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3-7

今回も残酷な描写(拷問・処刑)ありです。苦手な方はご注意を。

 一方、その頃。

 ニコラスは戻ってきたカルロに対し遅滞戦術に務めていた。


「往生際の悪い奴だな。さっさと署名しろ」

「断る。最終決定はヘルハウンドにやってもらう。それが俺たちの結論だ」


 事実、27番地の最終決定者は統治者であるハウンドなので、言っていることに矛盾はない。極めて単純明快な、言ってしまえば安直すぎる作戦である。


 カルロの灰褐色の瞳に侮蔑と冷笑が浮かんだ。


「なるほど。飼い主がいないと何もできんか。駄犬らしい判断だ」

「根っからの犬育ちなものでな。昔は国の番犬だった。それが小娘の番犬になっただけのことだ。何か問題あるか?」


 予想外の返答だったのか、カルロが鼻白む。


 挑発は相手が乗ってきてこそ意味を持つ。相手の乗ってこない挑発など無意味だし、言った側は虚しく惨めになるだけだ。伊達に『偽善者』と誹られていない。


 女のあしらい方は慣れていないが、誹謗中傷者のあしらい方は心得ている。


 なんて思っていた時だった。


「失礼っ! ミスター・ウェッブはいますか!?」


 慌ただしく工場入り口から転がり込んできた顎髭商人ことテオドール・ファン・デーレンに、周囲がどよめく。

 ニコラスは「おう」と片手をあげた。


「遅かったな」

「しょ、商談はっ、ゲホッ、もう終わって、しまいました、か?」

「あと少しでな。ナイス・スライディングだ」

「それは、何より……ゴッホ、うぇっ」

「ちょっとおじさん大丈夫?」


 全力疾走で戻ってきたのか、息切れの酷いテオドールの背をルカがさすってやった。ちなみにルカはけろりとしている。


「おい。これは一体どういう了見だ? ファン・デーレン、お前は何故ここにいる。俺は一等区へ帰れと言ったはずだが?」


 地鳴りに似たカルロの低音に、テオドールは全身を震わせたがすぐさまニコラスが割って入った。


「俺が呼び止めたんだ。そいつのせいじゃない」

「なに?」

「言いそびれたことがあったからうちのガキどもに頼んで呼び戻してもらったのさ」


 ニコラスは咳払いを一つ。


「ファン・デーレン。例の提案、考えてくれたか?」


 そう尋ねると、テオドールは青ざめ冷や汗を流しながらも背筋を伸ばし、営業スマイルを浮かべた。その変貌ぶりに内心で拍手する。

 なかなかに根性のある奴だ。


「勿論ですとも。とっておきの商品を27番地(みなさま)にご紹介いたします」


 テオドールは会った時と同じく、やや芝居ぶった古風な振る舞いで胸をそらした。朗々と響く声に堂々たる態度。

 いずれにせよ、テオドールの役者さながらの雄渾な言動はヴァレーリ一家ですら固唾を飲ませ、全員が沈黙に見守る。


 全員の注目を集めたところで、テオドールは高らかに宣言した。


「私が紹介いたしますは、新たな搬入ルートの開拓です。我が社『ポルダー商事』の全船舶を利用して、27番地で絶賛不足中の物資を運搬し、皆様に販売するという提案です。如何でしょうか?」


 数秒の沈黙の後、テオドールの提案は当惑と疑念の声で迎えられた。

 真っ先に質問の声をあげたのは住民代表クロードである。


「おい、アンタ。その物資とやらはどこから運ぶ気だ? そりゃこっちは物資売ってくれるなら悪魔にもすがるけどよ」

「おお。いい食いつきっぷりですな、ミスター・アンカーソン。いま説明しますので少々お待ちを」


 何やらゴソゴソと手帳を取り出して図を描き始めたテオドールの手元に、クロードら住民の顔が寄せ合わさる。


 一方でカルロは実に冷酷な呆れ顔を浮かべて、嘲笑を隠しもしなかった。


「おい。まさかと思うがアレが打開策のつもりか?」

「そうだが」

「お前は五芒星条約を読んでいないのか? 《陸海空全ての流通経路において、特区に搬入されるあらゆる物資は必ず関所を通り、通行料を払わなければならない》とあっただろう。自分からドツボにはまりにいってどうする。まあこっちはそれでも構わんが」

