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〈2014年1月16日 午前14時12分 アメリカ合衆国ミシガン州 特区44番地(ミチピシ領三等区)〉
ハウンドから送られてきたメッセージ内容に、ニコラスは剣呑な面持ちのまま指先を画面に滑らせた。
「骨工場の次は臓器工場か」
「いきなり幸先悪いな。ハウンド、大丈夫そう?」
ケータの問いにニコラスは首を振った。
分からない。そもそも彼女は調子が悪い時ほど隠そうとする傾向がある。電話をかけてみるが、出ない。
「……後でもう一回かけてみる」
「それがいい。それにしても、これで行方不明者は残り三名か、随分少なくなっちまったな……」
そうだな、とニコラスも嘆息を重ねた。
シバルバ在住の元27番地住民から救援要請を受けて早10日、すでに十数名の死亡が確認されている。
しかもその最期は尊厳もへったくれもない、家畜のように人間を解体して売り捌かれるという非業の死ばかり。
ハウンドの精神状態が心配だった。
通知音が鳴った。見ればハウンドからで、今は話せない場所にいるので移動する、40分後にかけ直すという具体的な内容だった。絵文字もついている。
ニコラスはほっと肩の力を抜いた。ケータが微笑ましげに目を眇めた。
「よかったな」
「ああ。この様子だとまだ暴走はしてなさそうだ。早く片付けて合流しよう」
「だな。そのためにも、まずはこっちだな」
ケータに促され、ニコラスは改めて眼前の光景に向き直った。
到着した三等区こと44番地は、街並み自体は16番地と大差ない、相変わらず“三匹の子豚”仕様の三種類の家が乱雑に居並ぶ住宅地だった。
二つ、全体的にみすぼらしいのと、街全体を包む異様な緊迫感を除けば。
ニコラスは、ペレスと話す協力者――例のシバルバ幹部から入手した情報によると『通報者』――を見た。
落ち着かなそうに視線を左右に飛ばす、腕を組んだメキシコ系アメリカ人の中年女性だ。
身なりは悪くない。が、どこか張りぼてな印象を受ける。
それは、ぬかるんだ地面にヒール靴で立っている点や、上下色の合わないブランド服を着ている点、崩れた化粧をそのままにしている点から伺えた。隙が多いのだ。
本物の金持ちというのは、時と場所を弁えた、自分に似合う服装を身にまとうが、成金もしくは貧乏人は、そうではない。
実母がそうだった。貧乏人と思われるのが嫌なあまり、「これさえ身につければいい」という発想から、やたらブランド物やその場にそぐわぬものを身につけてしまう。
そういう意味で、物はいいのに似合わない服を着た女性、というのが第一印象だった。
次いでニコラスは、女性の背後に目をやった。
女性と同じく、上級市民とみられる住民が十数名たむろしているが、そこに自分たちを歓迎する空気は微塵もない。
「なんか、さっさと出てってくれって感じだな」
居心地悪そうに足踏みするケータに頷く。これは長居は無用だろう。
「見たとこ、ペレスが言ってた上級市民に当たるんだろうが、割と金はありそうだな。三等区だってのに」
「だよな。こう言っちゃなんだが、おたくんとこよか良い暮らししてそうだ」
「27番地は防衛費にかなり予算を割いてるからな」
「分かってるって。悪口を言ったんじゃない。俺はおたくらの街が好きだ。みんな笑ってるからな。けど、ここはそうじゃない。笑ってる人もいるんだけどさ……なんか“今は危険じゃないから安心して笑ってるだけ”みたいな」
落ち着かない、と呟くケータの観察眼に、ニコラスは舌を巻いた。
ちょうど感じていた違和感を言語化してもらった気分だ。警官として培った勘のなせる業なのだろう。
そう、これまで見てきたシバルバの住民は、みな笑っていない。
特区という犯罪都市において、27番地のように朗らかに笑う人間は多くないのは、十分承知している。ましてや余所者となれば警戒されるのは当然だ。
