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 松竹梅姉妹が産まれたのは今からおよそ百年前の鈴白村。

 私からしてみれば百年前のことなんて歴史の教科書の中の出来事だけど、今を生きる彼女たちにとっては思い出の一つである。


 香本家に産まれた三姉妹の上には既に五人の兄弟が居り、ぶっちゃけ女三人もいらなかったそうである。

 両親はたいした働き手にもならない三姉妹を六歳頃に奉公へ出そうとしたそうだ。

 けれど受け入れ先がない。

 どこも男手は欲しいが女手はいらぬ、と断られてしまった。

 それもそのはずで、当時、というか今もだけど五村界隈は農家が圧倒的に多い。

 奉公と言えばどこかの商家と考えるが、数が限られている上、そういう競争率の高い良さげな就職先にはすでに有力者の娘たちが入り込んでいた。

 香本家は普通の米農家で有力でも何でもない。

 それなりの敷地でお米は作っていたけれど、儲けているとは言い難かった。

 生活には困らない程度の収入。

 けれど子供が三人一度に増えてしまい、頭を抱えていたそうだ。

 せめて結婚できる年まで育て上げ、養育に掛かった費用は結納の持参金で賄えれば、という考えの元、三姉妹は雑に育てられたらしい。

 朝から晩まで三人で一人分の働きをして、ようやくありつけるご飯にはおかずがたくあん一枚だけ、という日々を過ごしていると、ある日、男の子二人が背中に旗を差してあぜ道を歩いて来たそうだ。


「旗ですか?」


「長い棒に白い布に大きくね、桃太郎って書いてあったわ」


 松さんは思い出して遠い目をして写真に視線を落とす。

 歩いて来たのは正武家の次代だった水彦と、まだ稀人になっていない次代よりも二つ下の九条さんだった。

 旧制高等学校の尋常課一年生だった水彦は五村を離れて生活をしていて、休みの日には帰って来ていた。

 十二歳の水彦が桃太郎の旗を差してるって、想像するだけでもウケるんですけど。


「次代様だーって皆手を止めて田んぼにひれ伏してね。そうしたら水彦様は私たち三人の前で足を止められたのよ」


「運命の出会いだったわねー」


 松さんと梅さんが顔を見合わせて笑い合う。


 足を止めた水彦はずんずんと泥まみれになることも厭わず、三姉妹の前に仁王立ちして顔を上げろ、と言ったそうだ。

 きっとすんごく不遜な言い方だったんだろうな、と想像がつく。

 だって死んでからもあれだもん。

 三つ子の魂百までってやつよ。


 自分は桃太郎だと胸を張った水彦は、腰にぶら下げていた布袋からカステラを三切れ取り出して三姉妹を交互に見て、二度見三度見した。

 三人いたから声を掛けたんだろうけど、まさか同じ顔が三つ並んでいるとは思わなかったのだろう。


「それから水彦様は仰ったのよ。お付きの猿と雉と犬にしてやるって」


「それって、酷くないですか?」


 突然現れて下僕、しかも人間じゃない役を押し付けられる。

 てゆうか九条さんもいるからパーティが五人になっちゃう。ダメじゃん。

 ついついツッコんでしまった私に、香本さんが話の腰を折っちゃいかんと言わんばかりに卓袱台の下で私の膝を揺すった。


 三姉妹は良く解からないけど水彦様がかすていらをくださるっていうし、お腹も空いているしで一も二もなく受け取って食べたそうだ。

 初めて食べたかすていらはザラメが付いていて甘く柔らかく、今まで食べたどの食べ物よりも美味しかった。

 それから三姉妹は水彦から田んぼから出るように言われて、一緒に働いていた両親を見れば早く行けと手を振るので、日が落ちるまで水彦と桃太郎ごっこに勤しんだ。

 遊んで帰ったのに両親は怒ることも無く、むしろ水彦様とお近づきになれたと喜んでいた。

 あわよくば三人の中から未来の妻が選ばれるかもしれない、とさえ考えたようだ。


 しかし。ところがどっこいである。


 翌日の朝。


 正武家の当時の稀人である、九条さんの父親の一心いっしんが香本家を訪ね、三姉妹を正武家屋敷にて引き取るとの下知が当主来彦(くるひこ)から下されたと知らされて、家族一同引っくり返ったそうな。

 どうやら水彦は桃太郎ごっこの時に三姉妹がどういう扱いを受け、生活しているのか知ったそうである。

 そして三姉妹の真ん中の竹月には自身が視ることの出来ない世界を視ることが出来る能力があると知った。

 一人だけ、というのもケチくさいから三人まとめて面倒を見てやる、と水彦は腹を決めたようである。


 けれどこの三姉妹。

 おまけの二人も良い仕事をする。

 当時離れを取り仕切っていた夏目さんという方の教えも良かったものだから、メキメキと屋敷に仕える者たちの中で頭角を現していく。


 三姉妹が十二歳になり、正武家の後ろ盾もあり、当時は良家の子女ばかりが通う高等女学校に入学させてもらい、十六歳で卒業。

 この時、水彦は二十一歳。

 嫁取りの時期でもあったが、時代がそうはさせてくれなかった。

 二度の世界大戦である。

 いくら帝との約束で五村が守られているとはいえ、赤札は届く。

 が、正武家の関係者には一枚も届かなかった。

 五村を護ることが使命の正武家には特例が認められていたが、香本家の兄弟には全員赤札が届き、戦死。

 跡継ぎが居なくなってしまった香本家には一時的に梅さんが帰されることになった。

 松さんはその時既に離れを取り仕切る立場の後継に据えられており、本殿の巫女を任されていた竹婆が誰かの妻になり子供を産むことは許されなかったのである。

 正武家の関係者、稀人ですら水彦の相手は三姉妹の誰かと思っていて、自動的に松さんが残ったので奥方様は松さんになるだろうと誰しもが考えていた。


 けれど。

 水彦は松さんを選ばずに、良子りょうこという赤石村の網元の娘を選んだ。


「そこは水彦。松さんを選ぼうよ……」


 呟く私に三姉妹は同時に笑った。



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