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12-13

【これまでのあらすじ】

 戦闘が激化するにつれ、死人が増えていく。

 オーハンゼーはラルフの遺品を守り、クルテクは己が矜持を守って死んだ。


 一方、クルテクに勝利したモリガンは、背後から「オヴェド」と呼ばれる人物に撃たれて命を落とす。彼はセントラルタワーで、ニコラスに射殺されたはずだったが……?


 そしてついに、戦闘は最終局面を迎える。


 27番地に立て籠もるニコラスたちと、追いつめる双子とトゥアハデ。


 ニコラスは、最後の手段として残していたある作戦を発動する――。




【登場人物】

●ニコラス・ウェッブ:主人公


●ハウンド:ヒロイン、敵(USSA)に捕らわれていたが救出される


●双子:トゥアハデ”銘あり”にして、アーサー・フォレスターの腹心




【用語紹介】

●合衆国安全保障局(USSA)

12年前の同時多発テロ発生直後に急遽設立された大統領直属の情報機関で、年々発言力を増している。現長官はアーサー・フォレスター。


●『双頭の雄鹿』

 USSAを牛耳る謎の組織。その正体はアメリカ建国黎明期の開拓者『ポパム植民地』住民の末裔。

 マニフェストディスティニーを旗標に掲げ、国を正しい道に導くことを指標とする。政界、経済界、軍部、国内のあらゆる中枢に根を張り巡らしている。

 名の由来は、ポパム植民地の最大後援者でもあったジョン・ポパムの紋章からもじったもの。


●失われたリスト

 イラク戦争中、国連主導で行われた『石油食料交換プログラム』を隠れ蓑に世界各国の大物たち(国連のトップ、現職の大臣、資本家、宗教関係者など)がこぞって汚職を行った『バグダッドスキャンダル』に関与した人物らの名が記されたブラックリスト。

 このリストを公表するだけで、世界各国代表の首がすげ変わるほど破壊力を持った代物。『双頭の雄鹿』の資金源と目される。

 現時点、証拠はすべて抹消され、証人もハウンドとシンジ・ムラカミだけとなっている。


●絵本

 ニコラスがハウンドから譲り受けた手書きの絵本。人間に連れ去られた黒い子狼が、5頭の犬たちの力を借りながら故郷を目指す物語が描かれている。作者はラルフ・コールマン。

 炙り出しで謎の文がページの各所に仕込まれており、それらを解き明かすと『証人はブラックドッグ』、『リーダーはアーサー・フォレスター』となる。


●《トゥアハデ》

 『双頭の雄鹿』の実働部隊。世界各国の特殊部隊から引き抜いた兵士で構成されており、長のフォレスターが自ら選んだ幹部“銘あり”が数人存在する。

 現時点で確認されている“銘あり”は『キッホル』、『クロム・クルアハ』、『ヌアザ』、『モリガン』、『ディラン』、『スェウ』、オヴェドの七名。

 現時点で『キッホル』、『クロム・クルアハ』、『ヌアザ』の三名は死亡。

 また、なぜかオヴェドは名を与えられていない。

 27番地、地下ルートのすべてを潰した双子は、全軍をもって進軍を開始した。


 トゥアハデ総勢約五千。

 道中逃亡する者は無視した。逃げたところで始末される運命からは逃れられない。そういう意味で今ここに残った者は、全員が死の覚悟すら超越した屈指の精鋭と言える。


「前哨基地の損害は」


「はっ。ほぼゼロとのことです。火器も装甲車も問題なく使用できるかと」


 双子、兄は部下からの報告にいたく満足した。


 27番地との和平交渉――という名の索敵工作合戦だったが――の折に築いた27番地内の移動型防御陣地計4か所。特殊装甲車4台と、LAV-25軽装甲車8台、TOWハンヴィー16台を持ち込んである。


 火力支援には各車両の武装にだけでなく、より強力な火器を27番地外から、地下ルート破壊前に持ち込んだ。

 牽引式の120mm重迫撃砲8門に、新型の軽量自走榴弾砲が6門。


 軍の参戦に合わせて、どさくさに紛れてトゥアハデが特区に持ち込んでいたものだ。

 文字通りトゥアハデの全戦力になるが、どうせこの戦いが終わればすべてを失う。出し惜しみしなくてよかったと双子は思っていた。


 加えて航空戦力。攻撃ヘリが2機と、88機の偵察ドローン、対27番地専用の通信妨害ドローン41機、自爆ドローン52機。


 兵士の生活、医療、修理整備も含めた各消耗品の備蓄も十分。一週間は余裕で戦えるだろう。


 だが双子は、一週間もかける気は毛頭なかった。世界もそれを許さない。

 主君たるフォレスターも捕らえられた今、我らが主君に代わって悲願を成就させるのみ。


「半日か、兄者」


「六時間だ、弟者よ」


 片割れを見もせず答える。見なくとも、弟のことはすべて分かっている。行動も思考も。

 ゆえにこの会話は、部下に聞かせるためのものだ。


「米軍とて馬鹿ではない。すぐ介入してくる。大統領もモリガンごときに抑えられるとは思えん。政府と軍が混乱しているこの数時間が好機」


「ならばどうする。打って出るか。奴ら、すぐ()()()くるぞ」


「茂みに隠れる釣り人の枝葉を払ってやればよい。餌は無視し、釣り人を食らいにいく」


 27番地がとるであろう選択肢は三つ。


 一つ、少数グループを散兵として潜伏させ、焼け残った市街地で遅滞戦に徹する。


 かつてニコラス・ウェッブがイラク都市のティクリートでやったのが、これだ。反政府過激派組織がモスクに隠していた火器弾薬を略奪して使い、多勢相手に一週間戦い抜いた。

 今回最も敵が選択する可能性が高いパターンともいえるだろう。


 二つ、弟が指摘した、ごく少数の部隊で敵を誘導し、戦うのに有利な地形に誘き出して一気に叩く。


 27番地の常套手段だ。こちらも選択される可能性が高い。


 三つ、全兵力をもって、真っ向から対峙する。


 だがこれは実質不可能に近いだろう。27番地の戦力は多く見積もっても五百以下。弾薬もほぼ使い果たしたことだろう。

 装甲車も即席のもので、こちら正規の砲撃に耐えられるものではない。


 となれば、やはり一か。


「先行部隊に地図の作成を急がせろ。ドローンをいくら使っても構わん」


「通信妨害ドローンもな。敵に用意する隙を与えるな」


 双子は同じ表情、同じ声音で部下に指示を飛ばす。


 地中貫通爆弾(バンカーバスター)投下後の燃料気化(サーモリック)爆弾で、番地中央のクレーターをはじめ多少地形が変化している。道路状況によっては、装甲車が進めないエリアもあるだろう。


