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2-6

今回は市街戦&狙撃手対決です!

アクションばっかなのでちょい長めです。

 SOG-アルファ小隊隊長こと、『ダグラス』は酷く不愉快だった。


 原因は、いま乗っているUH-60Mブラックホークの乗り心地が悪さ(操縦士が下手なのだ)でも、今回の任務の排除対象が己と同じ合衆国人だからでもない。


 こんな下らぬ任務に駆り出される己の立場の低さが、不快でたまらなかったのだ。

 そんな彼の機嫌をさらに損ねる出来事は、つい十分前に起こった。


「なあ、ダグラス。一緒にこの任務おりないか?」


 お喋りな同僚『カーチス』の発言に、ダグラスは思い切り顔をしかめた。


「聞かなかったことにする」


「まあ待てよ。お前はこの任務おかしいと思わないのか?」


「おかしいも何も任務は任務だ」


「俺だってそう割り切りたいさ。けど今回のは明らかにおかしいだろ。目標はあの特区、しかも三等区だぜ? 五大マフィア相手ならまだ分かるが、貧乏人と三下ギャングの巣窟の三等区になんでSOGが駆り出される? しかも40人も導入されるんだぜ、元特殊部隊がよ。第一、()()()()を生け捕りにしろってどういうことよ? 拉致されたFBI捜査官の奪還が最優先なはずだろ?」


 もとよりダグラスはこの元海兵隊特殊部隊(マリーン・レイダース)の男が苦手だったが、今しがた嫌いになった。


 兵士に必要なのは任務への忠実さと完遂能力、政治的背景や国際情勢といった戦略自体を詮索する奴は動きが鈍る。足手まといと一緒にいるのはごめんだ。


「カーチス、俺だってあんなガキを捕らえる理由なんぞ知らないし知りたくもない。だがこれは任務だ。任務には従え。兵士の基本だろ」


「生憎と俺はもう兵士を卒業したんでね。たまたまスカウトされてここに入っただけさ。にしてもFBIの奴、随分とタイミング良く捕まったな。まるであのカワイ子ちゃん捕まえるためにわざと捕まったみたいだ。USSAってロリコンが多いのかね」


「……時間だ。いくぞ。あと仕事はちゃんとやってもらうぞ」


 同任務に参加予定、ロメオ小隊隊長カーチスは、酷薄な笑みを口の端に掠めただけで返答しなかった。


 回想から引き戻される。降下五分前の怒号がコックピット内に反響している。


 ダグラスは意識を切り替えた。いかなる目的であろうと、俺は俺に任された仕事をやればいい。

 陸軍だろうと、SOGだろうと俺の仕事は変わらない。


 口元をフェイスマスクで完全に覆ったダグラスは、眼下の暗黒街に全神経を集中させた。




 ***




『来たぞニコ。ブラックホークが四機、菱型編隊飛行でデトロント川を北上中。ご丁寧にFBI-SWAT部隊印のヘリに乗ってご登場だ』


「中身は別物か。降下地点の予測座標は?」


 一等区から五大マフィアの情報をもとに統括・管制するハウンドは、返答代わりにニコラスの手元のスマートフォンに反映させた。


 画面地図上に光る二つの座標は、カフェから南北に五ブロックずつ。

 挟撃する気だ。


「了解した。始めるぞ」


『ん。じゃこっちも予定通り始めるぞ』


 通信を終え、次いで片耳に装着した無線越しに指示を飛ばす。客人は丁重に迎えねば。


 踵を返すと、意気軒昂そうなクロードが立っていた。武者震いが止まらないのはご愛敬だ。


「いよいよだな。せっかくおニューの銃を当てがってやったんだから外すなよ」


 どう見ても中古品なんだがな、と思うも、文句は言わない。


 流石に減音器(サプレッサー)もないウィンチェスターM70ではあんまりだと、ハウンドが急遽新調してくれたレミントンM700狙撃銃、それも法執行機関向けモデルのやつだ。