けれど、これまでニコラスが観察した限り、シバルバの住民は身内同士ですら笑わないのだ。
それどころか会話もどこか事務的で短く切り上げる傾向があり、道端で世間話に興じる住民はまず見当たらない。視線すら合わせていない場合もある。
これが同じぐらいの階級と思しき住民同士でも、しかも生活にさほど苦労していなさそうな上級市民さえも、この調子なのだ。
――まあ、この有様じゃな……。
ニコラスは足先に転がっていた物を蹴飛ばした。
それは小石ではなく、空薬莢だった。
通りの至る所に空き缶や吸殻と同じ顔をして、空薬莢が無造作に転がっているのだ。
居並ぶ住宅の壁や塀には、弾痕に焦げた跡、下手すると黒い染みが飛び散った後まで残っている。
以前から、割拠する地元ギャングをシバルバ一家が片っ端から討伐しているとは聞いていたが、ここまでとは。
この薬莢量になりふり構わぬ弾痕をみるに、住民にも少なくない被害が出ているだろう。蹴飛ばしたものもまだ新しかった。
そのうえ今度は住民の連続失踪に、死肉喰らいの野犬、骨工場だ。特区の中でも、ここの治安は最低を争うだろう。
住民が常に気を張り詰めているのも、無理もない。
「ねえ本当のことを言ってちょうだい。あいつらは何をしたの? どうして急に捜査なんてしに来たの? これまでずっと、私たちがなにを言っても自警団もシバルバも来なかったじゃない」
「落ち着いてください、マダム。私は4番地自警団でして、本来は所属区域以外の活動権限はないのです。今回は特別に――」
「だからその特別をどうして今までしなかったの!? もう二年よ、二年もあそこに居座って怪しげなことばかりして……! ええ、もう言わなくて結構よ。あいつらが何をしたのか、みんな知ってるもの。私たちは耳がいいのよ。ほら、心配してた通りになったじゃない。なんておぞましい。これだから下級の連中は他所へやってと、何度も訴えてきたのに……!」
眦を吊り上げた女性の声は、もはや金切り声だ。完全な恐慌状態である。
これはマズい。
そう思っていたら、ケータの方が先に割って入ってくれた。
「まあまあ、そう言わんでやってください、マダム。彼ら自警団もシバルバ一家のお許しがないと動けんのですよ。これまでご苦労かけた分、今日は誠心誠意、大真面目に働きますから。多めに見てやってください」
それでも怒り心頭の女性は、割り込んだ闖入者を容赦なくギッと睨むが一転、戸惑った表情を浮かべた。
ケータの武装と服が、特区警察のものだったからだ。
シバルバ一家は特区設立当初より特警の駐在を拒んだため、住民は特区警察を見たことがない。ゆえに特警がお飾り組織である実態を知らないのだ。
これが功を奏した。
女性は期待に目を輝かせて、ペレスではなく、ケータへ懇願し始めた。
外部から応援が来たと思ったのだろう。
「辞めたのに着てていいのかな」などとぼやいていたケータだが、今回ばかりはファインプレーと言っていいだろう。
女性を皮切りに集まってくる住民を、ケータは戸惑いながらも穏和な笑みを湛えて上手くさばいていく。
詰問から解放されたペレスがほっと息をついた。
「大丈夫か」
「ええ、まあ。慣れてますから」
「いつもこんな感じなのか」
「いや、私が下級市民なせいでしょう」
「下級? お前、ラティーノだろ」
ニコラスは不躾と知りつつも、いま一度、ペレスの顔と全身を眺めた。
赤茶けた黒髪に褐色の肌とダークブラウンの瞳。それに、スペイン語訛りの英語。どう見たってラテン系アメリカ人――ラティーノだ。
そしてラテンアメリカ出身の者は、シバルバでは上級市民に該当するはず。
けれどペレスは苦く微笑んで首を振った。
「言ったでしょう、ここでは人種・出身だけでなく、住んだ年数によって階級分けされると。シバルバでは、この居住年数が一番階級に影響するんです。私は他領から移住してきた棄民ですから」
「けどこいつらだって棄民だろ」
「いいえ。シバルバ領に棄民はいませんよ。移民や我々のようなのを除いてね」
棄民がいない?
