2-3 幻惑
「撃ちますよ」
レイがドミニクに向けて、銃を構えている。
「ああ、この盗聴器って君が彼女に仕掛けてたんだ?」
ドミニクは横たわるアリアーデの髪飾りを引き抜き、しげしげと眺めた後にその髪飾りに鉄筆を当てて壊した。
「それが何ですか? 早く姫様から離れてください」
レイは壊された盗聴器を意に介さずに、ドミニクに銃を向け続ける。
「はぁ。あのさ、それが人に物を頼む態度なわけ?」
「……魔具を作る気がないのなら、姫様を解放して下さい」
未だアリアーデは眠っている。レイが異変を察知して駆けつけた時から変わらず。そして、その原因がレイの魔眼にはハッキリと見えていた。
「それなんだけど……彼女、戻る気がないみたいなんだよね……」
「は?」
レイは構えていた銃を下ろしてアリアーデに駆け寄る。すやすやと眠っている寝顔は無防備で、幻惑を受けているなど考えてもいなさそうに呑気だった。
♢
「どうしてそこまでして戦うの?」
ドミニクは不思議そうに問う。
何十本の塔を壊しただろうか。ドミニクが投げる建物は、投げたそばから復活していった。
「戦わないと道が開けないなら、私は戦う!」
ノーゲームノーライフ!
豊かな人生はゲームからだよ!
疲労が溜まって足元がおぼつかない。気力だけで魔法を放ち、攻略法を考えていた。
「それで僕に勝てると思ってるの?」
「そんなの、やってみなきゃわからないでしょ!」
「諦めなよ。無駄な努力だから」
たしかにドミニクに攻撃は通らないし、一方的にやられている。だけど、まだ負けてない。それだけで十分だった。
「諦める? そうやって、なんでもかんでも挑む前から諦めて、あなたみたいに動けないまま引きこもりになれって言うの?」
ドミニクの攻撃が止んだ。俯いていて表情は見えないが、初めてのチャンスだった。
私は走って街を探索する。
すると、視界の端に青く光る蝶を見つけた。
「……僕はさぁ。僕さえ何もしなければ、母さんは死ななかったんだよ。諦めろよ! お前も! 一回死ねば!?」
ドミニクの悲痛な叫びと共に、後ろから猛スピードで建物が飛んでくる。私は一縷の望みをかけて、建物ではなく蝶に向けて魔法を放った。
その瞬間、私の視界は真っ白に塗りつぶされてしまった。
♢
「――姫様! 姫様!? 起きてください!」
レイの声が耳元から聞こえてきた。
「痛っ」
よくわからないが私は無事で、身体中が痛い。
レイが体を支えてくれて私は立つことができた。
頭上は穴が空いており、そして目の前には瓦礫とたくさんの蝶が辺りを飛び交っていた。
「はは……床をぶち抜くなんて、そんなことある……?」
ドミニクは、生気が抜けたように呆然と立ち尽くしている。
「あの時、ちょうどあそこにいるみたいな蝶が見えて……」
「……これはリガリットって言う蝶の魔物だよ。この地方では精霊って呼ばれてる。屋敷の下に入江があるのは知ってたけど、こんなにもリガリットが集まってたなんて」
ドミニクは悲しそうに、指に止まっている蝶を見ていた。
「姫様、無茶はおやめください。幻惑とわかっていても、勝たないと気が済まないのですか?」
「……え、幻惑?」
あ……なるほど?
よくよく考えてみれば、ドミニクが空間を変えて建物を投げれるレベルの魔力を持っているはずがない。魔具のせいかと思っていたけど、それだとしても魔力の供給源が必ず存在しているはず。
「ごめん、こんなことになるとは思わなくて……」
屋敷を壊してしまった。これで、もうゲームは作ってもらえないだろう。
「リガリットは魔力に干渉しやすいから、幻惑の中に繋がりを持たせてしまった……? いや、だけどそんなはず……」
ドミニクは1人で考えごとをしながら、大きくなったペグロックに乗って穴の上へと上がってしまった。
「あ、どうしよう……」
「ひとまず日を改めましょう。公務もありますので、お身体をお休めください」
レイが私を抱き上げたその時、穴の上からお姉さまの声が聞こえてきた。
「アリアちゃ〜ん!! 今助けるわぁ!」
お姉さまに引き上げてもらった後、姿が見えなくなったドミニクを追わないことにした。
私は失敗したんだ。
その後、今日泊まる予定の陸地にある離宮へと足を運んだ。
♢
「ねぇ、僕はどうしたらいいと思う?」
首飾りが飾ってあるトルソーの前で、ドミニクは立ち尽くしていた。
「リガリットが僕の知らないうちにこの家に入ってきたんだ。あのお姫様の味方をして、僕の幻を消しちゃった」
この屋敷にはリガリットが入れないように、幾重にも対策が施されていた。
だが、結果的にはどこからか入り込んでいた。
ドミニクの母は、リガリットが好きだった。ドミニクも、母が死ぬあの日まではリガリットが好きだった。
だから、目の前の首飾りにも小さな蝶があしらってある。
「あの日、僕がこの首飾りを渡さなければ、母さんはまた精霊祭で踊れたのにね」
ドミニクは首飾りを手に取って握りしめる。
精霊祭の日、リガリットのせいで暴走した魔具が、ドミニクの母の魔力を全て奪い去った。
魔力欠乏症に陥った母は、そのまま晴れの舞台で息を引き取った。
ドミニクの目の前で。
よりによって、願い事を伝える場面で……。
「もしかして、彼女なら大丈夫なのかな……?」
リガリットを呼び寄せた彼女なら。
解けないはずの幻惑を打ち破った彼女なら。
母とは違う結末を迎えられるのかもしれない。
そう思ったドミニクは、通信機の電源を入れて話しかける。
「アーク、あの能天気なお姫様に巫女役をお願いできる?」
「今からですか!? 厄介ごとばかり押し付けて! 屋敷の修理もあるんですからね!?」
怒りながらも拒否はしないアークに、クスっと笑ったドミニクは、優しい声で言った。
「屋敷の修理は必要ないよ。僕はもうここへは帰ってこないから」
「は、はぁ!? いきなりすぎますよ! 本当にあなたドミニク様ですか!?」
アークが騒ぐ中、ドミニクは通信を切って準備を始めた。
「ペグロック」
呼ばれた正方形には、小さな手足と口がついていた。
「ご主人様、御用を伺います」
「髪を切ってくれないかな?」