「そっちこそ今回呼びつけた商人のデータを読み込んでいないのか?」

「あいにく俺は忙しいんでな。有象無象に構っていられるほど暇じゃない」

「そうか。ありがとよ。おかげで助かった」


 この時に至り、カルロは初めて己のペースを崩した。

 それまでは高みの見物、好きなだけ踊ってみせろと言わんばかりだった表情が、ニコラスの言葉の真意を探るべく警戒と好奇が入り交ざっている。


 だからニコラスも、満を持して言い放ってやった。


「ファン・デーレンが所有している港は国外じゃない。国内だ。それもデトロイトの真下、オハイオ州トリードにある」


 カルロの顔つきが一変した。

 オハイオ州トリードは五大湖水路の中間地点に位置する港で、デトロイト川を南下した位置にある。仮に27番地とトリードを航路で繋ぐなら、それはデトロイト川を行き来することになる。


 そう。河川なのだ。


 五芒星条約は陸海空の運搬ルートを規制している。

 だがその中に、()()()()を利用した運搬ルートを規制する条文はない。


 商業規模の大きく国外を相手にすることが多い五大マフィアにとっての航路は、五大湖水路を介して大西洋に出るルートに他ならず、デトロイト川のような小さな河川を細々と行き来するようなちんけなルートは規制対象外だ。