 双子は、先行部隊からの報告をじりじりと待った。約三十分後、変化が訪れる。


 先行部隊が、敵と接触したのだ。案の定、接敵後はすぐ撤退したという。


「相変わらず釣りできたか。学ばん連中だ」


「待て。これは……」


 兄は、先行部隊から送信された地形図と敵の配置に、少なからず驚いた。


 敵がとった選択肢は三だった。

 中央クレーターに、ほぼ全軍が布陣しているという。


「クレーターに? 奴ら、頭がいかれたのか。砲撃してくれと言ってるようなもんじゃないか」


「いや、報告によれば、クレーター中央部に、爆破された地下水道跡が塹壕のようになっているそうだ」


 兄は、弟のためにクレーター内の地図を拡大した。


 円形のクレーター中央に塹壕もどきがあり、周囲を焼け残った市街地が取り囲んでいる。高さのある構造物もまだそれなりに残っている。


 塹壕もとい地下水道跡近辺には、陥没した直径数メートルほどの穴も点在しており、その一部を、敵はトーチカにしているという。

 もっとも、穴の天井部を板か何かで覆って土を被せただけの、お粗末なものだが。


 双子はクレーター内を、塹壕エリアと市街地エリアに色分けし、敵の布陣を詳細に観測した。


 ははん、と兄は思った。


 なるほど。こいつは三、にみせかけた二だ。全軍で対峙しているように見せかけて、狙撃手を市街地に配置して、待ち構えている。


「見ろ。敵が布陣した塹壕エリアの背後、高所が並んでいる。このどこかにニコラス・ウェッブがいるはずだ」


「全軍を囮にした釣りか。ならば砲撃で高所もろとも破壊するか」


「いいや、まず別動隊で奴を市街地から塹壕に押し出す。初手の砲撃では、必ず撃ち漏らしが出る。敵に市街地へ潜伏する隙を与えれば、作戦が三から一へ移行し、遅滞戦を強いられることになる。全軍を塹壕へ追い出し、完膚なきまで叩き潰す」


