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代行屋『ブラックドッグ』~偽善者は一人だけの英雄になりたい~  作者: 志摩ジュンヤ
第6節 我、彼を撃つべし。彼が我を撃つ前に
80/194

6-9

 その日、カフェ『BROWNIE』には珍しい客が来ていた。


「げぇっ、お前こんなとこでワイン飲むか普通。こんな安酒飲むぐらいならブドウ酢飲んだ方がマシじゃね?」


「問題ない。予めキープ用に一ダース持ち込んで取り置きしてるからな。そういうお前こそなんだそれ。ペルツォフカ (ウクライナ産のピリ辛ウォッカ)にタバスコ入れるとか舌馬鹿になってんじゃないのか?」


 やいやい騒ぐパーカー&スーツの優男とオーダーメイドスーツの大男に、ニコラスは渋面を隠さない。


「お前らやる気あんのか。いきなり酒注文しやがって」


「ちゃんとやってるっしょー。つか休日出勤してやってんだから、酒ぐらい好きに飲ませろや」


「こちとら首領のお守りの合間に時間割いてまで協力してやってるんだ。飲まなきゃやってられるか」


 そう言って、不真面目極まりないマフィア二人は互いのグラスをあおった。

 まあ端からモラルの欠如したマフィアに真面目さを求めても仕方ないが。


「皿洗い終わったぁ! 疲っれた……って、え? わ!?」


 厨房から手を拭きながら飛び出したジャックは、二人を見るなり上半身をのけ反らせた。ニコラスは親指で二人を指す。


「お前に用があるんだと」


「え、オレ?」


 きょとんとするジャックに、セルゲイが「俺ちゃんがねー」と手を振った。


「おチビちゃん、お前のダチの暗号わかったぜ」


「え、マジ!?」


 セルゲイは「おう」とライムを齧り、あおったグラス底でカン、と鳴らした。


「演算方式の特定はな。んで、そいつを元に解読ソフトつくった。あとはこのURLをソフトに入れて、お前が持ってる『鍵』を入力すれば、万事解決ってわけ」


 途端、ジャックはがっくり肩を落とした。


「それが分かってたら苦労してないってば」


「だーかーら、最後まで話きけっての。まずはおさらいね。おチビちゃんが今持ってるのは『公開鍵』、んでダチが持ってるのが『秘密鍵』。んで今回のこのクソなげえURLに仕込まれたメッセージは、『公開鍵』で暗号化されて、『秘密鍵』で解ける。ここまでOK?」


「分かってるよ。だからウィ――友達の持ってる鍵が必要で、けど連絡がとれなくて困ってるんじゃん」


 セルゲイはチッチッと人差し指を揺らした。


「その鍵、恐らくもう世に出てる」


「へ?」


「俺ちゃんらハッカーが時々使う手でよ。サツやら政府やらに目つけられた時、相手方に秘密鍵が渡っちまうと困るじゃん? 暗号化されてるデータ、全部見られちゃうわけだし」


「ま、まあ……」


「だからな、捕まりそうになった時点で信用できる相手に渡しちまうんだよ。スパイ映画でよく見んだろ? 公園のベンチとか花壇の中とかにブツ隠しといて、後から相手に隠し場所知らせて取りに行かせるやつ。あれと一緒。やり取りはネットの中だけどな」


「はあ」


「よーく考えてみ。他人じゃ絶対に気付かねえ、しかも絶対に消されることもねえ。ネット上にあって、ダチがよく使いそうな最適な置き場所よ。さてさて、どこでしょーか?」


「えー……、そんな都合のいいところが、」


 その時、ジャックが「あ」と声をあげた。ニコラスもピンときた。


「SNSか」


「ビンゴ! SNSならいくらでも捨てアカつくれる上、投稿者が消さない限り、投稿内容は必ず残る。おチビちゃん、ゲームチャットでダチから『公開鍵』受け取った日時、調べてみ? 恐らくダチは『公開鍵』をチャットに送った時と、ほぼ同時刻に『秘密鍵』をSNSに投稿してる。こんだけ頭も切れるガキなら、必ず『秘密鍵』を渡す算段もつけてるはずだ。しかも、毎日何万何億とながれてく投稿いちいち気に留める奴なんぞほとんどいねえ。そいつが捨てアカの訳の分からん文字列ならなおさらだ。だがおチビちゃんにだけは意味が分かる」


