5-4 未完成
ハンスは東塔の窓から外を見ていた。
順調にアリアーデは育っている。
魔法戦を繰り返す度に粗がなくなり、弱点すら指摘すると補うように立ち回ってくる。
ここ最近は特に充実していた。
しかし、アリアーデにはまだあとひとつ克服すべき大きな弱点がある。
昨日の戦いでは、瞬間移動を封じられたハンスは、水蒸気爆発を間近で受けて死にかけていた。
ハンスの治癒魔法は自身限定で瀕死から蘇ることができる域に達しているので何も問題はなかったのだが、ここまで損傷するのは初めてだったのに、アリアーデは追撃してこなかった。
あれこそが、アリアーデ最後の弱点だった。
「早く、人間性を捨てていただかないと……」
授業と称して、精神攻撃を仕掛けている成果は徐々に出てきている。
あと少し追い込めば瞬間移動もモノにできるはず。
ハンスは髪をかき上げてペロリと唇を舐めた。
あと数年。
「焦りは禁物。絶対に、仕上げてみせますよ。リア」
♢♢♢
私、最近負けすぎじゃない?
二兎追う者は一兎も得ずって言うし、何か一つに絞った方がいいのかな……。
「レイ、どう思う?」
「……未来を見据えるべきかと」
さすがレイ、主語がないけど会話が成立してる。
……本当にわかってる?
「私が焦ってるってこと?」
「何事にも順序があります。今は階段を上っている途中。上がりきった先では見える景色も違います」
なるほど、さすがレイ。
わかってるじゃん。
「ありがと。失敗は成功の元って言うし、やっぱ勝ちに急ぎすぎてもダメだね」
ハンスにも同じような事言われたし、ちょっと見直そう。
まずは出来ることからやらないとね。
弱点の克服ってどうやってすればいいんだろう?
そもそもあんな……卑猥なのアリなの?
乙女ゲームって、こういうのがよくあるのかな。
え、もしかしてああいうの序の口だったりする?
これはやばい……!
「レイ! リーンを呼んで! 今すぐ!」
「かしこまりました」
レイはすぐにリーンを連れてきてくれた。
「アリア様、どうしました? 少し顔が赤い気がしますが……」
「レイ。私は今からリーンと大人の話をするから部屋から出て行って」
「……何かあればまたお呼び下さい」
部屋にリーンと2人きりになった。
「リーン、乙女ゲームってどんなゲーム!? 私、これからどうなっちゃうの!?」
「え? 今更ですか……? 原作は温室のハイドランジアって言うだけあって、温室育ちの主人公は攻略対象者の色に染まっていくんですけど……」
「そこ! 詳しく……いや、詳しくは困るけど、現在困ってるのは事実……」
「アリア様がここまで動揺してるのは初めて見ますけど、もしかして恋愛経験ないんですか?」
あるわけないじゃん!
苦手なものは苦手なんだもん!
これまでゲーム一筋だったし……。
「の、ノーコメントで! いや、別に24歳でなかったのは恥ずかしくないよね?」
「結婚を視野に入れる年齢……ですかね?」
親が結婚しろって言ってたのはそう言うこと!?
「うーん……でも……」
「も、もしかしてアリア様、攻略対象者のどなたかに恋を!?」
「は、はぁ!? そんなわけないじゃん!」
リーンは何を言ってるんだ……。
ちょっと冷静になってきた。
やっぱ戦術話せる人の方がいいかな。
「よし、ドミニクに聞こう」
1番私と発想が似てるし、良いアドバイスが聞けるかも。
♢
私は秘密基地、もといアジトの椅子に座りながら貧乏ゆすりをしてドミニクを待った。
「どうしたの? 急に呼び出しって珍しいけど」
ドミニクは、テーブルを挟んだ向こう側に座った。
「ドミニク。例えば戦闘中に卑猥な出来事があったとするでしょ? そうなった時にドミニクならどう対処する?」
「アリア、どんなことされたの?」
「えっ、いや例えばの話であって、まだされたと決まったわけじゃないよ……」
鋭いな……。
なんかちょっと声の雰囲気も怒ってるみたいだし、相談する人間違えた?
「話したくないならいいけど。僕なら……別に好きな人ならいいと思うけど、そうでないならそうならないように徹底して回避に専念すればいいんじゃない?」
「なるほど……! こんな簡単なことに気付かなかったなんて、私どうかしてたよ」
そうだよ。
そうならないようにすればいいだけの話なのに、なんでこんなに動揺してたんだろ。
「僕もアリアがそんなことに気を取られるとは思わなかったけど、克服したいならそういうゲームを作ってみれば?」
「えっ……内容考えるの恥ずかしいじゃん……。無理無理!」
そう考えると乙女ゲーム作ってる人すごいな……。
と言うか恋愛している全人類すごいよ……。
「へぇ。まぁ、まだいいんじゃない? だって、恋愛って大人になってからでしょ。アリアは賢いけどまだ子供だし、何も知らないままの方がいいよ」
そういうお年頃みたいに言われちゃったけど、私の精神年齢的にこれでは示しがつかないと言うか……。
もっと大人ぶりたいと言うか……。
「もしかして、思春期!?」
ガタっと椅子から立ち上がって愕然とする。
たしかに体はもうそろそろ思春期を迎える。だから精神が引っ張られてるのかも。
「アリア、気をつけなよ。そんなんじゃいつか襲われると思うし、危ない奴はたくさん思い当たるし」
「うん……ドミニクありがと。急に呼び出してごめん……」
とぼとぼと皇宮に帰ることにした。
思春期なんてとっくに過ぎたと思ったのに……。
自分の部屋に戻って、一から考え直すことにした。
「はぁ、結局全力で逃げるしか打つ手がないなんて……」
「姫様、私もおりますが……」
レイが主張し始めた。
なんとなく、レイに相談しても解決しなさそうなんだよね。
「レイは知識無さそう……」
私が言うと、レイは今まで見たことないぐらい目を見開いて不服そうにしてた。
「差し出がましいようですが、申し上げさせてもらいます。クレバンス家では、どのような事態にも対応できるように幼少期より性知識はもちろんのこと、初夜の手解きすら行えるように教育されます。ですので、安心してご相談いただければ」
うーん、大丈夫かなぁ?
〜1時間後。
「ふむふむ、となると私の持ってる物とかも気をつけた方がいいってことね。奥深いなぁ」
「はい。身の回りの物の紛失に気をつけていただく他に、発言にも気をつけていただく必要があるかと」
レイの講座はとっても聞きやすかった。
多分これは現代で言う防犯講座に近い。
やっぱり油断が良くないんだよ。
常日頃から気をつけなくちゃね。




