6-5
「しっかしまあ、ターチィがお前らに依頼を、ねぇ」
セルゲイが行儀悪くミネラルウォーターのボトルをあおる一方、カルロはいつの間にか店員を呼び止めて適当に飲み物の注文を始めた。
ハウンドは、セルゲイたちにウィルのことは伏せて事態を説明したとのことだが……ニコラスはそれどころではない。
「ねぇあなた、ここ初めて?」
「よかったぁ。ここ初見さんへのサービス、けっこう充実してるんですよぉ?」
チョコレートアイスにコーラを煮詰めたソースをかけたような甘ったるい声で話しかける店員に、カルロはまるで表情を変えない。
店員の気を損ねない程度に話を聞き、そつなく注文をこなしていく。
セルゲイにしても、連絡先交換をねだる店員らに上機嫌で端末を取り出している。
ニコラスは溜息をつきながら変装用サングラスと帽子を取り、隣のジャックに被せてやる。
真っ赤な顔でしどろもどろしていたジャックは、文句を言うことなく帽子を目深にかぶった。
セルゲイに店を選ばせたのは、大きな間違いだった。
まさかフーターズ系レストランを選ぶとは。
「あら、可愛い坊やもいるじゃない」
「え、どこどこ? あ、ほんとだぁ。顔真っ赤にしちゃってかーわい」
「ちょっと刺激が強かったかしら。ぼく、大丈夫よ。ここ大人同伴だったら入ってOKだから」
きゃっきゃっ笑い合うサンタコスチュームの店員らは、そう言って上機嫌に《《尻尾》》
を揺らした。
ニコラスは理解に苦しんだ。
もう12月半ばゆえサンタコスチュームを着ているのは理解できる。こういう店なので、コスチュームがビキニと同等の布面積しかないのも分かる。
だがなぜ猫耳と尻尾を生やしているのだろうか。
いくら店の名が『雌猫』だからとはいえ、やり過ぎではなかろうか。
――猫っつーより雌豹の群れだな。
ニコラスは店員に群がられるマフィア二人を一瞥した。
艶やかな化粧が施された笑顔は実に華やかだが、目だけが樹上から獲物を見下ろすそれだ。
それに加え、店内の男性客の羨望と嫉妬の視線も二人に集中するが、二人は毛ほどの動揺も見せない。
むしろそれを煽るが如き余裕綽々の笑みを浮かべるものだから、視線がますますどす黒いものになっていく。
下手するとこれ、自分らもとばっちりを食らうのではなかろうか。
ジャックが至極決まり悪げに「トイレ」と席を立った。
ニコラスは再び嘆息した。
もう店出たい。ハウンド、早く帰ってきてくれ。
目のやり場に困ったニコラスはふと窓に目をやった。
――……?
ニコラスは今しがた通りかかったバーガンディーのセダンを不審に思った。
店の前を通る一瞬、走行速度が落ちたのだ。
まるで、店内を覗くような……ナンバーを確認すべきだろうか。
「で、話す前にまず聞きたいんだけどお前、なんであのおチビ連れてんの? あれミチピシの爆弾小僧だろ」
不遜な声に我に帰れば、向かいのセルゲイがブラッディメアリーにタバスコを入れながらトイレを顎で指していた。
ニコラスはじろりと睨んだ。
「その爆弾小僧に爆薬提供してた奴が何を言う。散々煽ったくせに」
「なんだお前、そんなことしてたのか」
呆れたようにトニックウォーターのグラスを傾けたカルロに対し、セルゲイは鼻で笑った。
「利用される方が悪ぃんだよ。俺ちゃんはちゃーんと説明しましたよ?