「ならば別動隊を左翼・右翼から侵攻させ、市街地を掃討しよう。先行部隊の合流も、そちらでいいな」


「ああ。――聞いたな? 各位、動け」


 双子の一声で、部下たちが動く。


 左右の別動隊がそれぞれ五百。


 ニコラス・ウェッブはかつて、二個小隊で五百の民兵と戦ったという。今度は二倍の、千からなる精鋭。

 武器もなければ、満足に動ける手下もいない、味方同士の通信もままならない。


 やれるものなら、やってみるがいい。


「別動隊と同時に仕掛ける」


「お望み通り、餌に食いついてやろう」


 我らは魚にあらず、(みずち)にあらず、普く獣を統べる龍なれば。

 我らは天命をもって、地を這う狗と死霊に、引導をくれてやろう。




 ***




 その報告を受けた時、ニコラスは、敵がこちらにとって一番やってほしくない作戦をとったのだと悟った。


 とどのつまり、最悪の事態である。


「連中、真っすぐ塹壕エリアに向かってきてるぞ。これって餌に食いついたってことでいいのか……?」


 偵察部隊を指揮する通信班長のサイラスが、双眼鏡から目を離し、戸惑いがちに尋ねた。ニコラスは首を振った。


「いいや。連中はそんなに単純じゃない。恐らくだが、本隊と同時に別動隊がこっちに向かってきてるはずだ」


「じゃあこっちの作戦は……」


「完全に見抜かれてるってことだ。こうなった以上、ぎりぎりまでもたせるしかない。ハウンドに伝えてくれ。来るぞ」


「分かった。……ああ、くそ。またドローンが……これじゃ敵に筒抜けだ。通信妨害装置(ジャマ―)載せたドローンとかありかよ」


 サイラスが舌打ちする。数百メートル離れた建物から発せられる明滅する光に、敵の偵察ドローンが距離を保ってうろついている。


 通信が使えないので、ライトを使ったモールス通信で伝えているのだ。当然、こうして敵偵察ドローンにも目撃されている。


 撃ち落とそうにも、撃った瞬間こちらの居場所がバレるので使えず。かといって、他に通信手段もない。打つ手がなかった。


 唯一の利点を見出すとすれば、27番地が生来の貧乏性でアナログ伝達に慣れきっており、通信妨害を受けても全く混乱していないことだろう。

 その貧乏性ゆえに安価な民間通信機を使った結果、周波数を読まれて御覧の有様なのだが。


 手慣れた様子で旗振り通信を行う住民を、バートンが感心しながら眺める。けれど猛禽と称される彼の目は、別のものもいち早く捉えていた。


「市街地防衛班が別動隊を視認したようだ。塹壕エリアを迂回してこちらに侵攻中。数は……五百ずつといったところか」


「冗談だろ。別動隊だけでこっちの全軍上回ってんじゃねえか」


「いつも通りだな」


 ニコラスがそう呟くと、サイラスは「いやそうなんだけどさ」とぶつくさ言った。


「教官、そちらの準備は?」


「問題ない。お前の方こそ大丈夫なのか」


「はい」


 するとバートンが黙った。振り返ると、意外そうな顔でこちらを見つめている。


「なにか?」


「いいや、なんでもない」


 バートンは少し笑いながらそう言った。


 ニコラスは怪訝に思いながらも、前に目を戻した。


 右目を閉じ、素の左目で前方に目を凝らす。予定通りであれば、そろそろ餌役のギャレットたちが、塹壕エリアに戻ってくる頃合いだ。


 左目を閉じ、右目でスコープを覗き込む。塹壕エリアには、ハウンド率いる第一防衛ライン担当の歩兵部隊が集結していた。


 相変わらず小柄な背を、けれど大きくなった背を見つめる。


 すると、彼女が振り返った。スコープ越しに目が合って、ちょっと驚く。

 相変わらず、いい勘をしている。並み以下の視力だというのに。


 ハウンドは悪戯成功とばかりにニヤリと笑った。こちらに向き直って腰に手をあて、あげた左手で親指を立ててみせる。


 周りにいた住民も気づいたらしい。ポーズをとるハウンドを見て、各自思い思いの変なポーズを取り始める。

 緊迫した最前線で、途端に大喜利大会がはじまった。


「なにやってんだ、あいつら」


 サイラスが呆れたように言った。


「あれが最後の姿になっても知らねえぞ」


「いいじゃないか。こういう時こそ、緊張緩和は必要だ」


「んじゃバートン、あんたならどんなポーズとる?」


「……敬礼だな」


「だと思ったよ」


 緊張感の欠片もない二人の会話を聞きながら、ニコラスは笑った。


 不謹慎だの縁起が悪いだのと忌み嫌った時もあったが、なんだかんだやっぱり、自分はこのふざけた空気が好きだ。


「陽動部隊より報告。『敵本隊御一行さまご案内!』だとさ。塹壕班との接敵はおよそ三分後」


「別動隊も確認した。こちらは五分後といったところだな」


 ニコラスはそれらに頷き、両目を開いた。


 右目と左目、望遠と広角、狭い視野と広い視野。双方を同時に眺めながら、耳を澄ませる。


 サイラスがからかい口調で言った。


「それ、最初にあんたがやってるの見た時、気が狂ったのかと思ったよ。呪詛まで吐いてるしさ」


「呪詛じゃない。シャドーイングだ。ラジオ流してたろ」


「だからだよ。絶対に聞きそうにない芸能人のスキャンダルトークなんて垂れ流してよ、本気で心配したんだぜ」


 ひとしきり笑って、ふとサイラスの声音が真剣みを帯びる。


「頼むぜ、『百目の巨人(アルゴス)』」


「ああ」


 ニコラスは両の目で別のものを捉えながら、淡々と応えた。




 ***




 戦闘は、予想以上の抵抗をもって迎えられた。


 この期に及んで、これだけの戦意がどこから湧いてくるのやら。民兵といえど、追いつめられた鼠はやはり手強い。


 だが所詮、鼠は鼠。

 双子は淡々と指示を飛ばした。


「偵察ドローンを先行させろ」


「敵の位置を把握する」


 偵察ドローンが、蜂が耳をかすめたような音を立てて、次々に塹壕へ突入していく。武装ももたず、高度も低い。しかも三、四機の編隊を組んでの飛行なので発見もされやすい。

 撃ってくれと言わんばかりの無防備な飛行だ。


 だがこれでいい。27番地はこれまで、散々自爆ドローンの脅威に晒されてきた。

 ドローンの翅音を聞くだけで、無意識に発砲してしまうほどに。


 上空から飛来するドローンが偵察用か自爆用か、区別する余裕は彼らにない。

 自分たちの居場所を敵に晒しているという自覚も。


「やはり数が少ないな。せいぜい五百もいないぞ」


「これまでの損耗を鑑みれば妥当だな。塹壕エリアは物量で押し切る。後方のLAV-25とハンヴィーに火力支援を要請、目標、前方トーチカ」


「市街地エリアは自爆ドローンを投入しろ。見つけ次第ぶつけて構わん。あの狙撃手を炙りだせ」


 部下たちもまた、指示に淡々と応えた。

 TOWハンヴィーの対戦車ミサイルが即席のトーチカを木っ端みじんに吹き飛ばし、自爆ドローンが頭上を飛び越え市街地へ突っ込んでいく。


 LAV-25軽装甲車は侵攻できるぎりぎりまで前進し、ブッシュマスターM242チェーンガンが逃げ惑う敵を銃撃する。


 しかも今回使用している弾丸は焼夷炸裂弾(HEIAP)だ。目標を貫通してから起爆し炸裂する。

 徹甲弾と焼夷弾、榴弾の特徴を兼ね備えた弾で、装甲車も狙撃手の対物ライフルも、この弾を使用している。


 RPG-7を担いだ民兵が、こちらに狙撃された。貫通した対物ライフルのHEIAPは民兵の防弾着を貫通し、起爆する。

 民兵の上半身が消し飛んだ。同時に発射直前のRPGが宙を舞い、奴らの陣地に落ちる。直後にあがった火球を見て、双子は胸がすく思いだった。


 27番地は、あっという間に総崩れになった。


 否、元よりそういう計画だったのだろう。

 塹壕エリアに罠をありったけ仕込んで、適当に戦ったら市街地へ逃げ込む。でなければ、こうも早く理路整然と撤退などできまい。


 そうくるだろうと思った。


 双子はほくそ笑んだ。


 市街地エリア一歩手前、27番地が立ち止まった。伏兵だ。


 双子は、市街地へ向かわせた別動隊の一部を、塹壕・市街地エリアの境目に忍ばせていたのだ。


 27番地は見事に虚を突かれた。

 戦列が乱れ、半ば壊走しながら塹壕へ戻ってくる。


 進軍を続ける双子たちの元へ、戻ってくる。


「工兵部隊に連絡。塹壕内の破壊工作を開始する。罠ごと吹き飛ばせ」


「充分引きつけろ。連中が塹壕に入るまでだ」


 双子は、27番地の全員が塹壕に入ったところで起爆させた。侵攻のため塹壕内の罠を一掃するのが目的だったが、この際、好都合だ。自らが蒔いた種で死ぬがいい。


 起爆のスイッチを押すたび、27番地の罠が連動し、近隣の罠も巻き添えにして誘爆する。ドミノ倒しのようだ。

 連なった爆竹のように爆発が塹壕のあちこちで起こり、その都度、棄民どもの身体がバラバラになって生き残った連中に降り注ぐ。


 これだけでも27番地には絶望だろうが、双子はさらなる絶望を呼び込んだ。


「近接航空支援を要請。ヘリで一掃しろ」


「狙撃隊に通達。対空兵器に注意しろ」


 弟の命令は、いささか杞憂が過ぎた。

 27番地は空からの攻撃に抵抗する余力もなかった。砲撃をかろうじて逃れ、蛸壺から這い出てきた連中が、攻撃ヘリの機銃で薙ぎ払われていく。


「ッ! 兄者!」


 弟の叫びで、兄は愉悦極まる光景から我に返った。


 低い唸り声が近づいてくる。爆音と銃声で耳が馬鹿になっていて気づけなかった。


 双子は護衛の兵士を置き去りにして、近くの塹壕に滑り込んだ。


 直後、頭上をバイク数台が飛び越えていく。刎ね飛ばされた護衛の首が、塹壕へ転がってきた。


 双子は内心狂気した。


 こんな穴ぼこだらけの未整地を、雨あられと降る弾や爆炎を掻い潜って、雑兵を打ち払いながら吶喊する。

 狂人としか思えぬこんな真似事ができるのは、あの死霊犬だけだ。


「そういえば、あれは騎馬民族の血も引いていたか」


「どっちでもいい。全員手を出すなよ、あの女は我らのものだ」


 双子はバイク集団先頭を走る、黒髪の少女を凝視した。


 ブラックドッグ、ああ、ヘルハウンド!

