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12-7

【これまでのあらすじ】

 27番地総指揮官補佐のバートンが打ち出した次なる手段は、「脅威度判定トリアージ」。

 人とドローンの目を駆使した空対地迎撃専用射撃統制システムであり、数で圧倒的に劣る27番地が生み出した、起死回生の秘策であった。


 思わぬ反撃に狼狽えるUSSAに対し、歓喜に沸く27番地だったが、バートンは手を緩めない。

 この反抗作戦が、時間稼ぎでしかないと分かっていたからだ。


 一方、敵の首魁USSA長官のアーサー・フォレスターも、それを見抜いていた。

「27番地の戦略的ゴールは大統領の説得、停戦条約の締結だ」


 察知したフォレスターは、すぐさま部下を首都へ向かわせようとするが、時すでに遅し。

 二重スパイ、クルテクの情報工作という名の置き土産が炸裂する。


 逃げ遅れた特区内のあらゆるギャングと特区内企業が、特区外へ逃げ出そうと一斉に武装蜂起したのだ。

 その数、約二万。


 新勢力の参戦により、USSA率いるトゥアハデ&軍の地上侵攻部隊は、大混乱に陥るのだった――。




【登場人物】

●ニコラス・ウェッブ:主人公


●ハウンド:ヒロイン、敵(USSA)に捕らわれている


●オーハンゼー:五大マフィア『ミチピシ一家』現当主


●アーサー・フォレスター:USSA長官にして、『双頭の雄鹿』現当主、すべての元凶


オヴェド:泣き黒子の男、フォレスターの右腕


●モリガン:『双頭の雄鹿』実働部隊トゥアハデ最古参の銘あり、妖艶な美女


●クルテク:元USSA局員、元CIA所属で二重スパイ



【用語紹介】

●合衆国安全保障局(USSA)

12年前の同時多発テロ発生直後に急遽設立された大統領直属の情報機関で、年々発言力を増している。現長官はアーサー・フォレスター。


●『双頭の雄鹿』

 USSAを牛耳る謎の組織。その正体はアメリカ建国黎明期の開拓者『ポパム植民地』住民の末裔。

 マニフェストディスティニーを旗標に掲げ、国を正しい道に導くことを指標とする。政界、経済界、軍部、国内のあらゆる中枢に根を張り巡らしている。

 名の由来は、ポパム植民地の最大後援者でもあったジョン・ポパムの紋章からもじったもの。


●失われたリスト

 イラク戦争中、国連主導で行われた『石油食料交換プログラム』を隠れ蓑に世界各国の大物たち(国連のトップ、現職の大臣、資本家、宗教関係者など)がこぞって汚職を行った『バグダッドスキャンダル』に関与した人物らの名が記されたブラックリスト。

 このリストを公表するだけで、世界各国代表の首がすげ変わるほど破壊力を持った代物。『双頭の雄鹿』の資金源と目される。

 現時点、証拠はすべて抹消され、証人もハウンドとシンジ・ムラカミだけとなっている。


●絵本

 ニコラスがハウンドから譲り受けた手書きの絵本。人間に連れ去られた黒い子狼が、5頭の犬たちの力を借りながら故郷を目指す物語が描かれている。作者はラルフ・コールマン。

 炙り出しで謎の文がページの各所に仕込まれており、それらを解き明かすと『証人はブラックドッグ』、『リーダーはアーサー・フォレスター』となる。


●《トゥアハデ》

 『双頭の雄鹿』の実働部隊。世界各国の特殊部隊から引き抜いた兵士で構成されており、長のフォレスターが自ら選んだ幹部“銘あり”が数人存在する。

 現時点で確認されている“銘あり”は『キッホル』、『クロム・クルアハ』、『ヌアザ』、『モリガン』、『ディラン』、『スェウ』、オヴェドの七名。

 現時点で『キッホル』、『クロム・クルアハ』、『ヌアザ』の三名は死亡。

 また、なぜかオヴェドは名を与えられていない。

 合衆国安全保障局(USSA)へのサプライズプレゼントが発動してから、二時間後。


「ミス・ローズ、真ん中を歩いてください」


 クルテクは、前を歩くローズ・カマーフォードの肘にさりげなく手を添えた。


「今回の我々は、あなたに依頼された交渉代理人の弁護士という体ですので。端を歩かれると不自然だ」


「すみません……ごほん。失礼しました、モール弁護士。こういった場にくるのは初めてでして、つい気後れしてしまいますね」


 態度をすぐさま、それもごく自然を装って修正する令嬢の胆力に、内心舌を巻きつつ合わせる。


「我々もですよ。むしろ我々の方こそ、若いご婦人の影にコソコソ隠れて申し訳ない」


「ふふ、構いません。私が言い出したことですもの。大統領閣下にはなにがなんでも特区への攻撃を中止してもらわねば。空気の読めない世間知らずで傍迷惑な女といわれようと、今回の国の棄民への仕打ちは、あまりに目に余ります」