 テオドールが所有する船舶を利用し、トリードから物資を輸入することに五大マフィアは手を出せない。無論、関税もかけられない。


 まさしく五芒星条約の抜け穴をついた打開策だった。


「その男を取り押さえろ! 手足を撃っても構わん!」


 突如立ち上がり叫んだカルロに、全員が硬直した。

 が、ニコラスだけは動いた。


 先に銃口を向けてきたのなら、抵抗されても文句は言えまい。


 懐からH&K P30L自動拳銃を抜き放ったカルロの右手首に、ニコラスはボールペンを突き立てた。手首内側の肉の柔らかい部分だ。

 それと同時に義足で奴の脛を強かに打ち付ける。


 苦悶に上半身を折るカルロの右腕を拳銃ごと掴み、近づいた襟首も掴む。

 腹筋と背筋を総動員して上半身をねじった。


 すでに重心を崩していたカルロはあっさり倒れ、右腕をねじり上げられてベニヤ板製簡易テーブルの上に押しつけられた。

 あとは左膝で固定して足首に忍ばせていたタクティカル・ナイフを抜き放てば完了だ。


「下手に動くと頸動脈が切れるぞ」

「っ、構わん撃て!」


 カルロは部下に向かって怒鳴るも、部下は動かない。


 彼らの視線は工場2階へと向けられていた。そこから彼らを見下ろす無数の黒針に。別動隊の住民が構える自動小銃の銃身だ。


 今朝がたニコラスが利用したダクトを介して、遅滞戦術の合間に回り込んでもらったのである。万が一に備えてこのアジトにも武器を多数そろえていたのが功を成した。


「おつむの方は回るようだが荒事に関しちゃチンピラレベルだな。これならイラクの過激派連中の方が手強かった」


 腕の下で歯を軋らせるような呻きが上がる。

 体格差があると言えど、利き腕を固定され、肩甲骨の間は義足で押さえ込まれては動けまい。


「……追い詰められて自棄になったか? 俺に危害を加えれば街中の構成員が動くぞ」

「いいや。連中は動けない。今ごろ奴らは大混乱のはずだからな」

「なに?」

「武器庫と地下通路を抑えられれば行動は大幅に制限される。だがそっちが戦力を分散させてるなら話は別だ。――かけてみろ。()()()繋がるはずだ」


 ニコラスに促された構成員の一人が銃を突き付けられた状態で携帯を手に取った。

 そして十数秒後、愕然としたまま振り返る。


「っ! 街に配置中だった24小隊のうち半数以上と連絡が取れません。うち制圧していた目標(ポイント)の3分の2を奪取されたと……」

「何だと……!? 貴様なにをした!」


 先ほどと打って変わり粗暴に声を荒げたカルロに、ニコラスは淡々と答えた。


「別に。戦術の基本通り、分散した敵を各個撃破していっただけだ」

「馬鹿な。そちらの動きは封じたはずだ」

「ああ。武器庫を抑えられれば銃火器は使えないし、地下通路を封鎖されれば移動できない。だが27番地(うち)にはまだ()がある」


 カルロに敗北したあと、ニコラスは〈27番地防衛アプリ〉を起動、監視カメラ総勢108台による監視網を駆使し、住民の配置と敵の配置を調べた。


 そしてヴァレーリ一家が致命的なミスを犯していることに気付いた。


 24小隊に分かれた彼らは、武器庫や地下通路の出入り口を封鎖する『待機組』と、街を巡回する『警邏組』の二手に分かれ、各々が自身の任された区域で任務にあたっていた。


 愚策であった。


 いくら防弾仕様の車両に乗っているとはいえ、戦車も装甲車も持たない歩兵部隊を分散させるのは悪手だ。特に入り組んだ路地の多い27番地のような場所では、いつどこから伏兵が奇襲してくるか分からない。

 何より道幅の狭い路地では大群の利を活かせない。


 イラクで文字通り死ぬほど痛い目に合ってきたニコラスは、その事をよく知っていた。


 そこでまずニコラスはルカに連絡し、少年団に電波妨害装置(ジャミング)を持たせた。今朝方、ハウンドの頭を悩ませていた、合計50台にも上る家庭用電波妨害装置(ジャミング)だ。点検があるからと、このアジトの倉庫に放置されていたのである。


 型も古く家庭用なので有効範囲はかなり狭いが、近距離で発動させれば話は別だ。

 それなりに効果が期待できると踏んだニコラスは、試しにルカたちに、警邏組の一小隊を奇襲させた。捕まりかけていたテオドールを保護した例の場所である。


 そしてニコラスは奇襲直後に妨害電波を切らせ、その後の敵全体の動向を観測した。


 敵が、奇襲された小隊の援護に向かう決断を下すまでに要した時間は、5分以上。


 敵の各小隊は己の任務に集中しすぎて連携が全く取れていなかったのだ。


 後は簡単だ。


 少年団に配った電波妨害装置(ジャミング)を全機同時発動。敵の通信手段を無効化し、各個撃破する。

 武器庫と地下通路出入り口を奪還してしまえば、形勢はあっけなくひっくり返った。


 さらに、カルロたちが外の銃声に気付かぬよう、工場内の空調を徐々にフル回転させればいい。


 これにより、ニコラスたちは反撃から一時間と経たずに街半分以上の奪取に成功したのである。

 カルロたちに気付かれることなく。


「マフィアってのは面倒な生き物だな。あれだけ被害こうむってもまだ面子を守ることに固執する。叱責を恐れるあまり報告すらしない。初手の奇襲で対応が遅れた最大の原因だ。後でよく部下どもの教育をしておくといい」

「この野良犬風情が……! 武器も無しにどうやって」

「武器ならあるさ。タイヤは燃やせば煙幕と連絡手段になるし、転がせば火船代わりにもなる。酒と消毒液は焼夷弾になるし、釘やネジは弾薬と一緒に圧力鍋に詰めれば対人地雷(クレイモア)に化ける。今回の奇襲攻撃に使ったのはこの廃工場で搔き集めたガラクタだ。あとで教えてやろうか、血統書付きの(ペディグリー・)飼い猫(キャット)