『この爆薬はマジで洒落になんねえぜ?」って。使ったのはおチビの方さ。ナイフで人刺したらナイフ職人が責められんのか? アホくせえ。
俺ちゃんが聞きたいのは、あんだけのことした奴がなんで連れ歩いてんだって聞いてんの」
「ああ。そういやかなり手荒く躾けたらしいな、番犬」
犬の序列争いは単純明快だな、とせせら笑う二人に、ニコラスは真顔で腕を組んだ。
「本人が希望したから連れてきた。大人げなく鉄拳制裁を加えた詫びだ。少しは我儘を聞いてやってもいい」
そう返すと、カルロは白けたとばかりに鼻を鳴らし、セルゲイはつまらなそうにストローを吸った。
ジャックが戻ってきたのはその時だった。
「さてさて、役者もそろったところで話を進めましょうかねー」
「話って?」
手元のタブレットをいじり出したセルゲイに、ジャックがきょとんとした。
「お前らが調査中の中国企業についてのじょーほー。裏向きのね。ぶっちゃけめんどくせーからやりたかないけど、まあ情報交換は大事ですし? 俺ちゃんも『雄鹿』のこと聞きたいし?」
唐突に出てきた『雄鹿』という単語にジャックは首を捻り、カルロはぬぼんとした垂れ目をすうっと細めた。
ニコラスは真顔のまま見返した。
――――『双頭の雄鹿』に気を付けろ。――――
ハウンドから貰った件の絵本に不可視インクで記されていた警告であり、ハウンドが秘匿する『手帳』への手掛かりと思われる謎の一文だ。
ハウンドが合衆国安全保障局《USSA》から奪い、五大マフィアと合衆国双方から狙われる元凶となった、あの。
要するにセルゲイは、デンロン社に関する情報を提供する代わりに、『手帳』に関する新情報を寄こせと言っているのだ。
「……いいだろう。その代わり、こちらの質問にはすべて答えろ」
「答えられる範囲ならねー」
賑やかな店内も凍りつきそうな会話内容に、ジャックが蒼白な顔で生唾を飲み込んだ。
いつもなら嬉々としてボイスレコーダーを取り出す情報モラルがばがばのジャックだが、今回ばかりは流石に自重するらしい。
「ならまず、そちらの経緯から――」
「待った」
制止されたニコラスはカルロを睨んだ。
「なんだ」
「こっちの分は?」
「はあ?」
「お前が今交わした条件はナズドラチェンコとだろ。なら俺にも寄こせ。等価交換だ」
ニコラスは鼻面に思い切りしわを寄せた。
「てめえもナズドラチェンコに同席して聞いてりゃいいだろ。それ以上は過払いだ」
「だが俺は先ほどお前たちを首領から匿ってやった。お前たちは俺に借りがある」
てめえが勝手に車の中つっこんだんだろうが。
だがここで言い争っても埒が明かない。ニコラスは苦々しく息を吐き出した。
「何が望みだ」
「ヘルの写真」
「――は?」
「だから写真だ、写真。ヘルハウンドの写真でよさげなの寄こせ」
思わず顔をのけ反らせたのは不可抗力だ。ニコラスは心底ドン引いた。
「お前……それは……ちょっと、流石に」
「勝手に勘違いして引いてんじゃねえよこの駄犬。俺が欲しいんじゃねえ。首領が欲しがってんだよ」
「いや、もっと引くわ」
「うるせえ、元はといえばお前が全ての元凶だ。ヘルがお前にご執心になってから、うちの首領がどんだけへそ曲げたと思ってる?
傷心癒すのに毎晩毎晩、囲いの女の元へ行くのはまだいい。だが朝になっても帰ってこねえ首領を、どこの女の元にいるのか突き止めて護衛配置して遅れた日中の計画段取り修正せにゃならん俺の身にもなれ。
しかも毎日だぞ? 挙句に迎えに行ったら行ったで首領に文句言われるわ、女がごねるわ、下手するとまだヤってることだってあるんだぞ。
そういう時に部屋に入っちまった俺の気持ちが分かるか。写真ごときでグダグダぬかすな一枚ぐらい寄こせ」
「知るか、んなもん。てか俺、完全な八つ当たりじゃねえか」
「黙れこの元凶が。俺に無駄な心労かけた責任ぐらい取りやがれ。
ほれ、お前がむっつりなのは分かり切ってんだ。どうせ何枚か撮ってシコネタにでもしてんだろ。寄こせ」
「してねえよ! つかあってもやらねえよ」
「へえ。ならお前、妄想で抜くタイプか」
「撃ち殺すぞてめえ」
ニコラスとカルロが睨み合っていると、ふと、ジャックが向かいのセルゲイに端末を見せて、ひそひそと何やら話している。そして、
「これならいい?」
と、ジャックは画像を見せた。
高さ30センチはあるパフェを口いっぱいに頬張ったハウンドが、至極幸せそうに微笑んでいる写真である。
一週間前だったか、ハウンドがパフェを腹いっぱい食べたいとごねて店長に作ってもらった時のものだ。
ニコラスは即座にジャックに拳骨を落とした。
「いって! 何すんだよ対価出してやったんだぞ!」
「うるせえこのクソガキ! しれっと盗撮してんじゃねえよ! 削除しろ削除!」
「オレのじゃないもん! アンタんとこの住民が欲しいっていうから撮っただけだし!」
あの野郎ども……!!
