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代行屋『ブラックドッグ』~偽善者は一人だけの英雄になりたい~  作者: 志摩ジュンヤ
第8節 其は我が命なればこそ、其は我と同じ人なり
106/194

8-2

〈2014年1月11日 午後3時13分 アメリカ合衆国ミシガン州 特区27番地 カフェ『BROWNIE』2階 臨時会議室〉


「それじゃ会議始めるぞ」


 タブレット片手に口火を切ったのは、小柄な日系アメリカ人のケータ・I・マクナイトである。


 元は特区に唯一存在する司法機関『特区警察』こと特警の巡査部長だったのだが、諸事情で退職し、現在はこのカフェの新人店員かつ代行屋『ブラックドッグ』の助手補佐を務める。  


 小柄なことに加え、童顔で穏和な性格ゆえ舐められることも多い彼だが、まくったシャツの袖からのぞく腕は存外太く、首と腰回りもがっしりしている。

 初見で彼を見くびった相手は、大抵後悔することになる。なお切れるとちょっと面倒くさい。


「えっと、ハウンドは途中参加でいいんだよな?」


 慣れぬ司会進行で戸惑うケータを、ニコラスは励ますように頷く。


「ああ。今回は依頼先が依頼先だからな。ヴァレーリ・ロバーチ両家の後方支援(バックアップ)は必須だ」


「また五大マフィアの力を借りるのか……」


「使えるものは何でも使うのが27番地(ここ)の流儀でな。ケータにはちょい抵抗あるだろうが、慣れてくれ」


「まあ、一応二家とは同盟関係だしな。孤立無援だった特警の時よりは遥かにマシか……」


 どこか遠くを見つめた眼差しに諦観を浮かべ、ケータは咳払いを一つすると周囲を見渡した。


「ひとまず、参加者は実際依頼に出向く俺とニコラスとハウンドと――」


「オレたちだな!」


「……初参加だけど、がんばる」


 態度こそ正反対なものの、意欲満々で目を輝かせる少年二人に、ケータの表情は渋い。


「本当についていくつもりか? ジャックはともかくウィルまで……」


「オレはともかくってなんだよっ。これでもちゃんと考えてんだぞ」


「あのなあ、シバルバは特警ですら入れないような特区の中でも有数の危険地帯だぞ。ハウンドたちですら五大マフィアの協力を取り付けないと入れない。そんなとこにノコノコついていって、足引っ張らないって自信はどこから来るんだ」


「だから後方支援で希望してるんじゃん。オレのドローン操作とウィルのハッキングがあれば、どんな場所もずばばっと情報収集できるし、ハウンドたちもオレたちに合わせなくていい。ウィン・ウィンの関係じゃん。それに誰も入ってないってことは、内部情報はとか、かなり貴重ってことでしょ。ぜってー視聴率かせげる!」


 それが本音か。ケータにならってニコラスも渋面をつくった。


 元迷惑系ユーチューバだったジャックは、過去にミチピシで騒動を起こしてかなりきつい灸を据えられたことがある。かくいうニコラスも灸を据えた側だ。

 多少は懲りたかと思っていたが、本質はそうそう変わらないらしい。


 と、思いきや、ジャックが急に決まり悪げに肩を内側に丸めた。


「そのっ、全然信用ないのは分かってんだけどさ。けど今度は本当に迷惑かけないよ。なんなら国境線の外から援護するし、そのためにドローンの飛距離伸ばしたり、周波数いじったり、色々改造してみたし。……完全に自業自得なのは分かってんだけどさ。ネットの誹謗中傷ぜんぜん止まないし、動画上げてもすぐバンされるし。なんかこう、オレにだってちゃんとできるんだっていうのを、知らしめたいというか……」