 我らが王の慈悲を拒んだ女。死を望みながらも、そのつど愚者に担ぎあげられ、生かされ続けた哀れな子。


 可哀そうに。可愛そうに。

 哀れな子は救わねば。我らのような大人になる前に殺さ(すくわ)ねば。


 なによりお前の死は、我らが主君の願い。それ即ち我らが悲願。


 兵たちもそう思っていたのだろう。ヘルハウンド発見の報が飛ぶや否や、トゥアハデ兵は殺気立った。

 散々あの小娘に辛酸を舐めさせられてきた。誰もが血眼になって、彼女を追った。


 こちらの凄まじい憎悪と殺気に気圧されたのだろうか。

 ヘルハウンドはまたもこちらに突っ込む、と見せかけて、急旋回。市街地エリアへ向かった。逃げる気だ。


 しかし、市街地エリア手前には伏兵がいる。


 けれど間が悪いことに、ヘルハウンドにとっては運のいいことに、伏兵は壊走する27番地につられて、塹壕へやや突出してしまっていた。

 憎き仇をようやく殺せるといきり立った結果、伏兵は持ち場を離れ、各々が勝手に追撃を始めてしまっていたのだ。


 その手薄になった布陣に、ヘルハウンドらが突っ込んだ。

 双子は舌打ちした。


 だが天は我らに味方した。


 伏兵は、ただ目の前の仇敵の殺戮に狂乱していたのではなかった。ちゃんとワイヤートラップを、市街地の目前に張っていたのだ。


 ヘルハウンドのすぐ後方にいた黒人の男がそれに気づいた。


 叫んだ時にはもう遅い。

 一番スピードを出していたヘルハウンドが、真っ先にトラップへ突っ込んだ。


 ワイヤーが起爆装置から外れ、地中に埋設された爆薬が起爆する。


 ヘルハウンドはバイクごと宙へ吹き飛ばされた。


 けれど奴は、最後の最後で抵抗したのだろう。

 ワイヤーが触れたその瞬間に、バイクから跳んでいた。バイクを爆風の盾にして。


 吹き飛ばされたヘルハウンドが地面を転がる。すぐ起き上がろうとしているところをみるに、大したダメージは与えられていない。

 双子にとっては喜ばしい限りだった。


「行け、ギャレット!」


 ヘルハウンドが、黒人に叫んだ。後方のバイク集団は、急ブレーキが間に合ってなんとか難を逃れていた。


「行け! ニコを守れ!」


 黒人は数秒躊躇った様子を見せたが、仲間を引き連れ市街地へ走っていった。


 双子は歯牙にもかけなかった。目の前に、待ち臨んだ標的がいる。


 ヘルハウンドが立ち上がる。いつもの銃剣仕様の回転式(リボルバー)散弾銃(ショットガン)を引き抜き、構える。これだけの数に囲まれてなお、諦めていないのだ。


 そこに、偵察部隊からの一報が耳に飛び込んでくる。双子は勝利を確信した。


「降伏するなら、すぐ楽にしてやる。我らの自爆ドローンは、すでにニコラス・ウェッブを捉えたぞ」


「貴様の死は我らが主君の願い。なれど主君は貴様の幸福を願っていた。選べ。一人で死ぬか、愛する男を巻き添えにして死ぬか」


 ヘルハウンドは硬直したのち、空を仰いだ。それから市街地の方を見て、こちらに目を戻す。


 深緑の瞳に、烈々たる光が燃え盛っていた。

 降伏や死を覚悟した者の目ではない。死肉を喰らってでも生き延びんとする、畜生の目だ。


 黒妖犬は、最後まで降伏を拒んだのだった。


 馬鹿な女。


 双子はそう思いながら、腰刀を抜いた。

 一騎打ち、といきたいことろだが、そうもいくまい。兵たちが今にも撃ちそうだ。射線上に味方がいるのもお構いなしに、引金に指をかけている。


 双子とて決着はつけたい。だが兵士はそれでは納得しない。


 ならばと双子は同時に手を挙げた。この女が絶望した様子を見せれば、兵たちの留飲も多少下がるだろう。


 一機の自爆ドローンが、市街地めがけて急降下していく。


 ニコラス・ウェッブめがけて真っすぐ、一直線に。


 低姿勢で突っ込もうとしていたヘルハウンドの全身が凍り付いた。死神に首根っこを掴まれたかのように、降下する自爆ドローンを見上げた。


 双子はその様子に満足して、腰刀を構えた。


 市街地から、光が上がった。


 それは、双子が望んだ光ではなかった。

 彼らが望んだのは、敵を焼き尽くす紅い劫火。けれど、市街地から放たれたのは、白い光だった。


 閃光弾のような白光が中心で何度か瞬き、直後、放射状に広がって、消えた。


 双子は唖然と空を見上げた。


 空からドローンが降ってくる。否、墜ちてくる。


 ドローンだけではない。LAV-25から放たれた対戦車ミサイルも、地上の棄民を追い回していた攻撃ヘリも、すべてが墜ちてくる。


「前哨基地との通信途絶!」


「なんだこれ。通信機が壊れてる……?」


「今すぐ砲撃を中止させろ! こっちに当たる!」


 なんだ? なにが起きている?


 双子は訳が分からず立ち尽くした。


 対して、ヘルハウンドだけが笑っていた。銃剣の先で肩を叩いて、悪戯成功といわんばかりに得意げに。


「さてさて。これでおあいこかな?」


 そう言って、銃剣を頭上真っすぐに掲げた。


 分厚い刃の切っ先が、太陽光を浴びて煌めく。その煌々たる輝きに、別の光が混じっていることに、双子は気づいた。


 照明弾だ。いくつも、いくつも。27番地を取り囲むように。


 白い星のような光が、真っすぐ天へ昇っていく。

 流星を伴って。


 飛来する砲弾が、気ままに口笛を吹きながら地上に降りてくる。

 真っすぐ自分たちめがけて降ってくる。


 双子はようやく失態を悟った。


 敵を狩場に誘い込むつもりだった。逆だ。狩場に誘い込まれたのは、自分たちだった。




 ***




『第一陣、着弾確認! 修正開始!』


 クロードが無線越しに叫ぶ。たった数時間聞いてなかっただけなのに、がなり声が随分と懐かしい。


「そっちの電子機器への影響は?」


『ゼロだぜ! っていうか、そもそもそんな御大層なもん持ってなかったしな……スマホも無事だ。文明の利器バンザイ』


「そいつは何より」


 そう返したニコラスの横では、サイラスが電磁波シールドのファラデーケージから、通信機を取り出しては住民に配っている。


「大至急、塹壕へ急行しろ! ハウンドにこいつを届けるんだ、さっきの猛攻じゃ、ケージごと通信機がやられてもおかしくない!」


「うちの隊から二割を割こう。行ってくれ」


 バートンが指示を飛ばし、振り返ってくいっと肩眉を吊り上げる。


電磁パルス兵器(EMP)なんて大層な代物、どこで仕入れたんだ」


「その辺で拾いました。ロバーチ一家が落としていったみたいでして」


「そいつは幸運だ」


 バートンが珍しく噴き出した。


 けれどニコラスに戦闘する余裕はなかった。回復した通信回線に、27番地外部からの膨大な情報が流れ込んできたのだ。


 敵が高確率でこちらの戦法を読んでくるだろうというのは、あらかじめ想定していた。

 なにせこちらには選択肢がないのだ。


 だからニコラスたちは、敵の思惑通りに動くことにした。敵に苦労の末「勝った」と思わせてから、罠にはめる。


 27番地内で、全軍をもって真正面からぶつかりにきたと、敵は思ったことだろう。ごく少数部隊での陽動で塹壕エリアに誘い込み、真っ向勝負に持ち込んできた、と。


 だが違う。ここにいる全員が、陽動なのだ。27番地()にいる俺たちこそが囮だ。


 主力部隊はすでに27番地()で、国境沿いにぐるりと街を取り囲んでいる。

 27番地が誇る迫撃砲部隊が、ありったけの砲弾と非戦闘員とともに、トゥアハデに矛先を定めている。


『こちら砲撃隊A3、次弾装填完了。修正願います』


「A3着弾確認、右へ二度、距離を8202ヤードに修正」


『A3了解!』


『B6、次弾装填完了、修正頼む!』


「B6着弾確認。距離はそのまま、仰角を二度下方修正」


『B6了解!』


 各砲撃部隊からニコラスへ、砲撃修正の要請が飛んでくる。


 ニコラスはすべてに答えた。答えている間にも、耳に情報が流れ込んでくるが、それにも答えた。

 シャドーイングの成果を今みせる時だ。


 作戦名『百目の巨人(アルゴス)』。

 ニコラスが最後の手段として備えていたものであり、ハウンドが命名したものだ。


 狙撃手は敵を撃ち殺すことに長けた人物と思われがちだが、その第一任務は偵察、すなわち観測だ。

 監視と情報収集、これが狙撃手の最重要課題であり、主任務となる。


 自分を観測要員とし、地形を完全に記憶し、敵の動きを観測。予測し、27番地外の砲撃隊をもってピンポイントの偏差射撃を行う。


 そのための散歩、そのための特訓だった。


 現役時代から、予測は得意だった。フレッド以外、俺の目を信じる者はいなかったが、今は違う。


「H5着弾確認。左へ四度、仰角五度、上方修正。D、E、F各隊は敵前哨基地へ砲撃を開始、夾叉ののち自己修正で修正射を試みろ。

 C、G各隊は目標を変更。塹壕後方にて待機中の敵装甲車を潰す。砲撃ののち、修正を要請しろ。A、B、H各隊、修正してないやつはいるか?」


『A、B、H各隊、完了した。いつでもいけるぜ』


「第二陣、砲撃開始」


 第二陣が放たれる。ニコラスは、その着弾をすべて見届けた。


 着弾位置、塹壕には、あの子がいる。絶対に当てるものか。


 狙撃手は一撃必殺を原則とする。

 二発目は存在しない。外すことは許されない。ならば、狙った的に当てないことだってできるはずだ。


 そう信じてあの子は飛び出していった。

 応えねば。あの子のヒーローならば、応えてみせろ。


 ニコラスは右の目でハウンドの姿を捉えながら、修正指示を叫ぶ。




 ***




 馬鹿なのか!?


