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8-6 欲しいもの

 私と彼の関係を一言で言うなら、共犯者だろうか。

 私は彼に挑みたいから手を握り、彼は孤独を埋めたいから私の手を取った。

 

 憧れを抱いてしまった。

 ――愛を知ってしまった。


 お互いが対価を支払って、私たちはここにいる。


「遅くなってごめん」


「二十五日。もう少しで遅刻するところでしたよ」


 そのままの雰囲気でキスしてこようとしたハンスに頭突きした。


「まだ許してない。レイを元通りにして」


「ククク。あの薬の効果は数日です。今頃クランツェフトであなたの帰りを待っているでしょう」


 頭突きされたと言うのに、嬉しそうにニコニコと笑っている。


「この、根腐れ野郎!」


 ハンスのほっぺたを両手で引っ張る。

 引っ張った時にハンスの犬歯が見えて、この歯で噛まれた事を思い出してしまった。


 ……なんで記憶が残ってるのよ!!


「顔が赤いですよ。熱ですか?」


 おでことおでこをくっつけてきたハンスを突き飛ばす。


「近い! 距離感保って! 死んで詫びて!」


「ああ……そう言うことですか」


 何がよ!

 上機嫌とはまさにこのことだろう。

 これほどまでに上機嫌を体現したやつはいない。

 ぺろりと唇を舐め、髪をかき上げたハンスは多分無敵だ。

 近づいたら私が死ぬ。


「と、とにかく、三日後! ボッコボコにしてやるんだから!」


「そのような様子で私と戦えますか? 今にも虚勢が剥がれそうです。……やはり、ハンナではなく私が手を下すべきでしたか……」


 な、なんてやつだ!

 こいつ強制的に私の恥の概念を塗り替えるつもりだ!


「意識してるってわかってるけど、ハンスのその色気……じゃなくて! その、妙に近い距離感を直せばいいだけじゃん!」


 そうだそうだ!

 全私が肯定している。

 そもそもだ。顔が良いのは別に、レイだってドミニクだってルヴィアだってラビットさんだってみんなそうなのだ。

 それに、私は顔よりも内面に惹かれる傾向があるから……って、それを言っちゃえばこんな……こんな性格終わってるやつのこと……。


「その顔で帰るつもりですか?」


 ハンスが近づいてくる。

 私は後退り、壁にぶつかる。

 そばにあった花瓶の白色の紫陽花を見ることに集中する。


 そういえば、今のハンスはいつもの服と違ってシャツ一枚だなぁとか、少しはだけてるなぁとか、疲れてるみたいで目元にクマがあったなぁとか――


「そ、そうだ! レイが見てるよ!」


 助けてレイ!


「それがどうかしましたか?」


 こ、こいつ……!!


「い、今は壁ドンとか顎クイとか流行ってないよ!!」


 目の前にハンスがいる。目を閉じて両手でガードした。

 いつまで経っても何もしてこない。

 左目を開けた。


「そう言えば、リアのネックレスはもう必要ないでしょう。ですから、新しいものを贈ろうと思いましてね」


 ハンスは片膝をついていた。

 恭しく私に献上してきたのは――


「指輪……?」


 上目遣いで私のことを見つめてくる。


「受け取っていただけますか?」


 それは、今することなのだろうか。

 こう言うのは、もっと雰囲気の良いお店とか、絶景の場所とか、こう……もっと……。


 ハンスが指輪のケースを開けると、そこには宝石のない、金で出来たシンプルな指輪があった。

 けれど、それは表面だけだ。私の魔眼は、このおぞましい指輪の本質をはっきり捉えていた。


「みなさん、リアと色々と契約されてますよね? 私も……してみたいのですが」


 いや、違うだろ。

 なんでみんなと同じが良いとか小学生みたいな事言い出してるのよ!


「あははっ! こんなの、誰がつけると思ってるの!?」


 効果1.私とハンスの魔力を足して割ってみんなに均等に配る

 効果2.私とハンスがこの指輪をつけている間、効果が発動する。

 効果3.……いや、これは効果じゃない。私へのメッセージだ。


「受け取ってくださらないと……」


 あ、やばい。

 何かされる。


 指輪とハンスの顔を交互に見比べて、見比べて……指輪をぶんどった。


「はい、受け取りましたー。これで――」


 何事もなく帰ろうとしたら、抱きしめられた。

 受け取ったんだから帰してよっ!


「ひぅっ!?」


 耳を舐められて、すぐに甘噛みされた。


「や、やめ……」


 そして蕩けきった私の耳に囁いた。


「あなたに勝ってみせますよ」


 私から離れて、今まで見たことのない真剣な目つきで私の心を射通した。


「あ……」


 ――効果3。

 アリアーデに勝った者だけが婚姻の資格を得る。


 心臓の鼓動がうるさかった。


「うん……」


 へなへなと腰が抜けた私は、気の抜けた返事しかできなかった。

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