 急ごしらえの設定をさらりと演じる彼女に、クルテクは拍手を送りたくなった。


 絵に描いたような心優しい金持ちで箱入り娘のローズだが、彼女の能力は資金力だけに留まらない。

 上流階級出身の人脈を駆使して、あらゆる業界に顔が利くのである。


 特に政治界に関しては、幼少期から祖父主催のパーティーにくっついていって、参加者の顔を覚えたという。


「祖父が私たち孫に仕込んだ種の一つですよ。リベラルモーターズ社に連なる一族は、必ず幼少期からそういったお披露目会をするんです。将来の婚姻にせよビジネスにせよ、昔挨拶しにきた可愛い子供がいたという記憶は、十分話しかけるきっかけになります。

 加えて子供相手となると、参加者の方々も口が軽くなるものですから。いわば我々は、祖父が放った密偵だったんです。子供の頃はそんなことも知らずに、大真面目に取り組んでいましたけども」


 とローズは苦笑したが、リベラルモーターズ社は消え、カマーフォード家も没落した今なお、その祖父の薫陶は確実に生きているとみえる。


 でなければ、こちらの作戦を聞くなりすぐ知り合いの上院議員数名と連絡を取り、議会議事堂に直接乗り込むなどという大胆な手は取れまい。


 クルテクの方でも多少裏工作はしたが、にしたって野党で大統領批判材料が欲しい議員らの心情を巧みに利用する様はなかなかのものだった。

 見た目に反して実に強かな女性である。


「祖父の手腕を疎んじた時もありましたが……これが今、私にできることなら最大限発揮いたしましょう。大統領の緊急演説は三十分後です。特区での特別軍事作戦の進行状況の説明と、中西南部で発生した竜巻に関するものです。その退出直後を狙いましょう」


 堂々たるローズの言にクルテクは満足した。ひとまず、第一関門はクリアだ。


 けれど、問題がないわけではない。


「で、君はいつまでむくれているつもりだい」


 クルテクは真横を歩く人物に苦言を呈した。アンドレイ医師である。


 アンドレイは不機嫌を隠そうともせず、気難しげにしかめた顔をさらにしかめっ面にして睨んできた。


「逆に聞くが、どうしてこの状況で私の機嫌がよくなると思うのかね」


「事前説明ならしただろう」


「ああ、そうとも。だから腹を立てている。君の無神経さにも、私の無力さにもな」


 今にも舌打ちしそうな顔で、医師は周囲に人がいないか鋭く見回した。禿鷲が地上の獲物をまさぐっているような目でねめつける。


「現在の27番地の最大の欠点は、継戦能力がないことにある。いくらロバーチ一家からの支援があるとはいえ、外部から物資を補給できない以上、限界はすぐやってくる。となれば、短期決戦にすべてを賭けるしかない。