 探せ、とセルゲイは言った。


「『秘密鍵』はSNS上にある。ダチがよく使ってたSNSを中心に調べてみろ」


「わ、分かった!」


 ジャックは急いで端末を取り出し、食い入るように画面を覗き始めた。血眼で過去の投稿を辿るジャックを横目に、ニコラスはカルロを見た。


「で、お前の要件は?」


「こいつだ」


 カルロはA4ファイルの茶封筒をカウンターに滑らせた。


「ヘルに頼まれてたデンロン社に出入りする業者の社員証とIDカードだ。もちろん偽造だがな。まあ無いよりマシだろう。んで、その頼んだ張本人はどこ行った?」


「ターチィ領に行ってる。なんでも、今回の潜入任務に武器と車両を無償提供してくれるそうだ」


 ターチィが何を企んでいるかは知らんが。

 そう言外に呟くと、無言に聞いていたカルロは真剣な表情でグラスを置いた。


「……例のゲームのことなんだが」


「『ライシス・サーガ』か」


「ああ。そいつに関することで、少し奇妙なことが分かった」


 カルロはグラスのつるりとしたカップを指先で撫でながら答えた。


「先日、うちの上客だったスケベ議員が売春ですっぱ抜かれたろ? あれの近辺をこちらで調べてたら、スケベ議員が囲ってた女のうち、うちが取り扱ってない娼婦がいてな。今回のスキャンダルは、その娼婦がスケベ現場撮った動画と写真を、マスコミに垂れ込んだのが原因だそうだ」


「へえ、そりゃご愁傷様だったな」


「問題はここからだ。その娼婦のスマホに例のゲームがダウンロードされてた。しかも事件発覚直後に、娼婦はゲームを消去してる」


「『ライシス・サーガ』を?」


「ああ。さらに言うと、その娼婦、中国移民で福建省出身だ」


「……その女、まだ生きてるか」


「いいや? 事件発覚後に飛び降り自殺してる。ご丁寧に遺書まで残してな。あまりにあからさますぎて笑えてくるだろ」


 グラスにワインをなみなみと注ぐカルロに、ニコラスは腕を組んだ。


「デンロン社が『ライシス・サーガ』を使って、何かしらの悪事を企んでるって言いたいのか」


「むしろ、悪事をしてる真っ最中といった方がいい。『ライシス・サーガ』出資の大元はターチィ一家だ。そして今回お前らに依頼を持ち込んだのもターチィ一家、しかも武器と車両をタダで用意するほど大盤振る舞いときた」


「……つまり、ターチィ一家が開発させた『ライシス・サーガ』を朱晧軒(シュウ・ハオ・シェン)が勝手に利用し、それに腹を立てたターチィ一家がうちに依頼を持ち込んだ、と?」


「ありえない話じゃないだろ。裏社会(こっち)じゃ他人様の商売に首を突っ込むのはご法度だ。それが苦労して耕し育てた畑から、野菜を勝手にかっぱらってく馬鹿がいるならなおさらだ。ターチィがそのゲームで何をする気なのかは知らんが、黙ってるはずがない。そこで引き下がるようなら、五大に名を連ねていない」


