11-3 犯罪はダメですよ
リーンは未だかつて経験したことのない、圧力を感じていた。
その圧力を発している人物――ハンスは詰問するようにタイニーに詰め寄る。
「お、おう……。あれは俺の国に伝わるグリザイアの秘宝の御伽話だ。灰色の髪の乙女が海の深域で門を開ける時、世界は境界を失うっていう……だが灰色の髪の女なんて珍しくもないし、普通に海にも入るぞ……」
タイニーは、必死にその御伽話を思い出しているみたいだった。
「グリザイアの秘宝……」
やっぱり、この海の舞台はアドベンチャーゲーム「グリザイアの秘宝」だ。
たしか「温室のハイドランジア」と同じ作者が手がけたゲームで、クリアした覚えはない。
断片的な記憶しかなくて確かなことは言えないが、ヒロインは多分連れ去られていたような……。
「だとしたら、今回主人公はハンス様……?」
相性悪すぎでは……?
「リーン。知っていることがあったら教えてください」
腕を組んだハンスは、指をトントンと急かすように動かしている。
「えっ多分、今回はアリア様じゃなくて、ハンス様が主人公ってことで……あの……アドベンチャーゲームって、イベントを進めて、謎を解いて、ちゃんと探索しないと先に進めないゲームなんですけど……」
トントンと叩く指が徐々に止まっていく。
言ってるうちに、ハンスの表情が抜け落ちていくのがわかった。
「多分、必要なイベントを踏まないと海の底まで行けません……」
追い討ちかもしれないが、言う必要があった。
いまのハンスがどこまで協調性があるのかわからなかったから……。
そして何よりアリア様を救うためには、主人公が動かないとストーリーは進まない。
「なんですか……その非効率的なゲームは……」
あからさまに嫌そうな顔をしている。
ああ、ダメかもしれない……。
クリアできるか不安になってきた。
アリア様……自力で脱出してください……!
「概要は理解しましたが、探索は現在進行形で分身が行っています」
「おいおい、夜の海での探索は辞めた方がいいぞ。分身でも痛みは感じるだろ……? 一旦陸に戻って仕切り直そうぜ」
タイニーが至極真っ当な事を言っている。
が、ハンスの感情は冷え切っている。
「痛みは関係ありません。……ですが、生徒の皆さんをまずは降ろしましょうか」
そう言うと同時に、ハンスはパチンと指を鳴らして、船ごと転移させた。
ざばん!と大きな音と共に、船が港に着地する。
揺れが私たちを襲う。
「ちょっ! 今追ってたんだけどっ!? あの深域の海流分析!」
ドミニクが声を上げて怒っている。
よくあのハンスに怒れるものだ。恐ろしい。
「はぁ。まずは関係のない生徒を家に返すところからですよ」
不安そうに降りていく、パーティの参加者達。
グランとラファニエルがみんなを落ち着かせたり、励ましたりしてなんとか空気は保たれていた。
「先生、僕は一度学院に戻って協力を要請してみます。近海で何か情報が見つかるかもしれませんから」
「ええ。そちらはお願いします」
船には、ドミニクとルヴィア、レイとタイニー。そしてハンスが残っていた。
「さて。二手に分かれましょう。レイとドミニク君とルヴィア君で海域調査を。リーンとタイニー君は私と情報整理です」
ドミニクは、私に通信魔具を渡してきた。
「何か進展があったら知らせて」
「任せてください!」
ハンスはタイニーに船の調達を依頼していた。
この船ではドミニク達が動きにくいからだろう。
私たちは、ひとまずホールにある椅子に座り話し出した。
「リーン。ゲームのストーリーを覚えていなければ、私が直接記憶を取りますが……」
ひぃ!?
「いえ、やはりそのままにしましょう。謎解きならば、複合要素があるかもしれませんし、記憶を取りすぎても廃人になるだけですからね」
は、廃人!?
さらっと恐ろしいことを言われた。
「す、ストーリーは、たしか主人公が攫われたヒロインを助けに行くのがメインストーリーで、その過程で海図を集めたり、学院で……何かしたはずなんですが、思い出せません。覚えてたってことはスチルがあったのかな……?」
パチンとハンスは指を鳴らして紙とペンを出して差し出してきた。
「まずはこちらに内容をまとめてください。あと、タイニー君は……」
タイニーは多分、全く伝承を覚えてないんだろう。
眉間に手を当てて、唸っている。
「海での立ち回り方を教えてください。脅威となるものの整理と、離島の住民との交流方法があれば、それもお願いします」
「おお! それなら俺でもわかるぞ!」
これからの方針が立ったのが、日付が変わった頃だった。
私とタイニーは解放されて、寝床についた。
明日は……フィレッツィオ公爵家へ行くことになっている。
なんとか……なるだろうか?
♢♢♢
その夜。ハンスは寝ずに探索と情報の整理を行っていた。
分身が大小様々な島で見つけた遺跡の数は四十を超えた。
何の手がかりもない遺跡がほとんどであり、記号を見つけた時は手元の紙に模写している。
リーンの書いた箇条書きの用紙――風景の覚え書きであったり、海図の存在の示唆、海賊との邂逅。
イベント、謎解き、探索。
最短でこなすためには――
「今……魔力が減りましたか……?」
わずかな違いしかなかった。
しかし、無視するには状況が悪かった。
増幅は愛。
だとしたら、その減少が意味するものは一つしかない。
「愛を捧げよ……」
博物館で見た日誌にあった記述だ。
こうしてはいられない。
呑気に謎解きなどやっている時間は、ない。
フィレッツィオ公爵家に透明化した分身を侵入させ、本棚を漁る。
グリザイアの秘宝に関する伝承、及び海図に関する資料を見つけた。
"深域に達することができる道標は、全部で四枚ある。
全てを手に入れた時、道は開かれる"
ふと、壁に掛かっている額縁の中に羊皮紙でできた海図が見えた。
他の分身が海域上空から見ている景色と、海図に記された符号が一致していた。
「……人命救助は何よりも優先されるべきでしょう」
そう結論付けて、額縁に手を伸ばした。
中の海図を回収する。
先ほど作った偽物を額縁に入れて、完全犯罪が成立した。