どういうことだ、と、問うより早く、ペレスはケータの元へ歩いていってしまった。
仕方なくニコラスは顎に手を当て、一人、これまでの情報を整理した。
シバルバ一家の主な収入源は麻薬。だが数年前に、その生産地を抑えられた……。
上納金の徴収額を減らして、積極的に移民を受け入れている……。
特区設立以前からの治安悪化、逃げるだけの金があった連中は土地や権利を売っ払って退避……。
そして、この住民の露骨な人種差別、金持ちに見えない上級市民に、棄民のいない街……。
ニコラスは再び、女性らの一団を見やった。
もしや。
この上級市民、元は特区設立時に逃げ遅れた貧困層なのか――?
「お願いします、お巡りさん。早いとこあいつらを捕まえて頂戴。いつまで経っても安心して眠れないの」
「お任せください、マダム。我々にできる限り、何とかしましょう」
「ああ、これでやっと街に平和が戻ってくるわ。せっかくガルシア様から頂いた土地だというのに、こんなに荒れてしまって……」
「ガルシア様?」
聞き慣れない、それも敬称までつけられた名に、ケータがきょとんとした。
女性や住民らは知らないのかとばかりにどよめき、説明した。
一方、ニコラスは説明を聞くまでもなく、その名を知っていた。だからこそ耳を疑った。
ガルシア。それも『様』をつけられるほどの人物となると、このシバルバには一人しかいない。
リカルド・ルイス・ガルシア。シバルバ一家を統べる現当主だ。
――世辞、ではないな。本気で慕ってる目だ。ならシバルバ住民は当主を支持している……?
確かに特区で五大マフィアを慕う人間は少なくない。だがそれは、五大のおこぼれを預かれる、ごく少数の人間で、大抵が一等区市民だ。
一方ここは三等区、それに上級市民の部類とはいえ、女性らの外見はお世辞にも利益を得ているにしては貧相すぎる。それにこの街の有様。
なぜ。
その疑問に答える前に、どこか寝不足そうなカルロが、億劫そうに歩み寄ってきた。
「情報交換は済んだか。さっさと片づけたいんだが」
言うが早いか、女性ら住民がそそくさを回れ右をして散っていく。その様を見て、カルロが低く鼻を鳴らした。
「シバルバの虫どもは勤勉だな」
「そんな言い方ないだろ。彼らは俺たちに通報してくれたんだぞ」
「通報? 密告の間違いだろ」
カルロの言いざまにケータが憤慨する。それでも押し黙っているのは、言ったところで悔い改めることなど決してしない男だと見抜いているからだろう。
自分も同感だ。マフィアに向かって、良心に訴えかけるなど時間の無駄だ。
見れば、すでにカルロとセルゲイは部下らを集め、各々指示を飛ばしている。
シバルバによる五芒星条約違反の疑惑が浮上したため、ヴァレーリ・ロバーチ両家の独自捜査が許可されたのである。
「シバルバの許可なしに動けるようになったのはいいが……その割には随分な余裕だな。多少、妨害はしてくると思ったんだが」
ニコラスは数ブロック先の十字路、数台がたむろする即席武装車輛の周りに集まるシバルバ一家構成員に目を眇めた。
小銃なら射程範囲内だが、彼らが武器を手に取る様子はない。手ぶらのままじっとこちらを遠巻きに見つめている。
この情報を寄こした (というか、こちらが奪った)16番地の幹部も、碌な抵抗がなかった。
「流石のシバルバも特区の双璧相手じゃ分が悪いんじゃないか? どのみち、大人しくしてくれるんならありがたい話さ」
本当にそうだろうか。
ケータの意見に耳を傾けながら、ニコラスは一向に気が晴れなかった。
***
「おいおい、連中のアジトってこれか?」
セルゲイが呆れ切った様子で振り仰いだ。
それは、ただの屋外駐車場だった。
本来各フロアに居並ぶ車両が見えるはずのコンクリート壁の隙間には、ベニヤ板、トタン、鉄板が所かまわず打ち付けられている。
カーテン代わりなのか、中には毛布でしか覆われていない部分もあり、素人仕立ての煙突が雑草のごとくところどころに生えて白煙を噴き出している。