 ニコラスは唸った。筋は通っている。


 問題は、ターチィ一家と朱晧軒(シュウ・ハオ・シェン)が、その『ライシス・サーガ』を使って、何をしているかということだ。


 ウィルのような子供たちまで使って、一体なにを企んでいるのか。


「あったぁ!!」


 大声に顔をあげれば、ジャックが高々と端末を頭上に掲げていた。


「これ、これじゃない!? フォロー・フォロワー0の捨てアカだし、投稿もこの一回だけ。しかも投稿日時はぴったり!」


「おーおー、多分これだな」


 セルゲイは見つけ出した『秘密鍵』をノートパソコンに入力し、


「ほいっと」


 エンターキーを弾いた。


 数字とアルファベットの群衆が明滅し、その数秒後、長ったらしいURLは、一つのを文作った。


「これって……各フロアの暗証番号?」


「っぽいな。地下6階まである。しっかしまあ、フロアごとに8桁暗証ぜんぶ変えるとかマメねぇー」


 その時、玄関の鈴が鳴った。振り返れば、肩の雪を払い落すハウンドが立っていた。


「ただいまぁ~」


「お帰り。終わったか?」


「まあね。この手の準備と根回しはほんと肩こるよ~」


 そう言いながら首と肩を回したハウンドは、こちらを見回してニッと笑った。


「こっちも準備満タンっぽいね。んじゃ、敵アジト潜入と行きますか」




 ***




 ニコラスは作業用ジャンバーを羽織り、トラックから降りた。


 運転席の27番地住民も一緒に降りる。彼の役目は荷物搬入まで。


 あとは自分とハウンドが、電気工事業者に扮して会場に潜入する。


 朝7時。州都ランシングはまだ目覚めたばかりらしく、通りには数台の運送トラックと散歩する人がまばらにいるだけだ。

 だが眼前の建物だけは違う。


 デンロン社設計・建築、eスポーツ世界大会会場。


 大会を二日後に控え、周囲は出入り業者と建築関係者で大いに賑わっていた。

 彼らが作業着姿でなければ、スタジアム前で席取りを狙うアメフトファンのように見えなくもない。


「止まれ!」


 ニコラスは足を止めた。


 デンロン本社で見かけたのと同じ警備員が、会場に入る業者の社員証をチェックしている。

 その向こうには簡易エックス線検査装置があり、それを超えた先にようやくIDを通すゲートがある。


 三関門というわけだ。


 ニコラスは首から下げた社員証を提示し、コンテナボックスの乗ったキャスターを押し出した。


 警備員は三つあるコンテナのうち、一番上のを引きずり下ろし、真ん中のコンテナを検査用ベルトコンベアに乗せた。

 三つ目には手を付けず、キャスターからも降ろさなかった。


 検査を終えた警備員はこちらを振り返り、「いいぞ」と顎でコンテナを指した。

 積むのは自分でやれということだ。


 ニコラスは降ろされっぱなしの一つ目のコンテナを積み、ベルトコンベア終点で待つ二つ目を取りに行こうとした。


「おい、待て」


 警備員の静止にニコラスは固まる。警備員は積んだばかりの一つ目と二つ目を乱暴に降ろし、三つ目のコンテナを開けて無遠慮に腕を突っ込んでコンテナ内を掻きまわした。


「……問題ないな。行っていいぞ」


 ニコラスは内心ほっと息をつき、コンテナをすべて回収してゲートへ向かった。




 ***




 建物に入ってようやくニコラスは緊張を解いた。

 バックヤード内のせいか、監視カメラがほとんどない。人気もなかった。


「もういいぞ」


 コンテナの蓋を開けてやると、中からハウンドが、ぷはっと顔を出した。


「あー酔った、酔った。きつかったぁ~。あの警備員め、荷物は大事に扱えっての」


「通っといてなんだが、よくパスできたな。コンテナ全部調べるかと思ったぞ」


「こんだけ業者が多けりゃ抜き打ち検査にせざるを得ないよ。施工かなりの急ピッチらしいしね」


「それはそうだが。なんで最初のに隠れたんだ?」


「一番バレにくいからだよ。抜き打ち検査をする場合、検査員はなぜか真ん中の荷物をチェックしたがる。用心深いのは最後の方もチェックするが、なぜか最初のは見逃すケースが多い。ファーストペンギンが一番シャチに食われにくいのと一緒」