 堅牢で命中精度も高く信頼性は高い。なお入手経路は聞かないでおこうと思った。


――にしてもM700 か……どうせならM40シリーズ(M700をベースに改良・開発された海兵隊用狙撃銃)がよかったな。


 そんなことを考えていると、顔に出ていたのかクロードが地団太を踏みながら怒り始めた。


「悪かったな、うちゃ貧乏なんだよ。特区でまともな銃揃えようと思ったら通常の四、五倍は金取られるんだよ。つか個人のために銃を新調するなんて滅多にないんだぞっ、特別扱いなんだぞ! ほれ嬉しいだろ!?」


「まだ何も言ってねえだろ……」


「お前さんは目がうるせえんだよ!」


 理不尽な。半眼で閉口するニコラスだったが、クロードの武者震いが収まったので留飲を下げることにした。




 ***




 闇夜。黒衣の兵士が無音のままに躍動する。


 アルファ小隊のダグラスは北から、ロメオ小隊のカーチスは南から各々目標の建物を目指した。

 降下した二小隊は地上で蠢き二つの分隊に分かれ、それらがさらに前衛と後衛の二班に分かれる。


 ダグラスは足を止め、道路沿いビルの上部に取り付けられた監視カメラを部下に無言に指差す。


――潰せ。


 降下からものの数分で、SOG隊員は視界内にある敵の目を潰した。


タタタタッ――


 散発的な銃声。降下そうそう特区住民から銃撃によるお出迎えだ。予定通りである。


 元より特殊訓練を受け、長年過酷な任務に従事してきたSOG隊員は焦ることなく淡々と、猛然たる反撃にうって出た。――が、彼らはすぐ失望した。急遽開始された銃撃戦だが、特区住民はものの数分ともたなかったのだ。


 粘って五分、早いと一分足らずで慌てふためき逃げ出す始末である。あまりの呆気なさに一瞬茫然とした隊員らだったが、次の瞬間には切り替え猛然たる反撃にうって出た。


 前衛が前進し、後衛がその前進を援護する。前衛が前方の安全を確認したら、今度は前衛が後衛の前進を援護する。


 前進、援護、前進、援護。


 無駄を一切削ぎ落した二種の動作をひたすら繰り返し、入れ替わり、着実に進軍する。

 時おり無意味でしかない銃撃が建物や路地の影からやたらめったら飛んでくるが、事前に察知し先制攻撃で黙らせる。


 即死を免れたのか、住民が数名アスファルト上で呻きながら身を捩っている。

 ダグラスは即座に数発撃ち込んでとどめを刺した。彼らは確かにアメリカ人だ。だが武装しており、こちらに発砲してきた。ならば撃ち殺されても文句は言えまい。


 ダグラスたちは、獲物を着実に仕留めながら進軍していった。目標たるカフェ『BROWNIE』は、あと500メートルの距離に迫っていた。


 こちらの足を止められる者などいない――と思いきや、不意にアルファ小隊の前衛が止まった。僚軍たるロメオ小隊隊長からの忠告である。


『こちらロメオ1、前方主要道路にバリケードを確認。素人建築ながらなかなかの出来栄えだ。あとワイヤートラップの設置を……六か所だな。目視にて確認。一応気を付けとけよ』


 ひょうきんな口調で警告を発した同僚に苛立ちが募るが耐え、前衛班のダグラスは同隊員に警告と偵察を要求する。


 すると主幹道路の全てに障害物が設置されていることが判明した。

 しかもただの障害物ではなく、各所にブービートラップが入り組んだ状態で設置されているという。


 が、目視で確認できる時点で罠としての効力は失われている。


 さらに調べさせると、建物間の路地裏には障害物もトラップも設置されていなかった。恐らく敵は、自分たちの移動用に路地裏だけを残し、残りの大きな主幹道路を片っ端から封鎖したのだろう。