例の骨工場を生み出した殺人鬼が暮らす場所としては、あまりに所帯じみている。逆に親近感がわいてきて薄ら寒い。
「ひとまず摘発は摘発だ。リーダーが居たら優先で連れてこい。居たらな」
「んじゃま、いつも通りやっちゃってー」
セルゲイとカルロの指示に従い、数個分隊の両家の武装部隊が即席の集合住宅に荒々しく闖入する。
散発的な銃声に混じって、女子供の悲鳴、怒号が聞こえ始めた。
ニコラスは後ろめたい気持ちで立ち尽くすしかなかった。
骨工場の犯人がいるとしても、市民を銃で小突き回すのは気分のいいものではない。こればっかりはどうしても慣れる気がしなかった。
ケータに至っては本来これらに対抗する側だった分、ますます顔色が悪い。
こうなってはせめて、犠牲者が最小限で済むことを祈るしかない。
「おうい、あんたら。まだ生きとったんか」
しゃがれ声に顔を上げて、ニコラスは目を丸くした。
以前、16番地で見かけたトウモロコシ売りだった。ジャックとウィルを気遣って隠れるよう警告してくれた、新大陸生まれの白人の初老男性だ。
「おう、おっさん。昨日ぶりだな」
「おうよ。例のガキどもはどうした。置いてきたか?」
「まあそんなところだ」
本当を言うと、ジャックとウィルは変わらず車内から、飛行ドローンで周囲を偵察中だった。
周辺はヴァレーリ・ロバーチ両家の部下が数名守っているので、ひとまず安心だろう。
男は「そうか、そうか。まだ攫われてはおらんのだな」と、日に焼けて赤らんだ頬を撫で、朗らかに笑った。
だがそれも一瞬、すぐに表情を曇らせた。
「それで、これは一体なんの騒ぎかね」
「通報があったんだよ。ヴァレーリ・ロバーチ両家の人間を殺っちまった連中がいるんだと」
「ああ。上級の連中か。金の使い方も知らん未開人が偉そうに。儂だってラテンアメリカの生まれだぞ」
ブツブツと不平を垂らし始めた男の声は低くて聞き取りづらい。だがそこに、並々ならぬ激情が秘められているのは、容易に察しがついた。
「あんたは移民か」
「ああ。故郷の砂漠歩くよりはマシだと思ってここを選んだのが運の尽きさ。全くとんでもねえところだ。メスティーソにムラート、サンボ (新大陸の混血の人々)がデカい面で闊歩しとる。サンボはともかくメスティーソとムラートは白人の血が混じっとるくせに、儂みたいな純潔の白人は最下層だとよ。
しかも『これまで散々支配してきたんだからいいだろ』とかぬかしおった。ふざけとる。儂は生まれから育ちまで農民の根っからの貧乏人だぞ。一体いつの話をしておるのやら」
これは地雷を踏んだか。……いや、聞きだすチャンスか。
ニコラスはあえて話題に踏み込むことにした。
「ここでの白人の扱いってのは、そんなに酷いのか」
「ヒデエなんてもんじゃねえさ。あんたらのガキどもにも言ったろ、犬猫以下って。うちの女房と娘は三年前に出かけに行ったきり、帰ってきとらんよ。生きとんのか死んどんのかすら分からん」
「自警団に言わなかったのか」
「自警団? あら上級の連中が身の安全を守るために設立した護衛さ。儂ら下級の意見なんぞ聞くもんか。ずっとそうだ。これからもな。それなのに、棄民の連中がいなくなったら動きおって……くそっ、これでやっと風向きが変わったと思っとったのに。なんで儂らばっかり――」
男はそれきり、独り言のように怨嗟をひたすら呟き始め、それ以上を聞くことはできなかった。
得も言われぬ不気味さを感じて、ニコラスは身震いを堪えた。
いったい何なのだ、ここは。
と、その時。ヴァレーリ・ロバーチ両家の構成員が下手人と思しき数名を引っ立ててきた。
だが構成員らの表情は芳しくない。
下手人を壁際に立たせると、互いの上司の元へ耳打ちする。
それを聞くなり、カルロとセルゲイはしてやられたとばかりに天を仰いだ。
「解放だ。なんてこった。とんだ無駄骨だ」
「はーい、皆さん帰ってねー。次は問答無用でぶち殺すからねー」
二人に追い立てられ、下手人たちが迷惑そうに悪態をつきながら集合住宅へ帰っていく。度肝を抜かれたのはニコラスたちだ。