 飼い猫、の揶揄と裏腹にカルロの唸り声はまさしく猛獣だ。

 するとカルロはにやりと笑った。人血をすすったような凄惨な笑みで。


「そうか、そうか。そんなに大事な統治者を断頭台に送りたいか。いいだろう。もう首領(ドン)はこの事をご存じのはずだ。喜べ。お前らのせいでヘルは死ぬぞ」


 カルロの言葉に住民たちの強張った顔に恐怖と焦燥の色が浮かぶ。

 だがニコラスはなおも表情を変えず。


「大した役者だな。マフィアなんぞ止めて俳優に転職したらどうだ?」

「なに?」

「お前ら今朝こう言ったな。ヘルハウンドは五芒星条約に背いたから連行すると」

「ああそうだ。奴は規定違反を犯したからな。それが?」

「なら聞くが、なんで罪人(ハウンド)を連行する役が()()()()()()()()()なんだ? 他の一家はどうした?」


 瞬間、カルロの表情がひび割れた。即座にポーカーフェイスを被ったものの、小刻みに眼球が揺れ動いている。

 ニコラスは確信した。


 やはり、こいつらは詐欺師だ。


「当ててやろうか? 今回のはお前らの独断だ。そして他の一家はハウンドが犯した規定違反について知らない。知ってたら確実にしゃしゃり出てくる。占領ってのは陣取り合戦だ。その土地に誰が一番に旗を立てるか、それで決まる。お前らだけに先手を譲ってやるほど他一家は寛大じゃないはずだ。違うか?」


 返答はなかった。だが今まで決して譲歩することのなかったカルロの沈黙そのものが回答だった。


 ハウンドの読み通り、ヴァレーリ一家の狙いは27番地の全利権を掌握することにある。そして彼らは、それを一度にやる気はない。


 コップの水に一滴ずつインクを垂らすようにじわじわと支配の範囲を広げ、いつの間にかヴァレーリ一色に染まっていた、それがこいつらのやり口だ。


 緩慢に、されど着実に。

 そして恐らく、今回のは第一段階に過ぎない。


 規定違反があたかも五大全一家の総意であるかのように匂わせて統治者を連行し、ハウンドを住民から引き離す。住民の不安を煽ったところで言葉巧みに自身にとって有利な条約を結ばせる。

 それが当初の狙いだった。だが。


――俺がいたせいで予定が狂った。


 だからこそ27番地の要所を占拠するなどという荒業に踏み切った。

 ヴァレーリ一家がハウンドを人質にできないというのはそういう事だ。


「五大マフィア各一家は拮抗状態にある。お前はそう言ったな? ならこの事、他一家に伝えればどうなる? お前らにまんまと出し抜かれたことを他一家が知ったら? 当然怒るよな。そうでなくともお前らは蝙蝠(こうもり)だ。シバルバ・ミチピシにつくでもなく、ロバーチ・ターチィにつくでもない。下手すりゃ双方を敵に回すことになる」

「…………だがそんなことをすればお前らも終わりだ。ヘルハウンドは確実に処断され、27番地は五大によって再分割される。自殺行為だぞ」

「ああ。俺たちとしてもそんなことはご免だ。だから取引といこう。――今すぐ27番地から出ていけ。俺たちの統治者を返せ。返さないのであれば現状を包み隠さず他一家に報告する。すでに文面は整えてある。あとは送信するだけだ。どうする?」


 ひりつくような静寂が満ちる。だが形勢は逆転した。


 しかしカルロはなおも諦めず、眼球をぞろりと動かしテオドールを見据えた。


「良い選択をしたな、テオドール・ファン・デーレン。お前の資産は全て没収だ。船舶、銀行口座、社員もろもろ全て差し押さえる。今すぐこの特区から出ていってもらおう。それでもいいんだな?」


 憐れな巻き込まれ商人は全身を大きく震わせた。

 が、深く息を吸い込むと冷や汗を垂らしながらもカルロに身体ごと向き合った。


「え、ええ。構いません。すでに我が社の社員は半年前から移籍を勧めてきました。もう弊社に残っているのは代表たる私のみ、手切れ金で口座もすっからかんです。船舶についてもご自由に。特区に停泊中の船舶は金持ち向けのクルーズ船だけですからね。残ってくれた船員からは私の好きなようにして良いと言われております。やれるものならやってみなさい!」