――所詮は素人か。


 一体誰がこんな中途半端な入れ知恵をしたのやら。薄く冷笑したダグラスはさらに進軍を続けた。


 目標のカフェの制圧には流石に時間を要した。数にして20人程度。窓という窓から銃身が突き出し、こちらに向かって発砲してくる。


擲弾(グレネード)!」


 隊員の数名がM16小銃に装着されたM203擲弾を、図らずも一斉射する。訓練に訓練を重ねた兵によく見られる、呼吸が合ったというやつだ。


 着弾。轟音。カフェの窓ガラスが一斉に吹き飛び、白煙と悲鳴が勢いよく上がった。


「突入!」


 ダグラスの号令に兵士が動く。最後のあがきか、敵の一人が窓越しに手榴弾を投げてきたが、すかさずダグラスがあさっての方向へ蹴り飛ばす。


 近くにあった車両を盾に爆風を凌いだ直後、別動隊ロメオ小隊が裏口に到着したと無線があった。


 タイミングを合わせる。


 3、2、1――GO!!


 ダグラスたちは玄関と裏口、双方から同時に突入した。――が。


『おいおい、こりゃどういうこった』


 カーチスの声が耳元で薄ら寒く聞こえる。


 誰もいなかった。廃墟に様変わりした店内にはおびただしい数の薬莢が転がっているだけで、人気はまるでない。


 手持ち無沙汰にロメオ小隊と合流したダグラスだったが、一切気を緩めようとはしなかった。


「建物内を捜索しろ。陽動かもしれん」


「全員が建物に入ったところでドカンてやつだな」


「……アルファ1、アルファ3は退路の確保。全員いつでも外に出られるようにしておけ」


 面白くも無ければ洒落にもならないジョークを無視されたカーチスは、肩をすくめて捜索班に合流した。その後ろ姿をダグラスは苛立たしげに睨む。


 やはり今回の任務、辞退すべきだったか。


 そう思った刹那。ダグラスの目の前にいた隊員が大きくのけ反った。


 飛散する血液、人体の破片。隊員が床に倒れ伏すより早く事態を把握したSOG隊員は叫ぶより早く物陰に飛び込んだ。


「狙撃手か!?」


「見りゃ分かるだろんなもん!」


 カーチスに怒鳴り返したダグラスは感覚を研ぎ澄ませた。


 威力的に弾は308ウィンチェスター、着弾位置と倒れた兵士の角度からして――。


「建物前方より()()の方向、狙撃手がいるぞ! 狙撃班を屋上に出せ!」


 直後、二人目が倒れた。ダグラスの指示を嘲笑うかのように。


 最初の隊員と反対方向、窓際のテーブルの影に身を潜めていた隊員は首を撃たれ、己の血に一度むせ返ると動かなくなった。


「っ、敵狙撃手は二人、いやそれ以上! ()()の方向だ! 狙撃班は全員上がれ! カーチス、お前からも二班出せ!」


「了解!」


 ピン、と金属片が弾ける、軽快な音。

 振り返ると、カウンター脇から円筒状の物体が転がってきていた。


 また手榴弾と思いきや、噴出したのは刺激臭の白煙だった。


――催涙弾……!


 夜戦を念頭に十分備えていたが、ガスマスクなど持っていない。フェイスマスクと手で何とか凌ぐが、隊員の何名かが堪らず外へ飛び出す。


「馬鹿! 外に出るな!」


 先ほどと真逆の指示を叫ぶがもう遅い。


 閃光。


 夜空に白光が煌めいた。


 光源は次々に上がり、真昼と見まがうばかりに街を照らす。無数の照明弾に照らされた隊員らは愕然とした。


 いつからそこに潜んでいたのか。

 街角や建物、路駐された車両の影から突き出す棘の如き銃口の群生。それを持つ住民らの決意と緊張に満ちた固い表情。


 SOG部隊は建物とその周囲ごと包囲されていた。


 はめられた。ダグラスが呻いた瞬間、無数の銃口が一斉に火を吹いた。




 ***




「……無事に逃げれたみたいだな」


「当然だろ。うちの連中はそんなやわじゃねえ。特に囮役かって出る連中はな」


 自信満々に話すクロードと対称に、ニコラスは心底安堵した。


 囮役――カフェに残留した第二・三班は敵を十分引き付けた後、店内カウンター裏の武器庫に避難する手筈になっていた。武器庫は数本の地下通路と通じており、そこを介して各班への補給に回ってもらう計画だ。

