11-8 口に合いませんね
とあるハンスの分身の一体は、深域の入り口を探る過程で意識を失い、気がつけば見知らぬ岩礁帯に打ち上げられていた。
「……」
しばらく沈黙した後、分身は濡れた髪をかきあげる。
「無駄な経路を辿りました……。おや」
この島は見たことがない。
上空を監視している分身ですら、捉えられていない。
回収した二枚の海図にも載っていない。
島の中央に何かありそうだった。
歩いていくと、それは祭壇だった。
海へと繋がる入り江と、そして台座。
「ここは……入り口ですか」
♢
「クロ、もうそろそろいいでしょ」
ドミニクが体を揺すっていた。
「おはようございます、ドミ。入り口を見つけました」
ドミニクは固まって、信じられないと言うような顔をした。
「……ねぇ、それ休んでるの?」
「分身で休むより二倍の効率で休めますよ」
三十体も出ていれば、意味は無いに等しい。
「そちらの進捗は……」
「はい、これ。僕が集めた情報」
ドミニクがまとめた資料を渡された。
受け取った資料をそのまま会議室にいる分身へ送る。
発熱している分身以外は、レイに寝かされてはいないようだった。
「もう夜ですか。まずいですね……」
「何が?」
「この船が向かっている方向は、ハズレです」
見つけた深域への入り口とは違う方へと進んでいる。
「え、でもピーコックが持ってる海図には入り口が書いてあるらしいんだけど」
「……そもそも海図一枚だけで深域へと辿り着くことは不可能でしょう」
しかし、だとしたらこの船は何の根拠にどこへ向かっていると言うのか。
「はぁ。アイツ、心の中が気持ち悪いんだよね。でも、歌を知ってそうだったから、着いて行って歌と儀式だけでも見る?」
「……ええ。学院で手に入れた情報と合っているか、確認したいですね」
立ち上がると、少しふらついた。
深域では魔法が使えないのだとしたら、早めに分身を減らさないといけない。
そうしないと、一気に負荷が体に押し寄せて、深域で活動出来なくなる。
分身を必要最低限に減らした。
それだけで、一気に体が重くなる。
やはり海に長時間入っているのが問題か。
「あのさぁ。アリアの愛が減ってってるのはわかるけど……その状態、アリアが望んでると思うの?」
ドミニクは腕を組んでこちらを睨んでいる。
「……あなたが幻惑で整えてくれるでしょう?」
少し首を傾げて薄く微笑む。
「なっ! 僕にまでその無自覚な色気を向けるつもり!? 今のは絶対わかって……」
その時、部屋の扉が開いた。
「おーい、飯だぞ! お前らイチャイチャしてんじゃねぇよ!」
「誰がこんなやつと!?」
ドミニクがかなり動揺している。
「ククク……ドミ、お楽しみは後ほど」
「お、おま! ふざけるな!」
顔を赤くしたドミニクを放って、何事もなかったかのように部屋を出た。
さて、海賊の食事とはどんなものか。
食堂兼談話室で席に着くと、なんと……。
焼き魚は焦げているし、パンは硬い。豆のスープはほぼ水。
しかし、隣に座ったドミニクは、文句を言わずに食べている。
「正気ですか?」
「……クロ、料理できないでしょ」
ドミニクにそう言われ、ニヤリと微笑む。
他の船員達が、会話を聞いていたのかヤジを飛ばしてきた。
「クロは料理できんのかぁ!?」
「うちの料理長は毎日交代制だぜ!?」
「では一品、作って差し上げましょう」
キッチンは雑多な様相で、一応塩やスパイスなどの香辛料は置いてあった。
食材は魚、そして豆、干し肉などの保存食材。米や麦もあったが、こちらは時間がかかる。
であれば。
大鍋にあるスープを改良することにした。
まず魚を手早く下ろし、骨と頭から出汁を取る。
豆を潰して旨味をだし、干し肉は細かく刻んで加える。魚の身も入れ、最後に塩とスパイスで味を整えて完成した。
「どうぞ」
いつのまにか船員達が集まり、大鍋の中を覗き込んでいた。
「俺にもくれ!」
「俺もだ!」
キッチンから抜け出し、エプロンを畳んでドミニクの隣に座る。
「……ここで料理スキル開示する必要ある?」
「おや。食べないのであれば私がいただきますが」
ドミニク用に取ってきてあった皿をこちらに引っ張る。
「あ、ちょっと! 食べないって言ってないよ」
ドミニクが皿を取り返して食べ始めた。
「ふん。嫌味なくらい美味しいね。ほんと、出来ることと出来ないことの差が激しすぎるよ」
……悪態をつかなければいけない呪いにでもかかっているのでしょうか。
「クロ! お前明日から料理長やれ!」
「そうだそうだ!」
「構いませんが、きちんと掃除はしてください」
そう言うと、大の男達の威勢が少し弱くなった。
昔の私なら、味など気にせず食べていただろうに。
リアからもらったものが、今も自身の中で生きている。
――記憶は取り戻せるだろうか。
もし、取り戻せない場合……。
私はどうなってしまうのだろうか。
一人彼女の記憶を抱えて、真っさらな彼女の声を、笑顔を、受け止めることができるのだろうか。
それならいっそ、私の記憶も失われてしまえば、また最初からやり直せるというのに。
人生で、初めて……恐怖を覚えている。
「――そんな辛気臭い顔で食べないでくれる?」
ふと隣を見ると、とても嫌そうな顔をしたドミニクがいた。
「やはり……ここの食事は口に合いませんね」