 ニコラスが離反者を出してでも頑として動かなかったのはそのためだろう。最後のこの攻勢にすべてを投入するために、物資を可能な限り温存したかったんだ。そして、」


 その時、向かいから一人の男が通りかかった。

 政府関係者だろうか。今にも人を縊り殺しそうな険相のアンドレイにぎょっとし、胡乱げな目を向けてくる。


 アンドレイは男と通りすがる瞬間、盛大にくしゃみをした。

 それを見た男は「くしゃみを我慢したかったのか」と納得した様子で頷き、そのまま歩き去っていった。


「演技が上手いじゃないか」


「素だよ。私は花粉症なんだ」


 ポケットから取り出したティッシュで豪快に鼻をかみ、アンドレイは話を続けた。


「そしてこの状況下では、現場での医療も限られる。民間医と軍医の仕事は違うからな」


「その通りだ。君ら民間医の仕事はただ患者を治すことだが、軍医の仕事は治療だけじゃない。“より早く負傷した兵士を前線に戻し、兵の損耗を抑制する”ことだ。

 医療物資もなけりゃ、医師もいない。勝敗はどうあれ、短期決戦で事がすべて決まるなら、兵士を前線に戻したところで大した効果は得られない。

 それなら君には、こちらの交渉に参加してもらった方がマシだ。国防高等研究計画局(DARPA)の元研究員だった君以上に、告発人として最適な人間はいないからね」


「ああ、そうだろうとも。だから私はお前を心底恨む。お前のせいで、私の患者が何人も治療も受けられずに死ぬ」


「ご自由にどうぞ。それが僕の仕事だ。ともあれ――」


 所定の位置に到着したクルテクは、腕時計を確認した。大統領との接触まで、あと二十分。


「ドクター、君には現場医療とは別の形で活躍してもらいたい。この国に巣食う、USSAという名の悪性癌の除去だ」


「次の患者は国というわけか。いいだろう。私は私の治療をするまでだ」


 大統領の退出を待ち構えるマスコミの一群から距離を取り、近くの柱にさりげなく身を隠す。

 ローズが話をつけた議員が指定した待ち伏せポイントだ。


 マスコミの追及を振り切ったところで議員が話しかけ、こちらの場所まで誘導するという手筈である。


 それを聞いたアンドレイは眉をしかめた。


「その程度のお膳立てで大統領に話しかけられるものなのかね? シークレットサービスに追っ払われるだけじゃないのか」


「そうならないよう、君に正規のIDを持ってきてもらったんだよ。君は前回の和平交渉の際に、メディア放送もされているからね。

 USSAは即座にデマだと吹聴したが、実は政権内でも真偽を巡って揺れているんだ。そこに本物のDARPA元研究員の告発、しかも特別軍事作戦絡みとなれば、大統領も足を止めざるを得ないさ。

 無論、CIA(こちら)側からも手は打ってある。何も知らない議員たちは酷く驚くだろうがね」


「なるほど。で、現場の方は? 例の三枚目の切札、本当に発動するのかね」


「ああ。すでにウェッブ軍曹にも伝えたが、アーサー・フォレスターは必ず陣頭指揮を執ろうとする。()()()()()()()()()()ためにね。必ずセントラルタワーに居座るはずだ。

 実際、現時点で一番安全な場所でもあるしね。ヘルハウンドさえ傍においていれば、27番地は彼を砲撃できない。――発動条件はこれ以上ないほど整ってるだろ?」


「となれば、あとは軍曹次第か。ならせいぜい彼の成功を祈るとしよう」


 その時だった。にわかに慌ただしい足音が聞こえ、マスコミがざわつき始めた。


 予定より演説が早く終わったのかと見るも、議事堂の扉は固く閉ざされている。むしろマスコミたちは議事堂と反対側のこちらを指さして騒いでいた。


 その指さす方向を見て、クルテクは深く溜息した。


「……どうも第二関門の突破はなかなか骨が折れそうだな」


 廊下の窓の向こうに見える議事堂正面の広場を、黒の一団が横切ってくる。

 その先頭には赤毛の妖艶な美女。モリガン率いる『トゥアハデ』からの交渉妨害だ。


 文字通り、力づくで。




 ***




「地上侵攻部隊、以前混戦のまま! 特区内武装勢力が食いついて離れませんっ」


「報告! 地上侵攻部隊の退路に27番地民兵()が出現、こちらの撤退を妨害しています!」


「いつの間に……!? 自爆ドローン部隊はなにをやっている!」


「武装勢力出現の際の混乱に乗じて包囲網を突破されました」


「武装勢力ごと吹き飛ばせないのか?」


「それが……敵もそれを認識しているらしく、地上侵攻部隊の陸軍と絶妙な距離を保ったまま追撃しています。いわば、陸軍が自爆ドローンの盾にされている状態です。今のところ敵は陸軍を攻撃していないようですが、こちらも武装勢力の猛攻で相手をしている余裕がなく……」


「海兵隊は? 渡河作戦はどうなったんだ?」


「馬鹿言え! こんな大混戦状態の中、新戦力を投入できるかっ。何がなんだか分からないまま混乱して、撤退する羽目になるのがオチだ」


「トゥアハデの対空部隊にも攻撃が相次いでいます。これでは敵防空システムの撃墜どころではありません。それどころか包囲されつつあります。各部隊から指示を請うとの声が――」


