閉話]もし雨が降らなかったら
これは、諏訪から新府城へ向かう間の出来事です。山梨に行ったらほうとう食べなきゃでしょう、とネットで調べた美味しいほうとう屋さんリストの一番上に出てきたお店で食事をしています。実は、三雄は職場の後輩に甲府出身の人がいたので、
「近くでほうとうの美味しいところ教えて?」
と聞いたら、山梨県民はほうとうは外では食べません!と一喝されてしまい仕方なくネットに頼りました。そんなものなのですかね?
「具沢山で身体があったまる、素晴らしい食事ね」
恵子は満足そうです。そしてお腹が満足したからか話も饒舌になっていきます。恵子が考えた武田晴信の本当の狙い。それはこういう事だそうです。
「勝頼ちゃんの話だと私の想定通りに穴山信君と山本勘助を派遣したのよね。私の予想も大したものね、まあ現代で発表しても認められないだろうから自己満足だけど」
「なんで認められないの?」
「だって証拠がないもの。勝頼が証言しましたなんて言って誰が信じるのさ。それは置いといて、だとすると、天下の武田信玄がこんな結果で満足するはずないの。この後に起きる義信事件も絡めると、今川排除は確実だし………、本当はきっとこうだったのよ。だけど雨なんか降るから……………」
<もしあの日雨が降らなかっったら>
武田晴信は穴山信君に指示をしました。なんとしても今川義元をこの戦の最中で殺せと命じたのです。その作戦とは………。
穴山信君は松平元康を調略し、味方に引き入れました。
「元康様。我が主人、武田晴信は松平家と同盟を結びたいと申しております。武田は今川が目障りなのでございます。この尾張攻めは千載一遇の絶好機。ここで織田と共謀し義元を討ってさえしまえば、後継者の氏真は無能ゆえにどうとでもなります。三河は松平家に、そして今川を滅ぼした後、遠江半分をお渡し致すと申しておりました」
「穴山殿。そのように上手く行くはずがない。そもそもこの戦力差で織田に勝ち目はあるまい」
「織田が勝つように勘助が仕向けまする。そして万が一失敗した場合は………、元康様に義元を討っていただきます」
「なんだと。武田は松平にやらせて漁夫の利を取るおつもりか?」
「そうではございませぬ。信長が勝てばよし、負けても元康殿、元康殿が負けそうになればそれがしが義元の背後を取り必ずや義元の首を取りましょう。戦は水物ゆえ立てた作戦の通りに進むわけではございません。それぞれが臨機応変に動くのです。ただ大きな方針は先程の通りに進めます。武田は今川が衰退すれば良いのです。我々は海が欲しいのですよ。何年かかけて駿河が手に入れば良いのです。その間、三河はお任せ致します」
「信じてもいいのか?どのみち今のままでは松平は今川の捨て駒にしかならない」
「まずは今川の指示通りに働き下され。織田と通じているという噂も流れております。流しているのは織田の間者ですが、逆に忠義を見せるのです。今川に松平ありと結果で示せば疑いは晴れまする。どこでどう決行するかは成り行き次第。案外信長だけで勝ってしまうやもしれませんしな」
そして桶狭間前夜、松平元康は大高城へ兵糧を運び込み、休む間も無く鷲津砦、丸根砦攻略へ出陣します。夜討ちを仕掛けましたが織田軍も待ち構えており、戦闘は午前10時まで続きました。なんとか砦を落とした時、ちょうどその頃織田信長は2000の兵と共に善照寺砦に到着していたのです。そこには山本勘助が来ていました。勘助はすでに何度か織田信長と接触をしていて顔馴染みになっています。
「ねえいいかな、ここで雨が降らなかったらどうなっていたかよ」
「ふむふむ、このキノコほうとうが具沢山で食べても食べても減らないんだが」
「そうね、このキノコがなんとも味があって、じゃあなくて聞いてる?桶狭間当日雨が降ったのは偶然というか、この頃は天気予報なんかないからたまたまなのよ。たまたま雨が降る事を想定して作戦を立てる訳がない、つまり雨が降ってない作戦を立てていたはずなのよ」
今川義元は輿に乗って鳴海城へ向かっています。松平元康が前哨戦の丸根砦を落としたと聞き、このまま鳴海城で合流し褒めてやろうと考えていました。松平へは次に善照寺砦を攻める指示が出ています。こちらが到着すれば問題なく勝てるでしょう。
軍はゆっくりと鳴海城へ向かっていきます。大高城へ行って松平をねぎらおうかとも思いましたが天気は快晴、こういう日はさっさと進んだ方がいいと重臣が言うのでそのまま鳴海城へ向かいました。そこに物見が現れ、輿の側にいた井伊直盛に慌てて報告します。
「敵襲です。織田軍が突っ込んで参りました」
その少し前のことです。山本勘助は今川義元の現在位置、進んでいる方向を織田信長に報告しています。