ニコラスはすぐさま端末を取り上げようとしたが、カルロが掠め取る方が早かった。
「ふむ、健全系か……」
「けどこの顔はレアじゃね? アイツてめえんとこのボスの前だと全然笑わねーじゃん」
「そうだな。首領はヘルの笑顔に飢えている。これならいけるか」
「おチビちゃん、お手柄だってさ」
「ほんと!?」
「勝手に決めるなテメエら! てか返せ!」
ニコラスは怒鳴るが、時すでに遅し。
カルロは「やなこった」と舌を出し、いつの間にか画像を送信し終えると、ぽいっとジャックに放り返した。
「なになに? 修羅場?」
「黒髪の彼とスーツの彼が彼女取り合ってるみたいよ」
「嘘!? えーショックぅ。アタシあの人好みだったのにぃ」
「ていうかあの黒髪の人、結構イイ身体してない?」
「あーそれ分かる。顔は好みじゃないけど首から下はタイプなのよねー」
ニコラスの背に店員らの好奇と期待の視線が突き刺さる。
ついでに店内の男性客から同情半分、嫉妬半分の視線を受け、ニコラスはがっくりと脱力した。
***
「んじゃ、まず俺ちゃんからね」
ひとまず写真騒動が落ち着き (納得してないが)、注文がひと段落した頃、口火を切ったのはセルゲイだった。
「俺ちゃんがここで一人ちょー真面目に仕事に励んでたのは、アフリカ支部管轄の資源採掘所で停電が続発したから」
「停電っていうと、サイバー攻撃か」
ニコラスが尋ねると、セルゲイは「そそ」と頷いた。
「まあアフリカ支部連中がだいぶお粗末だったのは否定しないけどねー、ちょっと露骨すぎんだよねー。
まず原因不明の謎の停電があちこちで起こるっしょ? 現地の作業員はもうパニックよ。鉱山中いるときにいきなり電気切れるんだから。
支部の連中も荒事にゃー慣れてても、停電を復旧させる技術なんぞない。現地作業員もサイバー攻撃にはお手上げ。
仕方なく右往左往していると、どこからともなくスーツ着た男がやってきて『そのお悩み、解決してみせましょう』なんて言うわけよ」
「それがデンロン社だと?」
「正確にはデンロン社の息がかかった中国企業だけどな。
んで他に復旧できる奴もいねーから頼んだらあら不思議。あっという間に復旧しちゃいました。
作業員は頼りにならないロシア人より、親切な中国人に好きになり、白人に渡すまいと現地部族が隠してた秘密の鉱山の在り処を中国人に教えちゃいましたとさ、ってわけ」
「なんで頼んだんだ? お前みたいに電子戦得意やつ現地に派遣すればいいだろ」
気性の荒いロバーチ一家らしからぬ選択にニコラスが問うと、セルゲイは「時間がなかったんだよ」と不愉快そうにストローを噛み締めた。
「停電したってことは、作業員が鉱山から出れねえってことだ。真っ暗闇のなか手さぐりで出て来いってか。しかも当時は雨期が早まったせいで鉱山近くの川が氾濫寸前でよ。
このまま川の水があふれて鉱山に流れ込んだら全員死んじまうって、川より先に作業員が反乱起こしそうだったんだよ。
たった50人ばかの構成員でどうしろってんだ」
「それで最近中国人どもに押され気味なのか。お前らの縄張りの鉱山、ほとんど取られたらしいな?」
くくっと笑うカルロの脇を、セルゲイは小突いた。
「他人のこといえるかよ。テメエらが顎で使ってる上院議員、売春ネタで盛大にすっぱ抜かれてるじゃねえか。メールパスワード突破されて個人メール暴露されたんだって?」
セルゲイの反撃に対し、カルロはそんなこともあったなとばかりに頬杖をついた。
「確かに娼婦を何人か見繕ってやったが、そこから先は自己責任だ。証拠残すなっつったのに言うこと聞かなかった奴が悪い。
他にも操り人形はいくらでもいる。十代の処女好きのジジイの末路なんぞ知ったことか」
毛ほどの罪悪感もなくさらりと語るカルロに不快感を押さえつつ、ニコラスは肝心な部分を尋ねた。
「で、その議員とデンロン社がどう繋がる?」
「今やってる州知事選の候補者の後援者に件のスケベ議員がいた。んでその候補者のライバルが――」
「朱晧軒か」
カルロはグラスを傾けながら、いかにも、と肩眉を跳ね上げた。
「暴露されたメールから候補者もおこぼれに預かってたのがバレたからな。いま奴は火消しに躍起さ。おかげでシュウの人気はうなぎ上りだ」
「じゃあ、二人はなんでここに……?」
話を無言に傾聴していたジャックがおずおずと口を開いた。二人は一瞬互いを見合うと、
「例のサイバー攻撃の出所がここだった」
「同じく。この通りにあるネットカフェが発信源だ」
と答えた。
二人の返答に、ニコラスは「監視カメラは?」と尋ねた。
しかし二人はそろって首を振る。
「映ってなくはなかったが、傍に突っ立ってる男が邪魔で特定できなかった」
「少なくとも、かなりのチビだ。男にすっぽり隠れるぐらいだったからな」
それを聞いたジャックの顔が蒼褪めた。
例のホテルに監禁されていた少年らの中で、最も小柄だったのはウィルだ。
何より、マフィア相手に痕跡も残さずそこまでやってのけられるのは、あの天才少年ぐらいなものだろう。
「……そちらの事情はそれとなく把握した。ならデンロン社の目的はなんだ。連中は何をしようとしてる?」
「知るかよんなもん。こっちが聞きてえぐらいだわ」
「少なくとも、あのデンロン社ってのは割といい性格してるぞ」
「それって悪いってこと? 一般企業なのに?」
ジャックの問いに、マフィア二人は失笑した。
「なあおチビちゃん、ふつーの堅気の連中とマフィアと何が違うと思うよ?」
唐突にセルゲイに問われ、ジャックは戸惑ったように視線を彷徨わせた。
「悪いことをしない、とか」
「ぶっぶー、違いますぅー。正解は『変わらない』、だ」
「変わらない……?」
「そ。ぶっちゃけ、堅気の連中とマフィアに大差はねえ。ただ堅気には自覚がなくて、俺たちには自覚があるってだけの話よ。
だから法の範囲内に収まるよう、あの手この手で取り繕うが、やってることは俺たちと同じなわけ。
特区みてりゃ分かるだろ。俺らのシマで一番棄民を食いもんにしてんの誰だ? 特区市民だぜ?
