1-7 呼び出し
「ハッ! ハァア!」
ナイフとナイフが激しくぶつかる。
まだまだ小さい体だけど、身体強化魔法でジャンプしながらたまに蹴りを入れてレイの首筋を狙う。
「姫様、休憩いたしましょう。素晴らしい上達速度です。その戦闘センスはさすがとしか言いようがありません」
「はぁ……息も切れてないレイに言われたく……ないっ」
ハンスとの邂逅の後、基礎体力作りと基礎魔力量向上訓練を2年間やってきて、ようやく最近レイと共に中庭で戦闘訓練を始めた。
ハンスと戦うにはまだまだ実力が足りないのだ。
前世でFPSをする時は、戦闘に関する知識、例えば陽動の仕方とか、相手の嫌がる事をすることは必須だった。
武器は違えど、基本的なことは変わらない。
本物のナイフを使っているのは、重さに慣れることや刃物に対する恐怖心を無くすためだった。
この世界の治療魔法は優秀で、腕や足が取れたところでまたくっつけることができる。
そのせいで、体が傷付く事への忌避感が薄くなっているのは少し悲しいが。
「アリアーデ様! 陛下より呼び出しです!」
エレナが息を切らして駆け寄ってきた。
げっ。
何かやらかしたか!?
心当たりがありすぎる……。
「わかった、すぐ行く……」
身支度を整えて、レイと共に謁見の間へと向かう。
「アリアーデ・クランツェフト第二皇女様、ご入室です」
使用人が扉を開き、灰色の髪をなびかせて堂々と玉座の間を歩いていく私を、父や宰相、近衛騎士達が見守る。
そして立ち止まり口を開いた。
「陛下におかれましては、大変ご機嫌麗しゅう存じます」
ドレスの端をつまんでニコッとお辞儀すると、お父さまは玉座にて身じろぐ。
こう言う謁見の場では、存分に媚を売らないとね!
今までマナーの講座から逃げてきたから、なんとなくの敬語だけど……。
「……誰だ、私の娘にこのような言葉遣いを教えたのは」
周りの文官や近衛騎士などがぶんぶんと頭を横に振っているのを横目に見ながら、レイが話し出した。
「申し訳ございません。姫様の教育に関して一任されているのはこの私でございます。報告致しました記録につきましては全て偽りのない内容です。したがって、姫様自らの考えによるものです」
要約すると、私が勝手にやったことであってレイは教えてないぞってことか……。あってるけど。
「まぁよい。記録は読ませてもらっている。なぜ教育が魔法や戦闘技術に偏っているのか?」
「それは……」
「私が望んでいるからです! 私は将来、世界最強の人間になって、冒険にいきます!!」
胸に手を当てて堂々と宣言する。
本当はゲーマーになりたかったけど、この世界にテレビゲームはなかった。
だからハンスを倒したら、まだ見ぬ強者を求めて冒険するしかない!
はぁ、とこの場にいる全員が頭に手を当てている。
すごいね、みんな頭痛いのかな?
後ろを振り返るとレイだけはこちらをじっと見つめていた。
「お前は皇族の自覚を持っているのか? そもそもお前は皇位継承権第八位だ。お前の能力を鑑みて、順位を上げようと思っていたが……」
皇位継承なんてしないに決まっている。むしろこのムーブは正解だったようだ。
「陛下。お言葉ですが、姫様はとてつもない才能を秘めております。それはカイネル皇太子殿下をも凌ぐものでございます。レガリウスの魔眼がそれを証明いたしております!」
レイ! 裏切ったな!?
後ろを振り向くと、自信満々にキラキラと輝いている表情のレイがいた。
「ふむ……そうだな。ではアレを教師につけるべきか。遠征はあと何年かかる?」
「2年です。陛下」
「アリアーデは9歳か。まあよい。準備をしておけ」
「わかりました」
宰相と父さまが何やらやり取りをしているが、アレとはなんだろう?
嫌な予感がする。
「陛下! それだけはどうかお考えください!」
レイが悲痛な面持ちで抗議している。
え、それほど?