 状況悪化報告(バッドニュース)ばかりが響く議事堂内から離れ、フォレスターは腹心オヴェドに耳打ちする。


連邦捜査局(FBI)と地元警察の動員は」


「招集はしています。ですが避難誘導担当のミシガン州兵との連携が上手くいっていないようです。本当になさるおつもりですか?」


 オヴェドの不安げな確認はもっともだった。フォレスターがこれからやろうとしていることは、連携の取れてない複数組織の手に負える代物ではないからだ。


 しかし、フォレスターはすべきと判断した。


「構わん。地上侵攻部隊の戦線に穴を開けさせろ。そこに特区内武装勢力の攻撃を受け流す。連中の目的は特区脱出だ。逃げ道ができたとなれば、そこに殺到するはずだ。

 そこを陸軍の砲撃で一網打尽にし、生き残りをFBIと警察に検挙させる。軍へ提供中の情報内容をただちに修正しろ。こちらの作戦通りに誘導する」


「特区内の犯罪者をアメリカに解き放つつもりか」


 それはオヴェドからの返答ではなかった。


 フォレスターは振り返り、その声の主の意外さに少なからず驚いた。


 五大マフィア最弱一家、自ら国へ(くだ)ったインディアンギャングの総統。ミチピシ一家当主のオーハンゼーは、ここ数日で十歳ほど老け込んだようだった。

 守り神とかいうお供の鷲を射殺されてから反抗心もなくしたのか、ずっと大人しかったはずだった。


 喋る枯れ木のような風貌の老人は、しかして目を異様にぎらつかせて歩み寄ってきた。


「これ以上、我が身の醜態を国民に晒せぬという見栄は理解しよう。アメリカが誇る四軍を集結させてなお、弱小悪党の烏合の衆に適わぬとなれば、国の面子は丸つぶれだからな。

 だが特区なる犯罪都市の巨悪の打倒を大義に掲げ、我らに宣戦布告してきた貴様らが聞いて呆れるな。その巨悪に無辜の民を差し出すか」


「巨悪はすべて排除する。何年かかろうと、必ずだ。君に心配されずとも、我々は初志を貫徹する。で、要件はそれだけかね? 小言を言いたいだけなら席に戻ってもらおう。

 武力も権力も後ろ盾もない君らに、我々はなにも期待していない。大人しく自領を地上侵攻部隊の橋頭保として提供してくれればそれでいい」


「そのことで話をしにきた」


 その返答に、フォレスターは眉を吊り上げて続きを促した。オーハンゼーは歩み寄る途中でよろめいた上半身を誤魔化すように背筋を伸ばし、ゆっくり丁寧にこちらへ向き直った。


「その逃がそうとしている悪党の掃討に、我が領を使え」


 驚きがなかったといえば嘘になる。その意図と腹の内を推し損ね、「理由は?」とフォレスターは尋ねた。


「そうすることで、君にメリットがあるとは思えないが?」


「大いにある。貴様の言う通り、我らは国側へついた。となれば、貴様らには完勝してもらわねば困る。苦戦も辛勝もならぬ。圧勝でなければ、国側へついた我らの評価も地に堕ちる。国内で生きる先住民の血を継ぐ同胞もだ。

 これだけの戦力をそろえておいて、特区内で掃討しきれず、国内に流出させた貴様らが、特区に打ち勝ったといえるか? 言えぬであろう」


「その通りだ。で、君らになにができる? 土地を提供するだけか?」


「貴様らが望むのであれば、我が兵力をその掃討戦にすべて差し出そう。もっとも、貴様らはまるで期待していないようだが」


「拗ねるふりは結構だ、カレタカ・オーハンゼー。こちらが譲歩することなどないからね。君だって、こちらの命令で強制的に従わせられるぐらいなら、自発的に動いた方が得との判断だろう?」


「ふん! 分かっているなら結構。それに我が領には現在、特区警察の全職員が待機中であろう。奴らの本音はミチピシに避難した、といったところだろうが……国から金と役目を与えられている以上、みすみす給料泥棒させておく理由もあるまい。

 奴らでは不足というのであれば、今言った特区外で待機させている地元警察とFBIも入れるがよい。従来の三等区だけでなく、我が領すべての通行を許可しよう」


 フォレスターはその真意を勘ぐった。


 話の整合性は取れているし、指摘も正鵠を射ている。改善策も現実的だ。だが、この老人の話に乗っていいものか。


 目の前にいるこの老人は、短期間ではあるが養母の『盲目の(ブラインド・ウルフ)』と一緒に、あのラルフ・コールマンを育てた張本人。

 あの食わせ者を育てた男が、こうも大人しく従うものだろうか?


