11-4 その件は終わりました
早朝。
観測装置を設置し終えたドミニクが帰ってきた。
「あー……そっちも寝てないんだ」
「当たり前でしょう。時間は有限ですから」
資料が集まってきた。
海図はまだ一枚だが、他の海図の場所は目星がついている。
「ハンス様、お手伝いします」
レイがそこらじゅうに散らばった資料をまとめ始める。
「へぇ、これはいい手がかりだね。深度、距離、海流……ん? これ今のデータと違う……?」
フィレッツィオ公爵家で拝借してきた海図を見て、ドミニクが考えている。
「海流ですか? 潮の流れが不規則であることは、何度も試しているのでわかっていますが」
「うん、入れるタイミングがあると思う。時間帯か……月の満ち欠けか……まだ条件が絞れないけどね」
月の満ち欠けだとしたら……あまりにも時間がかかりすぎる。
これではアリアーデの元に辿り着くまでに、どれだけ削られて――。
「ペン折れてるよ。はぁ。みんなもう少し落ち着きなよ」
♢♢♢
リーンは会議室に入る直前、タイニーとでくわした。
「よぉ、寝れたか?」
「いえ、全然……」
どんよりとした雰囲気の中、会議室の扉を開けた。
椅子に座って、折れたペンをゴミ箱に入れるハンスと、腕を組んで海図を睨みつけているドミニク。
そして、床に散らばっている紙を集めているレイ。
全員、寝ていないのは明らかだった。
……空気悪!
「あの、おはようございます!」
「おいおい、なんだよ徹夜か? ……って、その海図俺んちのじゃねぇか!」
タイニーは、机の上に置いてある海図を指差した。
え、まさかハンスは一人で先にフィレッツィオ公爵家に行ってきたのだろうか。
「少々時間が差し迫っていましたので、お借りしました」
盗んできたのか……。
「そりゃないぜ……。じゃあ今日はどうするんだ?」
「予定変更です。海図をあと三枚集めますよ。……現在海図を探して海賊と交戦中です」
展開が早すぎる。
というか、なんで海賊と戦っているんですか!?
「RTAじゃないんですから……」
アリア様と同じように、ハンスもゲームを破壊してしまう……?
「待てよ、海賊とやり合うのは辞めたほうがいいぞ。あいつらは横の繋がりが深い。警戒されるとすぐに隠れる……」
タイニーが言ったそばから、部屋の空気が張り詰めたものに変わった。
その空気の主であるハンスは、冷たい目でタイニーを見ている。
「……それを先に言ってください」
明らかに怒っている。怖い。
「海じゃあ、力よりも流れを読めねぇやつが先に倒れるんだよ。……まだ一日も経ってないんだぞ? どうしてお前ら、そこまでやるんだよ」
タイニーの意見は最もすぎる。
もう少し情報共有して、足並みを揃えないと……。
「今、まさにリアから――いえ、少し休憩しましょうか」
一瞬だけ、ハンスの顔色が変わった。
それは切実な声だった。
ハンスは何を抱えているのだろうか。
言わないと、わからないのに。
……そういうところがアリア様とそっくり!
「そういえば、ルヴィアさんは?」
「今大物狙ってるよ。魔物支配して深域に行く気だから」
ほんとみんな好き勝手して!
こういう時こそ、ゲーム知識がある私が頑張らないと……!
「タイニーさん! 聞き込みに行きましょう! ゲームの基本です!」
「なぁ、昨日からゲームって何の話してるんだ……?」
あ、そういえばタイニーは知らないんだった。
「ちょっと説明めんどくさいです……」
タイニー以外はみんな知ってるのに。
今更この世界はゲームですと言ったところで正気を疑われそうだ。
この徹夜メンバーと同じ目で見られるのはちょっと……。
「タイニーさん。ゲームは合言葉みたいなものです。知らなくても探索メンバーに入れます」
「いや、意味わかんねぇけど……まぁ行くか!」
タイニーが脳筋でよかった。
会議室を出ようとした時。ハンスに止められた。
「でしたら、飛ばしますので離島の村に行ってください」
「どこの……村ですか?」
私戦えませんけど!?
「危険はありません。恐らくそこに必要な情報があるのですが、なかなか口を割りませんので」
ま、まさか……。
「まさか、俺たちに尻拭いさせようってのか!? 一人で先に行ったんだろ!」
「住民の方々には礼を尽くしましたよ?」
何の礼ですか!?
もう失敗してるじゃないですか!
「……深域についてお尋ねしただけなのですが」
「昨日教えたじゃねぇか! まずは住民と打ち解けてからだって!」
やっぱり、この人コミュニケーションできない人なのでは?
「ですから……困っていることなどを解決して差し上げましたよ」
「な、何を解決してきたんだ……?」
「海の魔物が活性化しているとのことで、殲滅してきました」
ダメだこの人……!
絶対住民の人怯えてる!!
「わかった……。俺たちが行くから早く飛ばしてくれ……」
タイニーが折れた。
もはや私たちが行ったほうが絶対に良い。
「何かわかりましたら、通信魔具で連絡します」
完全に後始末係だけど、やるしかない。
やや疲れた顔のハンスはパチンと指を鳴らした。
♢♢♢
「アリアがあんなにハンスの講義が面白いって言ってたのに、交渉苦手なの?」
タイニーとリーンがいなくなった部屋でドミニクは食事を取りながら聞いてきた。
「……他者の興味を惹くことと、他者を安心させることは別の技術でしょう」
「ああ、だからアリアがあれだけ不安を抱えてたわけだ。ずっとハンスの本音が見えなくて不安だったんじゃない?」
ドミニクは目を細めてニヤリと笑っている。
それはわかっている。
身をもって、知っている。
私は万能ではないし、不得意なこともある。
皆は私に何を求めている?
今更、他者を安心させる方法など、どう学べばよいと言うのか。
彼女は……それでも私を選んでくれた。
それだけで、十分なはずだった。
「その件はもう終わっています。私と彼女の関係はすでにあなたの想像を上回っていますよ」
鼻で笑う。
その次元にはもういないのだと。
「へぇ……。学年対抗戦で色々あったんだ」
ドミニクは興味を失って、端末を操作し出した。
「ハンス様。姫様が目を覚ましました。ですが、様子が見えません……目隠しされているようです」
「敵には知性がある、ということですか」
厄介だ。
海の魔物と意思疎通ができるのか、それとも……。
情報を集めなくては。
「姫様……」
レイも精神的にかなり消耗していそうだ。
判断を間違えば、救出が遅れる。
間違いは許されない……。




