7-1 誕生日の約束
十六歳の誕生日が来た。
今日まで、レイの用意した刺客やら魔物やらと戦闘訓練を積んできた。
ハンスを除いたら、この国で私に勝てる人はほとんどいないと思う。
レイとリーンを一緒に連れて、クランツェフトにある名前のない無人島に船を出す。
この島を選んだ理由は、本気を出せば島ひとつ消せる魔力量を持った私たちが戦うからだ。
……まぁ表向きはね。
「まさかアリア様との海での思い出がこんなことになるとは……」
リーンがしみじみと言う。
「私が勝ったら海水浴でもする?」
「はい! 水着姿のアリア様が見たいです!」
最初こそリーンは不安そうにしていたけれど、私の事を信じてくれている。
ハンスはと言えば、今は客室で本を読んでいる。
「レイ、今日私は人生の目標をひとつ超えるから、ちゃんと見ててね!」
「かしこまりました。姫様のご武運を祈っております」
レイは果実水を手渡してくれた。
バカンスに来てるみたいだけど、これから私は真剣勝負に挑む。
ハンスを倒したら、次は魔王を倒す。
十八歳まであと二年だけど、死ぬ気は毛頭ない。
♢
島に着いた。
この島は分身が出来るようになった頃、どれだけ本体を離れることができるか試した結果、見つけたものだった。
誰も来ないのでこっそり魔法の練習をするのに向いているし、魔物も小物しかいないから戦うにはちょうどいい。
「レイ、開始の合図はお願いね。リーンは離れてた方がいいかな」
「あ、私、回復薬を船に置いたままでした。始めててくださいっ」
そう言って、リーンは走って取りに行った。
リーンは最近回復薬の研究をしてるみたいで、自作の物を持ってきたみたいだ。
「じゃあ準備いい?」
「構いませんよ」
ハンスは魔法戦の時と同じように杖を持っている。
レイが銃を上に向けて構える。
戦いの合図が鳴ったと同時に、私は契約魔具ではなく、異次元からラビットさんにもらった剣を取り出す。
あらかじめ創造魔法で複製してあるので、ストックはたくさんだ。
――まずは派手に新しい魔法を見せつける。
ハンスは初めて見る魔法を見て顔が綻んだ。
だが、すぐに苦痛に変わる。
「おや、これは……」
私が特別に創った分身は数ヶ月前からずっとこの島に居た。
この瞬間のためだけに。
ハンスの胸には背後から私の分身が刺した剣が刺さっている。
「かはっ」
私の分身もハンスの反撃、氷柱を食らって血を吐いた。
「魂をいじりましたね……」
「私の――」
勝ち、と言おうとしたらハンスがニヤっと笑った。
「急所はそこではないですよ?」
胸に剣が刺さったまま、ハンスは背後の私を氷漬けにした。
まずい、氷漬けじゃ魂を回収して再構成できない!
「じゃあどこ狙えばいいのよ!」
首を指差したハンスは、そのまま上空へ転移して剣を引き抜いた。
みるみるうちに、ハンスの傷が塞がっていく。
「ッチ。プランA失敗か」
でもまだ終わりじゃない。この島には、そのための仕込みがある。
私は隣に空間の穴を作って、そこに次々と剣を投げ込む。投げ込まれた剣が、ハンスの周りに無秩序に開いた空間の穴から飛び出して行く。
ハンスは剣を避けるために転移を繰り返して、避けながら移動していた。
「おやおや……」
転移を繰り返していたハンスの動きが、空中でほんのわずかにぶれた。
仕込んでいた極細のワイヤーが、足首に絡んだのだ。
罠の近くにはあらかじめ空間の穴の出口を作っていたので、私は迷わず剣を投げる。
手応えがあった。
けど、致命傷じゃない。
空を捨てたハンスは地上に転移した。
それを、私は待っていた。
第二の罠は爆破だ。
地面が爆発し、鉄の針が飛び出す。
だが、ハンスは私の魔法を真似して、空間の穴を開けて私に返してきた。
「ちょっ、真似するの早すぎッ!」
とっさに転移して安置に行く。
だめだ、畳みかけないと勝てないのに。
「便利な魔法ですねぇ。もう少し試しても?」
「だめ! 使用料は高いからね!」
「言い値で払いましょう」
そう言って、ハンスも空間に穴を開けて手を突っ込んだ。
最悪な展開になった。
たくさんの空間の穴が私の近くに開いて、ハンスは魔法を打ち込む。
「どれが正解でしょう?」
穴からやってくる氷柱を斬る。ツタを焼く。雷撃を避ける。
けれど避けたはずの雷が、別の穴からまた襲ってくる。
が、これが本命だ。
さらに追加で雷撃が増えて、どの穴からやってくるのかわからない上に、氷柱もツタも混じってやってくる。
転移で避けようにも罠のせいで逃げ場が少ない。
「楽しいですねぇ」
全然楽しくない!!