 双子は呆然自失に立ち尽くした。


 なんたる自棄、なんたる愚行、なんたる狂気――! 

 主力と見せかけた自らを囮とし、主力の砲撃部隊を27番地外に配備していたのは、まだいい。作戦の範疇として理解できる。


 だがその味方ごと、撃つか普通。


 砲撃は塹壕と前哨基地に集中している。塹壕には、まだこいつがいる。

 今、目の前にヘルハウンドが、統治者がここにいるんだぞ……!?


 ともかく、塹壕へ逃げ込まねば。幸い罠は先ほどほぼすべてを撤去した。隠れるのであれば、そこしかない。


 と思った矢先、塹壕へ入った直後の部隊が、砲撃で吹き飛んだ。狙撃手を中心とした、偵察部隊だった。


 最初は偶然だと思った。運の悪い奴だと。


 だが砲弾は立て続けに降り注ぐ。狙撃手のいる偵察部隊だけを狙って、正確無比に、不失正鵠に。


「――は?」


 双子のどちらともなく、声が漏れた。


 なんだこの砲撃は。夾叉もなく、一発目から、いきなり当ててきた。偶然の一致にしてはあまりにできすぎている。


 いや、そもそも、この弾なぜ炸裂しない? 

 砲撃とは、面制圧に特化した火器ではなかったのか。


「信管を抜いている……?」


 だがなぜだ。貴重な砲弾の威力をわざわざ落として、なんになるというのか。


 まさか。


 その考えに至った時、双子は総毛だった。


 これは砲撃ではない。()()だ。


 面制圧ではなく、点制圧。

 精密(ピンポイント)空爆とも違う。標的を発見し、捉え、狙い撃つ。弾の大きさが変わっただけで、やっていることは何も変わらない。


 奴は偏差射撃を旨とする狙撃手。観測情報から敵の未来位置を予測し、行く手に魔弾を置き立ち塞がる鬼人。

 あのティクリートでも、それで生き延びた。


 百目の巨人。それは侮蔑と嫉妬、畏怖を込めてつけられた名だ。

 千里眼のごとき観測眼。そこから標的の動向を予測する優れた洞察力と、敵味方の位置を射線に至るまで正確に把握する驚異的な空間把握能力。


 それだけでも十分驚異的だというのに、今や奴は、配下の射手すべてを我が物として扱っている。


 奴にはすべて視えているのだ。


 こちらの位置情報だけではない。配下の射手が今どの位置にいて、どのような環境下に置かれているのか。どのような癖があり、砲撃までにどのぐらいの時間差が生じるか。射手に憑依したかの如く、すべてが視えている。

 これでは奴が何十人にも増えたようなものだ。


 奴に視られたらお終いだ。ニコラス・ウェッブに視られてはならない――!!