「そんなもんか」


「そんなもんよ。ってことで、このままレッツラゴ~」


 元気よく拳をあげるハウンドに苦笑する。


 潜入は果たしたのでもうコンテナから出てもいいのだが、このまま運ばせて楽をしようと言う魂胆らしい。

 ちゃっかりしているというか、幼稚というか。


 と、その時。向かいの十字路を、数名の作業員が通った。


 シュバッとコンテナ内に隠れてやり過ごすハウンドを、ニコラスは呆れて見やった。

 作業員の声が完全に聞こえなくなって、


「……何やってんだお前」


「隠れてる」


「それでか」


 コンテナの蓋の隙間から目を覗かせるハウンドに苦言を呈する。


 しかも何でちょっと目が輝いてるんだ。段ボールに隠れる猫か、お前は。


「フッフッフッ、これぞまさに潜入! 一度やってみたか――」


 ニコラスはそっと蓋を閉めた。


「あっコラ! ちょっとは何か反応しろよっ、これじゃ私がイタい奴みたいじゃないか!」


「いいから大人しくしてろ。証拠撮ったらすぐトンズラすんだろ」


「そうだけど少しはノッて来いよ~!」


 ガタゴト揺れて不平不満を主張するコンテナことハウンドを、ニコラスは白い眼で見下ろす。


 直後、またも作業員が通りかかった。

 コンテナは瞬時に沈黙し、足音が聞こえなくなるとまたガタゴト揺れて抗議し始めた。


 何をやっているのか。


「ひっくり返るぞ」と一応警告して、通路を進む。コンテナは「ぐぬぬ」と呻いて静止した。


「んじゃ、潜入開始といくか。盗聴器と小型カメラはどこにする?」


「あ、それより先にさ。普通のエレベーター探してくんない?」


「エレベーター? 荷物用じゃなくて?」


「うん」


 指示に従い、ニコラスはエレベーターに乗った。

 ニコラスは首から社員証と一緒に下げているIDを取り出し、タッチパネルにかざして階層を表示する。


「ハウンド、階は?」


「地下6階」


「6階だな。……ん?」


 ニコラスは固まった。


 タッチパネルに地下6階の表示がない。あるのは3階から地下2階までだ。


「ああ、やっぱりない?」


「どういうことだ、これ」


「この会場ね、見取り図だと地下2階までなのよ」


「なんだって?」


「役所に提出された設計図でもそうだった。この建物は本来、地下2階までだ。なのにウィル坊やが送ってきた暗証番号には地下6階まである。このエレベーター、恐らくIDの種類で行ける階層を制限してんだと思う。ニコ、こないだ使ったデンロン本社のID持ってるよね?」


