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今回は人物が多めに出てきます。
分かりにくいため、五大マフィア各当主は一家名で表記しています。
(例:ヴァレーリ一家当主 → ヴァレーリ)
こう来たか。
ハウンドは手元のスマートフォンに表示された最新ニュースに臍を噛んだ。やられた。連中の狙いは最初からこれだ。
USSAは大統領直轄の組織だが、現在の大統領は特区への介入に弱腰だ。前政権が行った《特区事業振興計画》――失業対策と謳い失業者を特区へ移住させた、実質的な棄民政策への負い目もある。
さらに中流階級から低所得者の支持を得て就任した大統領は、棄民へ強硬策を取ることによる支持率低下を恐れている。
であれば、USSAが取る手段は一つ。あの偽物FBIは自ら捕まりに来たのだ。拉致されたFBI捜査官の救出と銘打てば、特区で堂々と活動できるし、大統領も説得できる。
実際、ニコラスは見逃しているのだが。
「どしたのヘル、顔怖いよ?」
「元からだ」
「そんなことないよ。ヘル、今は可愛い系だけど、あと五年したら美人系になるニオイがぷんぷんするもん」
ヴァレーリ当主の軽口を聞き流し、ハウンドはともかく目の前の光景に集中した。
五大会合、開催真っ只中である。
広い会議室だが窓は一つもない。密室には巨大な円卓があり、席は領土と同じく時計回り。自分の位置はヴァレーリ当主とロバーチ当主の間だ。
隣のロバーチ当主が持ち込んだ議題に耳を傾けつつ、頭の中で今後うつ手を思案する。
USSAの目的は考えうる限り二つ。
一つは特区における主権の回復。
特区はもともと、国内最大の低課税地域として合衆国自らが手塩をかけて育てた国営自治区のはずだった。それを五大マフィアに掠め取られた。奪われれば奪い返そうとするのは必然。仮に奪い返せなくとも、五大当主が全員親合衆国派になるよう画策はしてくるだろう。
もう一つは自分だ。
――よっぽどアレを取られたくなかったみたいだな。
黒革張りの簡素な手帳。成人男性の掌に収まる程度のそれの中に、国家の機密情報とイラク戦争の全てが詰まっている。
くだらない。
ハウンドはほんのり冷笑した。そのごく僅かな変化に気付く者はいなかったが、声をかけた者はいた。
「で、そこの雌犬はなぜここにいる? 俺は出席も発言も許可した覚えはないが」
メキシコ生まれの麻薬カルテル『シバルバ一家』当主こと、リカルド・ルイス・ガルシアは冷ややかに嗤うが、ハウンドは返答しない。
この尊大なひげ面おっさんが突っかかってくるのはいつものことだ。
「ヴァレーリとロバーチの若造に尻尾を振るのは結構だが、いい加減身の振り方ぐらい覚えたらどうだ。ヴァレーリ、ロバーチ、お前らもだ。そのなりで女の調教の仕方も知らんのか?」
「あはは。女は殴っときゃ言うこときくと思い込んでるいかにも野蛮人らしい意見だねぇ。そう言って、いつも率先して噛みつかれてるの誰だっけ?」
「躾ならお前の部下の方が先だろう。最低限の統率ぐらいとれるようにしておいたらどうだ」
「ああ? 近頃の白豚どもは口のきき方も知らねえのか」
「その辺にしておきな、坊やたち」
三人の当主を嗜めたのは、中華系マフィア、黒社会の『ターチィ一家』当主、ヤン・ユーシンである。妙齢の婦人に見えるが、実年齢は60歳を超える老婆だ。
「特区27番地に限定し、代行屋『ブラックドッグ』を支配者として認める。これはもう三年前に決定したことだ。今さら蒸し返すんじゃないよ。なあ、ミチピシ」
名を呼ばれた『ミチピシ一家』当主のカレタカ・オーハンゼーは無言のまま。そもそもハウンドはこの厳格な老人が口を開いたところを見たためしがなかった。
四対一。ハウンドに有利かと思いきや、シバルバは引き下がらなかった。
「なら今回の不始末の言い訳を言ってみろ雌犬。――FBI捜査官を拉致したそうだな? すでに報道もされてるぞ。どういうつもりだ」
場の空気が瞬時に低下する。五対の鋭利な視線が突き刺さる中、ハウンドはくわぁと大欠伸しただけで、シバルバの眉間に青筋が浮かぶ。
「てめえおちょくるのも大概にしろ。それとも痛い目見ないと分からねえか?」
「許可は?」
「はあ?」
「出席にも発言するにも許可がいるんだろ? それが無いのに喋れと言われても困る」
そう返すとシバルバは黙り、ヴァレーリは物凄い勢いで顔をそむけて肩を震わせた。ロバーチはふんと鼻を鳴らし、ターチィはあちゃーと天を仰いでいる。が、知ったことではない。
「ふふっ、あー笑った。で、本当なのヘル。あ、発言は許可するよ」
にこやかなれど有無を言わせぬヴァレーリの問いに、ハウンドは首を振る。
「確かにうちの助手がFBI捜査官らしき人間を一時的に捕えはしたが、拉致はしてない。あとうちに来たのはFBI捜査官じゃなかった」
「ふん。ガキでももう少しうまい嘘をつくぞ」
「シバルバ、いちいち突っかかるのはやめとくれ。話が進まないじゃないか。で、FBIじゃないというのは?」
「助手が捕らえた男と、その男が持っていた捜査手帳の顔写真が違ったそうだ。詳しくは知らん。私も報告でしか聞いてないからな」