マフィアでも犯罪組織でもない、堅気の一般人がアメリカ政府から公式に市民認定うけて、ビジネスと称して甘い汁吸いまくってんじゃねえか」
「特区には法律が存在しないからな。あるのは俺たちが定めた法だけだ。特区外じゃ違法行為も特区の中じゃ合法になる。
だから国も特区市民も俺たちを必死に庇う。罪を擦り付ける相手がいなくなると困るからな」
「連中すーぐ被害者面すんもんなー。『俺たちは五大に騙されたんだ』なんて平然と言いやがる。いいねぇ、自分の悪行になると途端に盲目になる馬鹿どもはよ。人生楽しそうで何よりだ」
せせら嗤うセルゲイとカルロの本物の空気に圧倒され、ジャックは何も言えない。
そこへさらにカルロが追い打ちをかけた。
「デンロン社はアメリカじゃかなりお行儀がいいみたいだが、途上国じゃ結構やってるぞ」
「というと?」
ニコラスが尋ねると、カルロは腹が立つほど長い手足を組んで肩をすくめた。
「途上国政府が行う公共事業に、格安で技術と資機材の提供する対価に、事業の建設・維持管理・運営の主導権を寄こせと持ちかけるのさ。
代わりに資本の所有権は譲ってやるってな。金のない政府は喜んで飛びつく。しかも国がやるべき事業を自ら進んで雇われにやってくるわけだ。政府は諸手あげて契約を結ぶ。
んで、事業が始まったら連中は途上国企業を下請けにして、融資からなにまで面倒を見る」
「……それ、途中から融資の金利額をバカ高くするとか、そういうことか?」
「んな生温いやり方で初期投資コストが回収できるか。資機材の全てを自分たちの定めた規格で購入させるのさ。『この機材では上手くいかないから買い換える必要がある』ってな。
当然コストは大幅にオーバーするが、資本を政府が握っている以上、オーバーした分は政府が負担する羽目になる。ただでさえ金が無くて困った政府はデンロン社から金を借りる。
そうして、事業が進めば進むほど、雪だるま式に借金が増えていくのさ。んで、政府が耐えかねて事業中止なんて言おうもんなら、債務不履行で土地を丸ごと回収する。
こうして地球上にデンロン社の土地がどんどん増えていくというわけさ。な、なかなかに賢い連中だろ」
ニコラスは閉口した。
なんて連中だ。これでは焼畑農業だ。最初だけわずかに収穫高が増えて、その先は不毛の大地しか残らない。
そんなこちらを見て、カルロは冷笑と苦笑が入り混じった奇妙な笑みを浮かべた。
「ま、詳しく話すとこんなもんだ。それなりにおつむの回る連中ということさ。俺視点で言わせるなら、筋は悪かない連中だぞ」
「へぇー。『俺たちの真似しやがった』って腹立ててたのどいつだっけ?」
「誰しも最初は模倣から始まるもんだ。猿が石を使って目くじら立てる人間がいるか?」
カルロとセルゲイはまたも顔を見合わせ、ふんとそっぽを向いた。
つくづくこいつらもよく分からない連中だ。仲がいいのか悪いのか。
「最後の質問だ。デンロン社とターチィ一家に何か繋がりはあるか?」
「「ない」」
口をそろえて返答した二人に、ニコラスは思い切り眉をしかめた。
「本当に何もないのか?」
「ないね。中華系マフィアってのは同胞との繋がりをかなり重視する。だから絶対に繋がりがあると思ったんだけどねー……」
「ターチィ一家は百社近くの中国企業と蜜月の関係だが、その中にデンロン社は入ってなかった。うちの諜報チーム総出で調査した結果だ。賭けてもいい」
「逆に聞くけどお前らターチィから何も聞いてねえの? 今回の依頼主、ターチィっしょ?」
セルゲイの問いに、ニコラスは「聞いてるかもしれないが」と言い淀む。
「依頼を受けたのはハウンドだ。俺は何も聞いてない。さっき電話しに行ったところを見るに、今その確認をしてるかもしれない」
「と、なると」
「ヘルハウンド待ちかぁー」
カルロとセルゲイは揃って大きく息を吐き出した。そんな時だった。
「……ねえアンタさ、二人にデンロン社と『ライシス・サーガ』に繋がりないか聞いてくんない?」
袖を引かれたニコラスはジャックの返答に嘆息した。
「それについてはもう散々調べたろ」
「分かってるよ。けどオレらが知ってなくても、二人なら」
「ならお前の親友の話を二人にすることになるぞ。それでもいいのか」
ジャックは目に見えて怯んだ。
ウィルのことを話すということは、その存在をマフィアに知らせるということだ。
