5-8 君の瞳は一万ボルト
捨てられた。
そう、レイは思った。
本気の殺し合いが始まったと思い、横槍を入れてしまった。それはレイの心の弱さからなのか、自分を見てほしいと言う想いからなのか、もはやわからなかった。
壊れていた。
心が、もう限界だった。
耳元の盗聴器から聞こえてくる声が、楽しそうな主人の声が、レイの心を抉る。
素直に気持ちを伝えれば良かったのだろうか。
雨に打たれて泣きそうだった貴女を、抱きしめればよかったのだろうか――。
♢♢♢
ドラゴンの血が体から抜けて元に戻った後、ふた晩寝た頃にはレイとリーンが帰ってきていた。
執務室の机の上にはドラゴンの小瓶が全部で10個。
10回分のブースターがそこにはあった。
しかし、気分は良くならなかった。
もちろんゲームが禁止なせいもあったし、女の子の日だからでもあった。
「具合が悪いとお聞きしました。こちらをどうぞ」
渡されたのは鎮痛剤だった。
誰から聞いたのかはわからないが、こう言うレイの気遣いはありがたい。
「ありがと、レイ」
お水と一緒に飲み干すと、体に力が入らなくなってきた。
え……?
「なん……で?」
突然レイに押し倒される。
ふんわりと長椅子の上に寝かされたが、薬のせいで押しのけようとしてもびくともしない。
いつも子犬のようなレイが、今はちゃんとした男なんだと実感した。
「姫様、そんなものではハンス様に敵いません。私を、お使いください」
「な、何言ってるの……?」
「魔眼が欲しいと、そうおっしゃって下さい」
「違う! レイの魔眼が欲しいんじゃない!」
魔眼があれば、なんて思ったことは何度もあるけどレイの魔眼をもらうなんてそんなの違う。
「すぐに済みます。魔眼さえあれば、ハンス様とも対等にやり合えます」
「やめて! お願い……自分自身を愛してあげて……」
レイはレイ自身を嫌っているのだろう。
そうじゃなきゃこんな提案してこない。
「姫様は、私を愛して下さいますか?」
答えられない。
わからない。
好きな気持ちと愛は、何が違うのだろう。
ただ、もっとレイがレイ自身を大切に思って欲しかっただけなのに。
私はレイに正しい答えを渡せない。
「私は……レイの事、好きだよ。努力してるの知ってる。だけど……」
だけど、私は……。
自分の気持ちすらわからない。
そんな私が、レイに何を言えるのだろう。
「……なぜ、怯えていらっしゃるのですか?」
私が? 怯える?
だってここはただの異世界だと思っていたのに、乙女ゲームの世界で、私はその主人公で。
強くなるために、楽しく過ごしたくて、今までやってきた。
みんなが私を執着してるのも、戦うのも全部ゲームだからでしょ?
でも――
「……もし、この世界がゲームの世界じゃなくて、みんなが私のことを本当に愛してるのだとしたら、私は――」
ああ、そうだ。私は、きっと逃げられなくなる。
この国も、仲間も、世界も、全部。
「愛してしまうから」
ーー心の底から、この世界に縛られてしまう。
もう前世の事なんてどうでもいいくらいに。
「初めて、本当の事をおっしゃってくださいましたね」
今まで私は気付かないようにしていた。
私はこの世界の人間じゃないってずっと思ってた。
馴染んでしまったら、私はプロゲーマーの自分だと言うことを、配信者の自分だと言うことを、永遠に失ってしまうような気がしたから。
「……レイ、首……絞めないで、よ」
どさくさに紛れて着実に意識を失わせようと、レイは私の頸動脈を優しく押さえている。
「安心してください。起きたら少し、眼が良くなっているだけですから」
はは。
面白い冗談を言うようになったね。
「あとで……覚えてろ……」
薄れゆく視界の中、目の前のレイの顔が歪んで、泣きながら微笑んだのだけがわかった。
「――私はもう、姫様がいなければ生きていけません」




