間話 応
ハンスはアリアーデとの戦いを思い返していた。
あんな瞳が見れるなら、また戦うのも悪くはないかもしれない。
喉笛に噛み付いて喰い殺してきそうなあの瞳。
自然と笑みが溢れる。
だが、もう見ることはできないのだろう。
彼女も、自分も、溺れている自覚があるのだから。
本当に不思議なものだ。
壊したいという欲が湧いてくるのに、壊したくない。
こんな感情を知る事になるとは。
「生きるとは、ままなりませんねぇ」
レガリウスを終わらせる覚悟は既に決めている。
あとは……。
――コンコン。
扉をノックする音が聞こえた。
「先生、いらっしゃいますか?」
「なんでしょう、ラファニエル君」
入ってきたのは西の大陸の覇者、ユーリス王国の皇太子。
白い髪と、金色の瞳を持っている青年だ。
「課題について質問が……。先生、珍しいですね。本体なんて」
「おやおや、もう事情は知っているでしょう?」
レガリウスがクランツェフトに反旗を翻した。
もう各国が知っていることだ。
ハンスがこの学院で名乗っている名前は偽名だが、調べればすぐにバレる程度の嘘でしかない。
「先生がまさかレガリウスを復興させるとは思いませんでした。それに……その呪いはどうしたんですか?」
左手の、外していた黒い手袋をつける。
「秘密です」
「先生……少し、変わりましたね。魂の――」
ガチャ。
扉の開く音がした。
「ノアール先生! どうなってるんですか!? あ、ごめんなさい」
入ってきたのは。
「アリアーデ君、扉はノックして下さい。いつもいつもなぜ私の言うことを聞かないのですか? 愛玩動物に成り下がりたいのですか? それはそれで構いませんが」
「だっ、だって……」
ラファニエルは、いつもの冷静な顔からは想像もできないくらいに、だらしなく口を開けて驚いていた。
「先生!? クランツェフトの第二皇女!? どうしてここに……。いや、ここは先生から辛辣な言葉が出てくる方が驚きか……」
「この方はどなたですの?」
急に言葉遣いが変わったアリアーデを、ラファニエルは魂と共にまじまじと見つつ、名乗った。
「お初にお目にかかります。僕は魔術クラス3年、ラファニエル・ユーリス。アリアーデさんとお呼びしてもいいですか?」
「ゆ、ユーリス……皇太子殿下……」
名前を聞いた途端に青ざめていくアリアーデ。
「申し訳ございません。わたくしったら、オホホホ! 失礼致します!」
大急ぎで去って行った。
仕方もないことだ。クランツェフトとユーリスは犬猿の仲。
失言しない内に逃げたのだろう。
「白い魂とは珍しいですね。それに……隠しているようですが、彼女も魔眼ですね」
「ええ。彼女は面白いですよ」
ラファニエルは聡明だ。
彼ならば、そう遠くないうちにレガリウスとクランツェフトがどのような理由で争ったかわかるだろう。
そして、彼女との関係も。
「先生。僕と言うものがありながら、そこまで入れ込んでいるのですか?」
「そうですねぇ……ラファニエル君が霞むくらいには」
ラファニエルの瞳が揺れた。
きっと、次はアリアーデの元へと向かうだろう。
「それで――どの課題がわかりませんでしたか?」
「いえ、先生のお手を煩わせるものではありません」
そう言ってラファニエルは部屋を出た。
パチン。と指を鳴らして葉巻を取り出す。
魔法で先端を弾き飛ばし、火をつけて口に含んだ。
ユーリス王国にいるレガリウス亡命組は、私を担ぎ上げて再び権威を取り戻そうと躍起だ。
このままでは近いうちにユーリスが、レガリウスを取り戻すための代理戦争を起こすだろう。
彼女がここに来なくとも、どうとでもなったと言うのに。
いけない癖だとは思いつつも、彼女の選択を見届けたくなる。
本当に、人生とはままならない。
最強ではなくなり、そしてレガリウスを消し去ろうとする私を見て、どう思うだろうか。
吐き出した煙は天井へと滲んでいく。
ああ、リア。
あなたの愛した私はまだ残っていますか?




