3-7 君の名は
ゲームの試遊が終わってレイが定期報告をしに皇城へと向かったので、私は空を飛ぶ練習をするために中庭にやってきていた。
さっそく重力をイメージしてジャンプから始めてみる。
イメージは月面。
軽く飛び跳ねて感覚を掴む。
かなり高くまで飛べた。
うん、いい感じかも。
この皇宮内で1番高い皇城の屋上まで飛んで着地できた。
気持ちいい風!
街がよく見えるなー。
この皇都は貴族街と市民街と分かれていて、市民街のさらに遠くの方は田畑と平原が広がっている。
ふと下を見ると、皇宮の塀の前に女の子が見えた。
あんなところで何してるんだろう?
声をかけてみようかな!
屋上の壁を蹴って女の子がいるところへ飛んだ。
♢
「……たしか、ここに秘密の入り口があったよね……」
女の子は塀をバシバシと手で叩いていた。
「ねぇ、何してるの?」
私は塀に座ってその女の子に話しかけた。
「ひゃ!! 怪しいものでは……! ってアリア様!」
「え? 私のこと知ってるの?」
まだ貴族達が主催するパーティーなんかには行ってないんだけど、どこかで会ったのかなぁ。
「それはもちろん……。いえ、私達は初対面ですけど、アリア様は転生者でしょう?」
転生を知ってる……?
「もしかしてあなたもそうなの?」
「はい、私はリーン・ラベロテと申します。アリア様と同じ9歳で、前世は安達桜と言います」
「……私は柳瀬莉愛。だけど、どうして私が転生者だってわかったの?」
特に接点もないし、知らない名前だし……。
「それはもう、あんなにストーリー早めちゃったらこのゲームやったことないってすぐわかっちゃいますよ! ひやひやしてたんですから!」
ストーリー? ゲーム?
「なんのこと?」
「この世界は乙女ゲームを元に出来てるんです。知らないですか? 温室のハイドランジアってタイトルのゲームです!」
「う、うーん……。乙女ゲームは専門外だからなぁ……」
どうせなら戦闘系のゲームであって欲しかった。
「やっぱり。魔王イベントまでしちゃうとか、その年でどれだけレベル上げしたんですか……」
なんか呆れられた……。
ウルヴァって魔王イベントだったのね。
「レベルの概念あるんだ? 今の私が強いのか弱いのかわかんないんだよね……。間違いなくハンスよりは弱いけど」
「どのくらい強いのかはレイに聞くのが1番ですよ。巷では体調管理アプリって呼ばれてるくらいアリア様について詳しいですから」
え、何それこわい。
「他人事なら笑えるけど、ま、まぁレイならそうなんだろうな……」
思い当たる節はいくつかあるし、レイなら私より私の事詳しいかも。
「今日はアリア様に会って今後の対策をしないとって思って来ました」
「対策? 乙女ゲームって誰かと結婚するゲームでしょ? 私、誰ともくっつく気はないけど……」
「はぁ。今のままだと死にますよ? この乙女ゲームは死にゲーなんですから!」
……ちょっと背筋が寒くなったのはもうすぐ冬が来るからかな。
あはは……。
♢
リーンと色々喋っていたら警備の兵士が来てしまった。
もっと話が聞きたかったけど仕方なく別れることにした。
また会う約束をしたから、その時に色々聞こう。
リーンから「くれぐれも、攻略キャラには気をつけてくださいね!」って言われたけど、誰が攻略キャラなのかわかんないよ……。
それにしても、ここがゲームの世界だったとは……。
ま、考えても仕方ないし、修行するか!
お昼まで空中にどれだけ留まれるか試してみよう!