「いや、これは決定だ。お前ではアリアーデを導くことはできない」
はっきりと戦力外通告をされたレイは、「はっ!」と短く返事をして、ひざまづいたまま顔を伏せてしまった。
「私の冒険は……?」
「はぁ。外に出たければサンクタの公務について行け」
お父さまはあからさまにため息をついている。
私は7歳のはずなのに、なぜ駄々が通じないのか……。
「今日お前を呼び出したのは、注意をするためだ。心当たりはあるか?」
「全くありません!!」
私はお父さまから注意を受けるようなことなど何一つしていない……はず。
「いいか。まず誰彼構わず勝負を仕掛けるのをやめろ。皆忙しいのだ。わかったな?」
衛兵達にババ抜き勝負を仕掛けたこと?
それとも木のナイフで文官達に暗殺ごっこしたこと?
それともお風呂で水面ダッシュ大会……
「わかったな!?」
「はい……」
うっ……うっ……。心の中で咽び泣くのはいつぶりだろう。FPSゲームの大会で競合チームに負けた時だろうか。
「次に、遊び道具を開発するのなら手順を踏め」
「はい……」
「それからだな……」
その後も色々お父さまから何か言われた気がしたけど全く頭に入らずに謁見は終わった。
空はもう黄昏時。小高い丘に建つこの王城からは城下である市民街がよく見える。
ぽつりぽつりと城下の街灯が点き始めるのを横目で見ながら、これからの目標を考える。
――私から勝負を奪ったら何が残るのだろう……。
ふと、レイが私の前に跪いてこちらをじっと見つめて、決意したように話し出す。
「姫様、皇帝におなりください。そうすれば、全ての願いが叶います。幸い皇帝の選考基準は貴族であることと、様々な観点から見た"強さ"です。……あのお方に勝つことは難しいかもしれません。ですが、それでも今の姫様を私は見たくありません」
そんなに私が落ち込んでるように見えたのかな。
真剣なレイの表情を見て、私も考える。
前世でほぼほぼニートみたいな私が皇帝に?
国民の命を背負うなんて責任負いたくない。
「……皇帝になれば、勝負し放題です。政務は私が優秀な人材を確保して参ります。姫様は玉座にて思うようにお過ごしくださるだけで構いません」
これは……なんの勧誘だろう?
と言うか私、だいぶ出来ない人だと思われてない?
「あ、それじゃあさ、私が最強になってから私の言うことを聞く人に皇帝を譲ってあげる。それならいいよ」
完璧じゃん!
それなら完全に責任を押し付けながら自由に冒険できる!!
しかも私が最強!
「なるほど……。つまり、皇帝の妃になると言うことですね」
「ん? 何か言った?」
「いえ、なんでもありません」
♢♢♢
クランツェフト帝国の皇帝、ジゼット・クランツェフトは執務室の机に肘を乗せて深くため息をついた。
「なぜあれだけの才能に恵まれながら、私の言うことを聞かないのだ? レガリウス卿はあの歳の頃には魔法に関する論文の一つでも書いていたものだが」
宰相のリーブス・オブロン侯爵は、腕を組んで考えている。
「いささかあの怪物と比べられてはアリアーデ様も可哀想なのでは? 私の引きこもっている息子に比べたら、年相応の可愛らしい娘だと思いますが」
「ふん、お前の息子のように大人しければまだ良いものだが、あちこちから仕事にならんと苦情が来ているのだぞ?」
リーブスは珍しく愚痴をこぼすジゼットに、フッと笑った。
「陛下も歳を召されましたな。昔の陛下なら捨て置いていたでしょうに」
「そうだが……。しかし、このままでは私が退いた後、帝国は分裂を起こしてしまうだろう。カイネルやサンクタでは知恵はあっても力が足りぬ。力はあるが快楽主義者のレガリウス卿では最悪国を壊しかねん」
「たしかに、南部リンルードの貴族達は傲慢で、北部のルナール教徒では発展が見込めない。統一を急いだ影響が響いてきているとなると、やはり……」
「ああ。なんとしてもアリアーデを育て上げなくてはな」
2人はなんとも言えない表情で、虚空を見つめるのだった。




