10-5 君のためのデート
週末。私はラファニエルと街に来ていた。
グリダニアン学院がある島はとても広く、学院の他にも人々が住む街がある。
「先生と僕は、たまに街に出て食事することがあったんです。今日はアリアさんをそこへご案内しようと思います」
「ノアール先生って、誘ったら食事に来るんだ……」
意外すぎる。
いや、私が誘わなすぎただけか……。
「アリアさんの知っている先生は、僕の知っている先生とは少し違いますね」
ハンスは猫被りなのか、素なのか、それとも……日替わり? 全然わからない。
「着きました」
到着したのは、カフェだ。
中は普通のテーブル席で、特に珍しいものはない。
「ノアール先生って何頼むんですか?」
「同じものを頼みましょうか?」
私は頷く。
そして出てきたのは、チョコレートケーキだった。
「可愛い……」
一口食べると、苦かった。
ビターチョコだ。
「なるほど……」
「ふふ、面白いですね。何も知らないのに婚約者とは、先生は一体何を考えているのでしょう」
私も聞きたいところだ。
ひとつわかるとしたら……。
「……人間らしさは必要なかったのかもしれません」
私が治療魔法を使えたのも、私がそう望んだからだ。
人間性を捨てて、体の一部を失ってもまた生やせばいいと割り切ったから、使えるようになった。
「先生とアリアさんは……一体どうしてそのような関係になってしまったのですか?」
「退屈だったから……。例えば、すごく暇な時に楽しそうな事を見つけたら、心踊ると思うんです。自分しかいなかった世界に、もう1人入ってきたら、嬉しいと思うんです」
そんな、感情だと思う。
この学院に来て、私は知ってしまったから。
退屈だと思う気持ちと、1人じゃないことの喜びを。
「私は、踏み入れてしまったんです。土足で遠慮なしに……」
追いかけることに精一杯で、気付いていなかった。
「私たちは、多分お互いに踏み込みすぎたんだと思います。少し、距離を置かないと……」
また同じことになるかもしれない。
「……羨ましいです。僕はずっと与えられてきました。僕から踏み出すことをしてこなかったので」
「ラファさんは、とても素敵な人です。私が見てきた中で、1番誠実で、真面目で、優しいです。だから、きっとラファさんも前に進めます」
みんな、何かに向かって進んでいる。
その一歩目は、きっとすぐに掴めるものだと思う。
ラファは目を細めて笑った。
「ありがとうございます。僕はアリアさんに出会えてよかったです。先生のお話もできるし、勉強のお話もできる。あ、そういえば課題は終わりましたか?」
ハンスの課題……ね。
実は終わっている。
私はハンスの課題を馬鹿正直に書くことにしたのだ。
私と、私の分身、そして擬似魂が感じた感情全てを用紙に書き殴った。
そして、最後にこう書いてやった。
婚前交渉しない主義のお方がどのようにして私を妊娠させるのか、ぜひとも見てみたいものです。
と。
「楽勝です。先生との授業は慣れてますから」
「さすがですね。僕も早く書かないと……」
もう提出してあるから、あとは次の講義でハンスがどう出てくるか高みの見物なのだ。
考えてみれば、私が防御に回る必要はないんだ。
常に攻撃すれば相手の攻撃は当たらないに等しい。
「ふふ、次の講義は楽しみですね」
「良かったです。先日まで落ち込んでいるように見えたので」
みんなのおかげで吹っ切れたんだよ。
虚勢かもしれないけど、それでもいいから進みたい。
「ラファさんと、みんなのおかげです。あ、今日は私が奢りますから!」
「えっ、僕が払います!」
ふふん。お会計の紙は私が持っているのだよ。
転移でお金を払えば私の勝ちだ。
「お先に失礼〜」
店員さんに支払って、外へ出た。
「ま、待ってください〜!」
ラファが急いでお店から出てきた。
「待ってくださいよ、ほんとにもう。次は本屋さんに行こうと思ってたんですから」
「え、ノアール先生が読んでる本って、学術書じゃないんですか?」
街の本屋で何の本を買うんだ?
「教えて欲しいですか?」
得意げなラファに、私は首をありったけ振る。
「教えて! 教えて!」
歩きながら、私はラファから話を聞いた。
「先生は、いろんな本を読みますよ。例えば、恋愛小説も読みますし、冒険譚なんかも読んでいました」
「う、嘘だぁ……」
植物観察日記とかじゃないの?
本当に人間の恋愛小説なの?
「先生はブックカバーをつけて、読んでいる本を偽装しています」
「え、えぇ……やっぱり中身は家庭菜園の作り方とかじゃなくて……?」
「あはは! 何ですかそれ」
いや、やたらと果物に例えてきてたからさぁ!
「ここです。最近先生が買っていた本は……たしかこれです」
見せてくれたのは、格闘術の本だった。
"誰でもできる護身術"と初心者向けに書かれた本。
「ははーん」
さては私にやられたのが相当悔しかったに違いない。
「教えてくれてありがとう、ラファ!」
「えっ?」
あ、やばい呼び捨てにしちゃった。
「ご、ごめんなさい。嬉しくってつい……」
「いえ、全然大丈夫ですよ。こちらこそ、素敵な笑顔をありがとうございます」
言われて顔に手を当てる。
にやけた顔がおさまらない。
「き、今日はもう帰りますね! ありがとうございました!」
私は転移で学院の正門まで飛んだ。
夕焼けが見えて、とても綺麗だ。
「ふぅ、楽しかったぁ……」
しゃがみ込んで、余韻に浸る。
もしかしたら、遊び以外でこんなにはしゃいだのは初めてかもしれない。
「おやおや、このような時間まで外出ですか?」
この声は……。
振り向くと、そこにはハンスがいた。
「うわぁ! でたぁ!」
「少しいいですか? あの論述についてお話があるのですが」
ニコニコしてるのに、目が! 笑ってない!!
ひ、ひぃ!
「か、勘弁してください! 今日は楽しかったんですから!」
「はい? 何が楽しかったと言うのですか?」
ハンスが一歩前へ出た。
私はへたり込んでしまい動けない。
「えっと……許して?」
ウィンクをしてみた。
ハンスは顔を顰めて効果抜群だ。
「最後の言葉はそれでよろしいですね?」
いや、訂正しよう。
かなり怒っている。
でも、防御に回れば私の負けなんだったら、やるしかない!
「先生、今日は休日です。私は今学生服ですが、課題について議論するのは今日じゃなくていいはずです」
「おや、少しは頭が回るようになりましたね。ですが、残念ですねぇ……あなたに拒否権はありません」
ハンスは私の手を掴むと、教員用宿舎に転移した。
ベッドに放り投げられ、上に乗られた。
「多少大目に見ているつもりでしたが、あのような笑顔を他者に向けるとは一体どう言うつもりですか?」
あれ?
課題の話じゃないの?
「な、なんの話……?」
「白々しい。あのような顔は今までで一度も見たことがありませんよ」
えっえっ?
「あなたは今日、誰と何をしていたのですか?」
「ラファとケーキ食べて、本屋さんに行って楽しかったけど……それがどうしたの?」
ハンスは一瞬私から目を逸らして、そして私の上から降りた。
「そんなに楽しかったのですか……?」
目元を押さえて疲れた声で言った。
「はぁ……。教師を挑発するのは程々にしてください」
いや、先に挑発したのはそっちでしょうに。
「じゃあどうやって書けば良かったんですか?」
「……処女のまま妊娠したいのですか?」
え、何それ怖い。
「怒ってる……?」
「そう見えたなら、今後は気をつけてください」
次回、少々難問にぶち当たりまして、土日に更新となります