親友が裏社会の人間に目を付けられてもいいのか、という問いに対し、ジャックは躊躇いながらも退かなかった。
「けど、けど……っ、あのウィルが意味のないことをするとは思えないんだ。あの画像の謎だって、二人になら分かるかもしれないだろ」
ニコラスは黙りこくり、数秒ばかり思案する。
そして再び嘆息した。他に有効そうな選択肢はないらしい。
仕方なく、ニコラスはジャックから端末を受け取った。
「出所は聞かないでくれ。本人のためだ」
そう言って、ニコラスはウィルからジャックへ送られた、あの例の長いURLが載った画像を見せた。
「こいつは『ライシス・サーガ』っていうオンラインゲームのユーザーが送ってきた画像だ。こいつの親友でな」
ジャックが弾かれたように顔をあげた。
「なんだ」
「あ、いやその、親友って言ったから」
「? お前は親友だと思ってんだろ。なら親友でいいじゃねえか」
そう返すと、ジャックは目を見開き、俯いてもじもじと両指を合わせたり離したりした。
よく分からない奴だ。
「まあともかく、そいつが送ってきた画像がこれだ。次いでに言うと、ここ最近デンロン社本社で頻発してるハッキング騒動はこいつの仕業だそうだ」
途端、カルロとセルゲイの顔つきががらりと変わる。次いで、
「それで?」
「何が聞きたいわけ?」
興味を持ったらしい二人に、ニコラスは「デンロン社と『ライシス・サーガ』の関連性を知りたい」と告げた。
「それと、ここにあるこのURLの謎が知りたい」
「URLぅ?」
「……確かに妙に長いが、ただのバグじゃないのか?」
「オレもそう思ったんだが……」
カルロの返答に、ニコラスは言葉を詰まらせる。一方のセルゲイは珍しく真顔でURLを凝視していた。
「ナズドラチェンコ?」
「…………RSA、いや。ECCかねぇ」
「ECC?」
「楕円曲線暗号《ECC》、暗号の一種よ。このURLの『https:』の後に続く文字列みてみ? 『.(ドット)』が一つもねえだろ。URLってのはネット上の住所みたいなもんでよ。
通常は【〈プロトコル〉.〈スキーム〉.〈ホスト名〉.〈ドメイン〉】って感じで書き順が決まってて、そいつがドットで区切られてる。
けど、こいつにはそれがない。数字とアルファベットだけだ。
たぶんだが、ECCのアルゴリズムで暗号化して、『公開鍵』と『秘密鍵』でロックしてんな」
ジャックと共に頭から無数のはてなマークを飛ばしていると、セルゲイは「あーもう」と髪を乱雑に掻き混ぜた。
「よーするに、宝箱を“閉める鍵”と“開ける鍵”を別々にしちゃいましょーってこと。この場合、『公開鍵』が閉める鍵、『秘密鍵』が開ける鍵ね。
暗号化じゃかなりベタな手だけどね。
まあおチビちゃんのダチってことは同年代ぐらいっしょ? ガキにしちゃあ割と頑張った方なんじゃね」
割とどころかかなり凄いことではなかろうか。
サイバーに詳しくないニコラスにはさっぱりだ。
その時、ジャックが突然大声を出した。
「ずうっと前なんだけどさ、ウィ――じゃない、その友達が『ライシス・サーガ』のチャットで変な文字列送ってきたことあったんだ。その時は何コレって思ったんだけど。あれ、鍵かも」
ニコラスとセルゲイは顔を見合わせた。
「それ、今見れるか?」
「どれ」
「ちょっと待って。結構前のだから……」
ジャックは端末から『ライシス・サーガ』を開き、過去のチャット記録を辿り始めた。
画面上で指を忙しなく上下に動かし、つ、とあるところで動きを止めた。
「これかも」
ジャックが指差す方向を見れば、そこにはアルファベットと数字だけの謎の文字列が並んでいた。
何の前触れもなくいきなりポンと送られてきているので、一見なにが何やらさっぱりだ。
「この鍵があれば」
「無理ね」
セルゲイの返答にジャックが「えっ」と声を漏らす。セルゲイは覚えの悪い生徒を見るような教師顔で肩眉を吊り上げた。
「さっきも言ったっしょ。鍵は『公開鍵』と『秘密鍵』の二種類ある。お前が持ってんのは『公開鍵』、つまり閉める方の鍵だ。暗号を解くには、開ける鍵の『秘密鍵』がないと無理」
「それじゃあ……」
「結局手がかりなしか」
ニコラスとジャックはそろって溜息をついた。
しかも今回は手がかりに近づけた分、落胆も大きかった。
「待て」
唐突に声を発したカルロを、ニコラスは胡乱気に睨んだ。
「なんだ。追加報酬ならやらねえぞ」