 尻すぼみになっていく言葉と共に、ジャックの頭がどんどん項垂れていく。

 その丸まった肩を、隣にいたウィルが気遣わしげにさすった。


 過去に散々迷惑をかけたジャックだったが、本人なりに深く反省して、過去にしでかしたことをネットに公開しつつ、動画投稿を続けている。


 が、現実は決して優しいものではなく、どんな健全な企画動画を投稿してもコメント欄は大抵非難の嵐、嫌がらせの通報で動画やアカウントが削除されることも少なくない。


 過去の事件からさほど時間も経っていないので、当然の反応ではあるのだがこれは大の大人とて堪える。まだ14歳のジャックならばなおさらだろう。

 ニコラスとて、ジャックが店番の合間に、携帯にDMで送りつけられたコメントを読んでは物陰で泣いていることも知っている。


 自業自得とはいえ、これ以上否定してやるのはかえってジャックから更生の機会を奪いかねない、か。


「……分かった。ハウンドには話しだけは通しておく」


 そう言うと、少年二人がぱっと顔を上げた。

 だがニコラスは釘をさすことも忘れなかった。


「ただし言うだけだ。実際自分たちが使えるかどうか提示(プレゼン)するのはお前らだ。言っとくがその点に関してハウンドは容赦ないぞ」


「分かった任せて! そこだけは何度も練習してきたから」


「……よかったね、ジャック」


 和気藹々とし始めた空気に微笑みつつ、気を引き締める意味も込めてケータが一つ、咳払いをして。


「話もついたようだし本題に入るぞ。今回の依頼内容についてだ。二人とも、予習はちゃんとやってきてるな?」


「もちろん!」


「……暗記、してきた」


 元気よく返事をした二人に満足げに頷いて、ケータは説明を開始した。


「依頼人は特区4番地在住のホルヘ・ペレス。シバルバ領一等区に当たる場所だな。職業は4番地自警団、第一機動部隊の会計補佐だ」


「自警団?」


 ジャックが首をひねるとケータは苦笑を交えて解説した。


「さっきも言ったろ。特警はシバルバに入れてもらえなかったから、駐在所がないんだよ。要するに治安を維持してくれる人間がいない。それじゃあ困るから、各区がシバルバの許可を得てそれぞれ自警団をもってるんだ。27番地で言うところの国境警備隊みたいなもんだな」


「警察、兼、軍隊みたいな?」


「そうだ。シバルバ一家は五大マフィアの中でいちばん閉鎖的な一家でさ、特警(俺たち)はもちろん、他の四家の介入にもかなりの拒否反応を示すんだ。閉鎖的という点じゃロバーチ一家もそうなんだが、便宜上、搬入や輸送に規定ルートのみ領内の通行を許可するロバーチと違って、シバルバはそれすら許さない。五家の中で最も隔絶された、南米麻薬カルテル系マフィア、それがシバルバ一家だ。だから今回の依頼は本当に特例中の特例なんだ。なにせ向こうから“入国”を許可してきたからな」