 催涙弾による敵の攪乱もニコラスの指示によるものである。


 が、兵士を率いるのと、民兵とはいえ一般人を率いるのでは胃を痛み具合が違う。特に第三班の半数は少年団の年長組から駆り出された少年少女だ。上手くいって本当に良かった。


「よし、屋上に上がるぞ」


「んあ? 下はいいのか?」


「連中は馬鹿じゃない。一階が催涙ガスで戦闘続行不能となれば上へ上がる。そこを仕留める」


「へいよ」


 次いで、ニコラスは管制塔(ハウンド)に要請を出す。


「ハウンド、包囲網に穴をあける。第四、五、九、十班は徐々に後退、そのまま潜んで敵を逃がすよう伝えてくれ」


『ありゃ、逃がしちゃうの?』


「追い詰めすぎると窮鼠になる。適当に力を受け流して誘導する。どうせ逃げられないしな。四班には敵の後背を突いてもらう」


『了解~』


 カタカタとキーボードを打つ軽快な音とともに、クロードの手元にあったスマートフォン上の地図に変更が加わった。『27番地防衛アプリ』だったか。街中に設置された監視カメラ映像と、全住民に持たせた携帯端末のGPS機能を元に敵と味方の位置情報を統括・表示する。


 ニコラスがこんな戦法をおいそれと使えるのも、この位置情報システムのお陰だ。


「行くぞクロード。あと狙撃中はスマートフォン切っておいてくれ。光で場所が分かる」


「あいよ!」




 ***




「ダグラス、撤退だ! 包囲網に穴が開いた!」


「馬鹿かっ、罠に決まってる! 航空支援を待て!」


 ダグラスは己の迂闊さに歯噛みした。


 先ほど目にしたトラップと障害物、あれは防御のために設置されたのではない。敵を自陣に誘い込み、逃がさぬよう設置されたものだ。


 今や27番地は迷宮と化した。離脱するには残された路地裏を行くしかなく、敵は確実にそこを狙い撃ちしてくる。敵の銃撃の最中、遮蔽物のない直線路を進むなど自殺行為だ。


 だがカーチスは引き下がらなかった。


「主幹道路のトラップ除去して行くしかねえだろ、ここにいたってジリ貧だ! それに」


 言葉を途中で区切り、カーチスは声を潜めた。付近に隠れ潜んだ敵を目の当たりにしたかのように。


「敵の狙撃手は複数じゃない。たぶん一人だ」


「はあ? 何を――」


()()()()()()()する奴しってんだよ。集団の端と端のを一人ずつほぼ同時に撃つ。そうすりゃパニくった相手は狙撃手が二人いると思う。左右を挟まれてるってな。けどよく考えてみろ。同じ射線上に味方を配置する馬鹿がいると思うか?」


「わざと端にいた隊員を撃ったってことか?」


「そうさ。昔、海兵隊にとびきりヤバイのがいたんだ。()()()()()()の狙撃手がよ。俺と同期で、特殊部隊の誘いを蹴って最前線うろつきまくってた。いつも単独だった」


「単独だと?」


 ダグラスは耳を疑った。


 狙撃手は基本、狙撃手と観測手の二人組(ツーマンセル)で行動する。それが最小単位だ。単独行動など聞いたことがない。だがカーチスは蒼白なまま冷や汗を流して答えた。


「相棒の成り手がなかったんだよ。()()()()()()()狙撃手が海兵隊にいなかった。だから観測手もつけずに単独行動してたのさ。二年前にイラクでくたばったって聞いてたのに、畜生め」