「ならその男を呼び出せ。今すぐだ」
「私もこの件に関してはシバルバに賛成だねぇ。坊やたち、ミチピシ、いいね?」
ターチィの問いにヴァレーリとロバーチは頷いた。
「もちろん大賛成。俺、ヘルの新しい助手まだ見てないし」
「元海兵隊だそうだな。興味がある」
ミチピシは何も言わない。肯定も否定もせず、彫像よろしく微動だにしないのが常だ。議題は決した。
ハウンドは渋々スマートフォンを取り出すと、履歴から助手を呼び出してスピーカーモードにする。
コールは三回。各当主が固唾をのんで見守る中、通話がつながる。
「あー、ニコ? 悪いんだけど――」
『お嬢か!? すまん! いま大変なことになってて……!』
出たのが助手ではなくクロードであったことにハウンドは顔をしかめた。しかも背後からは「早く逃げろ」などと慌てふためく人々の声もする。
「何があった?」
『あのな――』
『おいクロード、ハウンドからか?』
クロードの言葉を遮り、ようやくお目当ての人物の声が聞こえた。やけに低く抑えた口調だ。
『貸せ』
『えっ、いやけど今は』
『いいから代われ。……ハウンドどうした』
「そりゃこっちの台詞だ。何やってんの」
『クレイモア地雷の除去だ』
沈黙。
「……ごめん。なんて?」
『クレイモアだ。あの国際条約で禁止されてる指向性対人地雷。ワイヤートラップのやつ」
「いやそれはいいけどなんで? てかうちクレイモアなんか買ったっけ?」
思わず27番地の主な武器取引相手たるヴァレーリとロバーチを見るが、二人はそろって首を振った。
いや、そもそも。
「なんで地雷除去なんかやってんの?」
『クロードの馬鹿がシバルバ一家から盗んだ武器をそのまま木箱の中に突っ込んでたんだよ』
「はあ!? 何してくれてんだテメエ!」
「マジで? やるじゃんクロード」
「褒めてんじゃねえ!!」
唾をまき散らしながら怒鳴るシバルバに顔をしかめていると、ニコラスが超絶不機嫌に唸った。
『どこがだ。安全ピン抜けかかってんだぞ。しかもよりにもよって弾薬の箱に入れやがって。作動したら弾薬に引火してカフェ吹っ飛ぶわ』
「ええ? カフェの前でやってんの? よそでやってよ」
いや、そういう問題じゃねえだろと周囲から無言のツッコミが入るが、ハウンドは無視する。
「あ、ニコ良いこと思いついた」
『嫌な予感しかないがどうぞ』
「その木箱27番地にあるヴァレーリの関所に持っていこ。んでそこで起爆しよ」
「ちょっと待ったぁ――!?」
泡を食ったヴァレーリが立ち上がるが、これも無視する。すると隣のロバーチから合いの手が入った。
「ヘルハウンド、関所北東の建物脇にあるガスタンクの横に置いてこい。いい具合に吹っ飛ぶぞ」
「ちょっと黙っててくれないかなポンコツ・イワン!?」
「おい雌犬無視するな! どこから盗んだ!? てか覚悟はできてんだろうな!?」
「やれやれ騒がしいねえ」
「………………それより先に領民の避難は済んだのか?」
ぎゃーぎゃー騒いでいた五大がミチピシの言葉にしんと静まり返る。ハウンドも真顔で凝視した。
こいつ、口がきけたのか。
『………………これでいいか。……よっと』
『ちょっ、なに持ってんだニコラスッ!?』
『いや安全ピンはめてるから……』
『本当か? 本当にもう爆発しない?』
『大丈夫だって。応急処置だが安全ピン抜けないようにテープで固定した。てかクロード、お前反省してねえだろ』
『したした滅茶苦茶した。マリアナ海溝より深く反省した』
『はあ……。で、ハウンドなんだって?』
ニコラスが嘆息したところでようやく本題である。
初っ端から随分な挨拶になったな、などと思っていると、突如、会議室の扉が開いた。
「失礼いたします」
「おい。当主以外は入れない決まりだぞ」
「むろん承知しております」
シバルバの叱責に、男は蒼褪めながらも平身低頭で入室を請う。
「そのうえで火急の案件と判断いたしました。首領、報告です」
「いいよ。なぁに」
男はヴァレーリの構成員だったらしく、素早く歩み寄ると耳打ちした。ヴァレーリは一瞬目を見開き、にんまりと笑った。
「どうもヘルの言ったことは正しかったみたいだね。一時間ほど前、うちのモグラがFBIミシガン支部に謎の武装集団が敷地内に出入りしたのを目撃したってさ。武装集団のうち半数以上は国防省の人間だったそうだ」
全員に緊張が走った。FBIの管轄は司法省。よほどのことがない限り、国防省の人間は出入りしない。となれば、考えうる可能性は一つ。
合衆国安全保障局が動いた。
『おいハウンド。そこにいるのってもしかして……?』
「五大各一家の当主だ。あと27番地全域に第一級特別警報を発令してくれ。一雨くるぞ」
向こうで息をのむ気配がしたが、それ以上の反応はなかった。予想していたか。
「武装集団の正体はUSSA実働部隊の特別行動部隊(Special Opration Group )だ。私が帰るまでに最大限の備えをしておいてくれ」
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