「違う。……おいガキ、お前の友人は今月開催されるeスポーツに出場したりするか?」
ジャックが瞬時に凍りついた。代わりにニコラスがすかさずフォローに入る。
「確かにこいつの親友はeスポーツに出場予定だ。それが?」
「話を最後まで聞け、番犬。んで。その『ライシス・サーガ』ってのは、今大会に限り組み込まれてる特別種目、で合ってるか?」
「ああ」
「なるほどね。――あったぞ、デンロン社との繋がり」
全員の視線が集中する中、カルロは自身のスマートフォンに一枚の建物の画像を表示した。
それは、奇妙な形状の建物だった。
階層自体は高くない。だが面積自体はかなり広く、台地形状の天板――すなわち屋上部分には巨大なプールか池らしき水面が確認できる。
それが外壁をナイアガラの滝よろしく流れ落ちており、大きな虹が建物上空にかかっていた。
「おい、これ……」
「ああ。この建物はデンロン社が建設したものだ。文字通り、土地購入からデザイン建築に至るまですべての工程をデンロン社が担ってる。そして、今回のeスポーツ大会の会場は、ここだ」
息を呑むニコラスたちに、カルロは「それだけじゃない」と告げた。
日頃の眠たげでぼやっとした目元が、樹上から獲物を見下ろす猛獣のように抜け目なく光っていた。
「『ライシス・サーガ』の制作会社はアメリカのゲーム会社だが、その出資元はターチィ一家だ。ついでに言うと、そのゲーム会社の所在地は特区36番地――ターチィ一家のお膝元だ」
***
『へぇ。もう嗅ぎつけたってわけかい。流石は『特区の双璧』。鼻がいいねえ』
「言っとくが、私は一切話してないからな」
『知ってるとも』
電話越しにカラカラ笑う女声にハウンドは渋い顔を隠さない。
ミチピシ一家当主のオーハンゼーといい、年寄りはどうも苦手だ。
特に、この婆さんは。
「んで? あんたナニ企んでんだ」
『おや、意外だねえ。お前はこの手のことに首を突っ込まない主義かと思ったよ』
「そうしたいのは山々だが傍でピーピー泣き喚くガキがいて鬱陶しいんだよ」
目前に振りかざされた瓶をハウンドは寸でのところで避ける。
瓶はハウンドの真横で腰をくねらせていた女の頭部に当たり、周囲から盛大な悲鳴が上がった。
女の相方の男が激怒して参戦したため、乱闘騒ぎ当事者は二人から三人に増えた。
そんな騒動を尻目に、ハウンドは足早にこの蠢く群衆の出口を探した。
乱痴気騒ぎを嘲るように乱反射する頭上のミラーボールを睨んでいると、ハウンドの耳元で哄笑が弾けた。
『こいつはまた傑作だ。お前が子守に手を焼く日がこようとは。長生きはしてみるもんだねえ』
「必死こいて若作りしてるくせによく言う」
『当然だろう? 女はいつになっても美しくありたいものさ。いついかなる時代、国であろうと、女の本質は変わらない』
電話越しに、中国黒社会系マフィア、ターチィ一家当主ヤン・ユーシンは、うっそりと笑った様だった。
『企みも何もないさ。あたしが苦労して開拓し、耕し育てた稲原から、勝手に稲を刈り取っていく不届き者がいる。盗人は懲らしめてやらねばねえ』
依頼内容と全く同じ文言を繰り返すヤンに、ハウンドは舌打ちを堪える。
この狸ババアめ。一家紋章は蛇だけど。
「あともう一個聞いときたいんだけど、あんた私らに追手とか放ってない?」
『あたしがかい? 何のために』
「ガキの使いを見守るわけじゃなし」とけらけら笑うターチィに、ハウンドは疑念を解かない。
裏社会に『信用』なんて文字はない。
どんなこともまず疑い、利害関係という枷があって初めて取引が成立する。
ヤンが自分に依頼をしたのは自分を信用したからではない。単純に、都合が良かったからだ。
一向に答えないこちらに呆れたらしく、ヤンは「やれやれ」と嘆息した。
『その追手とやらは中国人かい?』
「どういう意味?」
『我らは中華の同胞しか信じない。血の結束だけが我らを護る唯一無二の長城となる。もう一度聞くが、追手は中国人かい? そうでなければ我らではない。少なくともあたしゃそんなものを放った覚えはない』
ハウンドは小さく息を吐いた。
追手はゲルマン系白人の中年だ。
ヤンの主張を信じるなら、ターチィ一家の手の者ではない。
――例の『黒い男』の新手か、それとも合衆国安全保障局《USSA》か。
どちらにせよ、油断できるものではない。
だからこうして足を止めることなく歩き続けている。