「なら安心しろ。そいつはお前の迷信だ。その狙撃手はイラクで死んだんだ。撤退は許可できない」


「正気か……!? 屋上に出てみろっ、狙い撃ちされるぞ!?」


「任務を途中で放棄する方がどうかしてる。屋上で立て直し、本部に報告した上で援軍を待つ。民兵如きに後れを取ってたまるか。逃げたきゃ一人で逃げろ」


「ああそうかい勝手にしろ。俺はこんなとこでくたばるのはごめんだ」


 そう吐き捨てたカーチスは、背を屈めたまま厨房へと消えていった。それに追従する者が二、三人かいたが、ダグラスは見向きもせず階段へ向かう。


 任務達成の邪魔になるものは全て排除する。逃げ出した腰抜けの末路など、ダグラスの知ったことではなかった。




 ***




 建物から脱出する人数の少なさに、ニコラスは眉をしかめた。


 残ったのか。


 スコープ越しに舌打ちをこぼし、作戦に少々変更を加える。


「ハウンド、予定変更だ。第四、五班はそのまま。九、十班のみ包囲網から後退。敵が包囲網突破と同時に追跡、トラップ-18へ追い込む」


『はいは~い』


「残りの班は弾幕を絶やすな。射撃能力は向こうが圧倒的に上だ。撃たせる隙を与えれば死ぬぞ」


 回線を通じて威勢の良い返答が各所から返ってくる。頼もしい限りだがニコラスの感情は少し複雑だった。

 つい最近まで他国の民兵と殺し合っていた自分が、祖国で民兵を率いることになろうとは。相手には己の古巣の人間もいるだろう。


 が、これはこれ。それはそれだ。覚えも無いのに蹂躙されるいわれはない。


「第十一から二十班は照明弾の装填用意。合図後、各班は順番に斉射三連、敵の目を塞ぐ。――あとハウンド」


『なに』


「第七班を今からいう座標に配置してくれ。あと七班のマクナイト爺さんと連絡とれるか?」


『あのベトナム帰還兵の頑固ジジイか? 取れるけど急にどうした』


「頼みたいことがある。直接繋いでくれ」


 不要であれば越したことはないが、万が一ということもある。


 ニコラスは今の巣たる前方550メートル先の建物に、目を眇めた。




 ***




「ルスラン、同盟に基づき対空防御システムの使用を要請したい。できるか」


 ハウンドがそう問うと、それまで沈黙に趨勢を窺っていた偉丈夫は、組んでいた腕を解いた。


「使用料は払えるのか」


「100万ドルまでなら」


「断る。そもそも対空防御の賃貸料は歩兵動員より価格が上だ。派兵は断ったくせに、対空ミサイルは寄こせと?」


「別に撃つ必要はないさ。パーンツィリ(ロシアの近距離対空兵器)を数台ロバーチ領内で展開して睨みを利かせてくれればいい。というか、もう準備してるだろ。パーンツィリ乗せたトラックが領内ウロウロしてたの知ってんぞ」


 ジロリとこちらを睨んで黙りこくったロバーチ一家当主に対し、割って入った者がいる。ヴァレーリ一家当主のフィオリーノだ。


「じゃあうちからジャベリン貸したげよっか? 本当なら300万ドルで一セットがせいぜいだけど、今回だけ特別に三セット貸したげる。君と俺の仲だもん。その代わり――」


「ロバーチが独占してる27番地への武器供与の何割か寄こせってんだろ」


「話が分かる女性は好きだよ、美しい人(ベッラ)。八割欲しいなぁ」


「だ、そうだがルスラン」


「……200万ドルだ。それ以上は負けん」


「交渉成立だな。フィオリーノ、ジャベリンの件は半年後の兵器更新の際に検討したい。ジャベリンかどうかは分からんが、対AH兵器を三つほど購入することをこの場で確約する」