「総員、散開しろ! まとまっているとやられるぞ」


「生きている長距離火器、自爆ドローンは27番地外を狙え。撃って撃って撃ちまくれ!」




 ***




 砲弾の着弾と震動を聞きながら、ハウンドは空を見上げていた。


 砲弾がこんなにも降ってきているのに、まるで恐怖を感じなかった。かつて自分から色を奪ったもののはずなのに。


 降り注ぐ弾を見上げながら、ハウンドは小さく笑った。


 彼が視てくれている。見守ってくれている。それだけで、無限の勇気が湧いてくる気がした。


「姐さん!」


 視線を地に戻す。ギャレットが、生き残ったメンバーとともに塹壕へ滑り込んできた。バートン麾下についていた市街地防衛隊も一緒だ。


「ニコは」


「奴さんなら大丈夫だとさ、今のところはな。姉さんこそ、よく無事だったな」


「ニコの弾だからな」


 ギャレットは一瞬きょとんとして、不敵に笑った。

 吹き飛んでしまったサングラスのことを忘れて、押し上げる動作をしなければもっと格好がついただろう。


「そうかい。そのあたりの惚気は全部終わった後に聞くとするぜ。コーラ片手にな」


「ピザもある?」


「お、姐さんピザ好きかい?」


「まあね。なんかアメリカって感じがする」


 ハウンドはギャレットから通信機を受け取り、耳に着ける。


 ニコラスの声が聞こえる。通信をオン・オフにする余裕がないので、回線が開きっぱなしなのだ。


 修正指示が絶え間なく飛んでいる。

 指示を出す傍から新たな情報が怒涛の如く流れ込んできているというのに、冷静に、正確に、着実に、恐ろしいほど誤差のない指示が飛んでいく。


 特訓したとはいえ、よくもまあこんな神業ができるものだ。


「敵をニコの射線に狩りたてる。今のニコに、私らに合わせる余裕はないはずだ。こっちから合わせるぞ」


 ハウンドは上半身に降り積もった土砂を払って、駆け出す。


 大体の地形図はハウンドとて把握している。

 味方砲撃班が撃った直後の弾着位置に、敵を誘導する。そうなれば、砲撃班が修正せずとも、撃つだけで当たる。

 ニコラスの負担を減らすことができる。


 彼が、かの守り人、普見者(パノプテース)ならば。自分は猟犬になろう。

 彼が撃ちやすい位置に、獲物を駆り立てよう。それならば大得意だ。


 黒妖犬は塹壕を駆け回った。


 閉所。それも元は爆破された水道管ゆえに、遮蔽物も多く射界も制限される。なによりこちらは少数、敵は多数。

 ハウンドが最も得意とする戦場だった。


 トゥアハデは、突如現れたハウンドを前に、為すすべなく切り裂かれていく――。




 ***




「ブラックドッグが出現、塹壕戦を仕掛けてきています!」


 兵の報告はもはや絶叫に近かった。


 通信機器を含める電子機器すべてが使用不可。直後からの畳みかけるような、無慈悲なまでの正確な“狙撃”。

 目と耳を塞がれた状態で撃たれているようなものだ。


 火力支援はすべて27番地外の砲撃陣地の破壊に注力しており、こちらに気を配る余裕はない。

 となれば、塹壕に籠るしかない。


 そこでブラックドッグの襲撃だ。

 この地形は奴が最も得意とする戦場。放置すれば、本気で全滅する。


「兄者」


 弟が呼びかけた。兄も、同意見だった。


「そうだな。一騎打ちの好機ともいえるか」


「いかにも。今度こそ決着をつける」


 兵からの伝令を待たず、双子は塹壕から飛び出した。


 報告を聞く限り、ブラックドッグは闇雲に襲いかかっているのではない。空恐ろしいほど的確に、こちらを砲火のもとへ追い立てている。


 つまり、奴はこちらの位置情報を逐一把握しているのだ。


 ならば自ら姿を現してやろう。

 自分らが目撃されれば、その情報はブラックドッグにも届く。奴ならば必ずこちらへやってくる。


 ニコラス・ウェッブの位置は分かっている。これだけの砲撃をすべて把握し修正指示を出しているとすれば、奴は移動していないはずだ。

 少しでも移動すれば、奴が脳に刻み込んだ位置情報に狂いが生じる。


 なにより、これだけ膨大な情報を処理するには、それなりの人員と設備がいるはずだ。

 狙撃地点を転々と移動する一狙撃兵のような真似はできまい。


 ニコラス・ウェッブは動けない。通常の狙撃もできまい。そんな余裕は、今の奴にはないはずだ。


 双子は地表に出ては塹壕に入り、出ては入るを繰り返した。空飛ぶ鷲を翻弄する土鼠のように、姿を現しては塹壕に消える。


 砲弾による狙撃は度外視した。


 砲撃は観測してから撃つまでに必ず十数秒の時間差が生じる。仮にニコラス・ウェッブがこちらの移動先を予測したとて、所詮は予測。

 途中で方向転換を何度か挟めばいいだけの話だ。撃って一秒と経たず飛んでくる通常の狙撃とは違う。


 案の定、ブラックドッグは現れた。

 塹壕の壁を走って跳躍し、身を大きく捻りながら斬りかかってくる。


 双子は、兄がまず刃を受け止め、弟がその背後から縄錨を繰り出した。近距離、中距離の同時攻撃だ。


 挟撃は無理にやる必要はない。この狭い空間では、位置取りを変えることは大きな隙になり得る。

 そうでなくとも体格でいえば、どうしてもこちらがかさ張る。この女はそれを見逃さない。


 女はすぐ身を翻して飛び退いた。着地ざまに、スラグ弾を一発。


 双子は難なく避ける。


 ブラックドッグはさらに数歩退いてこちらを誘うが、双子は乗らない。


 一撃離脱からの誘導もまた、この女の十八番。

 女が退いた先では、棄民どもが待ち構えているだろう。その手に乗るものか。


 逆にこちらが誘導してやる。


 退く様子を見せると、ブラックドッグはすぐ乗ってきた。双子はわざと圧されるふりで後退していった。


 種類の違う武器を繰り出しながらの後退など、常人であればすぐ自滅するだろう。だが我ら双子は違う。


 時に兄が、時に弟が、交互に同時に手練手管を駆使して連撃を繰り出す。


 ブラックドッグは徐々にこちらの攻撃速度に追いつけなくなっていった。


 これまでの監禁による疲労もあるだろうが、鼻があまり効かないのだろう。

 塹壕一帯は気化爆弾による薬品と焦げた臭いが充満しており、そこに大量の空薬莢と砲弾が吹き上げる土砂の臭いが充満している。


 押されながらも、形勢は逆転している。


 仕掛けるなら今だが、もう少し。もう少しさがれば、味方のもとに――。


 と思った矢先、ブラックドッグが突如、地に伏せた。


 直後、背に衝撃が走る。棒で突かれたような痛みは、すぐ焼いた槍で穿たれたような激痛に変わる。


「兄者!」


 弟が即座に前に出て、ブラックドッグの一閃を受け止める。


 背に手をやってみれば、肉に半分食い込んだ弾丸が突き立っていた。


 新型ボディアーマーが限界を迎えたのだ。あの侍との対戦の弊害だ。もうこいつは役に立たない。

 防弾性能が失われては、ただの服と変わらない。


 さらに、兄は気づいた。この位置、辛うじてだがニコラス・ウェッブのいる建物が見える。


 こちらから見えているということは、奴も、こちらを視ているということ。


 ――この状況でも撃ってくるのか……!?


