9-1 初恋は終わりにしよう
風が吹いている。
平原のど真ん中に陣取った私は、後ろに控える兵士達を安心させるために、大きな空間の穴から続々と湧き出る魔物に横一線の光線を放った。
次々に燃え盛る魔物達に兵士の士気が上がる。
こういう時は派手にやらないといけないのだ。
「開戦だよ! クランツェフトのために!!」
「「おぉー!!」」
と鬨の声が上がる。
その瞬間、私は上から落ちてきたハンスと共に知らない場所に転移させられた。
♢
――ここは……森の中?
ハンスが私の手を握っている。
「ちょっと、始まったばっかりでしょ!?」
「開戦とおっしゃっていたので、然るべき舞台へお連れしたのですが……」
いや、さすがに早いよ。
そもそもここどこ……?
「少し歩きましょうか」
ハンスに手を引かれて歩く。
なんにもない日ならこの木漏れ日の中散歩するのは気持ちいいけど、今日に限って言えば名残惜しい気もする。
「最後だから、かな?」
今の私たちの関係が、今日で最後になる。
だからきっと、歩きながら話がしたいんだと思った。
「私が勝てば、リアの全てを頂きます。あなたがこの先勝利することはもうないでしょう」
「わかってる。私が勝てば、ハンスの全てが私のもの。でしょ?」
ふふ、とハンスが笑った。
「ええ、楽しみですね」
私が負けたらハンスの手を引いて歩く事は二度とないのだろう。今だって、手を引かれてる。……それが続くだけ。
私が私でなくなる。ハンスがハンスでなくなる。
私たちにとって今日はそんな戦いの日。
なのに、どうしようもなく楽しみなんだ。
「私がハンスに憧れたのはね。強いからだけじゃないんだよ」
少し手を引っ張って、その足を止める。
「……ハンスが誰よりも強くあろうとしてる、その心が――好き」
目を見て、魂を見て。
私はそう告げた。
「だから光栄に思ってるの。そんなハンスに本気になってもらえて」
私はハンスに、触れるだけのキスをした。
最初で最後の私からのキスを。
驚いたハンスは一歩後ずさり、珍しくあからさまに狼狽えていた。
「どうして……わかったのですか?」
私はニヤリとからかうように言った。
「確証はなかったよ。ハンスが負けたら私の元を去るって。でも、私がハンスならそうするかなって思っただけ」
はぁ。とハンスはため息をついた。
「隠すようなことでもありませんでしたか……。まぁ、その方がリアの泣き顔が見れると思ったのですが」
少し悔しそうな表情が見れたのが嬉しい。
いつもやられっぱなしじゃないんだからね!
「ふん、タダでやられたくなかったって言えばいいのに」
「ククク……ああ、本当に面白い」
ハンスが大笑いしている。
私もつられて笑う。
ひとしきり笑い終えると、しんと静かになった。
「まったく。私の心を弄んでおいて、許さないんだから」
「ええ。許さないでください。ですが……勝ったつもりでおられるのはいささか心外ですねぇ」
ハンスの表情に少し怒気が混じる。
「私の初恋はここで終わりなんですぅー! ハンスのバーカ!」
私は走り出した。ハンスから逃げるように追い越していく。
「逃がすとでも思っているのですか?」
「あははっ! どの口が言ってるのかなぁー?」
ハンスは私を捕まえるわけでもなく、素直について走ってきた。
本当に、この時間が続けばいいのに。
終わらない戦いが、ずっと続けばいいのに。
♢
私とハンスの逃避行は、湖の出現によって中断された。
「そういえば、ここどこ?」
振り返るとすぐ後ろにいたハンスが、やれやれと言いたげな目線で答えてくれた。
「ここはグリダニアン学院の敷地内ですよ。少々特殊な舞台が必要でしたからね。こちらの施設をお借りします」
もしかして、ハンスはここの卒業生か何かか?
「ここって、入学者以外立ち入り禁止だよね?」
「私の分身がここで卒業し、現在教師として働いていますから、大丈夫ですよ」
うーん、それ大丈夫か?
身分は証明できるだろうけど、分身で入学はどうかと思うけどなぁ……。
いや、まぁ私も分身でずっと訓練してたけどさ。
就職までしてたらちょっと違うって言うか……。
「勤勉だね……」
「保険ですよ」
そういえば、私もこの学院に入学できるぐらいの学力はあるから、今からでも編入試験を受ければ入れるのか。
いやいや、もう勉強はしたくない!
「それで? どこで戦うの?」
「あちらです」
ハンスの指す手を見ると、湖の中に巨大な建物が見えた。湖底まで続く長い塔のような建物だ。
「なんか……カッコイイ」
「訓練のために魔導士達が作った試練の塔です。外観より見所は中にありますよ」
後方腕組みおじさんだ。
鼻が高そうなところを見ると、ハンスも作るのに一枚噛んでそうだな。
「ふぅん、入り口は?」
「どこだと思いますか?」
外観に魔力的な要素はない。
塔の上辺は湖の上に出ていない。
となれば、1番下かな?
「湖底……と見せかけて塔の上!」
「残念、湖底です。では、頑張って泳いで来てください」
パチン。
とハンスは指を鳴らして転移した。
お、置いていきやがった!
「帰るよ!? 私は帰るよー!?」
叫んでも返事がない。
「はぁぁ……」
長めのため息を吐いて、私は湖に飛び込んだ。
秋だから水温が冷たい。
別に空気膜を張ってもよかったけど、なんとなく自分で泳ぎたい気持ちだった。
途中、何度か魔法で空気を作って呼吸して、ようやく湖底に辿り着いた。
石畳の先に入り口が見える。
それにしても、綺麗なところだった。
湖底に自生するマリモみたいな植物が、光を放っているから暗くない。
塔の外観も洗練されたデザインだし、なんか無駄にオシャレなのだ。
私の彼はすごいだろう? なんて思いたくないのにムカつく。本当に、今から破局しに行くんだっつの。
……いや、そもそも付き合ってないし!!
色々悶々としつつ、扉の前までやってきた。
薄い膜のような扉だった。
頭だけ膜を通すと、中は森林が広がっていた。
そして、ラビットさんが地面に倒れていた……。




