7-2 魂の回廊
目を覚ますと、いつもの寝室の天井だった。
鼻に詰まっていた吐瀉物の匂いもなく、何事もなかったかのようにいつも通りの私だった。
だけど、気持ち悪いから浄化魔法かけとこ。
白い光が体全体をつつむ。
ふぅ。なんかスッキリ。
ほんと有り得ないよね。
乙女の体に何してくれんのよって感じ。
あの時目覚めたときの痛みは、切れ痔と胃痛が酷くて思い出したくもない。
「はぁ、ハンスに会ったら1発殴らないと」
ベッドサイドから足を出して起きあがろうと姿勢を変えると、部屋の隅で椅子に腰をかけて本を読んでいるハンスがいた。
「っは!? な、何してるのよ!」
普通、病人がいる部屋で人が座る場所と言えばベッドサイドでしょ!?
浄化魔法かけるところ見られた!?
恥ずかしいんだけどっ!
「大胆ですね、殿下」
言われて体を見ると、全裸だった。
「な、な、何で私、服着てないの!!」
布団を手繰り寄せて逆のベッドサイドから降りてハンスから遠ざかる。
「何でだと思いますか?」
「知らない!」
顔が熱くなっていくのを感じる。
「では授業です。魂と言うのは、一度身体の深部からズレると離れやすくなります。殿下が魂の分離などするせいで、それはもうグラグラです。ここに、魂の取り扱い方という魔術書がありますが、そこには一度魂がズレてしまった際の対処方法と言うものが書かれています」
ハンスが持っていた本の表紙をこちらに向けて指差す。
「さて、問題です。殿下の魂を元に戻す方法は何でしょう? ヒントは濃厚な接触が必要になります」
つまり、その方法が私が裸である理由ってこと?
でも男女が裸ですることと言えば一つしかなくない?
え、私の推測が当たってたらすごい嫌なんだけど。
「……ハンスが私と……その……あれするってこと?」
「ああ、気づかずに申し訳ありません。殿下は今、発情期と言うことですか?」
「は、はぁ!? なんでそうなるのよ! 答えを教えてよ!」
恥ずかしすぎるんだけど!
なんでそんな発想が出てきたの私!?
裸なのが悪い!
ハンスは楽しそうに本を捲って読み聞かせる。
「魂を元の位置に戻すには、いくつかの方法がある。1.被術者の執着している相手と魂の回廊を結ぶこと2.被術者の親族の魂を切り分けて移植する3.被術者と魂の絆が出来ている相手が触れ続けること、と書かれています」
「私が裸の理由がないんだけど?」
「ああ、その理由はありません。強いて言えば、私が楽しいからです」
ふざけるな。
もう、消し炭決定。
体の芯から燃やしてやる!
「死ね!」
手をハンスの方に向けて、魔法を放とうとした。
だけど、炎を出そうとしても一向に出てこない。
「え?」
「魔法は使えませんよ」
「……どうして?」
「魔力回路は魂が中心だと習いませんでしたか?」
そうだった。
魂は魔力の司令塔って言えばわかりやすいかな。
今私はハンスに魔力を預けて魂自体を引っ張ってもらってる。
恐らく健常者同士が魂の回廊を繋げば、魔力共有できるような技術なんだろうけど、こういう使い方もできるんだ……。
「……結局私はどの方法で魂の位置を戻してるの?」
「やっと本題に行きましたか。1番です」
は? 私がハンスに執着してるってこと?
……今まで勝つことに執着はしてたけど、そういうことか。
「あと、心の中も気をつけないと。聞こえてきてますよ?」
なにそれ。
ってことは、さっきの心の中も聞かれてたってこと!?
は、はは……。
冷静になれ私!
「その本貸して」
顔は赤い気がするけど、もうこの際体を隠す布は必要ないや。
心も筒抜けな以上どうでもいい。
体を隠すことをやめた私は、強引にハンスから本を奪い取った。
読んでみると、たしかにハンスが言ってることと同じことが書いてあった。
しかも、この方法が1番リスクが低くて回復が早いとも。
「もう1人の私の体はどうなってるの?」
「もう魂の分離は出来ませんよ。定着剤として使いましたから」
そんな……。
私の切り札が……。
「あのような策を弄せずとも、殿下は私に勝つことができますよ」
まぁ、勝負としては私の勝ちだしね!