「確か、今回の依頼って人探しだよね?」


「……それだけ大事な人、ってことなのかな」


「ただ事じゃないのは確かだな。失踪事件は一週間前から4番地で続いてるが、被害者は年齢も性別も職業もバラバラ。中にはシバルバ一家幹部もいるそうだ」


「幹部も!?」


「……4番地は、シバルバで一番発展してる街。シバルバにとっては本拠地(アジト)みたいなもの」


「その通りだ、ウィル。だからこそ一家も事態を重く受け止め、自警団の要望に応えて俺たちの入国を許可したってわけだ」


――本当に自警団の要望なら、な。


 三人の会話を聞きながら、ニコラスは一人腕を組んで口元を引き結んだ。


 『略奪』のシバルバ。

 象徴印(シンボルマーク)は〈コカを咥えた頬白鮫〉とだけあって、麻薬取引で一大勢力を築いた南米カルテルだ。


 シバルバ一家は、27番地と、もといハウンドを蛇蝎のごとく嫌っている。本来であれば間違ってもこちらに依頼など頼んでこないし、入国も許可しない。


 何より、シバルバ一家はつい先日のハウンド家出騒動で、合衆国安全保障局(USSA)と手を組み、こちらを襲撃してきた一例がある。

 正確には、USSAを影から牛耳る『双頭の雄鹿』の私兵集団『トゥアハデ』と手を組んだ、ということなのかもしれないが、仮にそうだとするとますます危険だ。


 罠。その文字がニコラスの脳裏に強く浮かぶ。


 確実に何かある。


「じゃあ、その。ニコラスが言ってた“十三日の攻防戦”って?」


「……街の人には、聞かせられないって言ってた」


「あー……そうだろうなぁ」


 少年二人にそう嘆息したケータは、躊躇いがちにこちらを一瞥した。ニコラスは一息つくと、ケータから説明役を引き継いだ。


「二人とも、ハウンドが特区の統治者になった経緯は聞いてるか」


「それは知ってる。今のヴァレーリ当主から先代当主の暗殺を依頼されて、それに成功したから27番地もらったんだよね?」


「……一説には、現当主が冗談で暗殺してみてって言ったら、本当にやっちゃった、とか……」


「おう、それで合ってるぞ」


「合ってるんだ……」


「……マフィア、怖い」


「まあ正確には、先代当主の圧政に耐えかねた住民が新参者のハウンドにダメ元で直談判を頼んだらマジで引き受けてくれて、現当主のフィオリーノが面白半分で依頼したらマジで成功しちまった、って感じだな。

 そこから先はお前たちも聞いてる通りだ。五大のうち、シバルバとミチピシはハウンドを統治者として認めず、27番地を襲撃した。うちシバルバの方はかなり苛烈で、ヴァレーリ・ロバーチ・ターチィの協力のもと、なんとか撤退に追い込んだ。それが“十三日間の攻防戦”だ」


「じゃあ、住民に聞かせられないってのは?」


「粛清だ」


「「粛清?」」


「裏切者がいたんだよ。当時、勝ち目がないと思ってシバルバ側についた住民も少なくなかった。当時15歳で無名だったハウンドと、悪名高きシバルバ一家じゃ、そう判断する奴がいても不思議じゃない。

 だがその裏切りによる妨害で、27番地は大きな被害を被った。シバルバ撤退の要となった奇襲攻撃も、その妨害のせいでだいぶ先延ばしになっちまった。裏切りがなけりゃ被害はそこそこ抑えられたし、もうちょい短期間で片が付いただろう」


「だから、」


「……その報復に粛清を……?」


「報復というより住民の整理だ。仮に裏切者を放置すれば、それこそ命懸けで街のため戦った奴が黙っちゃいない。統治者のハウンドからしてみれば、裏切者を無罪放免する選択肢なんぞはなから無かったのさ。

 必要な犠牲――、ではあったんだが、これがまたかなり残酷でな。ハウンドについていけないっつって、攻防戦後かなりの住民が他一家領へ移住したんだ。そのぐらいここの住民にとっちゃトラウマなんだ」


「そんなに……」


「……具体的に、どんなことを……?」


「シバルバの死体処理をやらせて捕虜と一緒にシバルバへ送り返したのさ。そんなに向こうが好きならそっちで暮らせってね。そんで国境線を超えたあたりでドカン! 一切合切の禍根を断つ、悪い奴らは皆殺し。爆発オチで万事解決、大団円ってやつさ」


 背後からの言葉にジャックとウィルが硬直する。


 いつからそこにいたのか。音もなく扉を開け滑り込んでいた小柄な統治者に、ケータは生唾を飲み込み、ニコラスは静かに見守った。


 黒妖犬の名を冠した少女、ヘルハウンドは腰に手を当て、いつもの胡散臭い笑みを浮かべて少年たちに歩み寄った。


「“国”を守るってね、綺麗事より汚れ仕事の方が多いんだよ。特に、領民がまとまってない国を守る時はね。手っ取り早いのは『恐怖』で縛ることだ。“王”を裏切ればどうなるか、裏切らなければどんな恩恵があるか。それを明確に示してやればいい。そうすれば領民は勝手に“王”を守るようになる。“王”が自分にとって有益な間はね」


 ポン、とそれぞれの肩に置かれたハウンドの手に、少年二人は真っ青な顔で震え始めた。


 無理もない。二人が初めて目にする、『統治者の顔をした』ハウンドだ。


 ハウンドはただの少女ではない。

 統治者としての実力、胆力を兼ね備えた、毒をもって毒を制する気質の手段を択ばぬ“王”なのだ。


「私が商業組合を議会にして、さっさと引っ込んだのもそのためだ。“国”を『恐怖』で縛る方法は手っ取り早いが副作用も大きい。早い話、領民に『自分が恐怖するに足る強者である』ことを常に示さなければならない。