 兄は弟の助けを借りながら、すぐさま撤退した。

 ブラックドッグが追撃してくるが、部下の弾幕でなんとか難を逃れる。


「持ち堪えるぞ。奴らの備蓄は僅かだ。じきに弾切れを起こす」


 弟がこちらの手当てをしながらそう言い聞かせた。言い聞かせる相手は、自分も含んでいるだろう。


 兄は兵たちに叫んだ。


「各位、己が生存を第一とせよ。奴らが弾切れを起こすまで生き延びろ……!」




 ***




 双子とった選択は正しかった。


「店長、弾まだあるか!?」


「すまない。さっき送ったので最後だ」


 27番地外で砲撃隊を指揮するクロードは焦っていた。残弾の底が見え始めたこともそうだが、敵の砲弾がこちらを捉え始めていた。


 だが逃げることはできない。陣地変換も叶わない。


「退くんじゃねえッ!!」


 及び腰になり始めた味方を、クロードは一喝する。


「俺たちが勝手に動けば、ニコラスの目が利かなくなる。死守しろ! ぜってえ動くんじゃねえ!」


 ニコラスの“百目”はこの配置だからこそできる芸当。針の穴に糸を通すがごとく、緻密な計算と予測によって成り立っている。

 少しでもこちらが移動すれば、すべての計算が狂う。


 なんとしてでも死守する。たとえ敵の砲撃で木っ端みじんになろうとも。


 そしてそれは、砲撃隊だけでなく、偵察隊も同じことだ。ニコラスの目を補強するため、27番地外縁の高台に、弾着観測を行っている隊が、いくつもある。

 彼らが、真っ先に狙われ始めた。


 いちおう狙撃対策に、慰め程度のカモフラージュをしている彼らだが、経験者からすれば発見はたやすい。

 偵察隊は次々に狙撃され、砲撃され、陣地もろとも潰されていく。


「店長、偵察隊を退かせろ、消し飛ばされんぞ!」


 店長は首を振った。


「……できない。EMP起爆までに、偵察ドローンを落とされすぎた。人間の目でカバーしないと、ニコラスに対応できなくなる」


 店長とて、偵察隊の情報統括と伝達のハブを担う立場ゆえ、本来ならば戦闘指揮車ごと後方に控えてしかるべき身だ。

 だが彼は、万が一EMPの影響を受けた場合に備えて、自分たちと同じ場所にいることを選んだ。


 店長は、顔を引きつらせながらも、無理やり笑顔をつくった。


「君たちと同じだよ。ここが正念場だ」


 クロードは込みあげるものをなんとか飲み下した。その激情のすべてを、砲弾に込めて撃ち続ける。


『A1着弾確認。修正、右へ一度、距離8007ヤードに修正』


「A1了解!」


 クロードは怒鳴り返しながら、120mm迫撃砲RTの操作ハンドルを握り、照準を合わせる。

 その隙に装填手が弾を運ぶのだが、遅い。見れば手から滑る砲弾を、なんとか持ち直そうと藻掻いている。


 RTの砲弾重量は約18キロ、それをもう十数発と持ち上げては装填するのである。自分らのようなロートルにはちと荷が重い。文字通りの意味で。


 クロードは装填を手伝った。持ち上げた瞬間、腰に重く鈍い痛みが奔るのに気づかないふりをして、えっちらおっちら砲の元まで運んでいく。


 その時だった。真隣のA2砲撃隊がやられた。


 至近弾だったが、敵のは信管もある普通の榴弾だ。飛散した破片は装填手を肉塊に変え、射手の左半身を喰いちぎった。


 照準器を覗き込んでいる途中だったのだろう。射手は右手を前に出し、虚ろな目のままハンドルを回すように動かしていた。

 その右手も、数秒経つとぱたりと落ちて動かなくなった。


 クロードは怒りと胸の痛みを堪えて、替えの人員を叫んだ。

 もっとも予備なんてもういないから、動ける負傷者が身体を引きずりながら駆け寄ってくる。


 27番地はこれまで、迫撃砲の訓練だけは、しつこくやってきた。学のない自分のような人間でも簡単に扱える唯一の武器ゆえに。

 だから自分が死んでも代わりはいる。射手も装填手の補填もすぐできる。


 装填のぎりぎりまで手伝って、照準器に戻る。


「悪い、装填遅れた。A1、再度の修正指示を請う」


『再度修正、了解。左へ一度。仰角を二度下方修正』


 クロードは大急ぎで操作ハンドルを回した。装填手が頭の位置にキープした砲弾を持ったまま呻く。

 持ちこたえてくれと願いながら、やっと修正が完了する。


「A1修正完了――」


 瞬間。近づく飛翔音に気づいた。本当はもっと前からしていたのだろう。


 悪魔が口笛を吹きながらやってくる。


 直観的に、「あ、これ当たる」と思った。


 クロードは為すすべなく、頭上を見上げるしかなかった。




『あんたがクロードか。俺はニコラス・ウェッブ。経歴は好きに調べてくれ。俺の本名で検索すれば一発で出てくる』


 あれは初めて会った時だったか。


 お嬢自ら選んだ助手、しかも軍事顧問として雇ったと聞いて期待したが、これまた随分暗い男を選んだものだと思った。


 しかもその後がまた酷かった。あいつときたら、自己紹介もそこそこに、いきなり軍事知識の講習会を始めたのである。

 やれ武器の種類がどうの、使用用途と性能がどうの、購入経緯に整備に管理維持エトセトラ。


 お嬢には悪いが、ハズレを引いたと思った。


 挙句、あいつときたら、27番地だけでは飽き足らず、五大マフィアの武器の講義まで始めたのだ。


『敵の砲弾を撃ち落とすシステムぅ?』


『ああ。ロバーチ一家が独自に開発した対戦車・装甲車向けのアクティブ(A)防御(P)システム(S)だ。名は「ストリボーグ」。性能はイスラエルが開発したアイアンフィストに近いが、詳細は不明だ。

 ハウンド曰く、ロバーチ一家が特区に戦車なんて御大層なもんを運びこめたのも、これが理由だって話だ。最新のAPS技術をアメリカ国防省と軍に売り込み、兵器の密輸を承認するよう裏取引した、らしい。で、こいつの性能の詳細だが』


『待った、待った。27番地全部の武器だけで腹いっぱいだってのに、五大の連中のまでやんのか? いい加減にしてくれよ。もう二時間だぜ? なんで会って早々こんな目に合わなきゃならねえんだ。

 俺ぁ確かにこの街の住民代表やってるが、お前と違っておつむはそんなによかねえんだよ。お前が頭いいのはもう分かったからさ』


 あいつは悪い目つきをさらに悪くして、こちらを睨んできた。

 あとで、あれは困っている時の顔だとお嬢から聞いて「ほんとかよ」と思ったが、確かにあの時、しきりに頭を掻いていた。


『説明を省いてすまない。だが軍事顧問を任された以上、あんたにもやってもらいたいことがある』


『へえへえ。言われなくてもちゃんと動きますよ。無茶な命令してきたら後ろから撃つがな』


『それはいいが……いや、そうじゃなくて。俺が死んだら、あんた困るだろ。だから今のうちに説明しておこうと思った』


 思わず二度見したのを覚えてる。自分が死ぬことをさも当然のように、明日の天気予報を話すように語る様子に酷く驚いた。


『死にてえのか? 生き急ぎてえなら別をあたれ。お嬢の推薦とはいえ、自殺志願者を飼うだけの余裕はうちにねえぞ』


『いや、まだ死ぬ気はない。けど、この街の現状を考えたら、そういうことも起こり得るだろ。27番地は常に人手不足だ。常に総動員で戦うことを強いられる。俺が後方でのんびり指揮できる状況ならいいが、実際そうなる可能性は薄いだろ』


 その時になって、こいつは思った数倍のクソ真面目野郎なのだと気づいた。そして不器用な奴だった。


『さっき俺のこと頭いいつったが。俺、学校にまともに行ったことないんだよ。高校も中退してるから中卒だし、13の時に7歳児がやる計算ドリルやってた』


『……マジで?』


『うん、マジ』


 これも驚いた。自分ですら、高校はいちおう卒業していた。


『俺がまともに勉強するようになったのは、ある人が「勉強は悪い奴に騙されないための武器になる」って教えてくれたからだ。けど今思えば、別の意味もあったんじゃないかと思ってる』


『というと?』


『困った時、分からないことがあった時、頼っていい人間がちゃんとここにいる。安心して頼りなさい、って意味だったんだと思う。たぶん。面倒見のいい人だったから』


 それからあいつは、また頭を掻いた。


『あー、その。なにが言いたいかっていうと……どうせ頭悪いからなに学んでも無駄、ってわけじゃねえってことだ。俺はあんたにできる限りのこと教えるつもりだし、あんたも他の奴に教えてやってほしい』


『俺がぁ? 冗談だろ。元アル中トラックドライバーに教師の真似事しろってか』


『ああ。俺が言えた台詞じゃないが、犯罪都市(こんなところ)に来るような奴は、ガキの頃の俺やあんたみたいなのが多いと思うんだ。なにやっても無駄って最初から諦めてる。けどさ、やっぱどんなに馬鹿でも、馬鹿にされんのは嫌だろ』


 それで、お嬢がこの男を選んだ理由を理解した。

 真っすぐで、馬鹿正直で、人の腹を無意識に見透かしてくる奴だった。


『ともかく、分からないことがあったらなんでも聞いてくれ。どんな質問でも哂ったりしねえから。俺は、そうしてもらった』




 ああ、覚えてるぜ、ニコラス。


 クロードは空を見上げながら、そう思った。


 飛来する砲弾は、すでに肉眼で確認できる位置まで近づいていた。スローモーションで真っすぐこちらに落ちてくる。


 なにが画期的なのか理解できなくて、何度も何度も教えてもらった。理解した瞬間、「今すぐ盗みにいこうぜ」と興奮ぎみに言ったら、はじめて笑ったっけ。

 口角ちょっと上がるだけで全然笑えてなかったけど。


 破片を飛ばすのではなく、爆風で敵の砲弾を逸らす。歩兵を傷つけない新時代のAPS。

 ロバーチ一家の戦車には、このAPSがすべてに搭載されているのだと。


 落下してくる砲弾に、急接近する飛翔体があった。


 飛翔体は、砲弾のすぐ近くで爆散した。星になって、光を周囲にまき散らす。

 その光から逃れるように、砲弾が明後日の方角へ逃げていく。


 爆風で鼓膜が痛いのも忘れて、クロードはその光景を見届けた。


 そして振り返ると、奴らがいた。


「地図を寄こせ。既存の地形図座標に変更を加えただろう」


 ロバーチ一家当主、ルスラン・ロバーチが立っていた。

 戦闘服に身を包み、数台の戦車と構成員を引き連れてやってくる。


 盗聴に使っていたイヤーマフを、近くの覆面の部下に放って、ルスランは指を数本くいっと曲げながら命令した。


「特例だ。我が軍の兵器を格安で貸してやろう。代わりに獲物の三分の二を寄こせ。獲物を鏖殺する権利は我らにある。貴様らに許した覚えはない」


 その巨体と柘榴色の赤茶の瞳に似つかわしい、重々しい圧のある声だった。

 助けてもらったことへの礼も、当然のようにこちらを盗聴していたことへの怒りも、引っ込んでしまう。


 いつもなら。


「これ、地図!」


 クロードはルスランに駆け寄ると、自分のしわくちゃになった地図を強引に握らせた。


 店長もロバーチ構成員もぽかんとする中、目の前の大男にまくしたてる。戦闘でハイになっていた。


「あと弾くれ、弾! こっちはもう素寒貧なんだ! 今すぐくれ、金なら後でいくらでも払うから!」


「……何ミリだ」


「120ミリ! あと今、ニコラスの目つかって砲撃で狙撃やってんだ。なに言ってるか分かんねえと思うが、あいつの目と予測があればできるんだ。正確に……そう! 精密射撃! 砲弾から信管抜いて、味方に被害が出ないようピンポイントで撃ってんだ。参戦してくれんのはありがてえが、やったらめったら撃つんじゃねえぞ。お嬢たちに当たる。標的を見つけたら、店長……あー、情報統合センター? みたいなやつ。そっちに報告したらニコラスに伝わるから、あいつの修正指示に従って撃つんだ。そしたらなんか当たって敵が死ぬ。分かったか? 分かったな? ともかく、参戦すんあらあんたらの配置と武器を教えてくれ。でないとニコラスの目が発揮できねえ――」


