇芳様が言われた後の言葉は連帯責任ということで、あの場に居なかった僧も含めてもれなく全員薬石を口に出来なかった。

 唯一お応えになられた蘇芳様と青年以外は、だが。

 この時ばかりは料理を作り、堂々と味見と称して一口食べられる典座てんぞの僧が羨ましい。

 空いた腹を抱えて行った夜座やざでは、どこからともなく腹が鳴る音が聞こえ、惨めこの上ない。

 無心を心掛けるものの、腹が減った、アイツが余計なことをしなければ、といった考えがみなの頭に過っていた。

 それから僧房へと戻り、一息ついていると同室の優心が浮かない顔をして一足遅れて戻る。


信久しんきゅう。蘇芳様が自分たちを呼んでます……」


「……とうとう来たか。行こう」


 二人揃って部屋を後にし、がっくりと肩を落としたまま回廊を渡る。

 俺たちの様子と向かう先を見ていた僧侶たちは、今朝俺たち二人が仕出かしてしまった失態を咎められに行くことを察して、皮肉気に手を合わせた。

 薬石にあり付けなかったのは若い僧侶が青年に対して無意味な非礼を行ったことだが、元はと言えば青年を呼ばなくてはいけなくなった出来事を起こしてしまった俺たちに原因はあった。


「叱られて、戻されてしまいますかねぇ……」


 ここへ来てまだ半年足らずの優心は、地元では檀家を多く抱える寺の跡継ぎ、ではない。


 跡継ぎの兄を支えてずっと生家の寺に居座ることも出来るが住職にその気はあまりないらしく、優心が特異な力を持っていたために厄介払いが出来るとばかりにここへと送り出された経緯がある。

 だからここを出されると優心には行く当てがなく、跡継ぎがいない寺へ婿へ行くか、僧侶という職を辞めて一般の職へと鞍替えする必要があるのだが、婿へ行こうにも娘との相性や条件もあることだから簡単ではなく、一般職と言ってもこのご時世である。

 加えて優心は生来からひ弱で、病気こそしないものの小柄な体躯も相まって肉体労働には全く向かない。

 残念なことに頭も普通でお人よしのきらいがあるので世情の波に揉まれて翻弄され、厳しい未来が予想される。


「そうならないためにはまず汚名を返上しなくてはいけない。存分な働きが出来れば蘇芳様だって鬼じゃなし、帰れとは言われないだろう」


 俺がここで生活するようになってもうすぐで一年。

 その間、務めに耐えきれなく去っていった僧は数人いたが、蘇芳様から暇を出された僧はいない。

 失態は次の務めで挽回すれば不問となる傾向にあるのを俺は知っていた。

 まさに仏の顔も三度である。


 だからこそ蘇芳様が呼ばれた青年に協力し、俺たち二人の失態を無かったことにしたいと思う。

 そうすれば寺へ戻されることも無い。

 別に俺は戻されたところで痛くもかゆくもないが、今朝からずっと怯え続ける優心が気の毒でならない。


 蘇芳様のお部屋の前で正座をし、声掛けをしてから襖に手を掛け開ける。

 そこには予想通り蘇芳様とスーツ姿の青年が空になった膳を挟み向かい合い、青年の背後には狼が寝そべって寛いでいた。


「参りました……」


 二人揃って頭を下げれば、薬石に添えられていた梅干しの種がどこからともなく飛んできて、肩に当たりコロンと転がる。


「参りました、じゃねぇよ。お前ら、アレか。素人か! ド素人か! ふざけんなよ、面倒クセェことしやがって!」


「これこれ」


「これこれ、じゃねぇよ。てめぇもその辺にそんなもの置いとくな! 馬鹿の親玉か! 人生やり直せ!」


 それから数分、部屋に入ることも許されず、頭上に青年の罵詈雑言を浴び続けた俺は堪忍袋の緒が切れたのだった。




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