なぜここに
仁科盛信は酔っ払った目で自分に向かって女が近づいてきているのが見えました。実際は秀吉に向かっているのですがそんな風には考えていません。
「おう、女。今宵は余と楽しもうではないか」
盛信は酔っていて女がお市ということに気がつきません。女は懐から銃を取り出します。
「な、何?それはあの」
銃を見て動揺する盛信に近づいていくお市。お市は秀吉の前に出てきた男が仁科盛信だと気づきます。なんでこんなところにこの人がいるの?どういう事?
『ダーン、ダーン』
動作は止まらず引き金を引いてしまいました。弾は1発は外れ、もう1発は盛信の腹に当たりました。盛信が苦しみながら倒れ、同じく動揺しているお市と秀吉の目が合います。
秀吉は近づいてくる女が銃を抜いた瞬間に護衛の後ろに隠れました。銃は盛信が持ってきた物と同じに見えました。つまりあの女は武田の間者か何かでしょう。銃から弾が発射されて盛信が倒れました。不味い、と護衛を盾にします。女を抱こうとしていたので武器は持っていません。家に隠れようかと思い、女の顔を見た瞬間、衝撃が脳を突き抜けます。
「お、お市様。お市様では」
護衛を押しのけて前に出ようとして護衛に妨げられます。
お市は咄嗟に発砲し、盛信を撃ってしまいました。勝頼の弟君がなんで秀吉の陣にいるのかが理解できません。ふと前を見ると秀吉と目が合ってしまい、お市である事がバレてしまったようです。秀吉が近づいてこようとしています。
「イヤー、来ないで!」
『ダーン、ダーン、ダーン、カチ、カチ』
お市は弾倉の銃弾を撃ち尽くしました。弾は護衛の兵に当たり、秀吉は難を逃れています。お市はそこに座り込んでしまいます。
「ふう、恐ろしい武器だ。盛信の海での話は話半分で聞いていたがこれほどとは。これは同じものを早く作らせたいものだ。さて、お市様。お久しぶりでございます」
秀吉は嬉しそうに欲望の眼差しをお市に向ける。お市はキッと秀吉を睨む。その時、
「お市様ー、お逃げくだされ!」
どこからか声が聞こえたと思ったら空中で何かが爆発し、青い粉が降ってきました。粉はそこら辺にいる兵の顔にかかり、目に、鼻に、口に入ります。
「ギャ、な、なん、グゥアー!」
「目、目がー!」
秀吉にも粉は降り注ぎます、そして周りの兵達も苦しみだします。お市までも涙を流し咳き込んでいます。秀吉は流石でした。もがきながらも家の中に飛び込んで行きます。そこに変なマスクをした吾郎が現れ、お市を抱えて逃げて行きました。
『あわよくば秀吉の命をと思ったがそう上手くはいかんか。まずは逃げるのが先決』
村にいた秀吉の兵は涙を流しながら苦しんでいます。吾郎が使ったのはご存知、『涙目の和佐比』。山葵を乾燥させて作った粉末に薬品を混ぜた、痛く辛く滲みる、罰ゲームのような武器です。敵がもがいているうちに山に入りましたが、山に潜んでいた秀吉の忍びと戦闘になります。吾郎も拳銃を出して敵を倒しなんとか逃げ出しました。そしてその日のうちに海に出て小舟で島に渡りました。その島の住民は数年前から武田忍びに全員が入れ替わっています。普段は漁師ですが、入れ替わりで毛利や長宗我部に探りを入れていました。
それはいい判断でした。翌日、秀吉はお市を探せ、捕らえろと辺り一体をくまなく捜索させました。もし、元の家に戻っていたら捕まっていたでしょう。秀吉は悔しくてそこに3日も留まりお市を探し続けましたが仕方なく播磨に戻りました。ただ捜索は続いています。秀吉は拳銃の恐ろしさを知りました。それはこの先に大きく影響していきます。
「お市様、秀吉の捜索が厳しくしばらくは動かない方がよろしいかと。それに街道や宿にもお触れが出ていてどこにも行けなくなっています。ご辛抱を」
「吾郎殿。私には帰るところはありません。せっかくやってきた秀吉を殺す機会を逃してしまいました。もう武器もありません。このままこの海に身を投げてお屋形様にお詫びいたします」
「お市様、早まらないでください。お屋形様はお市様を許しておられます。それがしは徳様の命令でお市様を探しておりました。徳様もお市様を古府中から連れ出した事をお屋形から咎められてはおりません。お屋形様はなぜお市様がこのような事をしているのかをわかっているようでした。夢、夢は覚めてからが現実、とよくわからない事をおっしゃっておられました」
夢。そう夢。お屋形様は知っておられるのですね。茶々がどうなるのかを。
「私は盛信殿を殺してしまったのでしょうか?そもそもなぜここに盛信殿がいるのです?」
吾郎は盛信が裏切り大崩を破壊した事を説明しました。
「盛信様、いえ盛信が死んだかどうかは確認できませんでした。ですが、腹に食らっては助かりますまい。お市様、お手柄でございます。裏切り者を成敗なされたのですから」
お市は複雑だった。肝心の秀吉を取り逃がしてしまった。もうこのような機会は訪れないだろう。となると急に茶々の顔が見たくなった。だが、結局街道の警戒が緩むことはなく、島に一年留まることになる。
そして織田と毛利の戦が始まった。




