お市の行方
お市がいなくなった。勝頼は土下座している面々を仕事に戻らせ、研究所の所長室でその経緯を説明するよう言いました。今、所長室にいるのは勝頼、徳、錠、はな、かなの5人です。
徳はまだ泣いています。どうやら吾郎を使って行方を追っているそうですがまだ手掛かりすらないとか。
「泣いても事態は変わらんぞ、徳。どうやら慌てても仕方がないようだし、お前がお市を連れ出したところから説明してもらおうか」
「はい」
徳は珍しくしょげています。徳にはお市の目的がなんとなくですがわかっていました。頼みは吾郎です。
「お屋形様はどこまでご存知かわからないので最初から話します。彩さんから手紙を貰いました。そこにはお市さんの様子がおかしく精神的に参っていると書いてありました。子供が産まれ新しい伴侶もできたというのになんでかと考えたのですが、茶々はお屋形様の子ではありません。お市さんは茶々の顔を見た時に、亡き浅井長政様の面影を見てしまうのです」
「そうか、そんな事が」
「これはお市さんに確認して直接聞いたので間違いありません。あたいはこれは時が解決するしかない問題だと思い、気分転換に研究所へ連れてきたのです」
「途中、蒲原城へ寄ったそうだな。菅原が楽しかったと言っていたぞ」
「菅原殿とは面識がありましたので甘えてしまいました。お市さんも楽しんでいました。その後、ここに来て新しく出来た物を見せたり、船に乗せたりしていい気分転換になっていると思ったのですが、また夢を見たそうなのです」
「例のやつか?」
「はい。秀吉を殺せと。そうしなければ茶々は幸せになれないと言われたそうです。そこからお市さんは何事もなかったように振舞っていたのですが、内心は違ったようです」
「夢を見た後、いなくなるまでにお市は何をしていたのだ?」
「例の火縄のいらない銃を使うところを見ていました。そして銃が一丁足りないのです」
「じゃあ、行き先は!」
「京だと思って吾郎殿に直ぐに来てもらって追いかけて貰っていますが、まだ見つかっていないのです」
錠が勝頼に出来たと言った新兵器、それが銃でした。この当時の鉄砲は火縄銃です。火で火薬に点火して弾を発射するため、連射ができないという欠点がありました。徳は研究所で試行錯誤、多数の失敗を繰り返して銃の量産化に成功していたのです。現在製造したのは50丁、弾倉装備で1つの弾倉で9発撃てます。
銃の欠点は命中精度と射程距離です。接近戦用の武器として、護身用の武器として主だった者へ配る予定でした。戦用には開発中の物がまだ沢山あります。お市はそれを見て、夢で見た未来の事を思い出したのかもしれません。
「夢のきっかけはここかもな。どう通じているかはわからんが。錠、俺と一緒に試射だ。徳、準備しろ!はなとかなはゼットの連中に連絡だ。伊那忍びと協力してお市を探させろ」
勝頼は状況を聞き焦っても仕方ないと判断しました。徳は既に手を打っていますし、誰が悪いというわけでもなさそうです。強いて言えば徳が主犯ですが、徳も良かれと思って行動しています。処罰は別途考えることにしたのです。
勝頼は試射をした後、研究所の成果を確認していくつか指示をしています。思っていた以上に開発は早く進んでいました。造船所にも行き、設計図を見てここでも指示を出した後、研究所に戻るといい匂いとジュージュー音がします。
「何を作っている?」
何故か割烹着を着ている連中が慌てて、
「お、お屋形様。お早いお戻りで」
「何を慌てておるのだ。そうか、貴様らが料理部だな?腹が減っては戦はできぬ。それに武田軍は食を楽しむのが基本的な考え方だ。何も慌てることはあるまい」
「お市様が喜んで食していた、武田カツという料理にございます。徳様が今晩お出しするようにと仰って用意をしておりました」
「武田カツとな。いい名前だ。楽しみにしておるぞ」
「はっ、もうしばらくお待ち下さいませ」
料理はトンカツでした。豚肉、パン粉、卵、小麦粉と材料は揃っています。教科書の知識があれば作るのは簡単でした。最初は生だったり焦げたりしましたが。
夕餉にはまだ早いと付近を散策していると見慣れない建屋が立っています。
「あれ?あんなのあったっけ?」
そこには次郎衛門が配下3名と汗だくになって何かを製作していました。勝頼はしばらく作業を見ていましたが、腹が減ったので一言声をかけて戻ろうとした時、
「よし!これならばどうじゃ。これができれば色々な乗り物が進化するぞい。どうだ!」
『ギュルルルウうううう、グルンギュルン………」
『やったー!』
「賑やかだな?」
「お、お屋形様。なんでここに?」
「次郎衛門。ここはなんだ?この間来た時には気が付かなかったが、何を作っている?」
「例のあれですよ。出来ました。試作品ですがこれを改良すれば様々な物に変化が」
出来たのね。ガソリンエンジン。研究所にいる物は皆、小中学校の教科書で学んでいます。飛行機、自動車、潜水艦、戦車に人工衛星にICBM!流石にそれは無理でも知っているのです。知ってさえいれば後は作るだけです。勝頼は引き続き励むように言い残して武田カツを食べに行きました。
「美味い!これはいいな、味も良ければ名前もいい。これからは戦の前にはこれを食べる事にする」
勝頼は上機嫌です。それを見た徳はホッとしていました。勝頼の顔がここへ来てからずっと険しかったのです。それを感じたのか勝頼は、
「徳、明日京へ向かう。お前を連れてこいと公方様の命令だ。大名の前で歌を披露してもらうからそのつもりでいろ」
「義昭様が。そうね、あたいの魅力に…………」
「たわけ!」
勝頼は徳への処罰を諦めました。変にすると今後に影響が大きそうです。