 自分以外の強者、もしくは強者になり得るものを片っ端から殺しまわらなきゃならないのさ。でないといつか自分が取って代わられる。これまでやってきた報いをまとめて受けることになる。世界の独裁者が死ぬまで狂ったように強権を維持し続けるのはそのためさ。誰だって惨たらしく殺されたくはないからね。

 加えてこの手の“国”は“王”ありきの国だ。王がいなくなった途端すべてが瓦解する。そんなの面倒くさいし、なりたくもなかったから決定権を早々に組合に譲ったのさ。お陰で随分楽させてもらったし、住民の不満も解消できて一石二鳥だったというわけさ」


「お分かり?」と首をひねるハウンドに、ジャックとウィルは無言でこくこくと首を振った。


 ハウンドは「よろしい」と満足げに頷いた。


「で、だ。そんな私とシバルバは文字通り犬猿の仲でさ。もしかすると、うっかり報復で襲撃とか暗殺とかされちゃうかもしんないんだよね~。――ついてくる?」


 少年らの肩に置かれた手の指が食い込む。

 満面の笑みを浮かべてはいるが、その得も言われぬ威圧の意味が分からぬほどジャックとウィルは幼くない。


 さて、どうする。


 ニコラスは無言に、オロオロ狼狽えるケータと共に静観する。


 数秒の間をおいて。


「……いえ、ついていきます」


「…………この日のために、がんばったので」


「オレらでも、できることは、やりたい、です……」


 最後は尻すぼみになってかなり声量が小さくなってしまったが、それでもちゃんと言い切った。


 そんなジャックとウィルに、ハウンドはふう、と長く溜息をついた。


「ニコ、お前入れ知恵したろ」


「してない」


「嘘つけ。こういう遠慮がちなくせに譲らんとこは絶対譲らん態度は、間違いなくニコの影響だね。あっちこっちに撒き散らさないでくれる?」


「人をウイルスみたいに言うな。俺は何もやってない」


「そういうの何かしらやってる奴が言うセリフなんだよな~。――私は面倒みないからね」


「了解した。最初からそのつもりだ」


 故意とも思える長い沈黙の後、でかでかと溜息をついて、ハウンドは腰に手を当てた。


「二人とも、ニコの言うことは絶対厳守だよ。それを破るなら命の保障はしない。くたばりかけようが人質になろうが絶対助けにいかないからね。それでもよければ勝手にしな」


 その言葉に少年二人の顔が一気に明るくなった。嬉しさから、というよりは命の危機を脱して心底安堵する表情ではあったが。


 こうして、今回の出張依頼に出向く代行屋『ブラックドッグ』の参加者は以下の通りに決定した。


 主要メンバーはハウンド、ニコラス、ケータ。後方支援要員にジャック、ウィル。


 そして五大マフィアから、いつもの協力者が二名である。




 ***



〈2014年1月14日 午前6時17分 アメリカ合衆国ミシガン州 特区3番地(ヴァレーリ領一等区) 19番通り〉


「……なあ、せめてもうちょい他の人選なかったのか? よりによってなんでこの綿棒男と一緒なんだ」


「ぐちぐち女々しいこと言ってんじゃねえよペンギン野郎。俺ちゃんだって何が悲しゅうてテメーみてえなのと同行せにゃならんのよ。つーか綿棒って何よ、綿棒って。髪と肌が白いって言いてえのか」