「いいよ。約束、守ってね?」


 その様子を眺めていたシバルバ一家当主から舌打ちが漏れる。ターチィ一家当主などに至っては野次馬根性まる出しで面白そうに目を輝かせていた。ミチピシ当主は我関せずとばかりに瞑目していた。


 そのうえで今後の展開がどうなるかで賭けを始めた当主らをよそに、ハウンドは思考を巡らせる。


――これで敵の航空支援は封じた。あとはニコラスたちがどこまでやれるかだが……。


 ハウンドは内心、ニコラスの手腕に驚きを禁じ得なかった。指揮の巧みさや狙撃の技量のことではない。


 帰還兵の彼が、この戦法を取ったことに驚いていた。


――自分の足や戦友を奪った戦法をこうも躊躇いなく使うか。元とはいえ相手は同じアメリカ兵だってのに。


 ある意味、狙撃手らしい特性ともいえる。どんな状況下においても「いかに敵を仕留めるか」、そのために冷酷なまでに最良の判断を下し、かつ、そのために異様なまでの執着をみせるのが狙撃手という生き物だ。


 それがたとえ己のトラウマを刺激しようと、敵を殺せるのなら躊躇なく選択する。

 ひとたび銃から手を離せば、毎晩悪夢にうなされる一人の男に戻るくせに。


 どれだけ苦悩しようと、あの男は引金を引けるのだ。敵を確実に仕留めるという、その一点だけのために。


――情を鍛錬で捻じ伏せたか、あるいは出来上がった後に情を得てしまったのか。


 良く言えばギリギリのラインで人間性を捨ててない、悪く言えば中途半端な兵士といえる。

 なるほど、偽善者とはよく言ったものだ。


――全部終わったら、慰めてやらないとな……。


 ハウンドは戦後処理リストにニコラスのメンタルケアを加えつつ、目まぐるしく変わる戦況に集中した。




 ***




「くそっ、なんて数の照明弾だ」


 これでは暗視装置が使えない。ダグラスは舌打ちを堪え暗視装置を取り外した。


 着脱(クリップ)式の暗視装置は月光や星明りなどの自然光を増幅する可視光増幅(パッシブ)方式ゆえ、照明弾のような強い光に晒されると視界漂白化(ホワイトアウト)してしまう弱点があるが、外してしまえば問題ない。昼間と同じように狙撃すればいいだけだ。


 さらに幸いなことに、建物の屋上は狙撃に適していた。20階建ての高所な上に、あちこちに転がる障害物――積み上がった室外機に貯水タンク、ダクトの部品は、組み合わせれば遮蔽・隠蔽共にカバーできる恰好の狙撃ポイントにできる。


 カーチスのロメオ小隊からもぎ取った狙撃班四チームを含め32名。弾の消費を抑えさえすれば、夜明けまで何とかもつだろう。


 狙撃班の一員たるダグラスもさっそく狙撃配置につき、スコープ越しに周囲を見渡す。


――あれにするか。


 無線、というかその場にいる狙撃班に標的を指示すると、隊全体にさざ波に似た動揺が走った。


「狼狽えるな。ファルージャを思い出せ。あそこでは男の女も子供も年寄りも全員が敵だった。今も同じだ。俺たちは今、あの時と同じ状況に置かれている。殺せ」


 そう言うなり、ダグラスは引金に指をかけ、深呼吸を始めた。




 ***




 それは、ニコラスがマクナイト老人に個別指示を出している時だった。


 無線に悲鳴に近い喚き声が上がり、各班が事態を確認しようと各自勝手に無線を使用し始めたのだ。恐れていた事態だった。このままでは無線回線の混乱により住民への指示が通らなくなる。


