8-3 契約魔具の本当の力
私はお父様の寝室に転移した。
お父様の意識はないようで、枕元の机にハンスの言った通り契約書が置いてあった。
皇位継承権第二位をアリアーデ・クランツェフトに委譲し、レガリウス帝国は国家として再びクランツェフト帝国へと侵攻する。
この契約書が書かれたのは十六年前。
そして、署名がされたのが今日だった。
「お父様……」
これも、私のせいなのだろうか。
もし私がここまでハンスに執着しなければ、ハンスはこの契約書を破棄したかもしれなかった。
でも……。
もし私がハンスを追いかけなければ、ハンスはきっと退屈で、魂も黒く染まったままだったんだろう。
「はぁ。いっちょやりますか」
私はいつのまにか笑っていた。
馬鹿らしい。本当に、馬鹿みたい。
私はお兄様を探すために皇城の至る所に転移した。
魔法の発動が上手くいかなくて、途中壁にぶつかりそうになったけど、私は笑っていた。
「お兄様みーつけた」
黒い部屋へ向かっていたお兄様の首を絞めて気絶させる。
そのままお兄様ごと転移して、牢屋にぶち込む。
「アリア様!!」
「あれ、リーンじゃん」
ラビットさんもいる。
「神よ! 申し訳ありません!」
「ごめんね。ちょっと忙しくなるから、リーンだけ借りてくよ」
私は檻の中のリーンの手を取り、お父様の部屋まで飛んだ。
「アリア……様?」
「お父様、毒を盛られたみたいだからリーン治せる? 治せなかったら、みんなを牢屋から出しておいて。あと、私がこの国の次の皇帝だから」
転移して、レイを探す。
皇城の前、私の部屋、レイの部屋、どこにも――いない。
右目に手を当てて、レイの視界を覗く。
けれど、当て布でもされているみたいに白く霞んで、何も見えない。
ハンスに連れ去られた?
だとしたら、助けにいかないと……。
でもどこへ?
ハンスの所にはまだ行きたくない。
私は秘密基地に飛んだ。
「ドミニク、ルヴィア、待たせてごめん」
ドミニクが指を口に当ててしぃっとジェスチャーした。
ルヴィアが寝てるみたいだ。
「ずっと気を張ってたからね。疲れが出たんだよ」
「そっか……ドミニクは大丈夫なの?」
「僕は……徹夜には慣れてるから」
少し沈黙が流れる。
私とハンスの話を契約魔具で聞いていたんだろう。
「もう僕の父に文は出した。皇太子カイネルは国家反逆罪により投獄。アリアが次の皇帝だ」
「うん、そうだね」
「ねぇ、僕と逃げない? ルヴィアも連れてさ。みんなでどこか違う国に行って、楽しくゲームして暮らそうよ」
ドミニクは下を向いていて、表情が見えなかった。
「そう、だね。そうできたら、きっと楽しいんだろうね」
「無謀だよ。魔力も復活したアイツ相手に、勝てるわけがない」
「そうだね。今度こそ死ぬかもしれないね」
否定はしなかった。
今度戦う時は、きっとどちらかが死ぬまでなのだろう。
「なんで……そんなに嬉しそうなんだよ……」
私はドミニクから目を逸らした。
私が、濁らせた色だから。
「私はこの世界で生きて、死ぬ。その覚悟が決まったから……かな?」
ここで逃げたら私はもう二度と起き上がれなくなるだろう。
そんなのは、死んでいるのと同じだ。
「僕はもう……守れないのは嫌なんだ」
懇願するような、熱のこもった言葉だった。
「ごめん……」
謝ることしかできない。
私がドミニクに出来ることは、もうない。
「……僕が、ここ数年何もしてないと思ってた?」
涙を腕で拭ったドミニクが、左手をかざす。
薬指にある指輪から伸びた魔力は、私の脚に伸びていた。
無線で、私の契約魔具と繋がっている。
「私の魔力が……使えない」
魔眼の力がなくなって、魔力が見えなくなった。
だけど、契約魔具から私の魔力がドミニクに流れていくのを感じる。
ドミニクの右手には、長細い氷のような宝石が握られていた。
それは、私の魔力を吸うたびに少しずつ伸びていく。
ドミニクは……私の魔力を使って魔具を作っている?
「全部、奪ってあげるから。アリアの魔力も、責任も、地位も。それでもアイツと戦いたいと願うなら――僕との契約を破棄して」
今、私が脚を切り捨てて契約魔具を失えば、契約を破棄できるだろう。ドミニクとの関係と共に。
赤く腫れた目に、ドミニクの決意が見えた。
私は捨てたくなかった。
もう何も。
「待ってる……その魔具が出来るまで」
ドミニクは何も言わなかった。
ただ、疲れたように壁にもたれてずるずると座り込んだ。青い光を放つ魔具を抱きしめながら。
椅子に座ろうと後ろを振り向くと、ルヴィアがこちらを見ていた。
「捨てれないのに、行くんだ?」
「うん」
「ねぇ、俺たちのこと愛してる?」
「うん、愛してる」
ルヴィアは私の前までやってきて、私の額にキスをした。
「嘘つき」
ルヴィアは私の両手を引いてベッドサイドに座らせた。
肉体の支配は受けていない。
それでも私の頭の中を覗いているルヴィアは、だんだん静かに泣き出していた。
「俺は……俺もみんなの役に立てて嬉しかったから……だから……欲張って、もっと欲しくなって。――こんな世界、なくなっちゃえばいいのに」
消え入りそうな声で、ルヴィアは言った。
ルヴィアの持っているそれは、自己嫌悪だ。
支配の魔法珠を持っていることに対しての、そしてそれしか頼ることの出来ない自分への。
「もう、いいんじゃないかな……。努力しなくて。ルヴィアはそのままで、綺麗なんだから」
ルヴィアの魂は綺麗だった。純粋だった。
私と違って。
「そんなこと言わないでよ……愛してよ。俺を選んでよ。あんなやつじゃなくて……」
ルヴィアは、私の手を取ってキスをした。
私の手が、勝手にルヴィアの首を絞める。
死ぬ気だ。
「ダメだよ、ルヴィア。だめ……」
パチン。
電気が走る音がした。
ルヴィアが気絶して、振り返るとドミニクが指輪の一つをルヴィアに向けていた。
「まだルヴィアは子供だよ。……本当に、バカなヤツ」