「長いくせに蹴飛ばしたら背骨折れそう」


「テメエのスマホハックして入力文字ぜんぶAA(アスキーアート)にすんぞこの野郎。2ちゃんにしか投稿できない文字面にしてやろうか」


「止めろ。職場に廃ネット民だってバレるだろ」


「クビになったんだからもういいだろ」


「あ?」


「あ?」


 こいつら意外と仲いいな。


 VIP席右に座ったケータと睨み合う、ロバーチ一家幹部セルゲイ・ナズドラチェンコの銀髪を眺めながら、ニコラスはぼんやりとそんなことを思う。


 そんな二人の合間から、恨めしげな声が一つ。


「おいこらカルロ、この悪意ある配置はなんだ」


 ケータとセルゲイに挟まれたハウンドは、むっすり腕を組んで座席に沈み込んだ。

 クッション性能の高い高級革張りシートゆえにできる芸当である。


 頭上で飛び交う喧騒を何とか避けたい一心がうかがえるが、対する運転手からのスピーカー越しの返答は辛い。


『車内で乱闘騒ぎ起こされちゃ堪らないだろ。大人しくそいつらに挟まれててくれ。日本人の方はちょい幼いが、ナズドラチェンコは顔だけは悪かないだろ』


「口開いた瞬間に台無しになるがな」


 ハウンドがそう返すと鼻を鳴らす音が返ってきた。

 カルロ・ベネデット、ヴァレーリ一家当主側近で、今回の専属運転手である。


 一方、しれっと毒を吐かれたセルゲイが抗議する。


「ちょっと俺ちゃんが顔だけの残念男みたいに言うの止めてくれます? ここには背も顔も残念な男性もいるんですよ」


「……ニコラス、装備から警棒取ってくれ。こいつの唯一の取り柄(かお)を残念にしてやる」


「気持ちはよく分かるが落ち着けケータ。もうじき到着だ。喧嘩は降りてからにしてくれ」


 そう言うと、ケータは今にも唸り声をあげそうな表情で黙りこくった。


 以前、大事にしていたゲーム機をデータ抹消されたうえで転売された恨みか、はたまた一度怒らせると絶許バーサーカーと化す日本人の特性ゆえか。ケータはセルゲイに対してだけは非常に凶暴になる。


 両脇のジャックとウィルが「この面子で本当に大丈夫?」と目で訴えてくるが、ニコラスとしては黙るしかない。


 そんなの俺が聞きたい。というか、駄目かもしれない。


「つうかなんでお前らなんだ? 幹部ってのはそんなに暇なのか」


『馬鹿も休み休み言え。首領(ドン)が出向くよか面倒が少ないからこうして面貸してやっただけだ。俺たちぐらいのレベルじゃないと向こうの抑えが利かねえんだよ』


「シバルバは血の気が多いですからねー。自分以外の人間は案山子ぐらいにしか思ってない他人に無関心のうちのボスが、珍しく同行するか検討するぐらいにはヤバい場所だかんね」


「それなら何でこんな車で来たんだ。悪目立ちするにもほどがあるだろ」


 そう言ってニコラスは自身が腰かけているL字型シートを含め、無駄に豪華な車内の内装を呆れながら眺めた。


 重厚で分厚い黒のカーペットに、頭上で瞬く星を模した装飾ライト。

 座席の向かいの車内バーカウンターには、付属照明に照らされたシャンパンとグラス――の代わりに拳銃とその弾薬が箱ごと所狭しと並び、その上と左右にモニターが三つもついている。


 セレブ御用達、一生に一度は誰もが乗ってみたいと夢見る、キャディラックのストレッチリムジンである。

 はっきり言って場違いにもほどがある。


 しかし、カルロの返答は実に合理的かつ淡白だった。


『逆だ、逆。目立った方がいいんだよ。さっきも言ったが、シバルバは血の気が多い連中が多い。シバルバ一家の統制下にない地元ギャングも少なくねえんだよ。目立たねえ車で出向いていちいち襲撃されても面倒だろ? それなら最初から派手で目立つ車で行った方がいい。それにこれ、安かったしな』


「安かった?」


ヴァレーリ一家(うち)は基本、車両はまとめて購入して一家内で借用する仕組みになってんだよ。特にこいつは格安でな。カスタムもOKと来たもんだから、最新の防弾仕様にしてもってきた。7.62㎜弾ぐらいなら余裕で防ぐぞ』


「ヴァレーリじゃリムジン人気ねえのか」


「だってダセえだろ、キャディラック。特にリムジンとかいかにもイキった成金が乗ってそうな車じゃねえか。うちの車輛班が面白半分で購入したはいいが、誰一人として乗らねえから困ってたのを俺が買い取ったんだ。ちなみに水洗トイレ付きだから車内泊もいけるぞ。お前の座席がそうだ。くれぐれも粗相すんなよ、番犬』


 この腹黒猫男、俺にわざとこの席勧めやがったな?