レイの報告が終わったら呼びにくるだろうし、考えたいことが増えちゃったし。
しばらく中庭で微動だにせず浮かんでいると、下から声をかけられた。
「姫様、何をされているのですか……?」
むむ、知らない人に見られてしまった。
金髪碧眼のイケメンだな。
もうイケメンは見慣れてしまった感がある。
「なんだと思います?」
「……神に近づこうとしておられるとか?」
まじか。
その発想はなかった。
「でもある意味そうなのかも……」
ゲーム最強の人達って神って呼ばれるし、私も目指してたし。
「やはり……。姫様は女神の生まれ変わりと言う噂は本当ですね」
「え、誰がそんな噂してるの!? ……レイだね。きっとそう。私の勘が言ってる」
「いえ、陛下と、カイネル皇太子殿下です」
「うわっ! 身内が恥ずかしすぎる……」
カイネル兄様はわかるけど、自分の親がそう言ってるとか、ただの親バカじゃん……。
「謙遜なさらなくとも、神に近づこうとしておられる姿はまさに女神です」
この人、私に跪いて祈ってるよ……。
また頭のおかしそうな人が来ちゃったな。
もしかして攻略キャラなのかな?
「あなたの名前は?」
「私はラビット・ラバー。バーバリー大聖堂にて近衛騎士隊長を務めさせていただいております」
へー、ハンスの遠征にもついて行ってたのかな?
実力を確かめねば!
「ねぇ、私とかけっこ勝負しない?」
「……これも神の思し召しでしょうか。わかりました。お相手させていただきます」
魔法を解いて地上に戻る。
私は魔具から杖を取り出して地面に線をつけた。
杖をこんな使い方したらレイに怒られちゃうけど、今はいないからノーカン!
「ありがと! じゃあ、ここからあそこに見える聖堂までで、合図は私が氷玉を打ち上げるからそれが地面に着いたらで!」
「いつでも。姫様に神の御加護があらんことを」
ラビットは祈りの姿勢で待機してる。
私は杖を掲げて氷玉を打ちだした。
全力で身体中に身体強化魔法を巡らせて、落ちるのを待つ。
パリーンと氷玉が弾けた瞬間、私は負けを悟った。
……初速が違う。
結論から言うと、私はラビットに2秒遅れて着いた。
「むむむ……本気出してないよね?」
「神の御心のままに」
……どっちだ!?
「教えてくれないんだ」
ラビットはそのまま聖堂に入って、正面の女神像に跪いて祈り出した。
「姫様、魔法とは祈りです。神が与えた唯一の力です。私はそれを受け取るだけなのです」
どう言うことだろう?
試しに私も跪いて祈ってみた。
「わかんないや……」
「神がそこにいると、想像するのです」
想像……。
イメージ?
魔法はイメージが重要。
身体強化魔法も、イメージで作る?
「そっか、難しく考える必要はないんだ……」
ラビットは立ち上がって、優しく微笑んでくれた。
めっちゃいい人だ……!
この人が攻略キャラなんてありえないね。
癒しだ。癒しキャラだ。
これからは、さん付けで呼ぼう!
「ありがとう! ラビットさんはいい人だね! ラビットさんにも神の御加護がありますように!」
ラビットさんに手を振って中庭に戻った。
早速イメージを形にしなきゃ!
イメージするのは常に最強の自分!
皇城の中庭から私の館の中庭まで止まらずに走り抜ける。
「うーん、何か違う?」
ラビットさんの速度にまだ追いつけてない気がする。
♢♢♢
「……私は姫様に祈っていただけるような人間ではないと言うのに」
聖堂の壁に背を預けながら、ラビット・ラバーはアリアーデを見送る。
「ラビット君は、殿下のことどう思いましたか?」
聖堂の奥からハンス・レガリウスが出てきた。
「あの歳でここまで理解力があり、実行できる力もある。神はようやく私に罰を与えてくださるのかもしれません」
深くうなずいたハンスは、耐えられないというように片手を自身の顔に押さえつけて悶えている。
「その気持ち、わかりますよ。あぁ、今すぐ壊してしまいたい……。なぜ殿下はこうも私好みに育っているのでしょうか。……ですが、もう少し殿下の耐久力が必要だと思いませんか? ラビット君は殿下を鍛えねばなりません。これは神が与えた試練ですよ」
この男は気持ちが悪い。
姫様の近くにいることを拒みながらも、姫様を強く望んでいる。
「わかっています。貴方に言われなくとも。姫様には私の神となっていただかなくては」
ラビットは胸のロケットを握り締めながら目を閉じた。
どうか、お許しください。
神が与え賜うたこの命、新たな神に捧げることを。