「ああ」


「そっちかざしてみて」


 ニコラスは懐からデンロン本社のIDを取り出した。そしてかざす。


「……!」


 タッチパネルが変わった。しかも英語表記から、漢字表記にすり替わっている。


「ビンゴだ、ハウンド」


「暗証番号覚えてる?」


「ああ」


 ニコラスは八桁の暗証番号を押した。ウィルが託した暗号文は一言一句、暗記してきた。


 がくんと揺れ、エレベーターが下へと降りていく。

 一階、二階と過ぎ、さらに下の階層へと突き進んでいく。


 ニコラスは監視カメラの死角に隠れて、拳銃に初弾を装填した。


 それらをしまい直したところで、扉が開いた。


 ニコラスは唖然とした。


 刑務所内の看守詰所のような殺風景な通路だった。

 廊下にものは一切なく、金属製ドアには漢字表記のプレートがあり、それ以外は何もない。


「ニコ、出られそう?」


「いや、無理だ」


 監視カメラの数が尋常ではない。数メートル間隔で設置されている。


 仕方なく、ニコラスはそのまま歩を進めた。


 しばらくして、ハウンドが待ったをかけた。


「どうした?」


「……臭い」


「臭い?」


 ニコラスは息を吸った。


 確かに。外観そのものは殺風景のままだが、匂いが違う。


 なんというか、ウィルが監禁さえていた五つ星ホテルのロビーの匂いに似ている。

 コーヒー、香水、クリーニング直後のスーツ、整髪剤、シューズクリーム、化粧品、葉巻。それらが入り混じった匂いだ。


 表現が乏しくてあれだが、高級な匂いだとニコラスは思ったが……。


「ニコ、近くに部屋ある?」


「あるが……文字が読めん。なんて書いてんだ」


 ニコラスは『展示会场』と書かれたドアを睨んだ。

 ひとまずIDでロックを解除し、中に侵入する。


 匂いが濃くなった。コンテナ内で、ハウンドが呻く声がした。


「大丈夫か?」


「何とか。もう出れそう?」


「ちょっと待て」


 室内に監視カメラがないことを確認したニコラスは、コンテナの蓋を開けた。


 ハウンドは先ほどと打って変わり、険しい顔のままのそりと起き上がった。

 鼻面に思い切りしわを寄せて、嫌そうに足を速めるハウンドを追いかける。


 しばらくして広い空間に出た。

 理容室に似ているが、あまりに生活感がない。壁に貼り付けた鏡の前にパイプ椅子を並べただけで、これなら海兵隊基地内の散髪屋の方がまだマシだ。


 その理容室もどきの先には、階段があった。


 階段先には扉があり、そこを開けると。


「こりゃ……舞台か何かか?」


 袖幕といったか、バレエやオペラなどの舞台の脇側で、役者やスタッフが出入りするところだ。

 自分たちは今そこにいるらしい。


 ニコラスは眼前に垂れ下がるビロード布を掴んだ。

 埃臭くはないが新品の匂いはなく、空気の匂いがより濃く染みついている。使い始めてそれなりに時間が経っているということだ。


「ニコ」


 振り返ると、ハウンドは舞台に立って座席の方を見ていた。

 ニコラスも袖幕から足を踏み出し、そして息を呑んだ。


「なんだこれ」


 そこに、ぎっしり並ぶ座席列はなかった。


 パーティー会場、いや強いて言うなら映画館のプライベートルームだろうか。


 広々としたU字状の革張りソファーがボックス席のように点在し、各席のテーブルには二台のモニターが設置されている。

 ソファーやテーブルなどの調度品は豪奢で古風なのに、モニターなどの設備は最新で洗練されたシンプルなデザインなのが、どこかちぐはぐな印象を受けた。


「ニコ、こっち」


 ハウンドが呼ぶ方を見れば、彼女は壇上台に設置された端末を起動させていた。


 画面に表示されたパスワード入力画面に、ニコラスは目を剥いた。


 72桁のパスワードだって?


「大丈夫。この会場の階数は?」


「ああ、そういうこと」


 ニコラスは3階から地下6階までの各八桁のパスワードを、順繰りに入れていった。


 セキュリティが解除され、端末のホーム画面が表示される。その中からハウンドは『客户列表』と書かれたファイルをタップした。


「こりゃ……顧客情報か?」


 ニコラスは羅列する情報に眉をしかめた。


 氏名性別だけでなく、年齢、国籍、人種、職業、年収に至るまで、ありとあらゆる情報が事細かに載っている。

 先進国から途上国、北半球から南半球、文字通り地球上の老若男女が掲載されている。


 なんだこのリストは。


「ニコ。ターチィ一家の主要産業、覚えてる?」


 唐突な問いに、ニコラスは戸惑った。


「売春だろ、確か」


「そ。『狡猾』のヴァレーリ、『殺戮』のロバーチ、そして『淫猥』のターチィ。奴らの主要産業は性、すなわち色欲だ。こと売春への縛りが厳しい合衆国において、三大欲求の一つを満たす売春は一大産業だ。客がいなくなることがないからな。そしてこの売春と切っても切れない関係の産業が一つある。デンロン社が手を出したのは、そういうやつさ」


 あっけらかんとした口調と裏腹に、ハウンドは無表情に座席を睨んだ。


「ここはオークション会場だ。児童売買のためのね」




 ***




「……どこ行く気?」


 かけられた言葉に、ジャックはびくりと肩を跳ね上げた。


 真横にいたケータという特区警官がしまったという顔をした。


「ルカ君、これはね」


「黙ってて、マクナイトさん。わざわざ車店裏につけてコソコソ何やってんの。まさかハウンドたち追うなんて考えてないよね?」


 眦を吊り上げて詰め寄るルカに、ジャックは心底狼狽えた。


 前回のトラウマもある。せっかく用意していた文言も、喉奥でつっかえてしまった。


「ハウンド言ってたよね? 『足手まといは要らない』って。今回のは本当に洒落にならないんだよ。そもそも特区外に出ること自体、ハウンドにとってはすごいリスクのあることなんだ。だからニコラスしか連れていかなかった。視聴率欲しさにザコ爆弾し掛けて面白がってる駄々っ子が、ノコノコついてっていいもんじゃないんだよ。邪魔するなんて許さないよ」


 ルカの眼光は憎悪を超えて殺気に近いものだった。

 一方その顔は、ついていけない自分の非力さを悔しがって歪んでいた。


 ジャックは、ともかく息を吸った。

 深呼吸にならず、浅い呼吸を何度か繰り返して、ようやく言葉を絞り出す。


「オレ、が信じられないのは、分かってる。オレがどうしようもない甘ったれのクソガキだってのも。けど、」


 生唾を飲み込み、ジャックは覚悟を決め面を上げた。初めてルカと目を合わせた。


「オレの話、聞いてくれる? 考えがあるんだ」


 一切の感情を排したルカの目が、より冷たさを増した気がした。

 それでもジャックは、何とか目を逸らさずにいた。

次の投稿は5月4日です。

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