薬物依存者特有の口臭と尿、汗、アルコールが充満するホールを脱出した。階段で地上を目指しながら、ハウンドは報告を締めくくりにかかる。
「ひとまずこれが今の状況だ。あんたの企みはどうであれ、私は報酬さえもらえればいい」
『そう他人を疑うもんじゃないよ、黑犬。あたしとしてもあの小賢しい小僧はとっちめたい。あたしの家にネズミまで放ったんだ。ただじゃ済まさないよ』
「捕らえたのか」
『ああ。そして何も知らされていなかった。しかも仲介を五か所以上はさんで出元が分からないようにしてある。なかなか賢い坊やだよ、あのシュウってのは』
路上の喧騒で掻き消されそうになっているが、よくよく耳を澄ますとドプッ、ドプッ、とポリタンクか何かで大量の液体を注ぐ音がする。
それに混じって、くぐもったすすり泣きも。
ハウンドは鼻を鳴らした。
ターチィ一家の象徴は〈蓮に絡みつく白蛇〉。
なぜ蛇かというと、始末した死体が一切残らないからだ。
巨大な大蛇が丸呑みしたかのように。
「死体を溶かしたバスタブに、今度は客と入るわけか。良い趣味してるね」
『ああ。うちの娼婦はこぞって肝が太いのさ』
パチンと、ヤンは指を鳴らしたらしかった。
くぐもったすすり泣きが呻き声に変わる。必死に何かを叫んでいるが、ハウンドにはどうしよもないし、してやる義理もない。
「――で、奴の目的についてアンタは目星がついてるのか?」
『つくもなにも明白だろう。オーハンゼーの爺様が合衆国側について、五大の座に空きができた。まだ抜けたわけじゃあないが、いずれあの爺様は特区から脱するだろう。もともと奴さんは堅気の人間だ。裏の空気は吸いづらかろうよ』
「シュウはミチピシ一家の座を狙っていると?」
『応とも。権力は万人を惹きつけて止まぬ蟠桃(不老不死を得られる果実)さ。そして、一度権力を手にしたことがある者ほど、更なる高みを貪り欲す。お前も気を付けることだねえ』
「私もか」
『当然。特区で唯一あたしらと張り合う民間武装組織を、あの小僧が見逃すものか。そのうちお誘いがかかるかもしれないねえ。つくづくお前の周りには厄介な男ばかり集まる』
「ニコは素直だぞ」
「呵っ、そいつは本気で言ってるのかい? イタリア坊やにならまだしも、あのロシアの坊やにまで噛みつく男が大人しいとでも?
あの男の本質は狂犬さ。愛を知らず、愛を与えられず、愛を欲して必死に尾と牙を振る憐れな犬よ。
いい手駒を見つけたじゃあないか。女にとって、あれほど御しやすい雄はいないよ」
ころころ笑うその声に、ハウンドは込み上がる憤懣と不快を何とかやり過ごす。
薄々自覚していた、認めたくないものを鼻先に突き付けられた苛立ちだった。
他に居場所がないと知っていたから、彼を選んだ。
信頼に飢えていると察したから、彼を助手にした。
面影が父に似ていたから、眼差しがラルフたちと同じだったから、彼を助けた。
自分がニコラスを助けたのはただの打算だ。
我欲に塗れた、善と呼ぶのもおこがましい独りよがりな偽善だ。
自分は彼を利用しているだけに過ぎない。納得したはずだった。
なのに、それがニコラスにバレるのが怖い。
彼の信頼しきった温かな眼差しが怖い。おっかなびっくり頭に触れる手が怖い。
彼に、失望されるのが怖い。
かつてニコラスは、「卑怯で汚い大人の偽善を覚えてくれていた子供に応えたい」と語った。
その子供が、本当は己を利用していただけと知った時、彼は何を思うだろうか。
哀しむのだろうか。怒るのだろうか。それとも、自分を恨むだろうか。
ああ。本当に、忘れてくれればよかったのに。
『おやおや。図星を指摘されて腹を立てたかい? そんなお前にいいことを教えてやろう、黑犬』
そう言って、白蛇の頭領は鎌首をもたげた。
『男というモノは女以上に寂しがりな生き物でね。女は男が居なくとも生きていけるが、男はなぜか女を欲する。
それが現実の女でなかろうと、雄は生涯雌を求めてやまない。本能に刻み込まれた男の本質さ。女より男の方が失恋を引きずるというだろう? あれさね』
「……それで?」
『あの男は必ずお前を捕まえるよ。お前が堕ち切ってしまう前にね。そもそも、あの男はお前を追ってきたのだろう? なあ、アフガンのお嬢ちゃん』
ハウンドは沈黙を守った。口を開けば、すべてぶちまけかねない恐れがあった。
そんなこちらに対し、ヤンは細い舌先でチロチロと鼻先を掠めるように嗤った。
