1-5 レイ・クレバンスの日記
ーレイ・クレバンスの日記ー
本日の姫様
・5歳266日
・身長108.6cm
・体重16.5kg
・体温36.5℃
・魔力量:赤
・排泄:6回
本日の体調は問題なし
・朝食
野菜サラダ
スクランブルエッグ
くるみパン
・昼食
冷麺
ブルーベリーゼリー
・夕食
白身魚のソテー
白パン
コーンスープ
朝からサンクタ第一皇女とお話しされる。
その後、中庭にて魔法で強化したバナナを木に打ち付けて遊ばれる。魔力操作に失敗してバナナは破裂。
夜、寝室でダーツの練習。
深夜、いつものように見回りに出向くと姫様の寝室の前で皇太子殿下であるカイネル様に遭遇。
本日で遭遇10回目。
なんとか寝室に入られる前に阻止。
そのまま姫様に関する談笑開始。
第一皇女であるサンクタ様の動向を探られるが、予め用意していた偽りの情報を伝える。
その後もなかなか寝室の前を立ち退かないカイネル様に、姫様の作られた魔法の花(ゴミ箱の中にあった失敗作)をお渡ししてお帰りいただいた。
自室に戻り、姫様の寝室を盗聴しながら就寝。
♢
姫様の体調は万全に管理しています。
旧レガリウス帝国の元暗殺者一家だったクレバンス伯爵家は、現在では最高の使用人を輩出する一家として知られています。
主人に仕えるために幼少期から特殊な訓練を受け、主人の趣味趣向を把握し、主人の望む結果を導く。
それが優秀な執事と言うもの。
本来ならば姫様が6歳の時期から仕える予定が、姫様の能力的な問題で早まってしまいました。
私はクレバンス伯爵家5人兄弟の末っ子で、唯一の魔眼持ちであることと、年齢的に1番良いだろうと当てがわれたため、兄達からは「能力が1番劣っているのに運がいい奴」など散々言われてここへ来ました。
実際、魔力量が一般的な貴族より劣っており、特技と言えば射撃の腕ぐらいでした。
しかし、そんな兄達なんてどうでもよくなるぐらい姫様は素晴らしかった。
幼い体に似合わぬ聡明な頭脳、穢れのない純白な魂。
優秀な方にお仕えできる事は執事にとって至上の喜び。
姫様の邪魔になるものは徹底的に排除していかねばなりません。姫様の噂を聞きつけて、利用しようと言う輩はどこにでもいますから。
姫様ならば利用されることはないでしょうが、目に入れることすら不快ですからね。
……最近は姫様のご兄妹様達が怪しい動きをしているようです。
姫様は気づいておられないようですが、私が気付いたのは、姫様の寝室に盗聴魔具を仕掛ける時に既に先客がいたからです。
いつからかはわかりませんが、それを見つけた時には驚いたものです。
それに驚いたのと同時に、納得もしました。
図書館から盗聴、盗撮関係の魔具の書籍が全てなくなっておりましたから、恐らく気付かせないための工作なのでしょう。
ひとまずその時は何もせず、この姫様の住む館で怪しい動きをしている者を特定することにしました。
そして数日経ち、日中に怪しい人物は現れなかったため、深夜に姫様の寝室に侵入している者がいるということがわかりました。
そこで、私は深夜に見回りをすることに決めました。
見回りを始めて1日、すぐに犯人はわかりました。
このように早くわかるとは思ってもいなかったため、あまりにも頻繁に姫様の寝室にご来場している事に焦りを感じました。
もっと早くに盗聴魔具をしかけるべきでした。
「カイネル皇太子殿下、こんな夜遅くにどうされましたか?」
「ん? 君は……アリアの執事だったかな」
「左様でございます。定期的に夜の見回りをさせていただいております」
「ほう、精が出るね。早く休むと良いよ」
「私は今から姫様の寝室に向かうところでした」
「へぇ。じゃあ一緒に向かおうか」
「かしこまりました」
カイネル様は迷う事なく姫様の寝室に辿り着き、扉の前で立ち止まる。
「君はアリアに何の用があったのかな?」
「私は姫様に毛布を取ってくるように頼まれておりました」
もちろん嘘ですが、このような場合を想定して毛布を持ち歩いております。
「なるほど。実は俺もアリアに呼ばれていてね。定期的に尋ねるようにしてるんだ」
嘘でしょうね。
わからないとでも思ったのでしょうか?