「ちょ、馬鹿っ。なんで返すんだ、せめて聞き取りを――」
「無駄、無駄。つーかこれ殺しても無意味だわ。キリがねえ」
「道理でシバルバの連中が余裕ぶっこいてるはずだわ。これなら摘発されても言い逃れが利く」
慌てて止めようとするケータに対し、マフィア組はそう吐き捨てた。そのうえで表情は引き締まり、剣呑なものになっている。
ニコラスは警戒心を最上限まで跳ね上げた。
「何があった」
「今回の一連の事件、すべて下級市民による独断だ。シバルバ一家は関与すらしてない」
「どーりで素人臭えと思ったわ。本当にアレで日銭稼いでやがったのか」
「恐らくだが、麻薬密売は完全にシバルバの管轄で、部外者を関わらせなかったんだろう。結果、食うに困ってアレを始めた」
「いや、それだけじゃねえ。恐らくモデルがいるはずだ。そもそも俺らと不干渉を貫くシバルバが麻薬だけで稼いでるってのが嘘くせえんだ。内陸で港もねえくせに。こりゃ麻薬以外に何かやってるぜ」
二人の会話に登場する、アレ、という単語に嫌な予感が募る。
それに、先ほどのトウモロコシ売りの発言。
――『……くそっ、これでやっと風向きが変わったと思っとったのに』――
「まさか、下級市民は棄民を『商品』にしてたのか……?」
ニコラスは、肺を潰すようにして言葉を絞り出した。対して、振り返ったカルロとセルゲイの表情が、その答えだった。
「正解だ、番犬。虐げられた人間はさらに自分より下の虐げられる人間を求める……その典型例ってこった。文字通りの人身御供だな」
「もしくは人体売買ね。家畜と一緒。とっ捕まえて殺して捌いて部位ごとに売り捌く。それを人間相手に組織化してやったってだけの話だ」
***
ニコラスたちはリムジン車の周りに集結し、いったん情報の整理を行った。
でないと、あまりの惨烈さに気が触れそうだった。
「……つまり、こうか。シバルバは苛烈な階級社会で、特に居住年数が一番階級に影響する。だから元からここに住んでた連中が一番偉くて、次いで移民。そして真の最下層は移民の白人ではなく、棄民。
そのうえでシバルバは金になる麻薬売買に住民を一切関わらせなかった。耕す農地もなければ資源もない。売るものがなくて困った下級市民は――」
「自分よりさらに下の棄民を『商品』として売り出した。まともな職はすべて上級市民が取っちまうからな。……人種差別の方に気が取られて、気付くのが遅れたな」
そう結んでやると、ケータは死人同然の面持ちで口を両手で覆った。
すでに路上の消火栓にへたり込んでいるあたり、吐き気が限界なのだろう。その心情はニコラスにも痛いほど分かった。
もはや、リムジン車の中から何事かと顔を覗かせるジャックたちに反応する気力もない。
一方、マフィア組は。
「今すぐにでもヘルを呼び戻して作戦を練り直すべきだ。シバルバが領民をここまで現代的に組織してるのは想定外だ。すぐにでも合流した方がいい」
「だなー。てっきり昔ながらの暴力ですべて解決するおバカさんだと思ってたわ……」
腕時計をチラチラ見ながら紫煙をくゆらせるセルゲイの表情は実に渋い。
カルロも同様に苦虫を噛み潰しているが、二人とも事の真相にショックを受けたというより、事態をどうすべきかで頭を抱えているようだった。
ニコラスは気を紛らわすためにも、二人に質問することにした。
それほどまでに、人間が人間を食用肉のように売り捌いていた実態に打ちのめされていた。
「その、現代的ってのは」
「現代の犯罪組織のトレンドだ。近年、犯罪組織への取り締まり強化で、一家の名のもと団結していた組織は、一人が捕まるとそこから芋づる式に一網打尽にされちまう可能性が高まった。だから敢えて団結しない組織が増えたんだよ」
「団結しない組織……?」
矛盾した表現に首をひねる。
するとカルロは、地面に転がっていた空薬莢を足先で搔き集めた。
「全体主義から個人主義へ転換したんだ。従来のピラミッド型構造から、小集団の群れに。グループ同士意思疎通はするが、基本各集団が独自に行動し、互いに不干渉を貫く。
