7-3 お気に入り
離島でアリアーデが倒れた後のこと。
船に着いたリーンは、アリアーデの服を脱がして体の傷を改めて確認した。
まさかハンスが魔王を連れてくるとは……。
魔王が死んだ時。リーンはドミニクとの計画が終わったと思っていた。
リーン達の計画は、魔王討伐の際に魔王の魂をハンスに入れて魔力過多を誘うことだった。
ハンスの肉体はその魔力を抑えきれずに自滅する。
でも魔王の魂は、アリアーデに乗り移ってしまった。
幸いすぐに魔王は消えたが、一歩間違えればアリアーデも危なかった。
「今から私の魂を殿下に繋げます。少し、部屋から出て行って下さい」
ハンスに部屋を追い出されたリーンは、レイと情報共有した。
「アリア様とハンス様の戦いはどうなったんですか?」
「勝負自体は姫様の勝ちです。その後、ハンス様が姫様に呪いがかかっていると見抜きました」
「さすがアリア様ですね! でも呪い……?」
18歳で死ぬ呪いは魔王遭遇イベントで起こる。
リーンはアリアーデが呪いを受けたなど何も聞いていなかった。
「あと2年で発動するから、ハンス様でもわかるくらいに呪いが濃くなってたんだ……」
本当なら18歳になる数ヶ月前くらいに魔王と遭遇する。
通常より早く遭遇したから、ハンスもわからなかったのかもしれない。
「それより、姫様の容態はどうでしたか?」
「外傷は……プライベートな話なのでお伝えできませんが、今からハンス様の魂をアリア様に繋げるそうです」
魂を繋げるなんて、リーンは初めて聞くことだった。
どうやってするのか、した後はどうなるのか全くわからない。
「そうですか……」
レイの表情は辛そうだった。
リーンはドミニクとの計画がハンスにバレていて、先に仕掛けてきたのかと思っていたが、まだ確信が持てなかった。
「アリア様……」
しばらく待っていると、ハンスが船室から出てきた。
「ハンス様、その魔力……」
レイが信じられないと言う顔をした。
「ど、どうしたんですか?」
「おっと、漏れていましたか。大したことはありません」
ハンスはそう言って、外へと出て行った。
リーンはアリアーデが無事なのか、船室に入って確認しに行く。
「よかった……」
目覚めてはいなかったが、アリアーデは無事だった。
リーンはそれから皇宮に帰るまでずっと付き添っていた。
♢♢♢
レイは、ハンスを追いかけていった。
「姫様の魔力の肩代わり……苦しくはないのですか?」
2人分、しかもアリアーデの魔力を持っているなど、正気の沙汰ではない。
あの魔力漏れがなければ、誰も気付かなかっただろう。
「ええ。問題はありません」
「……ハンス様は、姫様の事をどう思っておられるのですか?」
聞かずにはいられなかった。
もしこれがハンスの思惑通りなら、アリアーデをどうしたいのか。
「私はつまらない戦い方を選んだ殿下に怒っているんですよ。これはその罰です」
レイはアリアーデの戦い方を思い出す。
ずっと魂の分離を隠していた事にも驚いたが、あんなにも捨て身で攻撃するところは初めて見た。
アリアーデですら、ハンスに対してあの決着の方法でしか勝てる手段が思いつかなかったかもしれない。
「……少なくとも、私は殿下に尽くしてきたつもりなんですがね。なんのために鍛えたと思っているのでしょうか?自殺なら他でやってもらいたいものです」
一つわかるのは、アリアーデの心の中にはハンスへの信頼がある。
それはどんな形にせよ、アリアーデを勝ちに執着させる。
「……ハンス様に勝つためですよ。姫様はずっとあなたに勝つためだけに魂を偽ってきたのですから」
「勝ち負けに拘りすぎです。強さの本質はそこにはないと思いますが」
「姫様は昔から自身を賭けて勝負を持ちかけますからね。そうでもしないと相手にされないと思っているのでしょうが。それとは別に、大切な人を殺す事など姫様にはできません」
ハンスの望む戦いとは勝負ではなく、命の取り合い。
「なかなか殿下も悲しい性をお持ちのようですね。……あの仕打ちをして、それでも折れないとは。私も初めてですよ」
ハンスは暗い笑みを浮かべると、海を眺めた。
♢
リーンがいなくなってから、すぐに料理が来たので食べる。
リーンどうしちゃったんだろ……。
気になるけど、あんまり魔法も使えないしなぁ。
多分この感じ、ハンスの魂で魔法を使いすぎると混ざって戻れなくなる。
「ねぇ、レイ。2人分の魔力を抑えられる人間っていると思う?」
「……ハンス様の事が気になりますか?」
「べ、別に気になるとかじゃなくて、私のせいでハンスが苦しんでたら目覚めが悪いし……」
「戦闘ではあのように傷付けていましたが……」
戦闘中にできる傷と戦闘以外の傷って別物じゃないの?