「では、失礼致します」
コンコンとノックをする。
返事はもちろんありません。
「恐らく姫様は待っている間に眠られたようですね」
「そのようだね。あぁ、でも俺は兄だから寝顔でも見て帰ろうかな?」
狡猾なお方ですね。
兄と言う立場を存分に使っていらっしゃる。
「では、私も姫様が冷えるといけませんので毛布をお掛けしたいと思います」
扉を開けると、規則的な寝息が聞こえてきました。
姫様の寝室は、天蓋付きベッドを中心に白を基調とした家具で揃えられております。
カイネル様は姫様を起こさないように、足音を全く立てずに近づいていきます。
私もそれに倣い、姫様に毛布をお掛けしました。
用事は全て済みましたので帰ろうとしたところ、カイネル様が小型の録画水晶を指で弾いてベッドの天蓋に付着させる所を見てしまいました。
かなり素早い動きで、並の人間では気付くことも出来なかったでしょう。
私の目の前で……舐められたものです。
明日、侍女にそれとなく天蓋が汚れているとでも言っておきましょうか。
洗濯すれば録画水晶も壊れてしまうでしょう。
その日を境にして、カイネル様はぱったりと来なくなりました。
しかし、私も一晩中見回りが出来るわけではありません。
恐らく私が見ていない隙に来ているはずです。
対応をどうしようかと悩んでいたある日、サンクタ様が私の自室を訪ねてきました。
曰く、あの日の出来事は見ていた、と。
言われた瞬間に理解しました。
サンクタ様の寝室の窓から、姫様の寝室の扉が見える事を。
つまりサンクタ様も常日頃から姫様の寝室の扉を監視していた、と言うことを。
「ねぇ、私と取引しない? 私が欲しい物はアリアちゃんの情報全て。私が渡せる物はアリアちゃんと執事君の欲しがる情報全て」
「……サンクタ様は姫様をどうなさるおつもりなのですか?」
「私はアリアちゃんの事がだぁいすきなの。君もでしょう? そうじゃなきゃ……こんなことしないでしょ?」
じゃら、と見せてきたのは盗聴魔具でした。
私がいつも購入している魔具ブランドと同じ物。宝石に似ており装飾品に偽装できるので愛用しています。
殺すかどうか瞬時に判断し、結果もう少し探りを入れることにしました。
「皇位継承をなさるおつもりはありますか?」
継承権第三位であるサンクタ・クランツェフトがなぜ私に接触したのかを知る必要があります。
「うふふ。今の所はしないわぁ、興味ないもの。勘違いしないでね。私はアリアちゃんの中身が気になるの。情報は私に力をくれる。けれど、つまらない情報はほしくないのよ? アリアちゃんは絶対面白いでしょう?」
このお方は自治組織や、新聞社などにコネを持ち、様々な情報を閲覧、操作できる立場にある。
ゴシップ好きの女狂いと一時期囁かれたこともあるほどの同性愛者です。
「姫様の身に危険が及ぶようなら、貴方様とて手段は選びません」
後ろ手に静かにナイフを構える。
「いいわぁ。それでいいの! アリアちゃんのために命をかけれる人材が欲しかったの! これ、皇位継承権第八位、ラウルポール伯爵の情報よ。ねぇねぇ、早く。見た? 身分を偽装してあげるから――殺してきて、ね?」
渡された書類にはこう書かれていました。
"アリアーデ・クランツェフト第二皇女暗殺計画容疑"と。
この手で命を奪うのは久方ぶりですが、姫様のためであれば──その一線を越える覚悟は、とうに出来ています。