 ニコラスはいつか必ずカルロへ報復することを誓って、無言に到着を待つことにした。吠えたところで相手の思う壺なのだから。




 ***




 依頼人ホルヘ・ペレスはくたびれた様子の若年寄な男だった。


 自分の二歳上と聞いていたが、50代と聞いても納得してしまう老け具合である。

 赤みを帯びた黒髪に濃褐色の瞳、褐色の肌はハリがあるが眉間と口元に消えないしわが何とも物悲しい。老けて見えるのはこのせいだろう。


 簡単な自己紹介の後、ペレスはセルゲイ、ケータを見て、次いでニコラスを見た。


「聞いた限りでは、そちらの統治者自ら出向くと聞いていましたが……」


「彼女は今回別行動だ。そちらとの因縁もあることだしな。依頼には、俺とこいつとで向かう」


 もっと言うと、ハウンドは例のリムジンの車内で待機中だ。

 万が一に備えてカルロを残し、ジャックとウィルが用意した小道具の起動・設置を手伝っている。


 それを聞いたペレスは「ああ、そうですか」と露骨に胸を撫で下ろした。

 ニコラスはやや苛立ちを覚えたが、すぐにそれを察したペレスが慌てて弁明した。


「失礼。あのシバルバとやり合った女性と聞いていましたから、どんなおっかない方が来るかと戦々恐々としてたもんで。美人ほど怒ると怖いと聞きますし……」


「美人っつーか、美少女かな」


「ガワだけだけどな。中身はマジもんの野獣だね」


 好き勝手批評するケータとセルゲイを無視して、ニコラスは依頼の詳細を尋ねた。

 するとペレスは、すでに用意してあったファイルを丸ごとこちらに手渡してきた。


「失踪者のデータはこちらにまとめてあります。基本的なデータはもちろん、周囲の人間関係、怨恨、事件発覚までの経緯と動向。失踪した地点もマッピング済みです。いちおう失踪者同士、似通った事例を比較分類してはみましたが、あまり当てにしないでください。本当に性別も職業もバラバラで、これといった特徴がないんです。犯人の目的が読めない」