……あれがハンスの本気じゃないのはなんとなく分かってるけど。
「今度は本気出してよね!」
「……そうですね」
「じゃ、私リーンのところ行ってくるから」
相変わらず笑顔なハンスを置いて部屋の外にでることにした。
もう全裸でもいいや。
恥ずかしいって思うから恥ずかしいだけ。
「この皇宮の敷地外に出ると回路が外れますから気をつけてください。あと」
パチンと指を鳴らす音が聞こえて、気がつくと服を着ていた。
これはハンスの趣味か。
修道服のような格好に少しフリルがついていて、清楚のようでかわいい服。
結構好きなタイプでなんかムカつく。
外に出ようと部屋の扉に手をかけて気づく。
……と言うか、魂が繋がってるってことは私もハンスの魂経由で魔力が使えるって事じゃないの?
物は試し。
私も指をパチンとして、リーンに作ってもらったいつもの服に着替えることに成功した。
「ふん。できるじゃん」
『ああ……壊したい。今すぐに』
何か魔力と一緒に嫌な思考まで流れ込んだ気がした。
ギギギギとゆっくり顔をハンスの方に向けると、いつもと変わらない笑顔があった。
こわっ。
背筋が凍りそう。
何もしてこないみたいだから、今のうちに退散しよう。うん。
♢
部屋の外に出て行ったアリアーデを見送ったハンスは、ふらついて膝をついた。
「……2人分の魔力は……無理でしたか」
今のハンスはアリアーデと2人分の魔力をその体に宿していた。
いつもは、魔力を常に運用して魔力過多になることを防いでいただけに、さらに増えた魔力を消費しきれない。
魔力暴走を抑えるだけで精一杯だった。
アリアーデに打ち明けることもできたが、誰にも言いたくはなかった。
そもそも、本気でこの魔力を消費しようとしたら皇宮は軽く吹き飛ぶ。
アリアーデの言う本気の戦いとは、ハンスに言わせれば殺し合いではなくただの手合わせ。
あの戦いでアリアーデが求めているのは、永遠に遊べる壊れないおもちゃだと言う事がわかった。
それが無性に腹立たしい。
♢
「姫様、お加減はいかがでしょうか?」
寝室を出たら、レイが出迎えてくれた。
「レイおはよ。私は元気だよ?」
「そうですか……。3日間眠っていらしたので、陛下やリーンも心配しております」
えっ、3日も寝てたんだ……。
さっきからお腹も鳴ってるし、何か食べないとね。
「リーンはいる? 食堂で待ってるから、呼んできて」
「かしこまりました。今は医務室ですので呼んで参ります」
食堂に移動して、料理を準備してもらう。
私の心の声ってハンスに聞こえるのかな?
ちょっと試しに何か伝えてみようかな。
『ハンスさん聞こえますか……?今あなたの心に話しかけています……』
『気軽に話しかけてこないでください。今後無断で話しかけてくる度に魔力使用量を制限しますよ』
ご、ごめんって。
携帯のデータ使用制限みたいなこと言わないでよ……。
ハンスさんは気難しいなぁ。
ま、私は一度ハンスに勝ってるから心に余裕があるんだよねー。
体の調子もいいし、魔王もいなくなったし、もうこの国は平和になってゲームから解放されたって感じする。
「アリア様、お待たせしました! 無事で本当によかったですぅ」
「あ、リーンおはよ! なんか魂はハンスと繋がっちゃったけどね。私の魔力を持ってもケロッとしてるなんて、ほんとハンスは化け物だよ」
「え、魂が繋がると魔力もハンス様が持つんですか?」
リーンは禁書とか呼んでないから知らないと思うけど、魂とか呪いの事はだいたい禁書に書いてある。
「そうだよ? 私も無理やり魔法使うのには成功したけど、多用は出来なさそうで不便だなぁ」
「アリア様、私急用を思い出したので失礼します!」
そう言ってリーンは走って食堂を後にした。