取り締まる警察どもは混乱する。この薬莢のように、外から見りゃどれも同じ薬莢だし、誰が音頭を取ってるかも分からん。しかも、とある集団が捕まったとしても、互いに不干渉である限り『うちは関与してねえ』と言い張れる。こうして一つを潰したところで、」
ピン、と薬莢を摘まんだカルロが指先で弾いた。宙を舞った薬莢は地面に落ちて、すぐにどれがどれだか判らなくなった。
「群れ全体がなくなることはない。根本からすべてやり直さない限り、また新たな集団が生まれて裏社会に紛れる。テロリストと一緒だ。一人潰したところで、怨嗟がある限り次のテロリストが産声を上げる。
白蟻の卵を一粒ずつ潰していくようなもんだ。あたり一帯ごと焼き払わなきゃ意味がねえ。番犬、お前ならよく分かるだろ?」
「……」
「そう睨むな。それが現代の犯罪組織のやり口ってわけだ。こうなると警察どもは人手を割いて、各集団を監視するしかなくなる。分散すればするほど俺たちもやり易くなるってわけだ。一般人の感覚からすりゃ逆に思えるかもしれんが、近頃じゃうちみたいな一家で団結してる組織は珍しいのさ」
「ならここの住民はどうなんだ、なぜ空中分解しない? 各自、好き勝手動いていいならそのうち暴走して歯止めが利かなくなるだろ」
「ああ。だからシバルバはそうならないよう、住民に“呪文”を唱えたのさ。このシバルバの地にいる全員に効果てきめんな呪文をな」
ニコラスはしばし考え、ハッと顔を上げた。
「だから逃げ遅れた貧困層を上級市民に据えたのか……!」
「そうだ、貧乏人にはてきめんだろ? 金持ちへの憎悪、“金持ちどもへの報復を”、このスローガンがシバルバの住民全体を団結させている。
ここに来るまでの間、お前もあの高級住宅街を見ただろ? あの三種類の家。あれは元々ここに住んでた金持ちどもの邸宅だ。それが特区設立で逃げ出して、残された家をシバルバが奪って上級市民に与えたんだ。
そうして金持ちへの復讐の味を占めさせ、『金持ちには何をしても許される』という状況をつくった」
「……移民より、同胞のアメリカ人の棄民を迫害するのも、そういうわけか」
「ああ。特区の棄民の大半は、特区に移住するだけの金があった連中だ。逃げる金もなく留まるしかなかった連中とは違う」
そんなちっぽけなことで。
ニコラスは言葉を失ったが、理解はできた。
追い詰められた人間ほど、他人を蹴落とすことに躍起になるのは、故郷で嫌というほど見た。
道理で上級市民が当主のガルシアを慕うわけだ。彼らからしてみれば、どん底にいた自分たちに土地と権力を与えてくれた救世主なのだから。
「こうしてシバルバは自分たちに怒りの矛先が向かないよう、上手くコントロールしたわけだ。住民に金持ちへの復讐という蜜を味わわせ、互いを助け合う隣人ではなく、蹴落とし合う敵対者にして密告を推奨させた。その結果がこれだ。下級の人間はさらに下級の人間を生贄に捧げるようになり――」
「次第に人体売買人間に手を染めるようになった。元27番地住民なんか良い獲物だろうな。一度シバルバに逆らってるわけだし」
差別により住民を団結させ、一家への忠誠を誓わせる。その双方をシバルバは同時に成し遂げたわけだ。
『略奪』したものを人々に与え、人々から慈心と互助を『略奪』し、金持ちへの怨嗟で人心を縛る。
これが、『略奪』のシバルバの真の姿。
「そういうことだ。――番犬、今すぐヘルを呼び戻せ。二人で何を企んでるかは知らんが、これまでの作戦は住民が中立であることが前提だ。住民全員が敵に回るのは想定していない。ヘルの居場所が知れてみろ。いっせいに住民が殺到するぞ。シバルバに捧げる供物として、奴以上に良い獲物はいない」
言われずとも。
ニコラスはすぐさまスマートフォンを手に取った。彼女の位置は逐一把握している。すぐに合流を果たさなければ。
ハウンドは嫌がるだろうが、シバルバに住民、『トゥアハデ』までも相手取るほど、彼女は無謀ではないはずだ。