雷撃着弾のタイミングをずらされ、致命の攻撃をいなし続けて、ハンスの近くに穴を開けて反撃もしてみたけど、攻撃の数が多すぎる。
「プランC!」
島の上に巨大な穴を開けて、海と繋げた。
途端に頭が痛くなる。すぐ閉じたのに、もう魔力がほとんどない。
影が落ちる。とてつもない量の海水が降ってきた。
私はナイフを構えてハンスの元まで走った。
ハンスは一瞬、上空の海と私を見比べて、そして笑った。
ハンスの杖を持った右手が上に掲げられた時、上空の海が割れ、陽の光が差し込む。
私はそのままの勢いで、海を裂いて私たちが死なないようにしているハンスに飛び込んだ。
「捕まえたっ!」
ハンスの首元にナイフを当てて、勢いのまま押し倒す。
海水が落ちる轟音が聞こえてきた。
「もし、私が海を割らなければ全員死んでいましたよ?」
「こうするしか、勝てそうになかったし……」
なんとなく、ハンスなら勝負より私たちを優先してくれると思ってしまった。
「これで私の勝ちだよね!」
ハンスは私を見上げたまま、すぐには何も言わなかった。
いつもなら先に嫌味の一つでも飛んでくるのに。
「……なるほど」
ひどく静かな声だった。
「これでは、もう駄目ですねぇ」
ハンスは自虐気味に、ため息をついた。
「おや?」
ハンスの視線が、ゆっくりと私の顔をなぞる。
それから、首元へ落ちた。
私は何を見られたのか一瞬わからなかった。
けれど次の瞬間、ハンスの目が細められた。
「……興が削がれました」
低い声だった。
「え……?」
私は眉をひそめる。
何を言っているのかわからない。
「ちょ、何してるの!?」
首筋のナイフを気にせず、ハンスは体を起こしてくる。
さらに深くナイフが首に刺さっていくので、さすがに私もナイフから手を離した。
しかも切れた側から治っていくのを見て、私はドン引きする。
そうこうしているうちにハンスは私の首筋に噛みついた。
「痛ッ! や、やめて!」
慌ててハンスを引き離しにかかるも、びくともしない。
そばに控えていたレイも慌てて止めにかかるが、ハンスは見もせずに、レイを氷の檻に閉じ込めてしまった。
「姫様!! ハンス、何をしているのですか!!」
「これは味からして呪いですねぇ……。いつのものですか?」
そう言われて、私はハッとした。
最近は、魔眼でもわかるくらい首筋の呪いが濃くなっていた。
「……魔王から」
小さくそう言うと、ハンスはなるほど、と笑った。
「あの時ですか。少々お待ちください」
「え?」
次の瞬間、ハンスの姿は消えていた。
そして、本当に数分後。
首を絞められた魔王を提げて、何事もなかったように戻ってきた。
「ちょ、ハンス!?」
「離せ! 急になんなんだよ、お前!」
「魔王城には昔行った事がありましてねぇ。その時魔王は不在でしたが、いつでも玉座の間に瞬間移動できますから」
いや、魔王城に行くのに気軽すぎない!?
「はぁ!?」
ほら、魔王も驚いてるじゃん。
「ああ、自己紹介が遅れましたね。私、殿下の家庭教師をしておりますハンスと申します。七年前、私のこの方に呪いをかけたのは貴方ですね?」
ハンスは私の方に魔王の顔を向けた。
「お前のことはよく知ってるよ。あの娘の呪いは俺のだけど?」
事実確認だけ済ませると、ハンスは魔王の首を握りつぶしてしまった。
「は、ハンス!? え、魔王死んじゃった……?」
あまりの出来事に頭の処理が追いつかない。
私が倒したかったとか、なんですぐ殺すのとか、思考がぐるぐるする。
「ま、魔王が……」
檻の中のレイが膝から崩れ落ちる。
「これで殿下の呪いも解けたでしょう」
満足したような顔のハンスを見て、少し呆れた。
「勝手に倒さないで……うぐっ!?」
突然私の身体に衝撃が走った。
『この身体、借りるよ』
頭の中から声が響いて、私の魂は隅っこに追いやられた。




