11-12 全て返してください
深域は、白い砂浜と岩礁、そしてところどころに海藻が落ちていた。
静かな空間だった。
誰も、何も言わなかった。
レイの視界に映るのは、いつものステッキを手に真っ直ぐ前を見据えるハンスだった。
魔力回復速度が異常に早かったはずなのに、今は常人のそれになっている。
姫様の愛が、もう残っていない……。
心情を察することすら、難しい。
「お迎えが来ましたね」
ぞろぞろと、海の魔物に侵食された人間達がこちらに向かってきていた。
「魔昌石で動きを止めます。皆さんは走ってください」
銃を取り出して、構える。
「ドミニク様、リーンをお願いします」
ハンスだけは、どうなろうとも私が姫様の元へと送り届ける。
ハンスが魔昌石を投げようとした時、空気と海水を隔てる壁に沿うように、大きな影が落ちた。
「あれは……」
クジラのような巨大な魔物が、壁を突き破ってきた。
「えぇぇぇ!!」
リーンが叫んだ。
なれ果て達との間に割り込むように乱入したクジラは、口を開く。
「俺が一番乗りなんじゃない!? ……あ」
口の中から出てきたルヴィアがこちらを見た。
「ルヴィ。悪いけど、あいつら支配して隅に置いといて」
ドミニクがなれ果て達に指差す。
「え……」
ルヴィアが振り向くと、武器を構えたなれ果て達が、ルヴィア目掛けて走り出していた。
「はぁ!? ちょっと待ってよ!」
慌ててルヴィアがこちらに走り出しながらも、針を展開させてなれ果て達に刺していく。
一人、また一人となれ果て達は倒れていく。
「え、凄すぎじゃないですか? ルヴィアさんってあんなに強かったんですか?」
リーンは素直に驚いていた。
「ルヴィの針に刺されたやつは、支配される。あの針は最近作った僕の特別製だからね」
ドミニクは腕を組んで説明してくれた。
「今のうちに抜けましょう」
ハンスが走り出した。
ルヴィアが撃ち漏らした個体の足を、銃で撃ち抜いていく。
「ルヴィ! 先に行くからあとよろしく!」
「あとでアイス奢ってよ!!」
後ろにリーンとドミニクが続く。
「姫様が……門の前にいます」
右目の視界が姫様を捉えた。
魂に呼応して、門が光り輝いている。
急がなければ、門が開いてしまう。
「ハンス様、私たちは置いて先に行ってください!」
その一言を聞いて、ハンスは魔昌石に魔力を込めた。
身体強化魔法を纏ったハンスは、一瞬にして視界から消えた。
♢♢♢
この時のために、いくつもの魔昌石を用意していた。
だから、目の前のこのクラゲ男――アルフォルトにも遅れは取らないはずだった。
「ああ、会いたかった。愛しの君」
門の前。
こちらに背を向けた彼女の肩に手を乗せながら、アルフォルトは気味の悪い笑みを私に向けていた。
「待っていたんだ。ほら、見えるだろう? 何色かな?」
空いた手で、彼女の胸を指す。
「あなたが、彼女から色を奪い取った張本人で、間違いないですか?」
心の底が冷えていた。
人は怒りを越えると、熱すら消えるらしい。
「美しい、記憶だった。今から彼女の最後の記憶を、君のために取り出してあげよう」
肩に触れていた手が、頭に伸びる。
その瞬間、思わずステッキをアルフォルトの頭に投げつけていた。
力の加減すらできていないそれは、アルフォルトの頭に刺さり、門に磔にする。
「……リア」
近寄って抱き寄せた彼女の瞳は虚で、頬には涙の跡が残っていた。
「素晴らしい。あの時の戦いみたいだ。昨日のことのように、興奮できる」
頭を貫かれても気味の悪い笑みは消えなかった。
「……不死だそうですが、どのように死にたいですか?」
アルフォルトは、ふらふらとこちらに歩いてくる。
「私たちのように海の呪いに侵された者は、例え消し炭になったとしても、また海で産まれる。この門を開けることでしか、私たちの救済はない」
アルフォルトはステッキを頭から引き抜いて、持ち手をこちらに返してきた。
「左様でしたか」
ステッキを受け取り、小脇に挟みニコリと微笑む。
指に挟んだ虹色の石をアルフォルトの穴の空いた頭に押し当てる。
「では、あなたの記憶を貰いますね」
虹色の魔昌石には、記憶を奪う魔法が込められている。
全て。
返してください。
「え?」
間抜けな声を出したのが最後だった。
♢♢♢
なれ果て達を退け、レイが門の前に到着した時に見た光景は、虹色の魔昌石がアルフォルトの額で光り輝いているところだった。
銃を構えたまま、姫様とハンスに駆け寄る。
すぐに光は収まり、アルフォルトはまるで廃人になったかのように崩れ落ちた。
「終わったのですね」
ああ、間に合ってよかった……。
ホッと一息ついた時、異変に気がついた。
「……失礼」
ハンスは、抱き寄せていた姫様を私に預けると、手で口を押さえて岩礁の影へと向かった。
ハンスの顔からは血の気が引いていた。
――なぜ、ハンスの魂が黒く染まり始めているのでしょう?
何を、見たのですか?
「アリア様!」
リーンが駆け寄ってくる。
「ねぇ……ハンスは?」
ドミニクが尋ねた。
視線を岩礁に移すと、察したようでそれ以上何も言わなかった。
「あれ……レイ、リーン、ここ……どこ?」
姫様が目を覚ました。
「アリア様! ご無事で良かったですぅ、心配したんですからぁ!」
「ごめん……。あれ、ドミニクとルヴィアもいる」
仕事を終えて近づいてきたルヴィアの方に、姫様の目がいった。
「アリアってば、人騒がせすぎ。俺がどれだけ苦労したか……」
ドミニクが割り込むように優しく聞いた。
「ねぇ、アリア。どれだけ覚えてる? アリアの好きな人のこと」
姫様はピンときていないようだった。
未だ顔色の悪いハンスが、こちらに近づいてきた。
「あの人……誰?」
指を差された本人は、少し目線を逸らしてアルフォルトの元へと歩いて行った。
「嘘でしょ!? アリア様、そんな……」
「え、アリア……忘れたの……?」
事情を知らないリーンとルヴィアは、ショックで固まっている。
ドミニクがハンスに近づく。
「アリアの記憶、戻せるの?」
「……この私が、リアと新たな記憶を作るだけで満足するとでも思いましたか?」
ハンスは無理をしている。
姫様の前で、崩れないために。
「さっき吐いてたくせに……」
「ドミ」
ハンスの声が一段と低くなった。
「何。船長」
「今からこのクラゲとレイとリアを連れて、私の城へ戻ります。……あとは任せました」
ハンスはそれ以上何も言わなかった。
アルフォルトの手首を持ち、引きずりながらこちらへと来る。
虹色の魔昌石と、さらに他の色の魔昌石を持った手のひらをこちらに向けた。
その手を掴んだ瞬間、レガリウス城のハンスの部屋に飛んだ。
「レイ。許可があるまで私の寝室には誰も通さないでください」
「お、お待ちくださ……」
ハンスはそう言うと、踵を返して部屋を出て行った。
折り返し地点に参りました。
遠足は記憶を取り戻すまで。
もうしばらくハンスさん主人公です。