 そう嘆息するペレスをよそに、ニコラスは評価を改めた。

 やや小心者のきらいがあるが、優秀な男だ。


 元警官のケータもファイルの中身を一瞥するなり感心したように頷いた。


「よくまとまっていて分かりやすいな。助かるよ」


「ありがとうございます。各現場も、我々の手の届く範囲で保存を徹底させています。見ていかれますか?」


「ああ、頼む。ニコラスもいいよな?」


 ニコラスは快諾した。

 データとだけ睨めっこしても、分かることはたかが知れている。何事も自分の目で見て聞いてからだ。


 ケータ風に言うところの『捜査は足で稼げ』というやつだ。


 早速ニコラスたちは自警団駐屯所を出て、駐車場へ向かった。案内役のペレスが車を回してくる間、乗車と装備の再点検を行わなければ。


 やや急ぎ足で例のリムジンの元へ向かって、ふと、ハウンドが車外に出ていることに気付いた。


「おいおい、あの馬鹿。なんで外に出てんだ。狙撃されても知らねえぞ」


 呆れ返るセルゲイをよそに周囲を確認すれば、運転席のカルロは電話中だった。通話しながらもチラチラ様子を見ているので、気付いていないというわけではないらしい。


 周囲の通行人は見慣れるリムジンを胡乱な目で遠巻きに見てはいるものの、近づこうとはしない。


 とはいえ、セルゲイの懸念は最もだ。ニコラスはハウンドに、すぐに車内へ入るよう促した。

 が、返答がない。


「ハウンド?」


 ハウンドは動かなかった。ただ一点を無言で凝視している。


 その視線の先を辿って――。


「犬?」


 野犬だろうか。駐屯所と駐車場の合間にある路地に、犬が一頭、ごみ捨て場で何かをまさぐっている。

 やがてお宝を見つけたのか、黒い袋から棒のようなものを引きずり出した。


「うっわ、一家お膝元の一等区で野犬うろついてんのかよ。お前ら間違っても餌付けとかぜってーすんなよ。何の病気持ってるか分かんねーぞ」


 セルゲイが心底嫌そうに顔をしかめた。ニコラスもこれには同意だった。


 野犬は足が速いうえ、群れで行動するので襲ってくるときは大勢だ。なるべく相手をしたくない。


 だがしかし、ハウンドはなぜ野犬を気にしているのだろうか。


「ケータ、失踪者のデータ持ってる?」


「え? あ、ああ。さっき新しいのも貰ったぞ」


 唐突な問いに戸惑いつつも、ケータはハウンドに先ほどの資料を差し出した。それを数枚めくって、あるページに目を留め。


「……さっそく来たか」


「はい?」


 ケータが尋ね返そうとしたその時、犬が棒を咥えて駆け出した。


 同時にハウンドも駆け出す。


「ちょっ、おいハウンド!」


 ニコラスの制止も虚しく、ハウンドの背が路地の奥へ消えていく。


 舌打ちをしたセルゲイがそれに続き、その後をケータが慌てて追いかける。義足ゆえに追走が厳しいニコラスは、すぐに運転席に回った。


「おい飼い猫! 今すぐ車出せ!」


「分かってる。ったく、世話の焼ける」


 カルロはイタリア語で何か怒鳴ると、そのままスマートフォンを投げ捨ててすぐに発進させた。


 リムジンが路地に突っ込む。


 車体の長さを鑑みれば無謀としか言いようがない行為だが、カルロは巧みなハンドルさばきで両脇に迫る壁をすれすれで回避していく。


と、その時。

 前方に二人の人影を発見した。セルゲイとケータだ。


 息を切らしたセルゲイが窓を叩いた。


「おい乗せろ! あのじゃじゃ馬、足速えうえに塀やら屋根やらひょいひょい行きやがる。追いつけねえ!」


「ジャック、ドローン飛ばせ!」


「了解!」

 

 ニコラスが叫ぶなりジャックが空いた窓から身を乗り出し、四回転翼(クワッドローター)の小型ドローンを上空へ放った。

 宙を舞ったドローンはたちまち風を掴み、みるみる上昇していく。


「……捕捉した。位置情報、カーナビに転送するよ」


 ピ、という電子音と共に、ウィルがカーナビ端末に赤の光点を表示する。ハウンドの位置だ。

 

「大通りから回るか?」


「いや。このまま突っ切る。流石シバルバだ。一家管轄の大通りより住民個人管理の路地の方がよく整備されてるときた。ここ一等区だぞ」


 カルロの舌打ちと共に急ハンドルを切った。タイヤが唸りを上げ、チェーンで削れた氷雪が撒き上がる。

 

 北方のミシガン州では冬季になると除雪が欠かせない。それは特区とて例外ではなく、一家ごとに各領の整備を行っている――はずなのだが、シバルバはそういったことにも無頓着らしい。


「いたぞ、あそこだ!」


 曲がりくねった路地の先。大通りを突っ切った先に、拓けた場所があった。

 鉄条網に囲まれた、売り出し中の看板が立てられた空き地だ。


 ハウンドはそこへ入っていった。

 ニコラスたちも追って、車ごと敷地内へ突っ込んだ。


 かなり広い空き地だ。

 あたりには丈の高い枯草とゴミまじりの残雪が点在しており、その先に二階建ての石造りの建物があった。元学校、いや病院だろうか。


 その一階の割れた窓に、ハウンドの小柄な姿が消えていく。


 ニコラスたちも車から降りて後を追おうとして。


 クラクションに引き留められた。


 振り返ると、先ほど別れたばかりのペレスが車ごと乗り入れたところだった。


「あんたら何やってんですか!?」


 血相を変えたペレスが車から転がり落ちるように飛び出してきた。


「車に戻れ! 今すぐ敷地内から出るんだ! ここは奴らの縄張りだ、地元の人間でも近づかない場所だぞここは!」


 犬の遠吠えがした。

 一つの遠吠えは一つ、また一つと連鎖を呼び、気付けば何重もの遠吠えが幾重も交わって不気味な交響曲を奏でる。


「……映画でこういうの見たことあるわ」


「俺はゲームでだな。ゾンビになった犬に追い回されて謎の館に逃げ込むしかなくなるやつ」


 そうぼやいたセルゲイとケータは、すでに拳銃を抜き放っていた。ニコラスは小さく嘆息した。


 特区に来てからというもの、イレギュラーな戦闘ばかりやっている気がする。今度は野犬が相手ときた。


 そう内心ぼやきつつ、ニコラスは愛銃トーラスPT92自動拳銃の初弾を装填した。

次の投稿日は3月8日です。

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