 フォレスターが押し黙って考え込んでいると、オーハンゼーは詰め寄るように間を詰め、ドン、と足を踏み鳴らした。


「貴様の疑いなどどうでもよいが、一つだけ言っておこう。我らはこの地を愛している。アメリカ人より遥か昔からずっと。

 インディアンの名を継ぐ者として、またこの大陸を汚すわけにはいかん。汚物はこの特区内で除去すべきだ。貴様が応えぬのであれば、こちらで勝手にやるぞ。よいな?」


 その煌々とぎらつく眼光を見て、フォレスターは了承することにした。折れたのではない。老人の思惑はどうあれ、その言葉に嘘偽りはないと判断したためである。


 それに、万が一ミチピシがこちらに刃向ったとて、大した脅威にはなり得ない。


「承知した。では、一時、君の土地をお借りすることにする。ただし、掃討戦の指示はこちらでやる。君らはそれに従うように」


「心得た」


 そう言うと、オーハンゼーはさっさと身を翻して議事堂へ戻っていった。


 その一瞬、こちらへ投げた一瞥の鋭さに、フォレスターは総毛だった。手負いの獣のような目、あんな気骨をまだ残していたのか、あの老いぼれは。


「オヴェド」


「分かっています。オーハンゼーの動向はこれまで以上に警戒をもって注視します」


「頼んだ」


 そう言って、議事堂へ戻ろうとしたその時。一人のUSSA局員が堂内から飛び出してきた。それも、基本決して席を離れるはずのないオペレーターが。

 それほどの事態ということは、彼の顔をみれば火を見るより明らかだった。


「長官、大変です。たった今、トゥアハデ前線部隊が敵偵察ドローンの一機の鹵獲に成功したのですが――」


 それは、これまでの悪い知らせ(バッドニュース)を吹き飛ばすほどの良い知らせ(グッドニュース)だった。


 2()7()()()()()()()ニコラス・ウェッブから交渉の申し出があったというのである。


「敵はドローンを伝令犬代わりにこちらへ寄こしたようです。話しぶりから察するに、リアルタイムの会話かと。ニコラス・ウェッブは現在も、ドローンに搭載した通信機を介してこちらに呼び掛けています」


「今すぐ逆探知しろ。27番地の要は奴だ。奴さえ殺せば、敵は瓦解する」


「はっ。ただちに」


 そこからUSSAの動きは実に早かった。


 敵ドローンに搭載された通信機を逆探知、中継地点を特定し、そこへ部隊を急行。そこからさらに逆探知して、こちらに語りかけ続ける標的の位置を割り出した。


 即座に衛星画像で確認して、フォレスターは勝利を確信した。


 一見誰もいない、ただのホテルの屋上だ。ターチィ領一等区、零番地のセントラルタワーほどではないが、八十階建ての高層ビルで、こちらとの距離は一キロ未満。


 なんの変哲もない屋上に見えるが、その一角、ごく僅かに色の違う部分がある。


 偵察ドローンの超望遠映像を確認してみれば、ビンゴだ。色の違う部分は、高さ一メートルほどの構造物だった。


 頭上に張った板らしきものの上に、わざわざコンクリートを塗って屋上に擬態していたのだ。上空から見つからぬように。

 偵察ドローンの望遠映像がなければ、見逃していたかもしれない。


 その疑似屋上ともいえる敵陣地の暗がりに、小さな黒い物体が見える。熱線映像(サーマル)カメラに切り替えて確認すれば、それは対物ライフルだった。


 見つけた。

 間違いない。ニコラス・ウェッブだ。


 フォレスターはただちにトゥアハデ一個中隊分を急行させた。

 加えてすでに現着済みの自爆ドローンを四機、敵に気づかれぬよう近隣建物の屋上に着陸させ、身を隠させる。


「部隊が到着次第、始末しろ。確実にだ。時間は私が稼ぐ」


 そう言って、フォレスターはようやく通信機マイクを手に取った。


「USSA長官、アーサー・フォレスターだ。要件を聞こうか、ニコラス・ウェッブ」




 ***




 その声を聞くなり、ニコラスはすぐさま同部隊の通信兵を振り返った。通信兵は力強く頷いた。


「声紋の確認が取れた。間違いないぜ、アーサー・フォレスター本人だ」


 ニコラスは心底安堵するとともに、込みあげる歓喜を必死に飲み込んだ。


 第三の切札は発動した。


 あとは、奴に弾丸を打ち込むだけ。そしてハウンドを――。


「こちら27番地統治者代理、ニコラス・ウェッブだ。フォレスター長官、あんたに話がある」


 ニコラスはマイクを手に、そう切り出した。

次の投稿日は3月28日(金)です。

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