 さらに前方を見れば、屋上に瞬く微かな光源がいくつか。――銃口炎(マズルフラッシュ)。狙撃だ。


「ハウンド、各班の被害状況を報告してくれ」


『……補給班がやられた。第三班はほぼ壊滅、現時点で八人やられてる。少年団メンバーが真っ先にやられて、そこを友釣りされたっぽいな』


 友釣り――あえて殺さず負傷させ、救助にやってきた敵兵を撃ち殺す。狙撃手の常套手段。


 混乱はそのせいか。同じ穴の狢とはいえ、嫌な手を使ってくる。


「トラップ-18の敵は?」


『そちらは問題ない。包囲して降伏勧告したらあっさり下ったよ。とはいえ、ちとマズい状況だな。五大からUSSAが援軍を用意しているとの報告があった。恐らくこっちが本命だ』


 そういうことか。ニコラスは鋭く舌打ちした。


 今戦っている部隊は前座、ただの威力偵察だ。だからFBIを装い、FBIのヘリでやってきた。大方、今ごろニュースでは「F()B()I()が特区制圧に苦戦しているため、USSAの出動が決定された」とでも報道しているのだろう。


 最初からずっと、USSAはカードを切るタイミングを窺っていた。


「ハウンド、USSA増援の到着予定時刻は?」


『40分後。ただ、五大の連中はあと20分で片が付かなければ部隊を投入すると言っている』


『10分だ』


 割り込んだこの低い声は、確かロバーチ一家当主。


『10分で片を付けろ。不可能なら我がロバーチとヴァレーリが軍事介入を行う』


『そういうわけだから。ま、頑張ってねぇ』


 激励する気が一切ないヴァレーリ当主の浮薄な声に唇を噛み締め、深呼吸する。


 仕方がない。


「ハウンド、第七班に伝達。マクナイト爺さんにはさっき言った通りにやってくれと伝えてくれ。それ以外の全班は後退。――あと今からクロードに指揮引き継ぐから頼むぞ」


『なにする気?』


「さっき伝えた通りだ。片を付ける」


 そう言うなりニコラスは無線を引き千切るように外すと、クロードに放った。


「クロード、そこに隠れてろ。俺が合図したら()()()を撃て」


「ちょ、本気でやる気かよか……!?」


 ニコラスはあるものを問答無用でクロードに押し付けると、屋上階段脇に押し込んだ。


 屋上にただ独り。瞑目した瞼を開けば、そこにあるのは決意と覚悟のみ。


 行くか。


 狙撃手はゆったりと、だが一分の無駄なく準備に取り掛かった。




 ***




 後退していく民兵にダグラスはようやく一息つく。


 銃を持とうと所詮は一般人。子供すら容赦なく殺すと見れば、怯みもするだろう。

 援軍の出動も決まった。あとは援軍が来るまで持ち堪えればいい。


 スコープから寸毫も目を逸らさずも、肩の筋肉をゆっくり脱力させた――その時。


 飛散した薄桃色の破片が視界に映る。それが隣にいた観測手の大脳であると気付いた頃には、屋上の右と左に陣取った両端の狙撃手が、()()()()に頭部を撃たれ絶命していた。


「狙撃手ッ!」


「くそっどこからだ!?」


 優秀な兵は、過酷な訓練と豊富な経験により成熟する。SOG隊員は十分に熟していた。その彼らをもってしても、三人もの精鋭がほぼ同時に撃たれた経験は、ない。


 ゆえに、隊員らの動揺はもはや隠しようがなかった。


――馬鹿な……!?


 ダグラスも動揺に囚われた。敵狙撃手との距離は最短でも500メートル以上。今いる建物以外に周囲に高所はなく、敵は打ち上げでの狙撃を強いられているはずだ。


 水平面の相手ならまだしも、高低差のある狙撃は困難を極める。初弾で当てるならまだしも、初弾から間も開けず三連続で当てるなど有り得ない――!