 ここでようやく、クロードは我に返った。


 ニコラス並みかそれ以上におっかない顔の大男が、それも五大マフィア一武闘派のボスが、無表情にこちらを見下ろしている。


 周囲は凍りついた沈黙で満ちていた。


「その、えっと。一緒に戦うなら、そっちのが効率いいとオモイマス、ハイ」


 ――やっちまったー!!


 クロードは死を悟った。飛んでくる砲弾よりよっぽど怖い。


 ニコラスはああ言ってくれたが、結局自分よりニコラスやハウンドや店長が教えた方が早いので、今の今まで他人になにかを教えるということはやってこなかった。


 はじめて教えた相手、マフィアのボス。そんなことある?


 ああ、ここで死ぬのか。これなら砲撃で吹っ飛ばされる方がまだ格好ついたのに。いや、そっちも嫌だけど、でもこいつに殴り殺されて死ぬなんて……。


 クロードは自らの失態を嘆き、覚悟して目を閉じた。


「くっ、はははははは!」


 クロードは信じられない思いでルスランを見上げた。店長も、ロバーチ構成員も信じられない目で見ていた。


 あのルスランが爆笑している。表情筋が凍りついていると揶揄される、あのルスランが。


「この私に指図した挙句、指南までするか。気に入った。いいだろう、今回にかぎり、貴様に使われてやろう。その代わり、少しでも外したら、次の弾は貴様らとあの駄犬のもとに落としてやる。細心の注意を払って扱うことだな」


「えっ、ア、ハイ」


 こちらが言い終わるのも待たず、ルスランは構成員に指示を飛ばし始めた。本当に動いてくれるらしい。

 こちらとは桁違いの早さで展開していく彼らに、クロードは呆気にとられるばかりだった。


「ええっと、あの、他の一家は?」


 おずおず尋ねるとルスランはこちらも見もせず、


「ミチピシは最初から不参加、シバルバは真っ先に逃げた。ヴァレーリの若造はターチィと何やら謀があるようだが、興味がないので置いてきた」


 と言った。


 クロードは、以前ハウンドが「ルスランの野郎、マイペース過ぎんだよ」と愚痴っていたことを思い出した。


 そんな時、店長が切羽詰まった声で叫んだ。


「クロード! A隊の方で、今すぐC隊のカバーできるかい!? ハウンドが――」


「なっ……!?」


 クロードはすぐさま戦闘指揮車に駆け込んだ。壁面のモニターに、ハウンドの緑の光点が徐々に右へ逸れていく。


 しまった。ハウンドたちが塹壕の西側、C隊の砲撃エリアに追い込まれている。


 やられた。トゥアハデめ、こっちのことよく見てやがる。


 C隊はすでにほぼ全滅している。つまり敵にとって、今いるエリアは、一時的にこちらの砲弾が飛んでこない安全地帯だ。


 A隊からでもぎりぎり届く位置だが、修正幅が大きい。間に合うか。


「ぎりぎり射程範囲内だ! 何とかする。位置教えてくれ!」


「了解したよっ」


ハウンド(ヴィルコラク)がどうした」


 ルスランが戦闘指揮車に乗り込んできた。


「俺たちは各砲撃隊が管轄するエリアが決まってんだ。迫撃砲の射程じゃ届かねえとこもからよ。今、敵がお嬢たちをC隊の砲撃管轄エリアに追い詰めてんだ。C隊は敵の砲撃でほぼ全滅しちまってるから……」


「チッ、あの馬鹿は何をしている。たかが双子ごときに」


「病み上がりなんだから仕方ねえだろ。それにあいつら毒を使うんだ。うちのケータもそれでやられた。ちょっとでも掠ったら駄目だ、避けるしかない」


 別のモニターを見れば、偵察ドローンを介してハウンドと双子の攻防がみてとれた。


 双子が飾り紐の付いた武器を振るうたび、ハウンドは大きく後ろに飛び退くことを余儀なくされている。

 このまま彼女が後退していくと、A隊からでは射程外になってしまう。


 さらに厄介なことに、ハウンドが追い詰められているエリアの先には、敵の前哨基地がある。


 こちらの砲撃でそれなりにダメージを与えられてはいるが、敵兵すべてを全滅させたわけではない。

 そして敵はすでに基地を捨て、双子ら率いる本隊と合流を図ろうとしている。


 このままではお嬢が、何百という兵士に包囲されてしまう。


「対戦車ミサイルを撃ち込む。座標は」


「待て待て待て。それじゃお嬢も吹っ飛んじまうだろ。近場に逃げ込める塹壕も蛸壺もねえ。お前んとこ、自爆ドローンとか持ってねえのか」


「あるにはある。だが今あるドローンはすべて偵察用だ。換装すれば使えるが、時間がかかるぞ。目的地に到達するまでの時間を考えるなら、間違いなく間に合わん。前哨基地側の敵を攻撃する。貴様らの味方周辺でなければ、駄犬の目を仰がずともいいのだろう? 動くぞ」


 そう言って、ルスランは勝手に動き始めた。クロードもまた動いた。


「A隊各班、ハウンドの援護に回るぞ! ニコラスからの修正は?」


「それが、遅れてるんだ。奴ら、ハウンドとニコラスを集中的に攻撃してやがる。このままじゃ……」


「なら俺たちがやるしかねえだろ。なんのために死ぬほど訓練してきたと思ってんだ。俺たちだけで当てるんだ!」


 クロードたちは、すぐに弾道計算と敵の未来位置の予測を始めた。


 教わった通り、ちゃんと動けている。できている。


 だが遅い。間に合わない。


 ――くそ……!


 弾道計算表に汗を垂らしながら、クロードはペンを握り続ける。


 その時だ。けたたましいクラクションが、クロードたちの後頭部をはたいた。


 見ればロバーチの装甲車が強引に突っ込んできていた。

 ドリフト停車で急停止した車内から、転がり落ちるように二人の人間が飛び出してきた。


「お前ら――」


 クロードは目を見張った。

次の投稿日は、7月18日(金)です。




8月15日(金)に完結します。


完結後は、新作の準備ができるまで、Xの方でちょっとしたイベント(『ハウンド悪戯100日チャレンジ!』~ニコラスの表情筋を鍛えよう大作戦!~)を企画しています。

開催中は、ぜひ下記のアカウントのフォローとリプライお願いします。


作者:志摩ジュンヤ公式アカウント 

@fkTiger(https://x.com/fkTiger)

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