『そう警戒することはない。あたしゃ何も知らないよ。ただちょいとばかし、女の勘を働かせただけさ。富も権力も地位も欲しくない。復讐もしないとなれば、選択肢は自ずと絞られる。
――お前もまあ律義だねえ。字名を体現せねばならぬ理由なぞどこにもなかろうに。それともそれがお前の本能かい、黒妖犬』
くすくすと笑ったヤンは、一転して声を平坦にした。
波のない声音は感情の一切を孕んでいなかった。
『坊やたちはともかく、あたしゃ『手帳』とやらに興味はない。
無論あれば欲しいが、あるかどうかも分からないモノに現を抜かすぐらいなら、他人の恋路を肴に一献やる方が有意義というものさ。
与えられた役目を果たそうとするお前も、お前を追ってきた義理堅い男も。私には、とても、とても愚かで度し難く、興味深い』
一呼吸おいて、老いた白蛇はまた嗤った。
『人に翻弄された憐れな雌狼よ。犬と番いたくなくば逃げ回れ。首輪をつける者は食い殺せ。獲物のために牙を砥ぎ、墓穴を掘って爪を尖らせろ。
どの道を選ぼうと、あたしには詮無いこと。歳月は人を待たず。あたしは今が愉悦に満ちれば、それでよい』
電話が切れた。しかしハウンドは切れるその寸前に、壁めがけて携帯電話を投じていた。
盛大に破片が散った。
そのうち一番大きな部品が足元へ滑ってきて、ハウンドはそれを踏み砕いた。
「――んの、クソババア」
何も知らないくせに、ぺらぺらと。
しばらくして歩き出したハウンドは、ウィッグをゴミ箱に投げ捨て、化粧を拭った。
もう元に戻らないと。
***
裏通りに路駐したバートンは、あえて車の鍵をつけたまま、路肩に路駐した。
車を離れるなり、歩道脇からこそこそとバートンの車に近づく男がいたが、バートンはそのまま歩き続けた。
そろそろ敵に車の素性が割れる頃合いだろう。
ウェッブの記憶力の良さはよく知っているし、その相方の少女の勘働きの良さは異常だ。車を替えなければ。
道脇のゴミ箱にピンクゴールドのウィッグが捨てられているのを視認したバートンは、指示された予備の車がある場所へと急ぐ。
三つ目の街灯向かいの通りに銀の日産のスカイラインを見つけたバートンは、早足でそれに乗り込んだ。
「あの、これ」
助手席の気弱そうな青年が差し出す携帯を無言で奪い取り、降りるよう命じた。
クルテクの言っていた、人質を取られたという例の部下だ。
「タクシーを拾え。経費で落ちる」
それだけ告げると、青年はびくりと肩を跳ね上げ、そそくさと車を降りた。
電子音が鳴り響いたのは、その直後だ。
出てみればこちらの挨拶を待たず、相手は不機嫌に唸った。
『教え子と再会できてはしゃぐのは結構だが……勝手な真似をされては困るよ。今回はただでさえ役者が多いんだ。下手に動かれては芝居そのものが破綻してしまう』
「善処しよう」
そう返すとクルテクは「君ねぇ」と深く嘆息した。
そしてお小言が続くのだが、バートンは聞いていなかった。
「――美しいな」
『は?』
バートンの眼は、120メートル先で人ごみに紛れる寸前の小柄な背を注視していた。
「資料に載っていた写真よりずっと美しい。綺麗になった。コールマンの足元をちょろちょろしていた子犬が、随分と大きくなったものだ」
しばし黙したクルテクは声を絞り出すように囁いた。
怒気を押し隠しているようだった。
『……あまり私を失望させないでくれないか。君は私の旧友だ。消したくはない』
「おかしなことを言う。私が失敗すれば、消す以外の道はあるまい」
『自分から提示しておいてよく言うよ。いいかい。今回君が任務に参加できたのは、失敗した場合の責任を君一人が負うという条件があってこそだ。
失敗すれば、君はUSSAに見捨てられるだけでなく、軍上層部からも退役軍人謀殺ので軍法会議にかけられることになる』
「ついでに偽証罪と情報漏洩も問われるだろうな」
『真面目に聞いてくれ。君が失敗したら後始末に追われるのは私なんだぞ』
ついに怒りをあらわにした旧友に、バートンは静かに告げた。
寂寥と、僅かばかりの失望をもって。
「『ツィリル』。お前、変わったな。昔のお前であればお前は今、私の隣にいたぞ」
中身だけは、昔のままだと思っていたのに。
そう言うと、『モグラ』はしばし黙った。そして、
『一生のうちで、変わらずにいられる者がいるのかい』
そう言って、電話は切れた。
次の投稿は4月14日です。