「信長様。今川は沓掛城を出て鳴海城まで一里のところまで来ております。真っ直ぐに鳴海城へ向かっております」
「ふん。そうであろう。余がここに来ている事は伝わっておらぬ。義元は輿に乗っておるのだな」
「はい。今朝出がけに馬から落ち足を痛めております」
「そちの仕業か?」
「武田晴信様のご指示でございます」
武田晴信か。今は好きにさせておこう。従っている振りをせねばな。お膳立ての礼はせねばならぬか。
「もう少し引きつける。敵の物見は殺せ、絶対に逃すな」
信長は今川軍が近づくのを待っている。
勘助はすでに配下を大高城に走らせていた。穴山信君は、朝比奈泰朝にすぐに出陣するよう言われていた松平元康を休ませて朝餉をとらせていたが、
「ご準備を。時が来ました」
と小声で言って、朝比奈の元へ出向き
「松平殿は十分休まれたとの事、すぐに出陣したいとの事だが如何?」
「それは結構。出陣されたし」
松平の残兵1500は善照寺砦に向かった。その後を穴山信君500が続いた。
信長は檄を飛ばす。
「雑魚には目をくれるな!敵は今川義元のみ。一気に駆け抜けろ!」
『おおおおおおおお』
信長の掛け声と共に2000の兵が一気に走り出す。今川の軍は縦に広がっていた。特に陣形を維持するわけでもなく、輿の速度に合わせてゆっくりと進んでいた。
「あれは何だ?て、敵だ。織田が来た!」
先頭の兵が叫んだがすぐさま首を刎ねられた。怒涛の勢いで今川軍に突っ込んでいく織田軍。だが、今川軍は縦に長く広がっていて今川義元の輿はまだ見えない。
「行け、義元の首を取った者には褒美は望みのままじゃ。進めー!」
信長が叫ぶ中、戦いは混沌としていきます。最初は奇襲により戦果を挙げていた織田軍ですが、縦に長い今川軍を攻めあぐね始めました。今川軍も後方の兵が報せを受けて立ち向かってきたのです。織田軍は扇のように広がり今川軍を包み込むように攻めています。そしてその中から別働隊200が今川義元の乗る輿を目指して一気に駆け抜けようとしますが、それを井伊直盛の軍が食い止めます。
「見事な奇襲じゃ。うつけ者というのはやはりまやかしであったな。だがここまでだ。討ち取れい!」
今川軍は義元の輿の周りに若干の兵を残して織田軍に向かって行きました。徐々に織田軍は押されていきます。
「ここで勝つか死ぬかだ。勝つしかあるまい、斬って斬って斬りまくるのじゃあ。行けー!」
織田信長本人が戦場で喚き散らす。それを見た井伊直盛は、
「あそこに織田の大将がいるぞ。討ち取れい!」
と自らが槍を持ち突っ込んでいく。井伊直盛が織田信長を槍で突こうとしたが、信長の旗本が必死に守り、代わりに槍で突かれる。その旗本は槍を掴み抜かせようとしない。
「ええい、離せ、離さぬか」
そのチャンスを見逃す信長ではなかった。一気に槍を振るい直盛の首を刎ねた。
「井伊直盛の首はこの信長が討ち取ったぞ。次は義元じゃあ、かかれい」
士気が上がる織田軍だったが数の暴力には勝てず、徐々ジリ貧になっていきます。信長は今川の兵に囲まれてしまいました。味方もだいぶやられてしまい、孤立してしまいました。その時、
「今川義元、討ち取ったり」
大声で叫ぶのは本多忠勝。松平元康の配下でした。今川軍の後方では松平元康が義元を襲っていたのです。そしてその松平元康を朝比奈泰朝が討ち取ります。朝比奈は松平の後を追ってきていたのですが間に合いませんでした。その混乱の中、織田信長も斬られていました。結局、今川義元、織田信長、松平元康ともこの戦で命を落としました。
「というのが武田晴信の真の狙いね。まあそうはならなかったのは雨のせいなのよ。誰かが雨男なのねきっと」
「かなり乱暴な意見だね。でもそうなると、我が静岡県は大変だったね」
「なんか会話になってなくない?」
「そんなことはないよ。その3人がここで死んでたら武田が天下を取ってたのかね?」
「多分無理ね。毛利あたりじゃない?」
「ふーん、光秀じゃないの?」
「信長がいないと光秀も秀吉も世には出てないよ、きっと」
「雨か。天に愛されたものが天下を取るのかもね」
そうかもしれませんね。これはたらればのお話です。雨が降らなかったら実際はどうなっていたのでしょう?
長篠の戦い、例の織田軍鉄砲三千丁攻撃ですがもし雨が降っていたらどうなったか?山崎の戦い、明智光秀が安土城から運んだ火薬が雨に濡れてしまって使えませんでしたが、もし雨が降らなかったら?
戦国の勝者は天気の気まぐれで決まっていたのかもしれません。さて、この仲のいい2人ですが、この後新府城に向かいます。後は前話の通り、勝頼を思う三雄と歴史を変える事に抵抗のある恵子はこの後どうするのでしょう?