 まさか。


 ダグラスは初陣の時以来、初めて全身の震えが止まらなくなった。


 敵は、この建物が標的にされると予見した上で、周囲一帯に包囲網を敷き、障害物とトラップで逃げ道を塞いだ。そんな敵が、この屋上が狙撃に最適な環境だと知らないはずがない。


 罠だ。


 俺たちがこの建物に来たのも。この建物に立てこもったのも。

 いや違う。あれらの罠は、()()()()()()()()()()()()()()()()だった。


 自分たちが27番地(ここ)に足を踏み入れた時点で、すでに罠は作動していた。奴はずっと誘導していたのだ。


 この屋上は奴の狩場だ。獲物(おれたち)はそれに気付かず、まんまと誘い出された。


 道理で屋上に都合よく遮蔽物が設置されているはずである。これらは奴が用意したものだ。

 奴はもう、屋上のどの位置に獲物がいるか完璧に捕捉している。


「くそっ」


 こうなったら撃たれる前に撃つしかない。どこだ、どこにいる……!?


 ダグラスの返答に、一発の銃弾が応えた。


 風を切る甲高い音に、湿った水音が混じる。ダグラス前方にいた隊員のヘルメットが弾け飛んだ。顔から脳天へと突き抜けた弾丸がヘルメットを持ち去ったのだ。


 ぽっかり空いた頭蓋を晒して隊員が傾いていく。その先に――。


――見つけた……!


 552メートル先、方位270度。16階建てビルの屋上に、布をすっぽり被っているらしい小山が、膝立ちに構える奴の姿が照明弾の白光に照らされている。


 ダグラスは躊躇なく撃った。外れ。弾は奴の一メートル右を穿つ。


 ボルトを引き、排莢。次弾が薬室に送られ、ボルトで押し込み装填する。


 照準、よし。風速、仰角、修正よし。標的――捕捉完了。


 照明弾が上がった。


 狙撃。鎖骨を揺らす重い振動と同時に、ダグラスは勝利を確信した、刹那。


 奴が立ち上がった。


「!?」


 驚くも時すでに遅し。ダグラスの放った弾丸は、敵の腹部を掠め、血飛沫が四散する。ぐらりと後方によろめきかけたが、敵は踏み留まった。


 照明弾の白光に煌々と照らされる、微動だにしない銃口と、こちらをしかと射抜く金色の眼光が燦爛(さんらん)と閃いていた。


 ああ、負けた。


――カーチス、お前が正しかったよ。


 ダグラスはお喋りな僚友に初めて詫びて、それが最期の思考になった。




 ***




――敵指揮官、撃破……!


 スコープの向こうで倒れる人影にニコラスも両膝をついた。今にも崩れ落ちそうなのを必死に堪え、血反吐を吐きながら怒鳴る。


「クロードォッ!!」


 クロードは高らかに右腕をあげ、彩光弾を打ち上げた。


 夜空に紅い星が舞い上がり、それに応えて舞い降りた流星が一つ。


 第七班、元砲兵だったマクナイトが時限信管を調整し、危害範囲を50メートル未満に絞った120㎜榴弾。ニコラスが指示し、敵の死角となる建物屋上に潜ませていたM237-EFSS重迫撃砲が放った人工の流星。――最後の鉄槌。


 それが今、残存するSOG部隊の頭上で、炸裂した。


 轟音。爆風。吹き上がる火球を前に、ニコラスは目を逸らすことなく見届けた。


 それが静まって、数秒後。

 ニコラスの背を支えてくれたクロードが、双眼鏡を構えて確認する。


「敵、完全に沈黙! 勝ったぞ!!」


 クロードの歓声と地上から聞こえる雄叫びに、ニコラスは最後の気力を振り絞る。


「降伏、勧告……を。もう、反撃、しねえだ……ろうけ、ど」


 その言葉を最後にニコラスは脱力し、背後に倒れた。限界だった。


 誰かが叫んでいる。それは泣き叫ぶ声に似ていて。


――あの子が泣いてる。


 置いていかないでと。独りにしないでと。俺が救えなかったあの子が、どこかで泣いている。


 そう思ったのを最後に、ニコラスの意識はふつりと途絶えた。

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アクションシーンやミリタリー的におかしな部分とかあったら遠慮なく教えて欲しいです。

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