けれどそこに制止をかけた者がいた。ペレスだ。
「待ってください。それじゃあ、残りの行方不明者はどうなるんです?」
「知るか。お前らで何とかしろ。それがお前らの仕事だろう」
にべもなくカルロに吐き捨てられ、ペレスが鼻白む。それでも退きはしなかった。
「それができるなら、とっくにやってます。お願いします。そんなに時間は取らせません」
「にしちゃあ、お前以外の自警団が見当たらねえな? 同僚はどうした」
「それは、」
「当ててやろうか、断られたんだろ。救う価値もない棄民のために住民を敵に回したくない、下手すりゃ嘘の密告でシバルバへの人身御供だ。棄民のお前はまだしも、そうじゃない連中がゴミのために命をなんぞ張りたくないだろ」
図星だったのだろう。ペレスは冷や汗を垂らして押し黙った。だが数秒の沈黙を経ても、ペレスは諦めなかった。
「お願いします。残りの行方不明者はたったの三名です。そんなに時間はかかりません。どうか最後まで付き合ってはくれませんか」
カルロの目が細まり、酷薄な視線が突き刺さる。
ペレスは蒼白になりつつも、ぐっと口元に力を入れて、最後まで目を逸らさなかった。
ニコラスは、昨晩のハウンドを思い出した。
「それは、あんまりだろ」と嘆いた、彼女の悲痛で懸命な横顔を。
「……ペレス、残りの行方不明者の名前は分かるか」
途端、ペレスがばっと振り返った。その目には涙が溜まっていた。
「は、はいっ。ルーペ・ラフォルカデ、ホセ・ルイス・ウエルタ。それから『フアン・ウリーベ』、この三人です」
「それぞれの失踪場所は分かってるのか」
「三人とも三等区の42番地です。ここからそう遠くないかと」
42番地、現在ハウンドがいる位置からさほど離れていない地点だ。
カルロがわざとらしくデカい溜息をついた。
「俺は知らんからな」
「ハウンドと合流するついでだ。それにこういう時のために護衛をつけておいたんだろ」
護衛というか、監視ではあるが。
カルロはふんと鼻を鳴らして、喫い終えた煙草を指ではじいた。
そんな時だった。
「なーなー、その合流ついでにちょぉーっとやってみたいことあんだけどいい?」
見ればセルゲイが、自前のノートパソコンを脇に抱えて車から降りてくるところだった。さっきから黙っていると思っていたら、何をやっているのか。
「何をするつもりだ」
「そもそもよ、俺らの目的って人探し以外にもあるわけじゃん? んでそれの元凶みたいなのが今、シバルバと一緒にいるわけじゃん。んでそいつらの目的が、まだ分かってない。ヘルハウンドをどうにかしたいのは分かるが、なぜかこの単独行動中、一度もヘルハウンドを襲撃しようとしなかった。おかしいと思わねえか?」
要するに、『双頭の雄鹿』こと『トゥアハデ』の狙いがわからないので探ってみよう、ということらしい。
ニコラスは眉根を寄せた。
「もちろんそれも気がかりだが、今やるべきことは」
「だぁーからついでにっつったろ。今さっき、ちょうどうちの古巣の衛星がこの真上通ってってさ、元凶ちゃんの位置をやっとこさ掴めたのよ。推測だけどよ」
ああ、さっき腕時計をチラチラ見ていたのはそういう……というか、ロシア連邦保安庁が保有する人工衛星のデータリンクって、そう簡単に覗き見できるものだっけ。
「何をするつもりだ」
「いやぁなに。この際、元凶ちゃんがなに考えてんのか、いっちょ試してみようかと思ってよ」
そう言って、セルゲイが後ろを振り返った。
そこに立っていたのは、なんとジャックとウィルだった。
ニコラスは嫌な予感がした。ここに来てからというもの、嫌な予感ばかりが的中している気がする。
「二人に何をさせる気だ」
「何、ちょっとした借りるだけよ。俺ちゃんとこのおチビども、けっこー相性いいと思うのよね」
次の投稿日は4月19日です。
※ネタバレ防止に、一部ご感想への返信を削除いたしました。作者が返信したやつです。
感想をくださった方々には大変申し訳ありませんが、ご理解いただけますと幸いです。