 ふんと胸を反らすテオドールだったが、がくがく震える膝と裏返った声が何とも情けない。だが最後まで言ってのけた。

 その勇気と行動力に心中で敬礼を送り、ニコラスはカルロを見下ろした。


「10分くれてやる。今すぐ全構成員の立ち退きを要求する。それとハウンドの返還もだ。今すぐ出ていけ」


 形勢は逆転した。


 悔しげに歯軋りをするカルロに、ニコラスはようやく肩の荷が下りた。

 だが一方で、未踏の原生林に足を踏み入れたような、何とも形容しがたい薄気味悪さを感じていた。


 ――上手くいっている時ほど足元を見るように。――


 まだ一人、強敵が残っている。




 ***




 屈辱極まりない時間からようやく解放されたカルロは、廃工場の外で部下に指示を出していた。


「全部隊撤収だ。態勢を立て直す。全部隊を関所に集結させろ。連中もそこまでは追ってはこまい」

「了解です」


 返答する部下の顔は死人に等しい。きっと自分も同様の顔だろうなと思ったカルロは手首をハンカチで止血しつつ、とある人物に電話をかけた。

 絞首台に上がる罪人の気分で。


 早鐘の鳴る心臓を必死に堪え、数時間にも思える数回コールを耐えること3回。彼は出た。


「申し訳ありません。しくじりました」


 開口一番、先手を打ったカルロに、首領フィオリーノ・ヴァレーリは一瞬黙りこくった。


『ありゃりゃ。お前がしてやられるなんて珍しいねぇ。なに、油断しちゃった?』

「…………返す言葉もありません」

『いいって、いいって。お前が駄目なら他も駄目さ。むしろ被害が最小限に抑えられてよかったんじゃない? 俺は別にいいよぉ。ヘルと甘々の時間過ごせたし、もう大満足』


 こめかみに冷や汗が伝う。


 フィオリーノ・ヴァレーリの恐ろしい点は態度が変わらないことにある。

 以前カルロは裏切者の制裁に際し、フィオリーノが執行人に鋸挽きの刑を所望した時の口調と、ディナーに好みのワインを注文した時の口調の変わらなさに戦慄した。屠殺場の豚のように吊り下げられ、生きたまま錆びた鈍らの鋸で股下から徐々に切り裂かれていく裏切者を、この男はワイン片手に平然と鑑賞していたのである。


 完全に狂っている。そうとしか言いようがない。


『で? どうすんの?』


 あっけらかんとした問いが逆に恐ろしい。


 カルロは口ごもりそうな自分を叱咤し、現状と今後を報告する。


「分散させていた全構成員は関所に集結させました。現在は破壊された車両、人員、武器の補充を急がしております。現在、27番地はテオドール・ファン・デーレンという商人と交渉の真っ最中ですので、しばらくは動けないかと――」


 途端、通話口に哄笑が響く。カルロにはそれが自分の終わりを意味したと思ったが、そうではなかった。


『マジ? マジで? アイツと結んだの? うっわマジうける! 俺が出るまでもないじゃん』


 ゲラゲラ笑う首領に訳が分からず立ち尽くす。しばらくしてようやく笑いを収めたらしいフィオリーノはご機嫌に話しかけた。


『ふはっ、あー笑った。あ、カルロ。テオドール・ファン・デーレンの除籍しといてくんない?』

「すでに済んでおりますが……」


 よもや激情に任せて追放したとは口が裂けても言えない。

 だがフィオリーノはその返答に満足した様だった


『さっすがカルロ。気が利くねぇ』


 何を考えておいでですなどとは聞かない。

 沈黙は金だ。裏社会では口の軽い奴から消えていく。だからこそ口を武器に生き残ったフィオリーノの異質さが殊更光る。


『いいよ。後は俺がやったげる。前から番犬くんの吠え面見てみたかったんだよねぇ』

「それは首領自ら交渉に出ると?」

『うん。今からそっち行くわ。あ、ヘルのご機嫌取りお願いね。今だいーぶご機嫌斜めだから』


 そう言って切れた通話に、カルロはようやく手を降ろした。

 全身に圧し掛かる疲労感を堪え、背後で固唾を飲んで見守っていた部下を振り返る。


「首領がお見えになる。関所の全構成員で出迎えろ。俺たちは2番地に向かうぞ」

「はっ」


 駆け出していく部下を見送り、カルロは廃工場を振り返って目を細める。


 これで終いだ。交渉事においてフィオリーノの右に出る者はいない。

 せいぜい束の間の勝利に酔い痴れているがいい。


 カルロは自分を負かした忌々しい男の吠え面が見れないことを残念に思いつつ、踵を返した。


次の投稿は19日です。


よろしければ評価・感想・ブクマよろしくお願いします。

また今作はまだレビューが一件もないので、描いてくださる方がいると嬉しいです。


それでは。

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