……うーん。
「だってハンスに死んでほしくないし……」
さすがに倫理観はハンスよりあると思ってる。
この世界が本当のゲームだったら、何も考えずにただ敵を倒して回れるのにな。
「それはハンス様が大切だと言うことですか?」
「それは大切でしょ? 友達、いや師匠? それともライバル? 目標? いなくなっちゃったら困るし……」
「でしたら、ハンス様と対話すべきです。心配なのでしょう?」
そうだけどさ……。
あの別れ方で今更戻るのもちょっと気まずいし……。
「レイが聞いてきてよ……」
「それは……」
「アリア!! 大丈夫か!?」
カイネル兄様がやってきた。
ちゃっかり抱きついてこようとしてきたので、やんわり断る。
「私は大丈夫です。お父様はもうこの件は知っているのですか?」
「ああ。だがレガリウス辺境伯の処遇を決めかねている。アリアを危険に晒した罪は万死に値すると主張したが……。アリアも被害者だろう? きちんと処分を主張すべきだよ」
はぁ。
こう言う時だけしゃしゃり出て。
「私はハンスに何か処分を言い渡す気はありません。お父様だってそのつもりなんでしょ?」
「……アリアは今危険な状態なんだよ? その魂の回廊も俺と結べばいいだけだ」
「そうですか。他に言うことはありますか? 私は今からお父様に会いに行ってハンスの事を話してきますから止めないでください」
ハンスの事だから、売り言葉に買い言葉で処分重くなっちゃいそうだし、私が直訴すれば大丈夫でしょ。
そもそも魔王倒せたんだからいいじゃん。
揚げ足取りたがる人ばっかりなんだから。
皇城まで歩きながら思う。
カイネル兄様は危険だ。
多分、私のせいだと思う。
私が小さい頃に無視しすぎたせいで、あんなに拗れてる。
だからって今更どうしようもないんだけどね。
「レイ、出来るだけ兄様の動向はチェックして。でもレイも危険だと思ったらすぐ引いてくれていいから」
「かしこまりました」
私はアポを取らずにお父様の執務室に直行した。
扉をノックする。
「お父様、私です。アリアーデです。今よろしいですか?」
すぐに扉は開いた。
執務室の中には、お父様とドミニクのお父様のリーブスさんがいた。
「お話中でしたか? でしたら申し訳ありません。ですが、伝えたい事がありまして」
「アリア。無事でよかった……。心配したんだぞ?」
お父様は私を招き入れて抱きしめてくれた。
「……ごめんなさい」
「アリアーデ殿下。無事で何よりです。ここへ来たと言うことは、やはり辺境伯の件ですね?」
リーブスさんは察しがいい。
長話になりそうなので、お父様の隣のソファに座る。
「そうです。私をハンス様は助けて下さいました。ですのでどうか寛大な処分をお願いします」
「ふむ……」
「陛下。せっかくかの辺境伯がどのような処分も受けると言ったのですから、ここはレガリウス領に帰っていただくのがよろしいかと」
え、処分を受ける?
あのハンスがそう言ったの?
「うそ……。それ、ちゃんと本物ですか?」
「殿下。気になっていたのですが、辺境伯から数多の嫌がらせを受けていると私の息子が言っていたのは本当ですか?」
……嫌がらせなのかな?
少なくとも私の身にはなったし、嫌だったけど耐えれたし……。
「ハンス様は教育が厳しいだけです。それは現代の教育の価値観では不適切かもしれませんが、一つ言えるのは普通の授業よりは楽しかったと言えます」
毎日違う事をして、興味のない科目でも緊張感があって、前世の学校よりは少なくとも充実してた。
いや、苦痛だったけどさ。
「なるほど。そこまで辺境伯をかばう理由は何かありますかな?」
「かばってるつもりはありません。主観的に見て言っているだけです。それに、まだ家庭教師の任は終わってませんよね?18歳までだったはずです」
リーブスさんは顎ひげをさすりながら考えている。
「リーブス、1週間後にはアリアのデビュタントも控えている。処遇の事はその後でもいいだろう」
「はぁ。わかりました。お二人ともどうしてそうも呑気……いや、なんでもありません」
多分ね、お父様も強い人は好きなんだよね。
特にそれがもたらす弊害があったとしても、強さと言うものには一定の価値がある。
価値があるものは側に置きたい。
つまりはお気に入り……って、別にハンスがそうと決まったわけでは……。
「と、とにかく。この件での私の立場は表明しましたから、後はよろしくお願いしますね!」




