7-6 血まみれのダンス
「皆、今日はめでたい日だ。私の娘、アリアーデのデビュタントである」
お父様が挨拶をしている中、私は周囲を観察していた。
天井に張り付いている蜘蛛型の機械のような魔具はドミニクのものだろう。
なんてもの作ったんだ。
カイネル兄様は私の隣に並んでいる。
「アリアーデ、挨拶を」
前に出て、参加者の顔を見ながらスピーチする。
「皆様ごきげんよう。わたくしはアリアーデ・クランツェフト、今年で16歳になりました。わたくしの他にもデビュタントを迎えられる方々に、お祝い申し上げます。今日は皆様心ゆくまでお楽しみください。夜会の最後に催し物がございますので、よろしければご参加下さい」
最後に笑顔とカーテシーを披露して下がる。
まだハンスは来てないみたい。
と言うか来るのかな?
さすがに今日は国1番の夜会だから来ないって言う選択肢はないと思うけど……。
それから兄様の挨拶が始まって、歓談の時間となった。
兄様は他の貴族との歓談で足止めを食らってるので、私にはちょっかいをかけてきてない。
「アリアーデ殿下。お噂はかねがね伺っております。もしよろしければ、私と踊ってはいただけませんか?」
「わたくし、もう最初に踊る方は決めております」
さっきから、踊ってほしいと言ってくる男性が絶えない。
まだ勝負もついてないし、全部断ってるけど。
最後にこの会場に入ってくる人だけ見ておかないとね。
会場の入り口で女性の嬌声が上がる。
何事か見に行くと、やっとハンスが来たようだった。
うわ、なんであんなに女性人気高いの……?
ハンスはニコニコと愛想を振りまいているように見えて、あの笑顔は不機嫌な時のものだ。
「リーン、レイがどこへ行ったかご存知ですか?」
もうそろそろダンスの時間が始まるからレイの所在を突き止めないと、誰と踊ればいいかわからなくなる。
「レイさんは見かけてないです……」
うーん、兄様の私兵から逃げ切れたとは思うけど、心配だな。
「あ」
入り口を見ていたら、レイが入ってきた。
結構追いかけ回されたみたいだね。
ハンスとレイが鉢合わせして、何やら会話をしている。
聞こえないので近付こうとしたら、ドミニク達に話しかけられた。
「アリア、結局どこにハンカチあったの?」
「見つからないんだけど、アリア持ってる?」
聞いてくると言うことは、2人とも見つけられなかったみたいだね。
「それはレイの胸ポケット……どうしましたか?」
2人の様子がおかしい。
私の後ろを見て固まってる。
「殿下、おはようございます。レイがなぜか殿下のハンカチを持っていたのですが、また何か勝負事ですか?」
おはようって夜なんだけど……。
振り返るとハンスが私のハンカチを持っていた。
なんでレイの胸ポケットから勝手に引き抜いてるのよ!
レイなんて、濡れた子犬みたいにしょんぼりしてる。
「……素晴らしいですわね。今しがたハンカチを探し出した方とダンスを踊る約束をしておりましたの。光栄に思うと良いですわ」
バサっと扇子を広げて口元を隠す。
私は半目でハンスを睨むと、当のハンスも嫌そうな顔をした。
「どうしてこのような時まで殿下と踊らなければならないのですか?」
私が聞きたいよ!!
練習でたくさん一緒に踊ったし、今日みたいな日に踊る必要性を感じない……。
「アリア、踊ってきたら? 僕はちょっとルヴィアに話があるから」
「何? 俺は話す事ないんだけど……」
「え、2人とも待って……」
ドミニクに連行されて行くルヴィアを見送りながら、どうしようかと考える。
音楽が鳴り出してるので、パートナーを早く見つけないと。
「あの青年は良さそうですね」
ハンスは離れて行くルヴィアをじーっと見つめている。
「ルヴィアの事を仰っているのですか?」
「この空間にある魔力はあの青年のものでしょう? 殿下よりも嬲り甲斐があるとは思いませんか?」
は? 私よりも強く見えるってこと?
そりゃ2年前よりはルヴィアも洗練されてるけどさ、それでも魔法が使えたら私の方が強いよ。
「……ルヴィアには手を出さないで下さい」
「なぜですか?」
なぜって……。
わかんないけど……もやもやする。
「とにかく、もうダンスが始まりますのでわたくしと踊ってくださいっ!」
無理やりハンスの手を取ってホールの中央に行く。
「まぁ他の令嬢と踊るよりは殿下の方がマシでしょうが」
しぶしぶと言った感じで踊り出す。
ハンスはまだルヴィアの方をちらちらと見ている。
ムカつく。
なんでこんなにイライラするんだろ……。
「……わたくしとの戦いでは満足できませんか?」
「おや、自覚がおありですか? 殿下は私を殺す気などないでしょう?」
そんな当たり前のこと……。
「死んでしまったら、もう2度と戦えないですよね……?」
「ええ。それが戦いと言うものです」
私は衝撃を受けて言葉を失った。
ステップを間違えてハンスの足を踏む。
「ご、ごめんなさい」
私がハンスを殺す気で戦うとしたら?
……頭を狙って、確実に息の根を止める。
いやいや、何考えてんの?
人は死んだら終わりなのに。
だから、私はこの世界でも思うままに遊んで楽しんでいこうと思って……。
それはハンスも同じ……はず?
「え?」
目の前が血で赤く染まる。
血?
どこからそんな……。
ハンスの顔を見上げると、口から血を吐いていた。
「ゴホッ。おや、殿下が2人見えますね……」
「ちょ、ちょっと! 待って!」
力が抜けていくハンスを支えながら横に寝かせる。
「キャーーー!」
近くで踊っていた令嬢が悲鳴をあげた。
周囲の人々が異常に気付いて、徐々に騒がしくなる。
突然のことに頭が回らない。
ハンスは私を見ていつものように笑っている。
さあ、どうするんですか?
と、言われているような気がした。
♢♢♢
ドミニクは、ハンスを殺すために動いていた。
ハンスは危険すぎる。
アリアーデに近付いていなくとも、何かしら対策が必要なぐらいには。
魔王をけしかける作戦は失敗したが、ハンスは自分で地雷を踏み抜いた。
誤算はあれど、計画はこのまま続ける予定だった。
そして、夜会の開かれる今日。
魔力貯蓄量を見るためだけに開発した眼鏡でハンスを直に見て、魔力過多の限界に来ていると確信した。
アリアーデとハンスの魔力を足せば必ず魔力過多になる。
あとは待つだけだった。
「ルヴィア、レガリウス辺境伯はもうすぐ倒れる。ルヴィアの環境支配で逃げないようにしてほしいんだけど」
「え? それ本当なの?」
ドミニクは静かに頷く。
この会話が聴かれていたとしても、もうハンスには何もできない。
ただ、自暴自棄になって暴れないかだけが心配だった。
ホールの中心で悲鳴が聞こえてきた。
その時が来た。
「ルヴィア、行くよ」
倒れているハンスにアリアーデが付き添っている。
血に塗れた顔には大粒の涙が溢れていた。
「いや、いやぁ! 死んじゃやだよ!! 私を1人にしないでよ!!」
「姫様! 気を確かに持ってください!」
レイが強くアリアーデを抱きしめて、落ち着かせている。
「アリア……?」
ドミニクは取り乱したアリアを見て固まった。
レイに支えられて、何かに縋るように泣くその姿はまるで……。
「ねぇ、ドミニク……アリアってもしかしてハンスの事が好き……なの?」




