8-2 正しい道
工場が立ち並ぶ街の中に私たちの秘密基地はある。
見た目はただの民家だけど、今は庭にたくさんのペグロック(武装バージョン)が立ち並び、お兄様の私兵と戦っていた。
レイが銃を構え、私のすぐ傍で護衛してくれている。
私は前に出て、魔法で声を大きく張り上げた。
「お兄様! 私はここにいます!」
やはりハンスの言った通り魔法が上手く発動せず、拡声器のようなノイズが入った。
お兄様の私兵が止まったのが見えた。
そして、その奥からお兄様が現れた。
「探したよ、アリア。別に俺はアリアを傷付けるつもりはなかったんだ。ほら、サンクタも皇城で待っているよ。早く帰ろう」
サンクタお姉様はお兄様に捕まっていたのか。
「わかりました。今行きますので、他の者に手出しはしないでください」
「いい子だね。ついておいで」
そのまま私はお兄様の用意した馬車に乗り込んだ。
「どうして、ハンス……レガリウス辺境伯を捕縛しようとしたのですか?」
いいや。
あれは捕縛なんかじゃない。殺そうとしていた。
「俺はずっと見ていたんだ。アリアの受けていた授業や、戦い。それよりずっと前から……そう、アイツが赤ん坊のアリアに魔法を教えたところから」
「私が赤ちゃんの時……」
ハンスの記憶を思い出す。
私が転生してすぐ。
白い紫陽花を作ってくれた男の子がいた。
私はその花を見て、この世界のことを初めて面白いと感じたんだ。
「気に食わないやつだ。俺よりニ歳年下のくせに、俺より強く、俺よりアリアの近くにいる」
「お兄様……だからと言って、こんなこと……」
「アリアも悪いんだよ? 俺を拒絶したりなんかするからだ」
違う。
ふざけるな。
「……お兄様のことは、ずっと嫌いです」
♢
皇城に着いてお兄様がした事は、私に手錠をかけることだった。
「これ……」
ドワーフの魔法無効化技術が使われてる……。
魔法が効かないから、壊すことができない。
「アリア、今から家族会議をしよう。アリアの執事はここでお別れだよ」
「姫様……お気をつけて」
深々と頭を下げたレイに、私は優しく微笑む。
「すぐ戻るから」
お兄様に連れてこられたのは黒い部屋だった。
そこには、同じく手枷がついたお姉様がいた。
「アリアちゃん……来てしまったのね」
「お姉様……この部屋って……」
椅子に座らされた私に、お兄様は告げた。
「父が死に、俺が皇帝になったら。アリアはずっとここで暮らしてもらう。サンクタ、お前は父を殺した罪で投獄だ」
何を言い出したかと思えば……。
狂ったお兄様の顔はもう正気じゃない。
「お父様に会わせて下さい」
とにかく、この魔法の使えない部屋から出ないと。
「だめだ。アリアーデはすぐ逃げてしまうから、このお部屋で過ごそうね?」
話し合いで解決出来るなんて、思ってた私がバカだった。
「アリアちゃん、クランツェフトをお願いね」
お兄様に連れて行かれるお姉様が部屋を出る時に、私にささやいた。
真っ黒の魔法無効化の塗料が塗り潰された部屋だった。
ひとりぼっちになった私は、どうにか脱出できないか部屋の中を物色する。
ランプの光しかないこの部屋で、私は無力だった。
なんか最近こんなことばっかり。
やっとゲームの中から出られたと思ったら、次は部屋に閉じ込められて。
魔法無効化なんて、ドワーフの洞窟に入った時以来だ。
あの時はハンスがいて……魔昌石でハンスが服を着替えてて……魔昌石?
私の手持ちの中には魔昌石がある。
首元にかかったネックレスを服の中から手繰り寄せて、虹色の魔昌石を握りしめる。
こんな時にコレしか頼れないなんて、本当に情けないな……。
私はそれに魔力を込めて、目を閉じた。
♢
本の匂いがした。
見知った匂いだし、好きな匂いだった。
「おや、それをお使いになられるとは……もうお話を陛下からお聞きしたのですか?」
ハンスは東塔の自室にて、片付けをしている途中だったようだ。
私の手錠を見たハンスは、魔法でお湯をかけてから手錠を破壊した。
「ありがとう……お父様? 何の話?」
「ああ、お聞きになられていないとは……。私はクランツェフトに宣戦布告をしました」
まるで散歩にでも行くような口調で、ハンスは続ける。
「ですので、今からレガリウス帝国に帰って戦争の準備をしてきます」
は? 戦争? 何言ってるの?
だから部屋をお片付けってわけ?
「なんでそんなこと……」
「おめでとうございます。あなたは皇位継承権第二位となりました。あの気狂いの第一位を倒して、私と戦う準備をなされてはいかがですか? そうですねぇ……開戦は一ヶ月後などはどうでしょう?」
「勝手に話を進めないでよ……」
待って。
ハンスは皇位継承権第二位だったはずでしょ?
私は、まだ第四位だったはずなのに。
「契約書が陛下の寝室に置いてあります。確認して、きちんと理解して来て下さい」
「……」
思考が追いつかない。
私は今から、お兄様を倒して、統治して、ハンスと戦うの……?
どうして……?
「ああ、そうだ。レイは貰っていきますね。彼もまたレガリウスに連なる者ですから」
「え……」
レイは私を裏切らない。
ハンスのところに行くはずがない。
一瞬、ジノに言われたことを思い出す。
『殿下を裏切れるように、そう育てましたから』
いつから?
ハンスはいつからこの時を計画してきたんだ。
心臓の鼓動が速くなる。
私の魂の色。
それよりも、ハンスの魂の色が、金色で……金色で?
ハンスの魂の色がわかるようになっている。
こんな時に気づくことじゃないのに。
あんなに黒く染まっていた魂は、どうしてか明るく、希望に溢れてるようで。
「リア」
そう呼ばれて、私はハンスを見た。
いつもと変わらないけど、それでも少し嬉しそうな表情でハンスは私を見ていた。
ああ、そうか。
この人は今、私との戦いを心の底から楽しみにしているんだ。
「――わかった。一ヶ月後、ちゃんと殺しに行くから」




